もう見届けるまでもない。席を立って帰る人の流れが目立つのも無理はない。叶わぬ恋ほどの大差がついていた。あとは自然と終わるのを待つばかりのはずだったが、投手は突然に調子を崩した。安定していたコントロールがうそのようにストライクが入らなくなった。次々とボールを量産して瞬く間に累が埋まった。キャッチャーは幾度もマウンドに駆け寄って激励したが、一度狂った調子は簡単に元には戻らなかった。
押し出し、押し出し、押し出し。次々と押し出されてホームにかえってくる選手たち。焼け石に水。最初の内はそんな空気だったが、少しもストライクが入らない様子を見て、敵のベンチもだんだんと賑やかになってきた。押し出し、押し出し、押し出し。労せずに打者が回転して地味に得点が積み上げられる。内外野からマウンドに集まる選手たち。ついにベンチから監督も飛び出してきた。
「お前しかいないぞ」
ブルペンは既に空っぽになっていた。試合は終わったとみて一足先に祝勝会の準備に入ってしまっていた。
「わかりました」
監督の気合いが注入されたとしてもコントロールは戻ってこなかった。かつてない大乱調、投手は既に自分の姿を見失っていた。ボール、ボール、ボール、ボール……。押し出し、押し出し、押し出し。
一度終わったはずの試合が怪しく動き始めた。帰りかけていた人が足を止めて席に戻り出した。鬼横綱の決まり手のように押し出しが繰り返されて、あれよあれよという間に、差は縮まっていった。
叶わぬはずの恋がそこに転がってみえると監督はベンチを飛び出してきた。
「もうピッチャー交代!」
送り出された男は野球に関しては素人同然のようで、マウンドに上がるのにバットさえ持参していた。ど真ん中に投じたストレートをコンパクトにとらえた飛球は真っ直ぐマウンドに向かって飛んできた。投手はすかさず打ち返すと球威を増してそのままキャッチャーミットの中に納まった。打者は一歩も動けない。
「ストライク! アウト! バッターアウト!」
主審は迷わずジャッジを下した。変則的モーションから繰り出される投球に翻弄されて、試合終了まで凡打の山が築かれた。ヒーローインタビューに答える救世主は本来は生粋のドリブラーだ。
「まあ野球だから足技は見せられませんでしたけどね」
突っ張って
無理に起こした
心象を
書いて投じて
選外になれ
折句「つむじ風」短歌