2月はお釈迦さまが
涅槃に入られた月になります
2月15日は涅槃会です
講義でも
お釈迦さまの最後の旅の様子が
出てきます。
「仏陀の最後の旅行記ですね
それをまとめた経典が『涅槃経』
あの王舎城にある町の、
ガンジスを渡ったところに
ベイシャリーという国があって
そこを出発してクシナガラまでの
旅行記なんです。
非常に老比丘ですね、
釈迦牟尼仏といっても、八十歳の。
それが老躯をひっさげて
ベイシャリーの国に別れを告げて
行くというようなわけで、
非常に哀愁に富んだ経典です。
やっぱり最後の経典という意味で
非常に重要な意味をもっとるのは
自分は、
多くの人々を救ってきたと。
救ってきたというようなことを
いうのはね、
自分のために生きたんじゃないん
でしょうや。
それが仏陀というもんだ。
人間を超えた人は
自己に生きることがない。
衆生に生きるわけです。
自分のために生きるということは
ないんです。
自分がないんです。
自分がないのが正覚という
ことです。
自分は衆生のために、
つまり衆生の解脱のために
いろいろ法を語ってきたと。
しかし、まだ、
衆生が全部尽きた
というわけではないと、
済度すべきものはことごとく
済度の縁を与えたと。
まだ済度せんものもやがて
済度されるような法を残したと。
こういう具合に行っとるんです。
だからして、
その残された法を行ずるならば
ですね、
その残された法を
衆生が行ずるならば、
そこに自分は生きとるんだと。
汝等が法を行ずるならば、
その法そのものが自己なんだと
こういうわけです。」
ここに最後の言葉
「自燈明 法燈明」
ということが語られます
自らを灯として
他を灯としてはならない
法を灯として
他を灯としてはならない
ということが最後の言葉です。
涅槃に入られたのが
八十歳といわれています。
この歳は信憑性があって、
もう涅槃に入られる寸前
弟子になった方がおられます
スバッタという人ですけど
六師外道の人で
いろいろな考えや思想を学び
渡り歩いてきたのでしょう
阿難尊者は何度も断るのですが
その声を聞き付けた
お釈迦さまが自分のもとへ
通せとおっしゃるのです
その時の問いが
本当の沙門とはどいうものか
ということです
その時のお釈迦さまの言葉に
「スバッタよ。
私は二十九歳で善を求めて
出家した。
スバッタよ。私は出家してから
五十余年となった。
正理と法の領域のみを歩いてきた
これ以外に道の人(沙門)
なるものも存在しない。」
ということがあります。
ここから逆算すると
八十歳ということが分かります。
スバッタはその場で即刻
お釈迦さまの弟子になります。
普通は四ヶ月程の試用期間が
あるのですが
特別にその日のうちに
弟子になったということです。
そして、最後の言葉
「諸行は無常の法なり。
汝らは不放逸にして努めよ」
と仰った。
それから、
涅槃への禅定に入っていかれます
その様子をじっと見ていたのが
天眼第一といわれた
アヌルッダ阿那律尊者です
第一禅に入られた
第二禅に入られた
第三禅に入られた
と次々深い禅定へ入っていかれる
ことを見とどけ
ついに入定されたという
判定をしていかれたと
いうことです。
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