眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

死んでも忘れない

2017-10-16 21:57:39 | 気ままなキーボード
納豆をパックから開け器に移して、付属のからしとたれを入れる。それにしても疑問が湧いてくる。どうして納豆には最初から一緒にからしがついてくるのだろう。ネットを頼ればいつでも親切な扉は開かれている。けれども、既に納豆を混ぜ始めていた。一旦混ぜ出したらもう手を止めることは許されない。そんなことをしたらみんなきれいさっぱり忘れてしまうかもしれない。最初に湧いた疑問は何だったのか。今から食べなければならないご飯のこと。今日まで生きてこの場所にたどり着いたことの意味。手を止めればみんな吹き飛んでしまう恐れがあった。おでんの大根を食べるなら、からしはなくてはならない。納豆にからしがある場合とない場合とではどれくらいの差が生じるのだろう。休むことなく混ぜるほどにねばりが増してくる。ねちゃりねちゃり、その内に器の中から何かが生まれてきそうな気配があった。それにしても……。
 どうしてあいつはあんな酷いこと言ってくるのか。最も酷い時には「死ね」などと書かれたメッセージを机の上に見つけることができた。嫌いと言うなら、どうして何も触れずに放っておいてくれなかったのか。それならどれだけ幸せな時間を送ることができたか。長い時間。どうして存在を根底から否定するような真似をしたのだろう。
どうして、どうして、どうして……
 憎しみの源はどこに眠っているのだろう。それはいつどこで生まれたのだろう。あるいは、本当に憎しみなんてあったのだろうか。必然性のない矛先がこちら側に向いていたとしたらどうなんだ。ぶれずに混ぜているはずなのにいつしか疑問の方向が歪んでいく。答えのない方に掘り下げていくことが自らの望みなのか。どうして人は繰り返すのでしょう。どうして、どうして、どうして……。嫌いなもののことを考えることは苦しいだろうに。眠くなる。時計回りに高速で回る箸の運動を見つめている内に、徐々に睡魔に引き込まれてしまいそうになる。食か、眠りか、どちらが最初か、今はそのどちらが自分にとって本当に必要なものなのか……。香る。
 そうだ。からしの問題だ。今、大切なのは唯一からしのことだ。ほのかに香りながら、豆に色をつけて練り込まれていく。どこまで行けば混ぜるという作業は終わりを迎えることができるのだろう。
「犬だったらどうなんだ?」
 泡立った豆が出し抜けに口を開いた。犬だと?
「それは困るよ」
 そんなのおかしいじゃないか。納豆に犬がついてくるなんて……。
「そうやろうが」
 勝ち誇ったように豆は言った。
 もういいや。今はむしろトンカツの方が食べたくなった。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« とんちなんて出てこない | トップ | 負けないで »

コメントを投稿