眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ひとり

2009-04-08 12:32:40 | 幻視タウン
「おひとりさまですか?」
私は、一人かもしれなかった。
けれども、私の隣には夢を折り畳んだペンギンが座っているような気がした。
ベリーニで乾杯をした。
グラスを合わせると、音もなく時が割れた。


シンガーは歌う人だと思う。
歌っている間は、歌が傍にあり、歌の中にあり、歌と共にあった。
歌がすべてであり、すべてが歌だった。
歌の中に世界はあったし、世界は歌に包まれていた。
時々、シンガーは歌を止める。
今まで何を歌っていたの?
今まで誰に歌っていたの?
今までなぜ歌っていたの?
シンガーは自分に問いかける。
夏休みよりも長く深い眠りから覚めた後、無人島で盛大なパーティーをした後、魔女の投げたリンゴをゆっくり見送った後……。
不意にその瞬間はやってくる。
誰か、誰か、思い出させて。私に、歌うことの動かし難い必要性を。
シンガーは世界に訴えかける。
誰も、答えない、誰も、誰も。
時は、何も答えずに許しだけを運んでくる。
とうとうシンガーは、歌い始める。大丈夫、私は大丈夫、と震えながら。
私はシンガーではなかった。
けれども、歌を止めるシンガーのように、時折息が止まりそうになる。


カードを切る音がきこえる。
何気なく選んだかのようにみえるカードも、選ばされているのかもしれなかった。
マジシャンの細い指先に、吸い付くようにカードは戻っていった。
グラタンが焼きあがった時のように、指が鋭く鳴った。
吸収され一般市民と化したはずのカードは、マジシャンの合図で裏返った。
「私が世界でたったひとりのハートのジャックだよ」
ジャックは微笑みながら胸を張った。
空っぽだったはずの、トランプ箱の中から、鳥が現れた。
鳥は、紙でできた鳥のように無表情だった。
それから鳥は、歌い始めた。


  ミラクルな時代は
  ジェットにのって過ぎ去った
  いかなる感傷も
  私には必要ない
  私はただ確認する
  世界が今日も回っていると

  スーパーな人々は
  見上げることも忘れてしまった
  いかなる憂鬱も
  私には必要ない
  私はただ確認する
  私が今日も私ひとりであると

  問いかけることだけが
  私が歌うすべてなのだから


鳥は歌い終えた。
炎に包まれて見えなくなった。
炎が消えると、鳥も消えてしまった。


コメント
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