眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

「あっ」

2013-03-06 21:10:18 | 夢追い
 テーブルの上を綺麗にし、ゴミを回収して、食器類を元の場所に戻した。あらゆる鍵をかけて、片付けは抜かりなく終わった。
 と思った瞬間、今まで見えなかったグラスが一つ見つかる。自分が私的に使っていたものを、忘れていた。
「あっ」
 と言って固まった。
「やっときます~」
  その瞬間の、彼女の微笑み。
(あっ)
「下りたら五人片付けて上がろう」
 新しい人に切り上げ方を教えた。
「タイミングにもよるんだよ。一人ずつ順に出てくる場合もあるし、信号が変わったように同時に現れることもある。外からと内からと時間が重なることもあるし、でも上手く切り抜ければちゃんと定時に上がれるはずだから」
 微笑みを急いで振り落とすために、急いでたくさんしゃべった。

「落し物のマイクロチップは見つかりましたよ」
 落としたのは大きな人だと言う。きっとそれはモンちゃんだ。手でモンちゃんのサイズを示して確かめた。これくらい? いいえ、これくらい。それは落し物の方でしょう。モンちゃんだったら、これくらいのはず。議論していると目の前に大きな生き物が現れた。モンちゃんだ。落し物が見つかってうれしそうにしている。
「やめたんですね」
(えっ)
 モンちゃんは、おかしなことを言う。それでは僕が好んでやめたみたいだ。そうじゃない。
「なくなったんですね」
 僕はモンちゃんの表現を正した。チームは、先月なくなったのだ。
「なくなったね」
 それからモンちゃんは、急いで色々言ってみんなに礼を言ったり挨拶を言ったりして、口から泡を吐いて、顎に米粒をつけて少し様子のおかしい人になった。代表者が代わりに前に出てきてカウンターの前に立った。
「一人一人に挨拶をするように言ったんです」
 そうして助言した事実を告げながら、代表者は世間話を巧みに挨拶に変えながら話をまとめてみせた。
「またやろう!」
 モンちゃんとハイタッチをかわして、さよならをした。

 廊下を歩いて行き、入り口の扉を開けた。
「あっ」
 厨房の中にいた人が、謎の侵入者を確認して声を出した。
「トマトない?」
 白い帽子を被った人が、冷蔵庫の中からプチトマトをつまんで差し出した。帽子の長さは一メートル近くあった。中に食材を詰めているのかもしれない。
「いいえ。そうじゃなくて」
 何かトマトのサラダみたいなものが、欲しかった。メニューにそのようなものはないようだったが、料理長の一声もあって、それらしいものを作ってくれるという。三人がかりですぐに調理が始まって、小さな丸皿の上に鮮やかな色をしたトマトの断面が並べられた。上から特製のドレッシングを加えると完成だ。
「ありがとう」
 手の平にトマトサラダを載せて、厨房を出た。

 アイスコーヒーにガムシロップを入れてストローで混ぜていた。皿に盛られたトマトには、月に訪れた人間の忘れ物のようにフォークが突き刺さったままだった。それよりも鮮やかな赤い色が突然、視界を横切った。彼女は、すぐ近くに座った。
「あっ」
 と彼女が言ったのは、僕とトマトのどちらに向けてだったのだろう。僕は漫画を読んでいる。最後の方にある絵を見ていた。作品と作品の切れ目がなく、行き過ぎると別の話に変わってしまう。目当ての絵を探しながら、最後の方から徐々に前へ前へと戻っていった。
 女は夜たずねてくる。主人公の心の隙を狙ってどこからともなく家に入り込んでくる。戸締りをしている日は滅多となかった。いつか、女がいつも裸であることに気がついた。どうしてか、なぜか、わけがあるのか。次第に女と深い仲になる。今度は逆にたずねたくもなって、女の後を追っていく。女は闇の者たちに捕らわれた存在であるとわかる。思った通りだ。とても複雑な事情があるとわかる。幾度も潜入を繰り返す内、やがて男もまた捕らえられていくのだったが、それが女になのか闇の者たちになのか、わからなくなってしまう。運命だったのか、罠だったのか。女の微笑を浮かべたまま、男は記憶を遡る。補助輪のついた自転車に乗っていたことを、ついに思い出す。
 時々、女の裸の絵が大写しになる。
 彼女が見ていないか、彼女に見えていないか、時々気になって、物語の中から足が出てしまう。
 彼女は一切れのトマトを口にした。
 フォークは次のスライスに移動している。

 道には紙パックやストローの入っていた紙くずが散乱している。それらに触れないように駆け抜けていく。作りかけの犬小屋の欠片を踏んで、割れたグラスを踏まないようにしながら、次の着地点を瞬時に探しながら、駆け抜けていく。クリアだけを目的にしたゲームのように前だけを見て。何もできることはない。すべては返却口がないからだ。誰も悪くない。僕にできることはもう何もない。横たわった冷蔵庫を飛び越えて、割れた食器を踏まないようにしながら、次の着地点をその一瞬に求めながら、駆け抜けていく。もう済んだのだ。早く終わらせて、早く一人になって、早く自由を手にするのだ。空回りする車輪を飛び越えて、割れた鏡を見ないようにしながら、駆け抜けて、駆け抜けて……。

 たくさんの人がまだ仕事をしていた。(更衣室は別の会社だった)人目につきにくい隅っこで服を着替えた。切り上げ方を教えたあの新人さんが、机について事務仕事をしているのが見えた。(忙しい人がいるもんだな)着替えを済ませて、東口から外に出た。モンちゃんたちが、まだいるではないか。

 車の近くに赤い服が見える。中に何かを安らかに預け入れている様子。
(あっ)
 影で彼女だとわかる。 迎えの車が来ているのだった。
 彼女の背中からは、微笑みがあふれ出している。
 慌てて顔を背け後戻りしたが、微笑みは既に全身に回っており、東口の手前まできて僕に止めを刺した。

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ハローボレー

2013-03-06 19:57:38 | ショートピース
まずは挨拶代わりのボレーシュートをお見舞いすると翻訳家が狂っているのか「最近の若い者は」という文句が返って来るので、戸惑いながらもピッチと球質が合ってないと判断し次は挨拶代わりの「こんにちは」を放つとストレートに伝わり「丸くなったな」と意味不明の返事が返ってきた。#twnovel

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鈴木大サーカス

2013-03-06 00:33:56 | ショートピース
「鈴木君遊びましょ!」何人もの鈴木が転校して行ったけど、鈴木製作所では日々無数の鈴木が作られるので遊び相手に困ることはなかった。今日も鈴木を連れ出して秘密の場所へ。「チャリサーカスだよ!」そこは町の大サーカス。「自転車屋じゃないか!」いつものように鈴木がつっこむ。#twnovel

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