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マクロビオティックインスピレーション・随想古事記・日本語と歴史・バベルの塔・日々雑感

萩の花が咲きました。

2020-09-29 14:42:10 | 季節・週末散歩

                                   

赤い萩の花がひっそりと咲きました。今年の夏は異常気候で、酔芙蓉が9月も半ばになって咲いたり、桜が狂い咲きをしたり・・・・・そんなここのところでしたが、萩の花がさきました。

                       

 

金木犀も香りだけが空気をすがすがしくしています。もうすぐ白い蕾が開いて黄金の花が咲くでしょう。


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再び『台湾ヴォイス』の勧め

2020-09-24 09:16:06 | その時々・武漢ウィルス騒動・・・2020

先日から藤井厳喜先生の『台湾ヴォイス』というプログラムをお勧めしていますが、3日前に更新された最新動画記事が素晴らしくて、再度お薦め記事を書いています。私達日本人のお人好しが原因なのか、あるいはそれが結果なのか、世界情勢に対する判断能力の欠如を思い知らされます。あのチェコの議長のように『私も台湾人です。』とは言いませんが、林健良先生のお話を聞いていて、

     『台湾人になりたい!!!』

と思わされてしまいます。この『台湾ヴォイス』は、日本人のとって非常に素晴らしい情報教育プログラムだと思います。是非会員になって、身近に迫る日本の危機に対処する準備をしてください。

 

 


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値賀の島々・・・・・五島列島

2020-09-23 10:09:34 | 平戸

台風9・10号が、二つ続けて同じコース・・・・五島列島を北上して朝鮮半島の南に上陸して北朝鮮へ・・・・・という通り方をしました。朝鮮半島に上陸するまで勢力が落ちなかったので、平戸も暴風雨が吹き荒れました。『西側を通る』というのは最悪のコースということです。我が家も木々は折れるは、倉庫の瓦は飛ぶは、通過後丸一日以上停電の憂き目にあいました。これまでの台風は、この最悪のコースで、大体対馬海峡を折れて日本海を東北へ北上するのですが、今年は経線に沿ったようにほぼ真北へ行きました。梅雨の雨と同じように、夏の台風も異常事態です。

 

ところでこの五島列島は、古事記ではチカノシマとして登場します。我が平戸もその最北端部にあたり、小値賀(おぢか)・宇久(うく)という地名が平戸の中に残っています。平の戸・・・・・以前に記事にした『イラ』『イル』の戸、つまり犬族居住地(古代の部族国家)の入口出口。値賀・・・・・『チカ』『イカ』・・・・・も同じ。つまり五島列島は平戸まで、『チカノシマ』だったんですね。(犬族などの部族名については、『随想古事記』や『歴史・言語・・』のカテゴリーでご紹介しています。)確かに平戸は九州大陸(?)への接点です。『戸』『門』はそういう意味で、五島が長崎に渡るより、平戸経由で九州とつながっていたことを知らせてくれると思います。だからかの昔、有名な空海も平戸の田ノ浦から五島に渡り、そして唐に渡ったのですね。鎌倉時代の栄西禅師も五島から平戸につかれて、お茶を初めて植えられました。現在もその跡(冨春庵)が残っています。田ノ浦には巨大な空海像を平戸市が建てました。我が故郷平戸はそういった歴史の息吹を感じるところです。写真は、パソコンの立ち上げ画面にも使っているのですが、平戸の朝明けです。何か、黎明・躍進を思わせるのでご紹介します。

  すっかり明け渡りました‼️                            


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衝撃的なチベットの事実

2020-09-18 13:11:23 | その時々・武漢ウィルス騒動・・・2020

このチベットの事実はみんなが知らなければなりません。ユーチューブの大紀元エポックタイムズ・ジャパンのニュースでチベット活動家マウラ・モイナハン女史とのインタビュー記事を是が非でもご覧ください。中国共産党が自国民はもとよりアジア全域の人々に対してどれだけ無慈悲で残虐で独善的で傲慢で利己的であるか・・・・・経済的に中共に知らず知らず加担してきた全世界の経済人と私達消費者たち・・・・・・我が国の同胞を拉致されて、何一つ身の危険を感じない暮らしをしている私達の世界版ともいえます。

 

こうなったら何が何でも、トランプ大統領の再選を望みます!!!!!

 

 

追記(9/22):当事者の長江危機も日本の豪雨水害も、そしてインドシナの干ばつも、みな同じチベットの大乱伐によるのだそうです。是非ご覧ください!!!!!


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エンレイム博士の最新(9/14)レポート・・・武漢発コロナウィルス騒動

2020-09-17 10:14:23 | その時々・武漢ウィルス騒動・・・2020

いよいよコロナウィルス情報が核心に迫ってきました。台湾ヴォイスの林建良先生が、今回のウィルスが人工生物兵器であるというレポートをエンレイム博士が発表したと明らかにしてくださいました。そして中共政府が0号患者を、どのように隠したのか全くの不明ですが、明らかにすることもせず、アカデミック界では常識であるウィルスの特定も公開しないことを非難しています。今世界は米中関係のようですが、その中で台湾及びこの台湾ヴォイスは中心にいるような気がします。藤井先生のプログラム台湾ヴォイスをお聞きになることをお勧めします。

 

日本では(幸いにも)空振り騒動のように見える『武漢発コロナウィルス騒動』ですが、全く別の面を持っていて、その一面が欧米で現れているのだと思います。ただそのウィルスの変化の仕方が、人間を含めた風土に大きく影響されていると思います。日本人が大和朝廷の国民になって(まあ異論もありますが)2000年、その間に平均的に培ってきた『単一民族』という思い込みをさせたほど同じようになった体質、これが奇跡的ともいえる日本での感染状態の要因になったと思います。ですが、このウィルスはどう変化するかわからないのです。それが残された懸念で、政府が振り回されている原因ではないかと思います。

 

こんなことを考えているうちに、ふと高坂正尭先生がタスマニア原人(?)がどうして滅亡したか、ということについて触れておられたなあと思い出しました。あれは、ヨーロッパ人には何でもない常在菌がタスマニア人を絶滅させたのではないかというご指摘でした。それで、新潮から新しく(?)出た高坂先生のご本(復刻版)を取り寄せてみました。『世界地図の中で考える』という名著の冒頭部分にあります。高坂先生の笑っておられるお顔を思い出しました。お亡くなりになって久しくなりますが、生き生きと先生のお言葉は蘇るのだと感じています。良かったら、ご本を読んでいただきたいと思います。


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尖閣問題に思うこと

2020-09-12 09:52:05 | その時々・武漢ウィルス騒動・・・2020

豊太閤の大阪城・・・・・天下無敵のゆるぎないはずの大阪城がなぜ陥落したか!!!!!・・・・・第一の原因は何だとお考えでしょうか。人材?????・・・・・いえいえ人材の宝庫でした。若者に人気の真田もいたし、木村長門守もいました。豪傑で名を成した薄田隼人正も・・・・・福島正成をはじめとする武将も・・・・・嫌われていたと言われる石田三成だって、生半可な参謀ではありません。財力?????・・・・・いえいえ後々豊臣の隠し財宝と言われるくらいでした。

私は、外堀を埋めたことだと思います。秀吉は絶対に落城しない城を計画して作ったのです。防衛の準備の『イ』の字は、防衛線の最前線をどこに置くか、ということだと思います。それで強大なヨーロッパ諸国のアジア侵略を前にした明治政府が朝鮮半島に手を差し伸べ、満州にも・・・・・なるべくロシヤの勢力を遠くに置くために・・・・・。そのことを考えれば、絶対に尖閣諸島を死守し、友好国台湾を助けなければならないことが見えてきます。敗戦後時の宰相吉田茂は自力独立を放棄して、あるいは棚上げして、武装しなかったばかりか、独立の精神も捨てました。まさか、武装せずして独立が保たれると信じ込む世代が現れるとは常識外のことだったのかと思います。平和主義者と自称している活動家らが最も好き(?)な中華人民共和国の実態を直視すればよく分かると思います。彼らは自分の立場を共産党員という支配階級に属すると思い込んでいます。チベットやウィグルの立場に立つかもしれないとは・・・・・夢想だにしないのでしょうね。昨今の日本の実情を見るにつけ、不安でなりません。


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織姫様の記憶・オリジナルとアイデンティティ

2020-09-11 23:10:13 | 日本語・古事記・歴史・日本人

今年の夏は、七夕祭りも何もかも、コロナ騒動と大雨に流されてしまった夏でした。織姫様ともお会いできませんでした・・・・・ね?????・・・・・このブログで時に触れては織姫様の記事を書いていますが、織姫様の物語はあまりにも有名ですよね。このお話の始まりはどこにあるのでしょうか。織姫様は天帝のお姫様です。天帝とはアジアの最初の王朝の帝王です。年頃の織姫様はある日牛飼いの彦星と出会われて恋に落ちます。しかし父である天帝は彦星との恋をお許しになりません。彦星は天帝の婿候補として認められなかったというわけです。天帝は織姫と彦星を天の川で隔てておしまいになります。それでも、多分仕方なく、年に一度七夕の夜遭うことをお許しになりました。それで天の川にカササギが橋を架け、別れの朝には涙が雨となる・・・・・それが七夕雨と言い伝えられてきました。

随想古事記の中でも触れましたが、中国四千年の第一皇は風姓・太昊伏羲(たいこうふっき、または ふくぎ)氏、第二皇は姜(きょう)姓・炎帝神農氏、第三皇は姫(き)姓・黄帝公孫氏、第一帝は風姓・少昊(しょうこう)金天氏、第二帝は風姓・顓頊(せんぎょく)高陽氏、第三帝は風姓・帝嚳(こく)高辛氏、第四帝は伊祁(いき)姓・帝堯陶唐氏、第五帝は姚(よう)姓帝舜有虞氏です。この後夏・殷・周・秦・漢と歴史上の王朝が続いていきます。ちなみに伏羲は蛇身人首、神農は人身牛首とも伝えられています。これはどういうことかと言いますと、身は母に譲り受けられるものですから、その母の出自が蛇族で、首、つまり系譜はこの王朝の創始者・人(鳥)族であるということです。神農は母が鳥、父方が牛で牛族だと言っていますから別の系統です。

この天帝王朝が世界最古の王朝で、風姓鳥族・・・・・歴史言語学の川崎真治先生はもう一つのアジア族である蛇族と通婚関係にあったと言われています。中国大陸の歴史で第一皇とされている蛇身人首の風姓伏羲、通常女媧伏羲(じょかふっぎ)とペア(?)で呼ばれることが多いと思われますが、最後(多分何代か複数いた?)の伏羲は織姫様の父帝で正統王朝の最後というべきでしょうか。それで第二皇は姜姓炎帝神農氏・・・・・織姫様と牛族の彦星との間に生まれた炎帝神農氏は人身牛首・・・・・母が人(鳥)族で、系統は牛族。王朝は乗っ取られました。ここから中国の易姓革命は始まったと思われます。それでは正統王朝はどこに行ったのか・・・・・ひっそりと永らえて歴史を刻み、五帝の第一帝、第二帝、第三帝は風姓鳥族で中興王朝となり、第四帝、第五帝で易姓王朝となり、夏が第五帝舜を祖とする牛族王朝、殷がまた天帝鳥族王朝の復古、その後が再び周による易姓で、それ以後鳥族は中原の王朝から消えました。しかし天帝によって易姓を認められることが、王朝の正統性の証となりました。それでどの王朝も天帝を祀って祭事を行うことが帝王の務めとなりました。

 

殷の後裔はどこに行ったのか?????・・・・・多分その分布が、織姫様の伝説とのかかわりだと思います。織姫様の記憶を持っている国・・・・・これは、殷の後裔か、落ちていく通り道だと思います。多分東西南北に散ったと思いますが、織姫様の機織りは蛇族を含む鳥族に起源があると思うからです。日本の鶴の恩返しもその記憶による物語だと思われます。そのうちの殷の公子萁子(きし)の系統が朝鮮半島を経て日本列島へ天降ったのが天孫降臨だというのが私の説です。この鳥族王朝のメンバーが天津神一族、当時の日本列島にいた蛇族系統のワタツ人(私の命名による竜宮一族)が国津神一族・・・・・日本列島に正統の天帝王朝が復元したと思っています。これも既に何度か記事にしたことですが、アマテラスも天の機屋を経営され、オシホミミの妃もタクハタチチヒメという機織りの名を持っておられる・・・・・天女も羽衣を持っており、スサノオの娘のスセリビメも松浦佐用姫も領巾(ヒレ)をふる・・・・・アイデンティティは記憶だと思われませんか。先祖の事績を語り継ぐことが、そこに生まれた者の務めだと思います。

 





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台湾ヴォイスのお薦め

2020-09-04 09:52:39 | その時々・武漢ウィルス騒動・・・2020

一昨日9月2日配信された『台湾ヴォイス・チェコ議長訪台 世界舞台への第一歩』というニュースをお勧めします。お話はいつもご紹介している林建良と言われるお医者様で愛国者なのですが、日本人が戦後忘れた独立の誇りと気概を強く見せてくださいます。日本国民が持つべき『独立とはどういうことか』という言行一致の姿勢を具体的に思い出させてくださいます。今のままでは日本国民は三等国民に成り下がるほかないのに、日本として同じ敗戦を経験した台湾国民は一等国民を維持し続けたと思います。なぜならたとえ諸外国が自己都合とやらで独立国扱いしなくても、独立自尊の精神を持って独立を現実に維持していますから。

私は歴史を取り戻せば日本人としてのアイデンティティを取り戻せるのではないかと、『父の背負子随想古事記』シリーズをブログの記事に残しました。ですが、『難しい』と敬遠されています。本当は難しくないのですが、日本人の心の中に歴史に生きて心を体現した歴史の登場人物とつながりが切れてしまっているからだと思います。海幸山幸の兄弟とも何のつながりもなく、大国主命とも何のつながりもない、浦島太郎とも、鶴の恩返しに出てくる『鶴』とも・・・・・さらには、江戸時代の人々とも何のつながりもなく、幕末明治の動乱期に生きた人々とも何の心も通わない・・・・・もっと身近く、特攻に赴いた若い大丈夫とその母が靖国に花嫁人形を納めた心根もわからない・・・・・

             どうしてなのですか?????

 

台風9号が通り過ぎました。このところ賑やかだったこおろぎとクツワムシの声が風のうなりに変わり、夜中に何度も停電して、久しく使わなかったろうそくを一晩じゅうつけて過ごしました。大きな太いろうそくの火影も、台風で騒がしい気持ちを和ませてくれました。電気になれて暗闇を忘れていましたが、ろうそくをあらためて準備しようと思いました。皆様もお大事に!!!!!

 


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