マクロビオティックな歯医者さんの食と暮らし                   食養塾 無何有庵の日々

無(む)と空(くう)の癒しの時間の中で、心食動息の一つ一つを共に考えていきたいマクロビオティックなスペース。

医は食源に在る。

2017年01月01日 00時00分02秒 | 松見歯科診療所にようこそ
無何有庵のブログにようこそ。
無何有庵 庵主の松見千奈美(たま)です。

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食養塾 無何有庵のホームページ

黒体セラミック鍋<DIWAMON ぢわもん>公式ブログ

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初めて開いてくださったゲストの方はどうぞここからお読みください。この記事からスタッフ紹介のカテゴリーまでは固定になっていますので、新しく更新した記事はその後のカテゴリーからお読みいただけます。最新日記はこちらからご覧ください。スクロールして、前の日記をクリックしていただくと、ご覧いただけます。カテゴリーの内容は、私、松見の徒然な日記と、院長の連載、スタッフからのメッセージ、当無何有庵で開催しております各コースごとに記事を読んでいただけるようにしております。

 食養塾 無何有庵は、香川県高松市の片田舎で開業する松見歯科診療所がプロデュースする、マクロビオティックをベースとしたホリスティックな空間です。
無何有とは、荘氏が提唱した理想郷の名前です。ここ香川は真言宗の空海(弘法大師)の地で、無何有の何という字が梵字の<きゃ・・・空という意味です。残念ながら漢字がPCではあらわせませんが。>という字に似ているので置き換えて無何有庵(mukhayuan)と名前を付けました。何もないけれど自由にお使いいただける空間になればとの気持ちを込めました。(真言宗は密教なのでこの梵字を使います。とても大切なものなので、真言宗の色々なお寺さんに相談、ご理解をいただき名付けをいたしました。)

 さて、無何有庵のブログに入る前に、是非みなさんに松見歯科診療所を知ってもらいたいと思います。今の私たちの活動は歯科診療から一つ一つ積み上げた、お口と身体の健康を目指すものです。その手段の一つが無何有庵の活動なのです。まずは、私たちの本業からご紹介したいと思います。


【松見歯科診療所】  <院長・松見哲雄>


≪玄米先生(松見歯科診療所)の診療方針≫             

玄米先生は出来るだけ歯を抜きません。削りません。

  
1.乳歯に問題を起こしてご来院された時、永久歯に悪い影響を残さない最善の治療を目指します。

2.永久歯、歯肉、歯根に問題を起こしてご来院された時、できるだけご自身の歯を大切に残すことを目指します。
  
3.8028(はちまるにぃはち)、80歳の時に28本の歯の全てを失わずに、健康な人生を送っていただけることを目指します。


玄米先生は一般の歯科診療と異なることをたくさんします。


1.お口と身体の健康カルテ
患者さまお一人お一人に「健康カルテ」を作成し、お口の中を通じて全身の健康管理を行っています。花粉症、アトピーなどのアレルギー疾患から生活習慣病まで様々なお悩みの解決に取り組んでいます。
  
2.食生活指導
おいしく、簡単な玄米ごはんをすすめ、病気の予防を中心とした治療を行います。栄養士、食養指導・管理士、カウンセラーなど、歯科以外の有資格者をスタッフに加え、チーム医療のコンビネーションであなたに合うケア、予防を実現します。

3.赤血球検査
サラサラ血液を目指して、あなたの血球の様子を画像でチェックいたします。

4.血糖値検査
たった20秒で血糖値をチェック。かくれ糖尿病予備軍をいち早く見つけ薬を使わず根本から予防、改善致します。

5.食養塾 無何有庵(マクロビオティック料理教室)
食生活指導の一環で、砂糖不使用、ノンアニマル、ノンケミカルな玄米菜食の料理指導を行っています。(無何有庵とは・各コースのご案内のカテゴリーをクリックしてください)
  
6.自律神経免疫療法
福田・安保理論に基づいた、自律神経免疫療法を実施。交感神経、副交感神経のバランスを整え免疫力を高めて様々な全身疾患に対応致します。

7.調和道丹田呼吸法
呼吸を整え心身の調和をはかり、健康作りをバックアップ致します。

8.ストレッチ
身体を適度に動かし、ストレスやエネルギーの発散を促します。

9.三井式温熱療法
身体に注熱することで、さまざまな疾患の改善を目的に実施します。

10.母乳育児のすすめ
母乳育児の大家、故山内逸郎先生の指導に基づき必ず母乳育児を成功させる方法をアドバイス致します。

11.学校給食完全米飯化運動
ミリオンセラー「粗食のすすめ」の著者 幕内秀夫氏の提唱する「ごはん給食」に賛同し、子どもたちの健康を取り戻すための運動を実施いたしております。
 

玄米先生は歯槽膿漏の治療が得意です。
しかし、重症の歯槽膿漏の方の歯を抜かずに 維持していくことは高度な歯科技術だけではなく、患者さまご自身が完治を目指し、ブ ラッシングや食生活の指導をしっかりと守っていただくこと、治療に相当の時間(年単位)と費用がかかることをご承知ください。

≪私たちは、お口の中から身体全体の健康を維持管理できる歯医者を目指しています。≫

■当ブログでご紹介しています自然療法は、リフレッシュを目的としたもので医療 行為とは目的を異しております。病気になる前の未病のうちに、健康維持をはか りましょう。予防が一番大切です。
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松見歯科診療所 プロデュース 食養塾 無何有庵

2017年01月01日 00時00分01秒 | 無何有庵とは
私たちの仕事はお口の問題を治すことです。
虫歯や歯周病などの問題を根治させるための
最の方法として選択したものはごく当たり前のことでした。
それが<マクロビオティック>です。

お口の中の環境が変わらなければ問題に変化は起こらない。
食養を抜きにしてお口の問題解決はありえないことを臨床は語りかけてきます。
マクロビオティックは変化<治癒>を起こす自然医食の原点として
私たちの仕事に生かされています。

<食養塾 無何有庵>は私たちがプロデュースする
マクロビオティックへの扉です。
まずは料理教室で健康を味わってみませんか。


マクロビオティックは身土不二、一物全体食、陰陽調和などの考えを元に、玄米(穀類)と野菜を中心にし、砂糖不使用、動物性食品の排除、化学添加物無しの料理を提案いたします。あれもダメ、これもダメと、一見不自由に思える料理法ですが、実はここに本当の美味しさが潜んでいます。誰もがそんな発見をしていただけるように食養塾 無何有庵では美味しい玄米ご飯、滋味深い野菜料理の手ほどきをお手伝い致します。

香川県高松市香西西町7
電話087-881-2323
E-mail otoiawase@matsumishika.jp
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各コースご案内

2017年01月01日 00時00分00秒 | 各コースご案内
松見歯科診療所<食養塾 無何有庵>からマクロビオティック生活始まります。
私たちが<食養塾 無何有庵>で提案するマクロビオティックとは・・・・。

■理(ことわり)のコース■
なるほどと納得できる実践への早道
 玄米ご飯の簡単炊飯実習と、玄米の良さ、砂糖の危険性、パンの常食への警報をミーティング形式で学習し、主食のあり方を玄米ご飯の試食会でご指導致します。現代栄養学や西洋医学の落とし穴や目からうろこの最新情報を解りやすい言葉でご説明致します。これから玄米ご飯を始めたい方や、食改善を目指す方にはおすすめの講座です。松見歯科の患者さまには必須コースとしてご参加いただいております。(基礎クラス)月2~3回実施。

■養(よう)のコース■
玄米の炊き方・出汁の取り方・ごま塩や常備菜の作り方など、マクロビオティックの基本を気軽に学習できるコースです。初めてマクロビオティックをされる方への質問に答えながら楽しくおいしく体験していただきます。マクロビオティックにご関心のある方なら、どの回からでも髄時受講いただけます。月1回実施。

■飯(はん)のコース■
基本をしっかり、毎日にいかせます
 玄米ご飯の色々な炊き方やバリエーション、砂糖不使用でも甘くて美味しい野菜料理やデザートなど、ご家庭で簡単実践できるマクロビオティックメニューをご提案。初めてのマクロビオティックが楽しくておいしくて身体に嬉しいと知っていただくための体験スターターコースです。(初級クラス)半年10回コース。

■羹(こう)のコース■
美味しいから、楽しいから続けられます
 マクロビオティックテクニックが身に付いたら、ワンランクアップのメニューに挑戦!和食もフレンチもイタリアンも中華だって自由自在。お肉も牛乳もバターだって使ってない!! 本当にノンシュガー?!って、びっくりの腕前になります。毎日のごはんからウイークエンドのスウィーツまで、アレンジができるようになったらもうあなたもマクロシェフ合格です。(中級クラス・食養お手当てもしっかり学ぶコースです。)半年10回コース。

■霽華(さいか)のコース■
話題のカフェや、うわさの名店に負けないおもてなし
 料理は見せ方も大切。霽れ(はれ)の日・褻(け)の日の、霽れの日のおご馳走を素敵にコーディネートしてウンと頑張りたいそんな日のためのメニューをご提案致します。野菜の切り方や盛り付け方、メニューの組み立て方やテーブルコーディネートまで、楽しく身に付けてご家庭で活用できるようご指導いたします。隔月1回、年間6回コース。

■庫裏(くり)のコース(玄米ミニランチ付)■
日本人だから守りたい大切な伝統の味
 お味噌作りや糠漬け、梅干しや豆腐、濁酒、福神漬け、金山時味噌、切干大根や干し柿などなど、簡単に日本の伝統食ができるのを知っていますか。こんなに素晴らしい手作りの味を次代に伝えないで忘れてしまうのは勿体ないですよね。お手軽インスタントな加工食品よりずっとヘルシーで美味しいおふくろの味を再現します。月1回。

■茶菓(ちゃか)のコース(玄米ミニランチ付)■
パティシエも注目のレシピ、マクロビオティックスウィーツ
 ノンシュガーなのにとってもスゥィート♪バターや牛乳も使わないのにお洒落なケーキやクッキー、粋な和菓子まで気軽に作れるレシピをご紹介いたします。マクロビオティック初めてでも大丈夫!ダイエットはしたいけどお菓子大好きな欲張りさんに、子育て真っ最中の賢いママにおすすめのコースです。月1回。

■月例 『mihokoのマクロ日和』料理教室
毎月1回開校。玄米おむすび屋「飯'z」を主催しながら無何有庵アシスタントとして活躍していますmihokoちゃんの料理教室です。お得意のカフェメニューや和のスイーツなどアイディアあふれるレシピは普段使いにもOKと好評です。マクロビオティック料理初めてでも丁寧にご指導いたしますのでお気軽にご参加いただけます。

 Monthly マクロビオティック・カフェ  ゆるりまんま  (月1回・12:00~13:30 OPEN)
無何有庵のマクロビ料理が食べた~いという皆さまのあったかいご要望にお応えして、月に一度だけ、無何有庵がカフェ『ゆるりまんま』に変身!素敵な笑顔とおしゃべり、おいしいマクロビオティックメニューでおもてなし致します。料理の手ほどきも致しますのでご希望の方は朝の準備からご参加いただけます。(お1人1000円・ドリンク、デザート付)

■「リビング文化教室」マクロビオティックなお菓子教室(玄米ミニランチ付)

毎月1回、高松リビング新聞社主催のリビング文化教室として無何有庵にて、お菓子教室を開催。砂糖不使用、乳製品など動物性食材、イーストやベーキングパウダーなどケミカル素材を一切使わない、安心安全でダイエタリーなお菓子を作ります。こんなに素材の制約をしているのに(しているからこそ)本当に甘くておいしいデザートがお家で簡単に作れちゃうからうれしいね。(日程やメニューはリビングたかまつ紙に掲載。お問合せお申し込みは087-812-1777「リビング文化教室」係まで)



■出前出張いたします!■



学校やPTA、婦人会などの集まりに、出張講演を実施いたしております。食生活の大切さや、歯と健康について、マクロビオティックのお話し、自然医食のお手当法、料理教室など、ご要望に応じたお話をさせて頂きます。開催主旨により講師料などのお気遣いは一切ご無用です。

      

食育の時代といわれる昨今ですが、本当の食育とは健康になる食事のあり方をしっかりと学び実践され全ての人が当たり前に健康であるということがなされなければ絵に描いた餅となり、形骸化されたものとなります。真剣に食を考え、次代に伝えて行く事が私たちの大切な仕事です。

  
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院長 松見哲雄

2016年12月31日 23時59分57秒 | スタッフ紹介
 1950年生まれ。早稲田大学理工学部を4年まで行くがやりたい事が見つからず、日本大学歯学部に。卒業後歯科医となり勤務医を2年程経て家業をを継ぐ。豊中市の歯科医・片山恒夫氏の指導をを受け、虫歯や歯周病の再発防止を目的とした治療を行ううち、食生活の改善で生活習慣病やアレルギーなどが治癒することを確信、食養の方向へと進む。未病を作らない、未病のうちに癒すということを診療方針にしている。

 歯周病(歯槽膿漏)治療が得意。重度歯周病の方も諦めないで欲しいと訴える。
 
 故・桜沢如一先生のマクロビオティックをベースにした食事療法だけではなく、福田安保理論に基づく自律神経免疫療法や、帯津良一医学博士の指導を仰ぎ調和道丹田呼吸法などのホリスティック医療を導入し、お口の中から身体全体の健康まで視野に入れて指導を進める。

■日本自律神経免疫治療研究会 会員
■マクロビオティック望診法指導士

趣味はテニス、釣り。こよなく酒を愛している。
血液型 A型 五黄土星(五黄の寅)
性格は、温厚だがこうと思ったら梃子でも動かせない。思った事はやり抜く、いい意味での頑固。体育会系だが、ちょっとお茶目。
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無何有庵 庵主 松見千奈美

2016年12月31日 23時59分56秒 | スタッフ紹介
 1959年生まれ。京都の広告代理店勤務後、23歳で独立し、大阪で企画会社を設立。コピーライターとしてCM、番組、雑誌などを制作。実家の事情で27歳で帰郷。製パンメーカー神戸屋(坂出工場)に勤務し、お客さまセンター、販売促進、マーケティング、営業企画、商品開発、パッケージデザインなどを手がけた後、総務課長に就任し、人事、労務、能力開発を担当する。店舗デザインも好きで、瀬戸大橋博覧会での神戸屋の店舗や直営店の店舗、地元のアウトドアショップ・ベースキャンプゆめタウン店、当無何有庵のデザインなども。

 39歳で結婚、玄米に出会う。玄米を頂き砂糖無しの生活が始まり、患者さま対象の料理教室を開く。この頃マクロビオティックを知り、マクロビアンとなる。医院の裏に【食養塾 無何有庵】を開校。料理などマクロビオティックな生活の普及に努める。

◆産業カウンセラー、フードオーガナイザー協会認定食養管理士、自然医食フォーラム認定食養指導士、正食クッキングスクール師範、自然医食フォーラム嘱託講師、マクロビオティック望診法指導士。リビング高松文化教室講師、十字屋カルチャーセンター高松講師など
◆趣味 キャンプ、ガーデニング、料理

血液型 B型 五黄土星(亥のしし座) 通称たま   
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歯科衛生士 今川さえ

2016年12月31日 23時59分55秒 | スタッフ紹介
 歯科衛生士になって14年目。当院ではベテラン衛生士です。延べ人数2万人のお口の中を覗いてきました。歯周治療にかけては県内でもトップを走る若手ホープの一人です。歯を抜かない削らない治療に情熱を燃やし、食事指導も熱心に行います。患者さまからの信頼も厚く、重度歯周病の患者さまの治療を通し、患者さまと喜びを共にする姿は患者さまにとって心強いパートナーです。 
2009年、様々な職種の方と10分間のセミナーで講師力を競うセミナーコンテストに出場。
全6回行われているグランプリ大会で唯一の女性。
また、28歳と最年少でグランプリを受賞しています。

 新人スタッフには手厳しいけれど面倒見の良い姐御肌のところも・・。甘える事が大っ嫌いで人知れず頑張るタイプで、当院きっての勉強家。

そして、幼稚園児の優しいママでもあります。

2008年、NPO日本歯周病学会認定歯科衛生士 資格取得。



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歯科技工士 大住隆之

2016年12月31日 23時59分49秒 | スタッフ紹介
 院長の片腕として長年松見歯科の技工を担当。無理難題にも果敢に取り組み、患者さまに最も適した技工物を作成しています。歯科技工は24時間体制で作るものも多く大変なのですが、当院の診療方針を理解しいつも頑張ってくれています。
 
 温厚で優しい彼は、スタッフの良き相談相手でもあります。院長と同様、お酒をこよなく愛しています。

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外部スタッフ 天雲隆夫

2016年12月31日 23時59分47秒 | スタッフ紹介
 松見歯科の運営に欠かせない外部スタッフ、オーガニックガ-ディナーの天雲農園社長天雲隆夫(通称てんさん)さんです。

 庭の手入れは勿論ですが、無何有庵の大きな鉢に活ける花樹やお手当て用の枇杷の葉の調達、家庭菜園のアドバイスなど、ある時は天才庭師、またある時はカメラマン、そして又ある時は診療室の整備士・・・。八面六臂の活躍で当院の応援をしてくれています。渡辺の「良い歯の子ども教室」では中心スタッフとして手伝ってくれます。当院無何有庵のデッキにある素敵な釜は、てんさんの手作り!とにかく何でもできる天才です。
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歯科相談はこちらから

2016年12月31日 23時59分00秒 | ブログ内歯科相談
歯科でのお悩み・ご質問などございましたらこちらに書き込みをしていただきましたら、歯科医師、歯科衛生士がお応えいたします。
お気軽にお問い合わせください。
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いのちの質を上げる奇跡のセミナー

2016年11月02日 16時55分38秒 | いただきますの法則
久しぶりに食養塾無何有庵にて、ゲスト講師をお招きしてのイベントを開催いたします。





ご存じの方も多いかと思いますが空間診断士 船越耕太さん。 

(船越耕太オフィシャルサイトはこちら)

年間100本以上の講座、セミナーをこなしながら、顧客4万人の「食と掃除」のコンサルを実施。空間セラピスト&掃除カウンセラーの肩書きをお持ちです。

そう、健康雑誌を手がけているマキノ出版社の月刊誌「ゆほびか」の2016年12月号(ただ今発売中)にも2ページにわたって掲載されている今とっても旬の掃除の魔術師です。

何よりも、耕太さんのお父様は、岡山の山奥にあるメディアでも話題の民宿「百姓屋敷わら」、「WaRa倶楽無」のオーナーであり、重ね煮の大家としての料理人、マクロビオティックの継承者のお一人でもある船越康弘先生なんです。

耕太さんは、6歳の時から民宿を手伝い、掃除、薪割り、調理の下準備などをこなしてきました。
わらに行かれたことのある方ならお分かりだと思いますが、冬は雪に埋まるような山奥で、学校に行くのは何キロも下って行かなくてはならないような僻地です。冬はとにかく寒いのです。

自然豊かな民宿ですが、その側面ではそんな過酷な環境の中、幼い耕太少年はず~っと、毎日、家業を手伝いながら育ってきました。

中学に入って、「学校をやめたい」と父親に相談したところ、「学校をやめることは大賛成だ」「おまえができる“苦手なこと”“嫌いなこと”を、たったひとつでいいから毎日続けてみなさい。1000回超えたら人生が変わるから」と助言され、その日から現在に至るまでの毎日、欠かさず素手でのトイレ掃除を続けてきたのです。

このくだりは、ぜひ、著書「ぞうきん1枚で 人生が輝く そうじ力」(大和書房 2016年3月30日初版)をご覧ください。

そして、人生が変わりました!

そんな船越耕太さんが、渾身のエネルギーを持って、「いのちの質を上げる」奇跡のような体感ワークをお届けくださいます。

あなたの人生が、少し曇っているとお感じの方や、なにかしら満足していない、自分の力をしっかりと実感できない、生きる目的が見つけられない、生き方が器用ではない・・・、そんな方におすすめのセミナーです。

10代から30代の若い方はもちろん、思春期の子どもさんをお持ちの方、学校の先生、職場で部下の育成にかかわっている方、いろいろな方に、きっとご満足頂ける内容です。

今回は、クリスマスシーズンを迎えますので、重ね煮のお料理を使ったクリスマス仕様のフルコースのお料理もご堪能いただけます。

人生をクリエイトする船越耕太さんを、丸ごと体感していただきたい1日です。


空間診断士 船越耕太の
いのちの質を上げる
奇跡のセミナー



日 時 2016年12月17日(土)
     10:00~15:00

会 費 10,800円(15名限定)

お申込み、お問合わせ
松見歯科診療所 食養塾 無何有庵
087-881-2323


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健康と自己責任

2016年10月15日 17時55分03秒 | いただきますの法則
さわやかな秋らしい毎日が続いていますね。
庭には、アケビの実が紫色に色づき、ホトトギス、紫式部、秋桐、などなど、さまざまな紫色の花々が競い合っています。五行では秋の色は白とありますが、自然界は紫に輝き、陰の様相が深まってきました。
今朝は、5時前に起床しましたが、パジャマでは寒くて、思わずガウンを一枚羽織りました。


9月から、診療室の人手不足で、久しぶりの受付嬢を任されており、患者さんと接する機会が多いこの頃です。

そんな中、歯科を受診される多くの患者さんが、難病を抱えておられたり、重篤な病気を併せ持っていたり、歯科の問題だけではおさまらない状態でおられ、あらためて、カラダ丸ごとを捉えながら俯瞰視いたしております。

まず、慢性的な大変な病気を持っている方の口腔内は正比例して多くの問題をかかえておられます。
重篤な病気の方で口腔内は完璧という方に出会ったことがありません。

歯肉炎、虫歯、歯周病、根尖性歯周炎、不正咬合、唾液の分泌低下(ドライマウス)、舌癒着、さらには鼻咽腔の炎症など、広範囲の歯科領域に問題が見られるのです。

視点を変えると、口腔内に大きな問題を抱えておられると、いずれは口腔内だけではおさまらないと言えるでしょう。

ということで、標題に掲げた「健康と自己責任」について、私見ではありますが、考えてみました。

先日よりネットで話題になりましたので、ご存じの方も多いと思いますが、
元フジテレビアナウンサー<長谷川豊氏>の、
人工透析患者さんへの目に余るバッシング騒動が起きました。

長谷川アナは9月19日、「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」と題したブログを投稿し炎上。という内容です。

このひどい論理に、もちろん同意しているわけではありません。

人工透析は、簡単に申しますと、腎臓に甚大な問題が起き、自力で血液の濾過ができなくなることで、人工的に腎臓の代わりを機械が行なわなければならない患者さんに施す治療です。
一週間に何度か、長時間をその治療に割かないといけない、患者さんにとって、とても大変な治療です。

詳しく知りたい方には、こちらのサイトに譲ります。

その治療費は、年間五百万円もかかる高額医療です。

ですから国は患者さんの負担を軽減するために、高額療養費の特例措置を作り、保険給付されるため、個人負担は一か月一万円(上限)となり、それ以外は税金が投入されるシステムになっています。


先日、日本の医療費が41兆円を越えたことがニュースになりました。
この医療費は、保健制度に則ったものですから、高齢者や介護などにかかる医療費投入は別途となります。
つまり、国家予算の半分以上が総医療費に費やしているということです。

これって、なんとかならないのでしょうか?

医療費が削減できたら、それを子育てに、食の安全に、減税にと、いろいろいいこと一杯に思えます。

食養の世界では「健康(病気)は自己責任」と言われます。
病気になるには何か理由があって、多くは、それぞれの生活習慣や心がけで未然に防げると考えているからです。
ですから、まずはできることは自己責任においてやる、と教えられます。

できるだけ外食を控え、ごはんとお味噌汁だけであっても自炊するだけでずいぶんと健康は取り戻せます。
主食(主なる食べ物)を真中にど~んと置いた食事であれば、間食(甘食)を減らすことができます。
一口を良く噛んで頂くだけで、消化器官はとても楽になります。
お肉やお魚など、いただくとしてもご馳走だということを忘れずに。

できること、いろいろあると思います。

日本生活習慣病予防協会が2011年1月27日に「透析患者数が30万弱に増加。導入の45%は糖尿病が原因」と発表いたしました。

日本では糖尿病の95%がⅡ型で、まさに生活習慣病からなる病気です。
つまり、生活習慣を改善していれば罹患するリスクを避けられるというものです。

松見歯科でもHbA1cが11くらいまで上がっていた患者さんが
歯周病を改善するための治療と併せて食事をかえることで5.8以下になられた方など、
糖尿病を改善、完治された方はたくさんおられます。

糖尿病が原因でよくみられる合併症は、神経障害、網膜症、そして糖尿病腎症の三つで、これらは糖尿病の三大合併症と呼ばれています。

残念ながらわが国では糖尿病が原因で透析療法を受ける人が少なくありません。現在透析を受けている人の数は全国で30万人弱、その45%が糖尿病性腎症によるもので透析導入原因のトップを占めているということなのです。
2011年からすでに5年を過ぎ、人工透析を受ける患者さんは増える一方だというのです。

でも、人工透析の患者さんの45%の患者さんが、もし、普段から生活習慣に気をつけていたら、もし、糖尿病と診断されても改善、完治させることができれば、もっと医療費は減るはずです。

国家予算のうち税収入は約半分。ということは医療費=まるまる税金といって過言ではありません。むしろ税金による収入では全医療費は賄えていないという、恐ろしい現実です。

これ以上、赤字国債を増やさないように、税金を無駄遣いしていないかどうか、もう一度しっかり考えてみなくてはなりませんね。

もちろん、人工透析というのは、話の例えです。
ほかにも、たくさんの難病や重篤な病気はあります。
それらも、何かしら、原因があり、未然に予防できることがあったかもしれません。

医療現場で働いていると、安易に病気になられている方を多く見ます。
ご当人は、病気で長年苦しんでこられているのですが、
歯科的治療と併せて、食事を見直したり、呼吸に注意したり、心の持ち方だったり、カラダの機能の改善をはかったりすることで、本当に苦しかった病気を完治させることができるという<ご本人にとっては奇跡?>が起きるのです。

「健康(病気)と自己責任」

多くの病気は自分で作ったのだということに気づくこと。食養の極意のように思います。

私たちは、自己責任に気づかれますよう、患者さんをしっかりサポートすることが仕事だと感じるこの頃です。



ハートのしょうが。






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見よぼくら一銭五厘の旗

2016年09月29日 15時14分19秒 | 庵主の日記
NHKの朝の連続ドラマ「とと姉ちゃん」も残すところあと2話になりました。
モデルとなった「暮らしの手帳」を初めて知ったのは21歳のとき。
ソウルメイト(と勝手に思っている)のお母さんの愛読書でした。
彼もまた、「暮らしの手帳」を大切に思っていて、ことあるごとに会話の中に登場しました。
そんなこともあって、「暮らしの手帳」は私にとっても大事にしている雑誌の一つです。
かの商品テストは、カタログハウスさんの通販生活という雑誌が手本にしているのは周知のことと思います。

NHKだけに、どこまで踏み込むのかなと思っていましたが、ラスト週で反戦の旗揚げとなりました。もちろん、とてもさらっと、ですが。松見歯科の待合室ライブラリーにも、暮らしの手帳の戦争特集の号を出していたのですが、どなたかお持ち帰りになられたのか、紛失中です(悲しい~;;)。

そんなやこんなやなので、花森安治氏の詩を全文で記したいと思います。
お読みください。

見よぼくら一銭五厘の旗

美しい夜であった
もう 二度と 誰も あんな夜に会うことは ないのではないか
空は よくみがいたガラスのように透きとおっていた
空気は なにかが焼けているような香ばしいにおいがしていた
どの家も どの建物もつけられるだけの電灯をつけていた
それが 焼け跡をとおして一面にちりばめられていた

昭和20年8月15日

あの夜
もう空襲はなかった
もう戦争は すんだ
まるで うそみたいだった
なんだか ばかみたいだった
へらへらとわらうと 涙がでてきた
 
どの夜も 着のみ着のままで眠った
枕許には 靴と 雑のうと 防空頭巾を 並べておいた
靴は 底がへって 雨がふると水がしみこんだが ほかに靴はなかった
雑のうの中には すこしのいり豆と三角巾とヨードチンキが入っていた
夜が明けると 靴をはいて 雑のうを肩からかけて 出かけた
そのうち 電車も汽車も 動かなくなった
何時間も歩いて 職場へいった
そして また何時間も歩いて家に帰ってきた
家に近づくと くじびきのくじをひらくときのように すこし心がさわいだ
召集令状が 来ている
でなければ
その夜 家が空襲で焼ける
どちらでもなく また夜が明けると
また何時間も歩いて 職場へいった
死ぬような気はしなかった
しかし いつまで生きるのか
見当はつかなかった
確実に夜が明け 確実に日が沈んだ
じぶんの生涯のなかで いつか
戦争が終るかもしれない などとは
夢にも考えなかった
 
その戦争が すんだ
戦争がない ということは
それは ほんのちょっとしたことだった
たとえば 夜になると 電灯のスイッチをひねる ということだった
たとえば ねるときには ねまきに着かえて眠るということだった
生きるということは 生きて暮すということは そんなことだったのだ
戦争には敗けた しかし
戦争のないことは すばらしかった
 
軍隊というところは ものごとを
おそろしく はっきりさせるところだ
星一つの二等兵のころ 教育掛りの軍曹が 突如として どなった
貴様らの代りは 一銭五厘で来る
軍馬は そうはいかんぞ
聞いたとたん あっ気にとられた
しばらくして むらむらと腹が立った
そのころ 葉書は一銭五厘だった
兵隊は 一銭五厘の葉書で いくらでも
召集できる という意味だった
(じっさいには一銭五厘もかからなかったが……)
しかし いくら腹が立っても どうすることもできなかった
そうか ぼくらは一銭五厘か
そうだったのか
〈草莽(そうもう)の臣〉
〈陛下の赤子(せきし)〉
〈醜(しこ)の御楯(みたて)〉
つまりは
〈一銭五厘〉
ということだったのか
そういえば どなっている軍曹も 一銭五厘なのだ 
一銭五厘が 一銭五厘を
どなったり なぐったりしている
もちろん この一銭五厘は この軍曹の発明ではない
軍隊というところは 北海道の部隊も
鹿児島の部隊も おなじ冗談を おなじアクセントで 言い合っているところだ
星二つの一等兵になって前線へ送りだされたら 
着いたその日に 聞かされたのが きさまら一銭五厘 だった
陸軍病院へ入ったら こんどは各国おくになまりの一銭五厘を聞かされた
 
考えてみれば すこしまえまで
貴様ら虫けらめ だった
寄らしむべし知らしむべからず だった
しぼれば しぼるほど出る だった
明治ご一新になって それがそう簡単に
変わるわけはなかった
大正になったからといって それがそう簡単に変わるわけはなかった
富山の一銭五厘の女房どもが むしろ旗を立てて 米騒動に火をつけ 
神戸の川崎造船所の一銭五厘が同盟罷業をやって
馬に乗った一銭五厘のサーベルに蹴散らされた
昭和になった
だからといって それがそう簡単に変わるわけはないだろう
満洲事変 支那事変 大東亜戦争
貴様らの代りは 一銭五厘で来るぞ と
どなられながら 一銭五厘は戦場をくたくたになって歩いた 
へとへとになって眠った
一銭五厘は 死んだ
一銭五厘は けがをした 片わになった
一銭五厘を べつの名で言ってみようか
<庶民>
ぼくらだ 君らだ
 
あの八月十五日から
数週間 数カ月 数年
ぼくらは いつも腹をへらしながら
栄養失調で 道傍でもどこでも すぐに
しゃがみこみ 坐りこみながら
買い出し列車にぶらさがりながら
頭のほうは まるで熱に浮かされたように 上ずって 昂奮していた
 
戦争は もうすんだのだ
もう ぼくらの生きているあいだには
戦争はないだろう
ぼくらは もう二度と召集されることはないだろう
敗けた日本は どうなるのだろう
どうなるのかしらないが
敗けて よかった
あのまま 敗けないで 戦争がつづいていたら
ぼくらは 死ぬまで
戦死するか
空襲で焼け死ぬか
飢えて死ぬか
とにかく死ぬまで 貴様らの代りは一銭五厘でくる とどなられて 
おどおどと暮していなければならなかった
敗けてよかった
それとも あれは幻覚だったのか
ぼくらにとって
日本にとって
あれは 幻覚の時代だったのか
あの数週間 あの数カ月 あの数年
おまわりさんは にこにこして 
ぼくらを もしもし ちょっと といった
あなたはね といった
ぼくらは 主人で おまわりさんは家来だった
役所へゆくと みんな にこにこ笑って
かしこまりました なんとかしましょう といった
申し訳ありません だめでした といった
ぼくらが主人で 役所は ぼくらの家来だった
焼け跡のガラクタの上に ふわりふわりと 七色の雲が たなびいていた
これからは 文化国家になります と
総理大臣も にこにこ笑っていた
文化国家としては まず国立劇場の立派なのを建てることです と大臣も にこにこ笑っていた
電車は 窓ガラスの代りに ベニヤ板を
打ちつけて 走っていた
ぼくらは ベニヤ板がないから 窓には
いろんな紙を何枚も貼り合せた
ぼくらは主人で 大臣は ぼくらの家来だった
そういえば なるほどあれは幻覚だった
主人が まだ壕舎に住んでいたのに
家来たちは 大きな顔をして キャバレーで遊んでいた
 
いま 日本中いたるところの 倉庫や
物置きや ロッカーや 土蔵や
押入れや トランクや 金庫や 行李の隅っこのほうに
ねじまがって すりへり 凹み 欠け
おしつぶされ ひびが入り 錆びついた
〈主権在民〉とか〈民主々義〉といった
言葉のかけらが
割れたフラフープや 手のとれただっこちゃんなどといっしょに つっこまれたきりになっているはずだ
(過ぎ去りし かの幻覚の日の おもい出よ)
いつのまにか 気がついてみると
おまわりさんは 笑顔を見せなくなっている
おいおい とぼくらを呼び
おいこら 貴様 とどなっている
役所へゆくと みんな むつかしい顔をして いったい何の用かね といい
そんなことを ここへ言いにきてもダメじゃないか と そっぽをむく
そういえば 内閣総理大臣閣下の
にこやかな笑顔を 最後に見たのは
あれは いつだったろう
もう〈文化国家〉などと たわけたことはいわなくなった
(たぶん 国立劇場ができたからかもしれない)
そのかわり 高度成長とか 大国とか
GNPとか そんな言葉を やたらに
まきちらしている
物価が上って 困ります といえば
その代り 賃金も上っているではないかといい
(まったくだ)
住宅で苦しんでいます といえば
愛し合っていたら 四帖半も天国だ といい
(まったくだ)
自衛隊は どんどん大きくなっているみたいで 気になりますといえば
みずから国をまもる気慨を持て という
(まったく かな)
どうして こんなことになったのだろう
政治がわるいのか
社会がわるいのか
マスコミがわるいのか
文部省がわるいのか
駅の改札掛がわるいのか
テレビのCMがわるいのか
となりのおっさんがわるいのか
もしも それだったら どんなに気がらくだろう
政治や社会やマスコミや文部省や
駅の改札掛やテレビのCMや
となりのおっさんたちに
トンガリ帽子をかぶせ トラックにのせて 町中ひっぱりまわせば
それで気がすむというものだ
それが じっさいは どうやら そうでないから 困るのだ
 
書く手もにぶるが わるいのは あのチョンマゲの野郎だ
あの野郎が ぼくの心に住んでいるのだ
(水虫みたいな奴だ)
おまわりさんが おいこら といったとき おいこら とは誰に向っていっているのだ といえばよかったのだ
それを 心の中のチョンマゲ野郎が
しきりに袖をひいて 目くばせする
(そんなことをいうと 損するぜ)
役人が そんなこといったってダメだといったとき お前の月給は 誰が払っているのだ といえばよかったのだ
それを 心の中のチョンマゲ野郎が
目くばせして とめたのだ
あれは 戦車じゃない 特車じゃ と
葉巻をくわえた総理大臣がいったとき
ほんとは あのとき
家来の分際で 主人をバカにするな といえばよかったのだ
ほんとは 言いたかった
それを チョンマゲ野郎が よせよせととめたのだ
そして いまごろになって
あれは 幻覚だったのか
どうして こんなことになったのか
などと 白ばくれているのだ
ザマはない
おやじも おふくろも
じいさんも ばあさんも
ひいじいさんも ひいばあさんも
そのまたじいさんも ばあさんも
先祖代々 きさまら 土ン百姓といわれ
きさまら 町人の分際で といわれ
きさまら おなごは黙っておれといわれ
きさまら 虫けら同然だ といわれ
きさまらの代りは 一銭五厘で来る といわれて はいつくばって暮してきた
それが 戦争で ひどい目に合ったからといって 戦争にまけたからといって
そう変わるわけはなかったのだ
交番へ道をききに入るとき どういうわけか おどおどしてしまう
税務署へいくとき 税金を払うのはこっちだから もっと愛想よくしたらどうだ
といいたいのに どういうわけか おどおどして ハイ そうですか そうでしたね などと 
おどおどお世辞わらいをしてしまう
タクシーにのると どういうわけか
運転手の機嫌をとり
ラーメン屋に入ると どういうわけか
おねえちゃんに お世辞をいう
みんな 先祖代々
心に住みついたチョンマゲ野郎の仕業なのだ
言いわけをしているのではない
どうやら また ひょっとしたら
新しい幻覚の時代が はじまっている
公害さわぎだ
こんどこそは このチョンマゲ野郎を
のさばらせるわけにはいかないのだ
こんどこそ ぼくら どうしても
言いたいことを はっきり言うのだ
 
工場の廃液なら 水俣病からでも もうずいぶんの年月になる
ヘドロだって いまに始まったことではない
自動車の排気ガスなど むしろ耳にタコができるくらい 聞かされた
それが まるで 足下に火がついたみたいに 突如として さわぎ出した
ぼくらとしては アレヨアレヨだ
まさか 光化学スモッグで 女学生バッタバッタ にびっくり仰天したわけでもあるまいが 
それなら一体 これは どういうわけだ
けっきょくは 幻覚の時代だったが
あの八月十五日からの 数週間 数カ月
数年は ぼくら心底からうれしかった
(それがチョンマゲ根性のために
もとのモクアミになってしまったが)
それにくらべて こんどの公害さわぎは
なんだか様子がちがう
どうも スッキリしない
政府が本気なら どうして 自動車の生産を中止しないのだ
どうして いま動いている自動車の 使用制限をしないのだ
どうして 要りもしない若者に あの手この手で クルマを売りつけるのを
だまってみているのだ
チクロを作るのをやめさせるのなら
自動車を作るのも やめさせるべきだ
いったい 人間を運ぶのに 自動車ぐらい 効率のわるい道具はない
どうして 自動車に代わる もっと合理的な道具を 開発しないのだ
(政府とかけて 何と解く
そば屋の釜と解く
心は言う(湯)ばかり)
 
一証券会社が 倒産しそうになったとき
政府は 全力を上げてこれを救済した
ひとりの家族が マンション会社にだまされたとき 
政府は眉一つ動かさない
もちろん リクツは どうにでもつくし
考え方だって いく通りもある
しかし 証券会社は救わねばならぬが
一個人がどうなろうとかまわない
という式の考え方では 公害問題を処理できるはずはない
公害をつきつめてゆくと
証券会社どころではない 倒してならない大企業ばかりだからだ
その大企業をどうするのだ
ぼくらは 権利ばかり主張して
なすべき義務を果さない
戦後のわるい風習だ とおっしゃる
(まったくだ)
しかし 戦前も はるか明治のはじめから 戦後のいまも
必要以上に 横車を押してでも 権利を主張しつづけ その反面 なすべき義務を怠りっぱなしで来たのは
大企業と 歴代の政府ではないのか
 
さて ぼくらは もう一度
倉庫や 物置きや 机の引出しの隅から
おしまげられたり ねじれたりして
錆びついている〈民主々義〉を 探しだしてきて 錆びをおとし 部品を集め
しっかり 組みたてる
民主々義の〈民〉は 庶民の民だ
ぼくらの暮しを なによりも第一にするということだ
ぼくらの暮しと 企業の利益とが ぶつかったら 企業を倒す ということだ
ぼくらの暮しと 政府の考え方が ぶつかったら 政府を倒す ということだ
それが ほんとうの〈民主々義〉だ
政府が 本当であろうとなかろうと
今度また ぼくらが うじゃじゃけて見ているだけだったら
七十年代も また〈幻覚の時代〉になってしまう
そうなったら 今度はもう おしまいだ
 
今度は どんなことがあっても
ぼくらは言う
困まることを はっきり言う
人間が 集まって暮すための ぎりぎりの限界というものがある
ぼくらは 最近それを越えてしまった
それは テレビができた頃からか
新幹線が できた頃からか
電車をやめて 歩道橋をつけた頃からか
とにかく 限界をこえてしまった
ひとまず その限界まで戻ろう
戻らなければ 人間全体が おしまいだ
企業よ そんなにゼニをもうけて
どうしようというのだ
なんのために 生きているのだ
 
今度こそ ぼくらは言う
困まることを 困まるとはっきり言う
葉書だ 七円だ
ぼくらの代りは 一銭五厘のハガキで
来るのだそうだ
よろしい 一銭五厘が今は七円だ
七円のハガキに 困まることをはっきり書いて出す 何通でも じぶんの言葉で
はっきり書く
お仕着せの言葉を 口うつしにくり返して ゾロゾロ歩くのは もうけっこう
ぼくらは 下手でも まずい字でも
じぶんの言葉で 困まります やめて下さい とはっきり書く
七円のハガキに 何通でも書く
 
ぽくらは ぼくらの旗を立てる
ぼくらの旗は 借りてきた旗ではない
ぼくらの旗のいろは
赤ではない 黒ではない もちろん
白ではない 黄でも緑でも青でもない
ぼくらの旗は こじき旗だ
ぼろ布端布(はぎれ)をつなぎ合せた 暮しの旗だ
ぼくらは 家ごとに その旗を 物干し台や屋根に立てる見よ
世界ではじめての ぼくら庶民の旗だ
ぼくら こんどは後(あと)へひかない



見よぼくら一銭五厘の旗: 花森安治
この作品は花森安治(はなもりやすじ・1911-1978)が1970 年(昭和45 年)10 月の『暮しの
手帖』第2世紀8号に掲げた“宣言”です。

https://www.kurashi-no-techo.co.jp/books/b_1034.html

https://www.kurashi-no-techo.co.jp/books/b_1021.html
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お待たせいたしました。食改善のための講座「理のコース」を再開します。

2016年09月16日 18時01分19秒 | 食事改善の基礎 理(ことわり)のコース



松見歯科で20年来続けてきました食改善のお話の講座ですが、諸事情で半年以上お休みさせていただいていましたが、ようやく再開させていただけることになりました。

新患さんの初診プログラムのカリキュラムのひとつである「理のコース」の食の話は、現代栄養学では語られることのない!、西洋医学の常識が揺らぐような、松見歯科だからこそお伝えできる内容が満載です。


一大ブームとなった糖質制限食や、酵素ジュース、スムージーなどなど、本当にカラダに良い健康法なのでしょうか!?

今回のお話のテーマは、<カラダを壊す糖質、カラダを守る糖質>。
間違いだらけの食の常識を深く掘り下げて、本来あるべき食のあり方をお伝えしたいと思います。

松見歯科のスタッフは、何がカラダに良くて、何がカラダを壊しているのかを日々患者さまを通して実感しています。そして、患者さまもご自身が被験者となって体感されます。臨床は、目に見えるエビデンスです。

もちろん健康な体を構成する要素は食だけではありません。色々な物をカラダに取りこんで構成されています。
でも、口から取りこむ物質としての食は、自然や社会のようなものとは違い、私たちが自由に選択できる無二のものかもしれません。

だからこそ、環境に左右されないような健康なカラダ作りの要として、食のあり方を少し学んでみませんか?

気になっていた不定愁訴や未病、持病や慢性疾患、重篤な症状など、窮屈な状態からもう少し解き放たれて、元気を取り戻す糸口になることと思います。


食改善の基礎<理のコース>

開催日  平成28年10月29日(土)
時 間  10:00~14:00(9:45集合)

参加費  756円(玄米ランチ付き・炊き方実習あり)


ご参加希望の方は必ず事前にお電話でお申込みください。
松見歯科診療所 087-881-2323まで。



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そろそろ社会復帰しています。

2016年09月14日 18時51分29秒 | 庵主の日記
12日は母の月命日でした。
母が亡くなりもう半年になりました…。
母の葬儀にはたくさんのご厚情を頂きまして、ありがとうございました。
遅くなりましたが、心からお礼申し上げます。

私は、相変わらず実家暮らしではありますが、先月末から松見歯科の受付嬢をやってます(笑)
ご主人の転勤などでスタッフの退職が続き、ピンチヒッターというところでしょうか。
母の病気療養のため始めた実家暮らしですから、もう半年以上も高松の家を空けてしまいましたその間に、家も診療室もいろいろ大変なことになってます!!!
片付けや整理に、エンジン全開、ネジを締め直さねばな我が家ですが、こうして、少しづつ母の死を乗り越えて行くのかなと思っています。

実家は、33歳の時、母と一緒に暮らすために購入した小さな家ですが、私の結婚後は母が一人で暮らすことになり、寂しい思いをさせてしまいました。
でも、高台の緑豊かで静かな環境にあり、母はこの家をこよなく愛していたようで、亡くなる前には、手放さないで欲しいと何度も申していました。 母にとってこの家はまさに終の棲家となってくれました。私は母への返しきれない恩返し…少しは親孝行ができたでしょうか。

母が他界して半年。実家の暮らしは、母が生きていたという再確認の毎日でした。

娘に負担をかけまいと節約をしていた暮らしぶりはそこかしこに…
慎ましく、爪に灯りを灯すようにして、残さなくてもいい蓄えをしてくれていました。

一番好きだった椿の花を道連れに、まさに落椿の如く次の世界に旅立った母。
実生の種から芽を出した小さな樹々を屋根の高さほどに育てたり、挿し木をして大きくした数々の花々など、母が手入れをしてきた庭には、この半年、一度も絶えることなく季節、季節の花が咲きほころび、毎日が驚きと喜びにあふれていて、私を慰め守ってくれているかのように、母の温もりと面影を感じます。
花のひと…春の花を独り占めにして最期を選んだ母は本当に花が好きだったんだなぁと、庭に咲きほころぶ花の数々に、母と会話しているかのように話しかける毎日です。

遺品の整理は、物寂しい作業でしたが、ほぼ片付けが終わり、後は、庭に残された鉢植えの樹々を、高松の畑に移植する大作業が残っています。高松と丸亀を毎日、水やりに通うことは無理ですので、悲しいですが、プランターの花々はどこかで諦めなくてはなりません。私も鉢植えと共に、もう少し陽射しが和らぐ季節を待って、高松の家に帰る予定です。なので、今しばらくは高松の家に通勤ということになります。

来月には、食改善のお話「理のコース」も再開いたします。
少しづつこれまでの仕事を見直しながら
活動を始めたいと思います。

そして、離れ難い丸亀の家は松見歯科の《食養塾 無何有庵》の活動の一部を移して《養生塾 はーとりーと》というホリスティックリトリートの拠点となるべく活用して行きたいと考えています。

母の病気療養は、昨年4月末に末期ガンと告知されはじまりました。本人が医療介入を望まず、自宅でセルフケアと自然な手当てにより対応致しました。最期の2週間はベッドの上で過ごすことになりましたが、完全に寝たきりの介護は4、5日でした。骨転移による痛みはありましたが、手当てにより、比較的軽く済んだように思います。
母の看取りの経験は、もしかしたらどなたかのお役に立てるのかもしれません。きっと母は自分の療養の始終をオープンにすることを誇らしげに天国から見守ってくれることでしょう。そして、《養生塾 はーとリーと》としてこの家を活用することを喜んでくれると思います。
ここでは、自然のお手当法や、療養食の作り方、医療や介護施設、自治体の利用法や、介護技術の体験など、プロの方などのレクチャーなども頂き、そして介護や看護だけではなく、日々の暮らしの中で役立つセルフケア、予防、食改善のアドバイスができればと思っています。

また、具体的な計画が立ちましたらご案内いたしますね。

これからも、よろしくお願いいたしますヾ(@⌒ー⌒@)ノ


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ご無沙汰しています。

2016年07月30日 14時08分24秒 | 庵主の日記
ずいぶん長い間、ブログの更新が途絶えてしまいました。
久しぶりにブログを開くと、
それでも、毎日、見に来てくださる方がいらっしゃって、本当にうれしいことだなぁとココロが温かくなりました。ありがとうございます。

この春、実の母が他界し、思いのほか母親ロスの影響が心身にこたえ、実家でひきこもっています。

マクロビオティックな暮らしをしていれば更年期なんかへっちゃら~なんて思ってましたが、母を自宅で看取ったのち、あ~、私の大きな役目はこれで終わった~なんて、なんだか、人生をやり遂げたような、心の中にぽっかりと虚空が生まれ、それと同時に、自律神経が大きく乱れ、自分の体や心をうまくコントロール出来ず、人に会うのもおっくうで、ホットフラッシュ、むずむず脚症候群(睡眠障害)、不整脈、動悸、へバーデン結節などなど、一気にいろいろなものが覆いかかってきました。

ストレスが大きかったのかなぁ・・・。

そんなやこんなやで、まだ、実家暮らしをさせてもらってますが、そろそろ社会復帰の準備を始めています。初盆を終えたら、高松に帰ろうかなと、やっと思えるようになってきました。

実家にはネット環境がなく、今日は、月次の仕事もあって、久しぶりに高松の自宅に一時帰宅したので、PC開いて、やっとの近況報告です。

母は昨年の春、末期ガンの告知を受けましたが、医療介入を拒みましたので、自然のお手当で自宅療養をしてきました。一年ほどの闘病の記録は、また、少しずつアップしていこうと思います。自然の力の素晴らしさに改めて気づかせてくれた一年を、皆さんの暮らしにお役立て頂ければ母も喜んでくれると思います。

今日は、簡単な近況報告ですが、これからもよろしくお願いいたします。

土用のうなぎ、写真ですが気分だけでも~。

コメント (4)
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