くらぶアミーゴblog

エッセイを綴るぞっ!

センチメンタル・ジャーニー

2004-05-24 19:42:56 | 
『時空を越えてネットで旅する』“スロー・トラベル6”~にトラックバック。
 旅をするときの“足”、これには様々なものがあります。自分で車(もしくは単車)を運転していくのが一番好きですが、じっくりと風景を眺めるにはこれはやや不向きです。ましてや郷愁に浸る旅ともなれば、バスや電車が一番向いているのではないでしょうか。
 以前、テレビの旅番組を観ていたときに、ある女優さんが訪問先を大変懐かしそうに眺めていました。あちこちに想い出がたくさんあるらしいのです。そして
「どれだけいろんなところに多くの想い出を作れたか。そんなことで人は生きていけるんですね」
とおっしゃってました。
 旅というものを大きくとらえたとき、ある時期にどこかに暮らしていたとか、仕事で何年か歩き回ったとか、そんな一時期の状態も“旅”の範疇に入れてもいいのではないか、という気がします。例えば、学生時代に住んでいた街。会社の独身寮。赴任先。結婚して住んでいた場所。それぞれの土地には、その当時の濃密な想い出が詰まっています。そうして何かの折りにふと再訪してみると、そこでは独特の気持ちの高ぶりを感じることが出来ます。それはまぎれもない旅愁の一つのカタチだと思うのです。
 去年あたりから男女5~6人で吉祥寺に集まって飲むことが多くなりました。このメンバーは僕が学生のときにアルバイトをしていた店の仲間で、その店が吉祥寺サンロードにあったのです。あれからじつに20年近く経っているのですが、みんな見た目はどこも変わってない。そうして吉祥寺で飲んでいると時間というものがどこかへ飛んでいってしまうようです。吉祥寺も平成に入ってからずいぶん変貌を遂げて、アルバイトをしていた店も一年前に閉店してしまいました。それでもあの街を訪れるたびに、僕は新しい記憶を呼び覚まされます。
 椎名誠氏いわく「人生は旅である」。これから先も、生きていく限りは様々な土地に想い出を作っていくのだなあと思いますね。


岳温泉の友

2004-05-24 12:58:00 | 

 福島県は広大だ。天気予報は県を縦に三つに区切って、海側が“浜通り”、真ん中が“中通り”、西側(新潟寄り)が“会津地方”と別個に案内される。
 その中通りに二本松市がある。国道4号線、東北自動車道、東北新幹線が中央を縦に走っている。4号線沿い東側には民話『安達ヶ原の鬼ばば』の塚がある。そして西に向かって459号線を進むと安達太良山だ。ここは高村光太郎の詩集「智恵子抄」で知られたところ。
 十月のある週末。二本松インターで降りて、すぐ目の前に見えた郊外型のスーパーの駐車場に入った。旧友Sとはここで待ち合わせをしているのだ。周囲は山間ののどかな光景で、早くも紅葉が始まっている。
 待つほどもなく紺色のニッサンがやってきた。運転席に座った男が顔をくしゃくしゃにして笑っている。こういうのを破顔という。
「いっよ~! 元気か元気か元気か!」
 しっかりとハグする。痩せて小さな彼の身体が懐かしい。ハグして再会を喜び合う男は彼くらいのものだ。友人ではない。こういう人間を親友という。
「寒いべ」
「うん」
「じゃあ、行くか。ガキどもがうるさいけどな。夜は静かに飲めるぞ」
「よしよし」
 インターから西に向かうと、すぐに登り道が始まる。交通量は少ない。切り通しを抜けると広大な丘の連なりが広がった。手前、その向こう、またその向こうと、一面にすすきを茂らせたゆるやかな丘がいくつもある。そして一番奥には安達太良山だ。この山麓の美しい光景はちょっと他では見られないほどなのだ。窓を全開にすると秋の虫の大合唱。何か喉の奥に熱いものがこみ上げてくる。
 彼の家は岳温泉というところにある。狭い道を挟んで向かい側は大きな温泉旅館。初めてこの新居を訪れたときには驚いたものだ。周りを浴衣を着た湯治客がたくさん歩いているのだから。ちなみに彼自身は郡山の会社員。有名な温泉街といえども、やはりフツーの人々の暮らしがある。
 彼の子供と一緒にタオルを一本持って、急な坂道をぶらぶら歩いていく。ここの楽しみはやはり温泉。いつも寄る岳の湯は広くて清潔だ。地元の人々の社交場になっていて、料金も300円。自信を持ってお勧め出来るところだ。
 この建物のすぐそばに国会議事堂がある。うんと小さいが。ここ岳温泉の別名はニコニコ共和国なのである。だから人々はみんなニコニコしているのである。その証拠に親友の子供はさっきからニコニコしっぱなしである。
 風呂上がりには向かいの喫茶店をのぞいて見よう。ここはいつ営業しているのか分からないやや不思議な店だが、僕が遊びにいくときにはいつも開いている。ここで風呂上がりの生ビールを飲むのだ。子供にはジュースでも与えておこう。
 目の前の急な坂道はヒマラヤ大通り。両側には旅館や土産物屋がずらっと並ぶ、情緒のある通りだ。夏休みの時期には夜に様々なイベントが行われる。吹奏楽団の演奏なんかもあるらしい。
 そしてこのヒマラヤ大通りの最奥は安達太良山への入り口だ。
「明日ちょっと登ってみっか」
「おお、いいな」
「昔みたいによ、何もかも凍る冬山にアタックしてえな」
「かんじき履いてな」
「いつか行こうぜ。いつか必ずな」
 いつ実現するかは分からない。彼は猛烈に忙しい男なのだ。しかし「いつか」というのは決して空約束などではない。5年後でも10年後でも生きている約束だ。そういう会話をいつもニコニコ出来るやつを親友という。