四季・めぐりめぐりて

近隣の城館跡・古墳などの史跡めぐりなどをぼちぼちながらやっています

雷電山古墳・大雷神社(埼玉県東松山市)

2017年11月27日 | 古墳


名 称:雷電山古墳(らいでんやまこふん)
墳 形:前方後円墳(帆立貝形)
時 期:5世紀初頭(推定)
指 定:市指定史跡(昭和31年(1956)2月6日三千塚古墳群として指定)
所在地:埼玉県東松山市大谷

社 名:大雷神社(だいらいじんじゃ)
祭 神:大雷命(おほいかづちのみこと)
創 建:貞観元年(859)※社伝
指 定:-
所在地:雷電山古墳の墳頂部

三千塚古墳群東松山市大谷地区の丘陵(川越カントリークラブのある丘陵)に広く分布した古墳群で、雷電山古墳は
それらの盟主墳と考えられ、出土した埴輪は埼玉県では最古級のものと言われます。大雷神社は、その雷電山古墳の
墳頂部に建てられた神社です。




県道391号(大谷材木町線)沿いにある大岡小学校の道向いに川越カントリーへの入り口を入ります。
大岡小学校の前に「雷電山古墳」と大きく書かれた看板がありますからすぐにわかりますが。




クラブハウスの少し手前の右側に雷電山古墳はあり、標柱や神社の社号標、幟立てが建っています。




標 柱




社号標と幟立て




右側の生垣前に「三千塚古墳群」の説明板が建っています




判読できる程度に大きくしてみました




鳥居  




鳥居の右側付近の古墳の斜面の模様




石階段を上った先に見えるのが社殿




社殿




大雷神社と社号が入った扁額の縁周りは龍の彫ものです




社殿全体を斜めから




社殿左手にある「明治百年記念之碑」  大雷神社由緒沿革が書かれています




先程の標柱等が建っていた場所から更にもう少しクラブハウスに近づくと生垣の切れ目に別の説明(案内)板が




「大雷神社祭礼相撲場跡」の説明板です




この説明板のある所から古墳を上ってみました(大雷神社の裏側)が、相撲場跡らしき場所はわからず




大雷神社の社号標の右手下はゴルフ場 
プレーをしている人は古墳には興味なさそうでした(勝手な想像をするな) ゴルフをやらない人は古墳巡り(誰のこと)




大雷神社の参道は、川越カントリーのクラブハウスの手前とばかり思っていると大間違いで、ここが参道の始まりです。
同じ東松山市大谷地内でもこちらは県道307号(福田鴻巣線)沿いにあります。
荒川水系の一級河川・滑川の支川である角川に架かるこの石橋は雷電橋と言います。明治22年(1889)3月、旗立、鳥居と
ともに大谷村氏子中が寄進したもので大理石の敷石も現存している。
大雷神社は、ここから北へ1.2Km先にありますから、ここの鳥居が一の鳥居ということになるでしょうか。
参道左側の道路は後世のものでしょう。




参道には石燈籠が建っています




幟立てには「大谷村」の文字が




鳥居です
このままこの先も参道で川越カントリーの中を通り前半で紹介した参道入口に繋がっているようです。




社号額

散策日:平成29年(2017)10月30日(月)・11月4日(土)・6日(月)

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