遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』 濱 嘉之  文春文庫

2020-04-23 11:52:23 | レビュー
 警視庁公安部・青山望シリーズの第3作である。文庫本として書き下ろされ、2013年3月に出版された。
 「プロローグ」は「北洋商事株式会社 代表取締役 専務」の肩書を持つ古澤健治が、光栄丸の船長、漁師の陣内則幸の自宅を訪れるところから始まる。古澤は陣内と、一本釣りの本マグロを直取引する交渉に来た。その古澤が、ホテル近くの小料理屋で食事を終えた後、ホテルに戻るため、2,3分歩いた暗い路地で、やってきた車をやり過ごそうとしたが、喉に衝撃を受け、死ぬ羽目になった。
 第1章は、築地市場で青森県大間からとどいた本マグロの木箱の蓋を開けるという場面から始まる。本マグロが12本のはずが、13の木箱。8つめの蓋を開けると、氷漬けで全裸の男の死体が出て来た。それも腹部が切り裂かれ、臓器が除去されていた。猟奇的殺人の死体遺棄事件の発生である。
 
 この時点で、龍一彦が築地警察署刑事課長に着任していた。係長からの昇進異動である。同様に、青山望は麻布警察署警備課長、大和田博は浅草警察署組対課長、藤中克範は新宿署刑事課長である。それぞれが都内の警察署に異動して課長職という立場で相互に連携し活動していくストーリーが展開する。
 
 刑事部捜査一課長から築地警察署長に異動していた橋爪署長から尋ねられた龍は、本間と築地を結ぶことから、この事件を先ずマグロ、そして大間原発という2つの観点が考えられると答えた。築地警察署内に特捜本部が設置され、まずは8人の捜査員が函館に飛ぶことになる。大間警察署に到着後の警視庁捜査員の仕事ぶり、そのレベルから描いて行くところが興味深い。
 ホテルから警察署に届いた被害者の遺留品であるスーツケースには資料が隠されていた。辰已係長と現地の鈴木署長が資料に目を通し、とんでもないことになりそうだと判断する。捜査一課の手を離れ、国全体を巻き込む大騒動になりかねない事件になりそうだと憔悴した。
 一方、龍は早速、青山に連絡を取る。青山は死体の状態を聞くなり、ミイラと醢(ししびしお)を連想し、誰かに対する見せしめの様な気がすると直観を伝えた。
 現地で見つけられた資料から中国大使館の公使参事官の名前が出て来て、公安部を巻き込む一大スパイ事件に発展していく。龍は青山の持つ類いまれな情報量に期待し、四人組の信頼感から、捜査本部の入手情報を密かに青山にFAXする。青山が公安部の窓口になって、データベースの統合作業に関わり、再構築したデータベースに記録されているものとの結びつきが出て来たのだ。「麻布龍華会」との繋がりが出て来たのである。青山は、元暴走族グループの「東京狂騒会」やそのライバル的存在だった「龍華会」やチャイニーズマフィアのことを改めて調べ始める。一方、青山は、龍に公総を窓口にするように持っていけと助言する。さらには、四人組・同期カルテットが必然的に連携する方向に状況が展開していくという構図になっていく。
 
 今回のストーリー展開のおもしろいところは、やはり警察組織内での先輩後輩という人脈をうまく利用しながら、刑事部と公安部が協力関係を結び、事件に臨んでいくところにある。その推進力が同期カルテットが培ってきた信頼するにたる実績、それぞれの出身畑での信頼感と人間関係、そして所轄署課長の立場での行動力である。縄張り意識にとらわれない彼らの絆が基盤となっていく。
 石本公総課長は、公安部でかつて青山のもとで働いていた七担の岡田係長のチームを引き抜いて、特命捜査本部を麻布に持っていき、青山課長のところに合流させる判断をする。岡田が石本課長から見せられた資料の写しは「大間原発と六ヶ所村の中間廃棄処分場を巡る政治家、霞ヶ関、独立法人、企業そして反社会勢力の相関図と金の流れ」(p67)を示すものだった。
 東京から大間に捜査員が派遣されている間に、再び仏ヶ浦で腹を割られている死体が揚がるという事件が発生する。連続殺人事件の可能性も出てくる。警視庁公安部から派遣されていた佃が大間署員と聞き込みをしていて、掴んだ情報の一端が青山の調査中の事項との接点が見出されてくる。
 これらの事件が徐々に大きな闇の広がりと深さを露わにし始める。大きな構図の中での一連の事象という様相に変転していく。
 一方、九州の博多では、ホテルで密かに岡広組の清水保が香港マフィアのドン・黄劉亥と接触するという事態が起こっていた。二人の間では中国の経済や政治力学が話材になり、原発技術の話が話題の一つにもなっていた。
 一連の殺人事件は、国際間のインテリジェンスの問題につながっていく。
 読者は、ストーリーの構図が徐々に広がりを見せていく様を楽しむことになる。

 このストーリーのおもしろさは、築地警察署の龍が担当する殺人事件が契機となるが、麻布警察署の青山の視点とその行動を主軸に描きながら進展するところにある。新宿警察署の藤中が所轄内での中国人同士の集団抗争事件が絡んでいくという動きに繋がる。青山が主役、龍・藤中は脇役である。浅草警察署の大和田には青山が情報収集のためにコンタクトすることから、関わりを持ってくる。
 かなり大がかりな形で事件は一応解決する。だが、どこかすっきり感がないままの結末とも言えるところがなんともおかしさを伴う。青山が「実は、今回の捜査はまだ半分が片付いただけなんだ」という発言が「エピローグ」で出てくる。
 今回は、たぶんこれが著者の意図的エンディングなのだろう。

 このストーリーの興味深い点を列挙しておこう。
1. 警察組織内の昇進異動・配置のあり方と人間関係にかなりリアリティを感じさせる巧みさにある。それは、警察組織におけるマネジメント能力の描写にも及び、能力評価という面の描写も点描していておもしろい。力量のある人間の一本釣りの話にも触れている。
2. 警察組織の描写が具体的である。組織図上での描写。例えば、警視庁機動隊の組織編成等の描写である。さらにIT技術の側面。データベースの構築や、公安部の佃の活用事例としての技術描写である。ここにはフィクション部分があるだろうが、著者の実務経験と内部知識が活かされていると思う。

3. 大間原子力発電所、六カ所村、六カ所再処理工場という実在するものと反対運動などの事実事象の上にフィクションを重ねた構想が生み出すリアリティ感である。そこが読ませどころとなっている。

4. 中国の状況と動きをどのようにとらえるか。フィクションという形ではあるが、インテリジェンスの視点での中国の経済行動、政治力学、地政学的発想などが背景として絡んでくるところが、この警察小説の読ませどころとなっている。そこにリアル感が醸し出されている。

5. 青山のもつの能力の一つであるとも言えるが、青山の魅力を引き出す行動場面がエピソード風に織り込まれていておもしろい。たとえば、若い巡査への職質のしかたのアドバイスである。

6. ところどころに、東京の発展史や東京の地域の様相を具体的に書き込んでいるところが、ストーリーに奥行を生み出し、ちょっとしたリフレッシュの挿入、また読者への豆知識の提供にもなっている。たとえば、六本木の地名の由来や発展史(p78)、浅草の発展史(p247)などの挿入である。

 本書のタイトルは『報復連鎖』である。誰が誰に、なぜ「報復」するのか。その報復がどのように、どのような形で「連鎖」し、広がりと深みを見せていくのか。大間のマグロという「食」と原発という「科学技術」がどうつながっているのか。あるいは別ものなのか。日本と中国の関係、それに絡む人間たちの構図並びに東京での変換期にある勢力争いの構図を背景に、一つの殺人事件を発端としてその波紋の広がりを描く警察小説である。

 ご一読ありがとうございます。

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