遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『キリスト教文化の常識』  石黒マリーローズ  講談社現代新書

2020-04-22 09:45:02 | レビュー
 奥書を見ると、1994年10月に出版されている。私はニ刷で読んだ。四半世紀前の出版と言えば、遠い昔の感じだが宗教と文化の歴史からみれば、この新書もほんの昨日に出された本という感じと言えようか。「キリスト教文化」が数十年で常識を覆すことはないだろう。
 この新書の表紙に、本書の意図が明瞭にメッセージとして記されている。全文を引用しよう。「毎日の挨拶や人名・地名、祝祭日、ライフサイクルなどに密接に関連したキリスト教の言葉と精神--その由来と意味を簡明に説き明かす。欧米人の生活と価値観を伝える。国際化のためのガイドブック」である。このキャッチフレーズ、内容を的確に伝えていると思う。
 
 先日、『図解 比べてわかる! 世界を動かす3宗教』(保坂俊司[監修]・PHP)をご紹介した。この本と関連づけるなら、「キリスト教文化」に一歩踏み込んでキリスト教が文化形成にどう関連しているかを理解するのに役立つ手頃な本と言える。語り口調で身近なキリスト教文化圏での「常識」を様々な観点からわかりやすく著者の体験も含めて解説してくれている。文化理解の実用書といえる。著者はカトリックの立場を主体にしながら、時にはプロテスタントの立場との違いに言及するというスタンスで解説している。その点は押さえておく必要があるだろう。

 本書は5章構成になっている。章毎に少しご紹介していこう。

  「第1章 ここにもキリスト教が生きている」
 キリスト教は世界宗教としての広がりを持っている。人名一つもその由来や関連を知っているのと知らないのでは、大きな違いがある。キリスト教の聖人の名前も国により表記が異なる。こんなことも普段そんなに意識していない。本書では9人の聖人について、国毎の違いを例示することから始めていて入りやすい。マリアは比較的各国で似ているが、聖人ヨハネの場合は、信者でないものには、えっそうなの・・・という感じである。ジョン(英語)、ジォン(フランス語)、ヨーハン(ドイツ語)、ジョバンニ(イタリア語)、ホアン(スペイン語、ポルトガル語)、ヨハンナ(アラビア語)という表記になるという。キリスト教文化圏の人には、それが空気のようなものなのだろう。地名の場合も、サンフランシスコ、サンタモニカ、セントルイス、サンディエゴなどのサン、セイントなどは「聖人」を意味する。フランスの暦の例が説明されているが、毎日が聖人の誰かの記念日だという。祝日のほとんどは聖人ゆかりの日なのだと。本書で初めてこのことを知った次第。フランスを中心としたカトリック文化圏では、聖人の日と天気を絡めたことわざがかなりあるという。第1章の最後に具体例が紹介されている。

  「第2章 教会中心の欧米人の暮らし」
 上掲の『世界を動かす3宗教』に、キリスト教のシンボルが十字架であり、その種類がいくつもあるということに触れている。本書でも「いろいろな十字架」(p66)を例示しているが、重なったのは3例だけで、残り6例は全く別。おもしろい。
 カトリックとプロテスタントでは教会の持つ意味合いが違うという。常識中の常識なのだろうが、非キリスト教者には説明されないとわからない。カトリックの聖堂は「神の家」、直接神が宿る聖所。一方、プロテスタントにとっての教会の建物は、基本的には聖書を朗読したり、説教を聞いたりする場。この違いを知っていれば、映画を見ても教会の建物から類推できる広がりが異なることだろう。ミサの意味、七つの秘跡、神父と牧師のちがいなど、基本事項が解説されている。グローバル化の中で、相手の宗教の枠組みを知ることは必須といえる。クロス・カルチュラルな付き合いの手始めだろう。
 余談だが、アメリカ・カリフォルニア州の州都サクラメントという名前は、この七ツの秘跡という言葉に由来すると言う。

  「第3章 メディアの中のキリスト教」
 アメリカ大統領の名演説、マス・メディアの報道、映画の中などで、どのように聖書に由来する言葉やフレースが効果的に使われているかを実例を挙げて説明している。どこまで、何を読み取るか。聖書の内容を理解しているかどうかで、適切な理解ができるかどうかに関わってくることになる。聖書の内容理解はキリスト教文化圏の必須ということだろう。著者は次の一文を記している。「宗教への関心をあまり見せない大統領の場合でも、演説には頻繁に神や聖書が引き合いに出され、その事情は現代にいたるまでそれほど変わっていないのです。」(p103)これは、アメリカの歴代大統領の演説事例の解説の中で記されている。
 映画の事例は古い名作になる。これはまあ仕方が無いことだろう。

  「第4章 知っておきたいキリスト教の知識」
 まず、「キリスト教各派と他宗教」が解説される。ユダヤ教、東方正教会、英国国教会、各宗派のプロテスタントの違いが簡略に解説されている。その後で、「聖書の常識」として、聖書の成り立ち、旧約聖書と主な巻の内容、新約聖書の内容についての最小限の必須知識と言えよう。3つめとして、日常生活の中で、何気なくあたりまえに使われている「神」と言う言葉、これを具体例で解説している。そこに「文化」の表出がある

  「第5章 上手なコミュニケーション」
 まず、God bless you. と I love you. が取り上げられている。その後に、「言葉を越えるもの」、つまりノンバーバル・コミュニケーションの側面に触れ、「キリスト教とコミュニケーション」「ボランティアにおける愛の実践」を語る。
 最後に、「キリスト教に関するジョークあれこれ」と「聖書・聖人に関連したことわざ」で締めているのがおもしろい。
 短いジョークを一つ引用してみよう。:教師が生徒にたずねた。「自分の体のことばかりで、魂については何も考えない人間はどうなるか?」 生徒「太ります」
 ことわざも一つ。:知は力なり(箴言7・1)

 最後に、「結びとして」の前半で著者が記す一文をご紹介して終わりたい。
 「もし、外国語や外国の食べ物やファッション、芸術を学ぶのと同じくらいにキリスト教について学ぶなら、すばらしい結果につながります。西欧の生活や、思考様式を深く理解し、それに適合していけることになり、世界から孤立しないためにも大切なことです。」(p224)

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、幾つか検索してみた事項を一覧にしておきたい。
キリスト教諸教派の一覧 :ウィキペディア
図解で納得 キリスト教の宗派って  :「毎日新聞」
キリスト教で知っておくべき11の常識【特集まとめ】
ミサ  :ウィキペディア
教会の七つの秘跡 (Sacrament) :「カトリック広島司教区 平和の使徒推進本部」
「ことわざ・慣用句」一覧 :「聖書のことば」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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 こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『知識ゼロからの世界の三大宗教入門』 保坂俊司 幻冬舎
   世界の三大宗教として仏教・キリスト教・イスラム教を扱っている。
『図解 比べてわかる! 世界を動かす3宗教』 保坂俊司[監修]  PHP
こちらはユダヤ教・キリスト教・イスラム教を扱っている。