「山」旅の途中

40代後半になって始めた山歩き。自分はどこから来てどこに行くのか。光、空気、花々の記憶を留めたい。

2013年 山book (3) 『未踏峰』(笹本稜平)

2013-02-03 22:20:52 | 登山BOOK

 

■未踏峰 笹本稜平 祥伝社文庫(667円)

【山域】 北八ヶ岳、ヒマラヤのビンティ・チュリ(祈りの峰)

夢や希望から見放されて漂流する三人の若者が、北八ヶ岳の山小屋で出会う。

山小屋の主人・パウロさんはブナの古木のように、若者たちを優しく包み込む。

その無償の行為は、壮絶な人生の果てに辿り着いた、彼の帰結だった。

彼らは、出会いを運命として、生きることの意味を問うため、ヒマラヤの未踏峰に挑戦する。

北八ヶ岳の滴るような生命の息吹。神が隣在する荘厳なヒマラヤの氷雪の岩峰。

山への登高は心を開放し、ただ、ここに生きている、その実感をもたらす。

人生そのものが未踏峰・・・

夢や希望の輪郭を鮮明にすることで、人生のあるべき姿と魂の再生を描いた山岳小説だった。

                                                    ※ビンティ・チュリは架空の山

 ■写真は日高山脈(07年6月)  まだ見ぬヒマラヤの峰をイメージして・・・

 

 


2013年 山book (2) 『父を葬る』

2013-01-12 20:41:59 | 登山BOOK

 

■「父を葬る」 (ちちをおくる)高山文彦 幻戯書房 1900円 [小説]  

 【山域】 高千穂・二上山

まさに出合い頭だった。ブックオフの書棚で、そのタイトルに吸い寄せられた。

息子が父を看取り、炎に包み、葬る。そのとき、世の息子たちの心中に通底する疼痛はいかほどか。

作者の私小説。

 

花の匂いや鳥や虫の羽音までが聞こえてくる。

山深い高千穂の里で、父親が亡くなるまでの四季の一巡が繊細だ。

都会で暮らす「私」(作家・主人公)の生地や血脈に対する反発や嫌悪の気持ちが起伏する。

そして死にゆく父親の姿や表情を眼前に、してあげられなかったこと、してはならなかったことへの後悔。

それはかつての嫌悪を超越し、体の奥底から込み上げてくる深い感謝と愛情の証だった。

「父とは不思議な現象だ。死というのも、不思議な現象だ。どちにも唯一無二なのに遠くにある」。

そして肉体は去り、魂は山へ還る。見えなくても彼は存在し、父と子はつながっているのだ。

 

高千穂の霊峰・二上山。父親は春に山肌を赤く染め上げる満開のアケボノツツジを愛した。

かつて父子が登ったという山頂から里の家々を見下ろし、遺灰が舞うとき、あふれる光を感じた。

「死は怖くない。死んだら故郷の山に還るだけだ」。

血と骨の物語は、山と人が呼吸している土俗の世界を感じさせる一冊だった。 

インターネットで検索したアケボノツツジで赤く染まる二上山。

その穏やかな光景に心の救済を見た。    (1月9日読了)

 ※写真はイメージです。アケボノツツジは本州・九州の高山に自生し、ツツジとしてはかなり高木。

この写真は04年6月に徳舜瞥山で撮影したムラサキヤシオ。

 

 


2013年 山book (1) 『邂逅の森』

2013-01-05 14:04:43 | 登山BOOK

■「邂逅の森」 熊谷達也 文春文庫 714円 [小説]  

 【山域】 秋田・阿仁周辺、山形・月山など

大正から昭和にかけて、秋田・阿仁のマタギの生涯を描いた大河小説。

山里の経済的困窮、その一方に山の豊かな恵み。

地形を読み、クマの痕跡をたどり、互いの知恵と生命を賭けた壮絶なやりとり。

旅マタギ、寒マタギ、冬の穴グマ猟、春の山まき猟・・・

そして、男女のおおらかで官能的な営み。家族との葛藤、憎しみ、あふれる愛情も。

生きて、死んでいくということ。

戦争に伴う産業構造の激変にもまれ、山間部の生活が大きく変貌する時代を背景に、

獣を追って野山を駆けるマタギのひとり、ひとりが我らに問う。

失いつつある大切なものはなにか・・・

すべては森が教えてくれる。

書店で手にした偶然の一冊が、知られざるマタギの世界にいざなってくれた。 

直木賞 受賞作。

(2013年1月3日 読了) (写真は、クマの足跡:小樽・2007-04-21 春香山)

 


2012年に読んだ 山の本

2012-12-29 17:23:16 | 登山BOOK

2012年に読んだ「山」の本を読了の順に一覧化した。

数は少ないものの、活字で山や森に浸る楽しみを知る。

生きている言葉に四季を感じたり、山に登る人の生き様にときめいたり。

 

■「羆撃ち」 (ノンフィクション)  久保俊治 小学館文庫   638円

山域:「小樽の朝里岳」周辺など

大学を出てプロの専業ハンターになったタフガイの自伝。山野と羆の習性を読み解き、命と命が対峙する。

人はどこまで野生に立ち返ることができのか。

血と肉を賭けた戦いから、自然への深い畏敬がのぞく。

 

■「雪のチングルマ」 (小説)  新田次郎 文春文庫  648円

山域:「北アルプス・穂高連峰」「富士山」「アラスカ」などなど

昭和40年代に書かれた六篇の短編集。筆者得意の人と人が葛藤を繰り広げる遭難小説。

遭難にまつわる幻影とか怪奇・・・人知や世知を超えた、山々に臨在する「精気」が伝わってきた。

 

■神去なあなあ日常 (小説)  三浦しをん 徳間文庫 619円

山域:三重県の架空の「神去」(かむさり)村

林業という山仕事を、清々しく描く。日本の美しい四季がそよ風のように語られ、

若者特有の甘酸っぱい青春グラフィテイにも、どきどきした。

山里に暮す人々の心やすらかな日常の脱力感。一方で、山仕事に対する徹底したプロ意識と、その技が素晴らしい。

生きていることにリズムを感じる楽しい一遍。

 

■「マークスの山」 (小説) 高村薫 講談社文庫 上下 ブックオフで各100円で。

山域:南アルプスの主峰・北岳

wowwowのドラマがずしんと来たので、原作を読んだ。

作者が直木賞を受章した推理サスペンス。

主人公の青年の精神に宿る黒々と翳る、壁のような山。

そして、連続殺人事件を経てたどり着いた北岳山頂。

一陣の風で霧が晴れ、広がる富士山の雄姿に魂は救われたか。

 

■「凍」 (ノンフィション) 沢木耕太郎 新潮文庫 590円

山域:ヒマラヤのギャチュンカン(7952m)

強い絆で結ばれた氷壁クライマー山野井泰史、妙子夫婦が挑んだ壮絶な戦いの記録。

高度7000mの絶壁でビパークし、両手両足の指を失い、また山を目指す。

人はなぜ命懸けで山に挑むのか。

それは生き方の表現であり、生きている自分の瞬間を感じることなのか。

 

■「還るべき場所」 (小説) 文春文庫 笹本稜平 

山域:ヒマラヤのk2とブロードピーク

ヒマラヤの8000m峰に挑む、男たちの夢、野心、絶望、挑戦、そして再生をつづる本格的な山岳小説。

サスペンスもあり、企業小説でもあり、重層な展開。

公募登山の企業家が生命を燃焼させてたどりついた結論は、「自分が今ここに存在している意味を感じる」こと。

そして、主人公のクライマーは絶望の日々から「還るべき場所」に復活する。

命懸けで山に挑む心とは、「生きているこの世界への愛」という作者のメッセージが熱い。

息を突かせぬ、ハラハラドキドキの大展開のあと、体の底からじんわりと力が湧いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


下山の思想(五木寛之)

2012-03-05 22:48:02 | 登山BOOK

音楽家、作家、書道家・・・

芸術にかかわる職業には家がつく。

ビアニストにバイオリニスト。

アルピニストは登山家だから、洋の東西を問わずに、職業登山家は芸術家の領域なのか。

山に登るようになって気づいたことは、プロセスと結果に自分の人生観が投影されることだ。

だから魂が昂る。

五木寛之は「下山の思想」(幻冬舎新書)で、「私たちは今、下山の途中にある」という。

経済的な成長を求めることなく、そこには幸せがある・・・ということ。

下山の途中で見えてくるもの。それは足もとの可憐な花や遠くの美しい風景だったりする。

自らの来し方、行く末を考えるだけの時がある。

山行きの達成感を下山の流儀に求めるという観点から、この本は「登山本」だ。

今年の夏山シーズンこそ、下りたときに、へとへとにならぬようにと肝に銘じた。