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くらぶアミーゴblog

エッセイを綴るぞっ!

お勉強は楽しいなあ

2004-05-27 17:24:30 | ブログ
 今日は資料集め&お勉強の日だったのですが、まったくやらずにブログのデザインをいじって遊んでおりました。 
 昨日ステッププランに変更して、今日の昼頃に反映されたみたいです。これで容量の心配から解放されました。
 
 こんな感じ。

 現在のご利用サービスプラン:ステップ
 使用可能なディスク容量:100 メガバイト
 使用中のディスク容量:4.681 メガバイト (4.68%)
 使用可能なデータ転送量:3 ギガバイト/月
 今月使用したデータ転送量:1.59036 ギガバイト (53.01%)
 予想される今月のデータ転送量:1.82597 ギガバイト (60.87%)

 ホップでは使用可能なデータ転送量が:1 ギガバイト/月でした。もうだいぶオーバーしておりましたので、ここが一番ホッとしたところです。でもこれからは気を付けて、画質をグッと落としてupしていく心づもりでおります。
 


ガッシャーン!

2004-05-27 02:31:26 | 雑記
『NEKOのブログ』“十和田湖にて”~にトラックバック。
 サイドブレーキのことで想い出したことがあります。
 僕が福島県の郡山市というところに住んでいたときのこと。母親はクリーニング工場で働いていて、主に配達をしていました。僕と二つ下の妹はときどき同じ車に乗って手伝いをしていました。僕が四歳の頃です。
 ある日、国道(4号線かな?)から急な坂道を上ったところのお店に配達があり、母親はオート三輪のサイドブレーキをしっかりと引いてから車を降りて行きました。僕たち兄妹はたいてい一緒に配達先について行ったはずなのですが、そのときはなぜか車の中で待っていました。
 車首は坂道の下を向いて駐めてありました。僕は車を動かしてみたくなって、サイドブレーキをはずしてしまいました。その頃にはだいたいの操作を見て憶えてしまっていたのです。車はあっという間に加速していきました。眼下では国道を車がびゅんびゅん走っていたのも憶えています。
「あ、このままじゃまずいな、うん」
 そんなことを考えて、今度はハンドルを左に切りました。車は思ったとおりに動き、たぶん僕はその瞬間は得意げだったと思います。そしてどこかの店舗のショウウィンドウにガッシャーン! ものすごいガラスの破片でした。すぐに母親が駆けつけてきて妹と僕を抱きしめ、泣きながら一所懸命謝ってました。そのあとは記憶がないのですが、母親に訊いたところ、妹も僕も母親の顔を見たとたん、ぎゃあ~っと泣き出したそうです。
 みなさん、本当にサイドブレーキには気を付けましょう。そして思ったよりいろんなものを見て憶えている子供にも・・・。


石庭High!

2004-05-26 21:31:24 | エッセイ
『catpaw』“日本に行きたい?”~にトラックバック。
 京都に竜安寺というところがありますね。石が配置されて、その周りの白い砂が波のような模様を描いている『石庭』があるところです。ここを縁側から眺めようとすると、見方のアドバイスのようなことが書かれている看板があります。石の数は全部でいくつで、全部見えると何とかだ~というやつです。しかしこの日本語案内看板なんかよりも、外国人向けに英語で書かれた案内看板のほうがずっと奥の深いことが書かれています。頭上あたりにあるはずです。
 ええと、引用しようと思ったけど、忘れてしまいました。高校生程度の英語が分かれば、充分判読出来ます。「ここは一つの閉じられた宇宙・・・」とかいうんだったかな? もっともっといい文章です。あれをどうして英語案内のほうにだけ書いてあるのかな、と思いました。神社仏閣が好きな僕でさえ、「おお~!!!」と感動したほどの名文です。
 何年か前に、生命というものを探求するために深く深く内面への旅を行なっていたことがあります(なにそれ?)。そこで頭に浮かんだ絵は、海面にいくつもの生物が姿を見せているものでした。杉の木、オオカミ、シダ、ニンゲン。それらが島々のように海上に見えている。みんなちゃんと生きています。しかし島ですから、海面下ではみな海底で繋がっている。長い思索の末にそんな絵が浮かんだときは「あっ」と思いました。椅子から立ち上がってしまいました。
 “地球は一つの大きな生命だ”という言い方がされますが、まさにそうだと確信した瞬間でした。みなそれぞれの形態ごとにLifeを全うするが、その大元は同じ生命なのだ。足元を見れば分かる。我々はみな海に浮かぶ島なのだ。けっしてばらばらに生きているわけではない、と。これはここ10年くらいの僕の世界観の根底をなすものです。
 その一つの(あくまでも一つの)真実を獲得出来るきっかけとなったのが石庭です。もっと言えば英語の案内看板だったのです。外国人向けにはそれほど深く素晴らしいことが書いてあるのに、肝心の日本人向けにはそれがないのがやはりちょっと不思議です。もっとも「日本人だったらそのくらい分かれよ」と言われたら、ああそうかスミマセンってことにもなるかも。修行の道はキビシイですなあ。