埼玉県神川町の青柳古墳群は、旧青柳村を中心に展開する大規模な群集墳で、11支群から成ります。
群内には総数293基の古墳が確認されたようですが、墳丘が残存する古墳は現在80数基ほどとのことです。
支群のひとつである北塚原支群で現在墳丘が唯一墳丘が確認できる
『中新里諏訪山古墳』(なかにいざとすわやまこふん) 所在地: 神川町大字中新里99-1ほか
を訪ねてきました。
名 称:中新里諏訪山古墳(おおつかいなりこふん)
別 称:ー
墳 形:前方後円墳
規 模:全長41m、後円部径約22m 高さ36.5m、前方部幅約20 m 高さ約 2.5 m、
埋葬施設:両袖無型横穴式石室
築 造:6世紀中頃
出土品:埴輪馬具・直刀・勾玉など
指 定:神川町指定史跡(名称:中新里諏訪山古墳 昭和62年〔1987〕3月10日指定)
所在地:埼玉県児玉郡神川町大字中新里99-1ほか
なお青柳古墳群は 昭和44年(1969)10月1日 埼玉県選定重要遺跡 に選定されています。
後円部から前方部にかけての西側
説明板
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中新里諏訪山古墳
昭和 62 年 3 月 10 日 町指定史跡
中新里諏訪山古墳は、一部墳丘が削られているものの、比較的遺存状態の良好な前方後円墳である。
墳丘の規模は、現状で全長約 41 メートル、後円部径約 22 メートル、高さ約 3.5 メートル、前方部幅約
20 メートル、高さ約 2.5 メートルである。周溝の確認調査の結果から、全長 42 メートル、後円部径約
26 メートル、前方部幅約 27 メートルに復元できる。周溝の形態は盾型で、周溝を含めた全長や約 52 メ
ートル、幅は約 36 メートルである。周溝からは、土器や埴輪が出土している。主体部は、後円部に位置
し、南西方向に開口する横穴式石室である。馬具、直刀、勾玉、切子玉、須恵器等が出土したと伝えられ
ている。
この古墳は、6 世紀中頃(約 1450 年前)に築造されたこの地域の首長の墓と推定される。
昭和 63 年 3 月 10 日(令和 3 年 8 月改修)
神川町教育委員会
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南西から 手前が前方部 奥が後円部
墳丘の東側は墓地があります
前方部から後円部に向けて
前方部に露出している石 草が繁茂して全体の形がわかりませんが石室の石材か?
後円部墳頂の諏訪社?
後円部から前方部に向けて
北側から後円部を
散策日:令和6年(2024)5月9日(木)