眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

夜間飛行

2014-05-22 08:56:08 | 夢追い
 始発から終電までのすべてに乗り遅れてしまった。もう長い間、遅れ続けているのでそこから一歩も前に進むことができないでいる。明日こそはと思った時には、感想文を書いて自分の悪かったところあと一歩だったところなどを、言葉にして反省もした。
今日はいつもよりも家を早く出すぎたために、余裕を持ちすぎ、そこから広がった遊び心が本来の目的に勝ったために乗り遅れてしまいました。今日はあと少しのところで乗れそうなところまでいったけれど、それに満足して一旦引き返してしまったため、結局乗れずに1日が終わってしまいました。今日はやっぱり駄目だと最初から低姿勢で臨んでみたところ、駅に近づくこともできませんでした。

 毎日のように通い詰めた駅までの道は、もうすっり頭の中に入っていて、それは駅に近づくほどより鮮明なものだった。目的地に近づくほど、選べる道が狭まっていくから。すぐ家の前を通っても決して吼えない犬がいて、今日もやっぱり、犬は吼えない。終電の時間になっても、いつも明かりのついている家の前を通ると、今日に限って明かりが、ついていない。今日はもう眠ってしまったのかな。不思議に思って足を止めた瞬間、ぱっと明かりかついて、扉が開いて、誰かが物凄い勢いで飛び出してきた。僕は怖くなって走り出した。走っている途中で完全に頭の中に入っているはずの道が、頭の中から消えてしまった。急に道が変わってしまったに違いなかった。迷いながら、夜を走る姿は怪しすぎると思って、僕は飛行体勢に入った。夜ならば、その方が人目につかない。オフィス街や工場が密集している場所は、夜になると明かりも疎らだった。
 ゆっくり飛んでいると何やら下の方で音がする。風になびく旗と、ヘルメット。夜でも働いている人はいるのだった。少し姿勢が変わったのと気が緩んでいたせいで、片方の靴を落としてしまった。靴は、作業現場の中に吸い込まれていく。何かの証拠と何かの疑いの種になるのは嫌だったので、自分も降下して拾いに行くことにした。少し離れた場所に下りて、それからゆっくりと歩いて近づいていった。思った以上に作業員は近くにいた。暗いとはいえ十分に視界に入っていたが、何も言わない。無事に拾って、歩き出す。その時、突然男は口を開いた。
「しかし君は誰だね?」
 いやー、ちょっと忘れ物で、とごまかしながら僕はどんどん歩いた。するとヘルメットを被った男も早足で後を追うように近づいてくる。
「まさか、今町で評判の家出中の子供じゃないだろうな!」
 声が大きくなってくるのが恐ろしくて、僕は飛び上がった。間違っても、作業員の手が届かないように、あるいはどんな種類の道具を使っても決して捕まることがないように、高く、高く。高く飛ぼうとするのに、恐怖が、見えない翼を重くした。突き刺すようなライトが、すぐ下の方から伸びてくる。けれども、光で体までも捕らえることはできない。恐怖で引きつった口元を照らしてみせるくらいのことだ。ゆっくりと、悪意なのか好奇心なのかわからない、その光がすっかり届かなくなるくらい遠くまで、飛んだ。

(生き延びるんだ)

 できたてのビルの壁に頬ずりして、安全を喜んだ。ビルとビルの狭い間に身を挟んで一休みした。ビルの天辺に顎を乗せて、目を閉じた。この世にこれほど安全な場所はないのだと思った。けれども、もしもこのまま本当に眠ってしまったら、そして本当に落ちてしまったら。ほんの僅かな気の緩みから生じた結果だとは誰にも理解できず、朝になり昼になり、僕はただ悲劇的な出来事の結末としてだけ扱われてしまうのだ。問題は、加速の仕方だ。あの時、呼び止められて慌てふためいたのは、最初の加速に問題があったからだ。

 それからの毎日は、感想文を書く以外に、加速の改善に取り組んだ。見つけたのは、「飛ぶ」の中に「走る」を取り入れることだった。大地を離れた瞬間から「もう走ることには意味がない」と決め付けていたことが、大きな誤りであることがわかった。大地を蹴って飛翔したところからまだ数歩の間は駆け出すことは可能で、風を蹴り出す過程においてより高い加速を実現することが可能だった。その技術を習得すると、飛行そのものがより安定したものへと変わっていった。町は、もう手の平の中にあるようにさえ、思え始めた。


「ただいま!」
 家に帰ると休む間もなく出かける準備をした。
「行ってきまーす!」
 軽装のまま、窓の外へと飛び出すのは、自分の飛行力を姉にアピールしてみせるためだった。
 あっという間に、神社に上がる。手を伸ばして寿司をつまもうとするとそれは知らない人の引き出しで、「いけない!」と思い手を引いた。
 夜も深まる中、集まった観光客が、偽の郷土料理を食べさせられている。レトルトのシチューじゃないか、かわいそうにな……。
 哀れな観光客を尻目に、僕はおみくじ売り場へと歩き始めた。

コメント
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