角道を止めると相手は三間飛車に振ってきた。振り飛車党にとって、いきなり問題の局面だ。自分が振り飛車を指したかったのに、角道を止めたすぐ後に振られると、先を越された感がある。先手には、居飛車でいく道と自分も飛車を振る道が残されている。僕はここでしばし指を止めて考えてしまう。(そんなこと最初に考えておけ)それはそうなのだ。僕が気になっているのは角道を止めた一手だ。居飛車にしろ振り飛車にしろ、いずれにしろ、それは作戦の幅を狭めている意味もある。迷った末に、結局僕は四間飛車に振ることにした。
相振り飛車だ。こちらが駒組みを進める間に、相手は軽快に飛車先の歩を交換してきた。三間から向かい飛車に転じて気がつくと先に2歩持たれていた。(後手番なのにな)相振り飛車というのは、何となく進めていると作戦負けになっていたり、一方的に攻められることがある。主導権を握って戦うことはそう簡単ではない。僕は四間飛車から向かい飛車に振り直した。(これは手損ではないか)でも、振り飛車にはよくあることだ。
向かい飛車にして飛車先の歩を交換した。すると相手は美濃囲いの頭に歩を打って受けた。飛車の引き場所は4カ所あり、場合によってどれも有力である。ここも相振り飛車で問題になる陣の構想だ。1つ引いて中段飛車は、右辺の攻めを牽制する狙いがあり、また端歩をぶつけて攻めることもある。2つ引いた浮き飛車は、角頭(桂が跳ねた場合の桂頭)をケアし、また角頭の歩を突くことで飛車の横利きを通すこともできる。3つ引くと飛車の横利きは極端に少なくなるが、相手の角筋を避ける意味や桂を跳ねた時に紐をつけるというメリットがある。4つ引くと元の位置に戻り、自陣全体に飛車の横利きが通ってバランスもよく無難である。もしも桂が跳ねている場合には、これに一段飛車という5つ目の選択肢が加わることになる。こういうちょっとしているようで多分大きなところは、慣れてくると感覚的に選べるようになるのだろうか。3分切れ負けのような短い将棋では、考えるよりも感じなければならないことがほとんどだ。
僕は飛車を元の位置に戻して角道を通した。すると相手は止めたので少し安心した。角がにらみ合っていると何をされるかわからないし、こちらが何をしていいかもわからないのだ。僕は角を66のポジションに運んで、桂を跳ねた。すると相手は右の端歩を突いてきた。僕は左の端歩を突いて端攻めをした。この瞬間、こちらの角のみが働いているので作戦勝ちを超えて優勢になった。美濃囲いに対して1歩持って飛車角桂香の攻めが実現すると単純に数で受からないのだ。
端はつぶれた。相手はやむなく角道を通して戦線を拡大してきた。僕は角を交換して再度66ポジションに据えた。すると相手は飛車をよろけて石田の構えで桂取りを受けた。その時、僕の持ち駒には桂があり、受けるにしても薄い受けだ。しかし、こういうのはミスディレクションにもなり得る。たくさん隙があっても突けるのは、1つだけだ。
少し迷った末に、僕は端を置いて飛車取りに桂を打った。B面攻撃だが、既に端を乱しているので右辺を攻めることで迎撃の陣を取る狙いがあった。飛車取りに角を成り込むと相手は世界の端っこから角を打ってきた。99の地点は端攻めによって生じた穴で、飛車が動くと馬をす抜かれる。この筋があることによって、局面はやや複雑だ。(もしも、飛車の引き場所がもう1つ上だったら……)これを結果論とするのは間違っている。端を攻めることも、角交換になることも、その陣からは既に明白な未来予想図として描けるものなのだから。
僕は馬で飛車を取り、相手は飛車を取って馬を作った。飛車交換となり敵陣に飛車を打ち合う展開となったが、端を壊している分、こちらが優勢だった。以下、馬を引いての抗戦にベタベタと成桂で迫り、数の攻めによって相手の美濃は崩壊に近づいていた。すると相手は桂を取りながら中段に竜を作ってきた。
(寄っているはずだが……)
残りは互いに30秒ほど。右辺から金銀をはがす。囲いを失った玉は端から逃走を図る。残り20秒。竜が邪魔だ。僕は金を打ちつけて、竜を消しにかかる。同じく竜。同じく歩。そして玉が端から抜けて上がってきた。10、9、8……。駄目だ。詰みがない。
「時間切れ負け」
竜へのアタックが遅すぎた。
寄っているようで、時間的に届いていない。もしも、対抗形の戦いで、玉が端から上部脱出を図ってきたとしたら……。美濃の頭の歩を起点にして、すぐに頭金にたどり着けるだろう。
(囲いは寄せの最後の武器になる)
ところが、相振り飛車の場合、飛車がさばけて敵陣に入っていると玉頭の勢力が手薄になってしまう。本局のように端を攻めたりしたら、攻めた後だからむしろみんないなくなっている。そうした陣では、上部脱出の可能性、脱出阻止の難易度もぐっと増すのだ。それが相振り飛車の終盤を戦う上で、重要なわっしょい問題である。
「寄っているだろう……」
上部に美濃や銀冠が待っている対抗形の将棋と同じような感覚で寄せを乗り切ろうとすると、するすると上に抜け出されてあれっあれっという結末になってしまうことだろう。「寄せ」には盤面全体の陣が関わってくるものだと思う。
~反省は冷めない内に
一局の将棋が終わるとすぐに感想戦が始まる。今までは駒を通してしか語れなかったものが、そこでは実際の声を通して語ることができる。後悔、疑問、反省、互いに素直な気持ちをぶつけ合いながら、有力な変化について形勢を議論する。実戦に現れたものよりも魅力的に感じられる展開もあって、許されるならそう進んだ世界もみてみたいと周囲に思わせる。
感想戦は戦いが終わってからすぐにでも始めなければならない。一度解散してから始まることはないからだ。棋譜としては残ってもその時の心のあり様までは記録されていない。それはその場にいる大局者のみに理解できることであり、心と一体化した指し手の検証こそが重要であるに違いない。
感想戦には終わりがない。玉が詰んだとしても何度でもやり直すことができるからだ。激しい斬り合いの直後でも、一局終われば互いに棋理を探究する仲間でもあるのだろう。
将棋ウォーズに感想戦はない。負けて熱くなれば次に進むのが人情だろう。しかし、負けて熱い内にこそみておくべきことはあるのではないだろうか。