絵のタイトルは、「なんでこうなるの」です。
そう、思い続けたい。
今日のタイトルは、「止まらぬ話」です。
自由に話してよいと場を作っていただいたなら、
持論を展開するでしょう。
それは、問題を多くはらんでいます。
これまでは正しかった。
まてよ、今は進化して違うことになっているんじゃないかと気づけるか。
止まらぬ話をするにつけ、時代が追い越していることに気づかない。
若い人は、違う感覚で私の話を聞いている。
過去の体験に裏打ちされる理路整然とした持論に間違いはないように思う。
だから話し続ける。
あれだけ強かった羽生9段が、AIから学んだ若手棋士に負ける。
改めて、将棋は進化していると考えざるを得ない。
羽生さんが、48歳という年齢だから読みも甘くなったともいえる。
しかし、次の棋戦では同じ過ちは犯さず勝ってしまう。
「止まらぬ話」は、一休みかもしれない。
これまでの生きざまを肯定する賛歌のようなものかもしれない。
そうではないんだよ。
やってみればすぐにわかる。
自分の読みが勉強不足で浅くなり多くの正解を見落としていることに気づくでしょう。
それをせずに、「止まらぬ話」を続けてしまう。
一休みはよそう。
前を向いて歩こうではないか。
若い時のように見抜けないかもしれない。
まずは、「止まらぬ話」を続けることをやめよう。
積み重ねを続けようではないか。
羽生さんは、99期のタイトル保持については語らない。
見ているのは100期である。
福寿草 咲いて語るか わくわくと
2019年3月1日
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