くらぶアミーゴblog

エッセイを綴るぞっ!

7匹のアブ

2004-05-22 16:46:31 | 

『NEKOのブログ』“ハチ”~にトラックバック。
 釣りキャンプの連載でアブのことをちょっと書いたあとでNEKOさんの「ミツバチに声を掛けてしまった」という記事を読んでしまいました。タイムリーですねえ。
 山梨県の金峰山の麓で、一週間ほどソロキャンピングをしたことがありました。折りたたみの机と椅子を持って、山籠もりで文作をしたのです。
 日産のセダンに4人用のテント、大型タープ、上記の椅子机、キャンプ用ベッド(コットといいます)、etcetc。トランクも後部座席も荷物で一杯でした。7月でしたが山の上のキャンプ場は涼しかったです。枯葉が散り敷いた木立の中に、ソフトハウスともいえる大きなテントを張り、タープの下で机に向かってワープロを叩きました。当時はまだワープロも現役の時代でした。屋外用のバッテリーまで持っていったので、ちゃんと電源コードをつないで使えます。
 初日、あーでもない、こーでもないとワープロを叩きながら頭をひねっていると、軽やかな羽音が聞こえてきました。何の気もなしに手で払っていたのですが、ふと見るとそれは小さなアブでした。体調は1センチくらい。黄色と焦げ茶色のしましまの腹はうすく痩せていて、いかにも弱々しい感じ。これが2~3匹身体にとまろうとしているのです。このサイズのアブは刺すことはなく、汗によって浮いた塩を舐めにくるのだ、ということをどこかで聞いたことがあったので、ちょっとした恐怖心を抑えて観察しました。じっと動かずに我慢します。
 するとアブは「お、いいの? 本当にとまっていいの?」と言いながら(想像ね)それでも慎重にワープロにとまって様子を見たりして、それから腕にやってきました。
 刺すなよ・・・と思いながら顔を近づけて見ると、口から焦げ茶色のブラシのようなものを出して、それをひたひたと腕に当てます。これが何だかひやっこい感じ。試しに指を動かしてキーを叩いても、彼は飛び立ちません。
「すまないね、もっと塩を舐めさしておくんなまし」(想像ね)
「いいよ、でも邪魔すんなよ」
 それから僕は仕事に戻り、ひたすら文作に集中しました。一旦入り込むと何も気にならなくなるのです。そうして小一時間ほど続けたあとで一服しようと顔を上げると、腕、肩、指などに合計7匹のアブがとまっていました。
「いや、すまないね」
「こりゃあ舐め甲斐があるなあ」
「俺眠くなってきた。ここで休んでいこう」(繰り返しますが想像です)
 中には明らかにウトウトしているやつもいます。指で突っつくと転んでしまったので分かったんです。
 それから一週間のあいだ、日中は彼らと過ごしました。思いがけない訪問者によって、楽しいキャンプとなりました。


神岡鉱山と桃源郷3

2004-05-22 14:46:24 | 連載もの 神岡鉱山と桃源郷

 そのテントサイトは申し分ない場所だった。背後には杉林があって北風を防いでくれる。地面は水はけの良さそうな土。山間の中でそこだけ広々としていて、薪はいくらでも使っていいという。そして目の前には砂利道を挟んで双六川の流れ。桃源郷だと言われた、その流れである。
 翌朝は快晴だった。早くも気温が上がっていくのが分かる。まずはコーヒー、そのためには水くみだ。木立のあいだを降りて、流れにポリエチレンバッグを突っ込む。川底にはマーブル模様の石、沈んでいる枯葉、砂の目までがはっきりと見える。流れの水に色というものがまるでないのだ。すべてクリア。
「こりゃあすげえ」僕はニヤニヤしながら水を満たしたバッグを持って戻った。R君はパーコレーターをいじっている。
「どうすかどうすか?」
「あんまりきれいだから魚はいないかもよ。あとで潜ってみるか」
「うっひゃあ! 手づかみしてやろう。昨日は不覚にも寝てしまいましたからね!」
 小麦粉を水で溶いたものを、鉄のフライパンで何枚も焼いた。味付けは塩のみ。ビーフジャーキーとともに油紙に包んでおく。一旦出掛けたら夕方まで戻ってこないことは分かっている。ポケットに入れておいて、すぐに食べられるような弁当がいいのだ。
 トーストを焼いてコーヒーとともに食べながら、ゆっくりと地図を調べた。昨日通ってきた道を下ると双六川は高原川に合流するのだが、その途中で淵や早瀬、淀みがあるようだ。ポイントだらけである。
 高原川との合流地点の地名を見て僕は大声で笑ってしまった。そこは『桃原』という地名なのだ。
「よしよし、ここは本当に桃源郷だぞ!」
「合流点まで下ってから釣り上がってきますか?」
「んなこと出来ねえよ。いいところ見つけたそばから攻めようぜ」
「いえ~い!」
 使った食器は水を張ったバケツに突っ込んで、競争するように道具を用意した。R君はダーデブルのスプーン、僕はメップスのアグリアだ。あとは振るだけでいいようにセットして、いよいよ出発。
 中流附近の対岸にキャンプ場があった。目の前の流れでは少年少女たちが飛び込みをして遊んでいる。ここがいかにも連れそうな場所。
「お~い、ちょっと上で釣りするからな。気を付けろよ~」声を掛けると何人かが手を振って応えた。
「ここには主がいっからよう、お兄ちゃんたちそいつを釣ってみろよ」
「そいつは何だ?」
「あまごの化け物だよう。1メートルあんだぞう」
 なんだっておい。
 R君は岩を越えていってすぐに見えなくなった。僕は大岩のあいだから水が落ち込んで深くなっているところを狙う。陽が身体を照りつけ、対岸の林からはセミの大合唱。小さなアブがやってきて、汗をかいた肩や腕にとまる。茶色い口を伸ばしておずおずと塩を舐めはじめた。
 アブ君、ちょっとごめんな。初めての一振り。初めての流れでの、人生で一度しかない貴重な一振り。赤と金のスピナー、アグリアは軽やかに飛んでいき、狙った深みに着水。そこから上流へ向けてやや深いところを走らせた。
 すぐ左手の淵でドボンと腹に応える音がする。うわわわ。一体どんな大物がいるんだよ?
 
 つづく
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渋谷の星空

2004-05-22 12:01:11 | エッセイ

『不埒な天国~Paradiso Irragionevole~』“Il transito di Venre sul Sole”~にトラックバック。
 昨年の6月末、渋谷東急文化会館にある五島プラネタリウムに行った。
 プラネタリウムは、近年人気がガタ落ちの施設だ。東急文化会館のプラネタリウムも以前から閉鎖されたままだった。だが東急文化会館自体が閉館されることになり、その記念イベントとして、期間限定で再開されたのだ。
 新たに設置された投影機の名前は『メガスターII』。上映前に近くで見てみると、赤く塗られたその本体はかなり小さかった。仮設的にアルミの鉄骨を組んだ上に置いてあって、床の上のキーボードと液晶モニターにケーブルで繋がっている。しかしこの新型の機械は世界一の性能だという。
 さて、その当日。午後一番の上映プログラムを目当てに、昼前には東急文化会館へ到着した。するとエレベーターのところには
『本日のプラネタリウムの整理券は全て配布が終了しました』
 というビラが貼ってあった。なるほど、予想以上に人気が出たらしい。僕の背後では、係員と客との会話が聞こえてきた。
「整理券っていうのはいつ貰えるのかしら?」
「明日の10時からお配りします」
「明日だったら夜に見たいわ。何時頃に来ればいい?」
「何とも言えないです。今日の整理券は午前中になくなったので、なるべく早く来ていただいたほうがいいですね」
 翌日に出直して、朝9時には渋谷へ。期間限定だから必死である。しかし、文化会館前はすでに長蛇の列だった。渋谷駅2階から連絡通路が延びているのだが、そこがいっぱいに埋まっているのだ。
 列に並び、牛歩で階段を上がり、何とか午後1時の整理券を手にすることが出来た。
 それにしても、平日というのにすごい過熱ぶりだ。郊外から来る人など、朝の通勤電車で来るようだろう。客層を見ると殆どの人が中高年である。みんな、東急文化会館と五島プラネタリウムに、お別れを言いにきているのだ。
 いよいよ上映が始まった。『メガスターII』の性能は凄まじかった。これまでの投影機は、天球に映し出す星の数は多くても3万5千個程度だという。それがこの小さな機械は、なんと410万個である。天球が夜になって、次第に星が現れてくると、周囲から息を飲むような、声にならない声が上がった。
 音響も良く、分かる部分だけで16本のスピーカーがあり、真空管のアンプが6台もあった。そしてナビゲーターの声には何とも言えない表情があり、柔らかく、大変心地良かった。スタッフロールを見て声優の林原めぐみさんだと知り、なるほどと思う。
 それから一週間ほどのち...。
 ついに東急文化会館は閉館となった。
 70mmプリントを上映していたパンテオン。
 渋谷での待ち合わせで必ず使ったユーハイム。
 いつもいいアボガドを選んでくれた西村フルーツパーラー、本の三省堂・・・。
 みんなみんな、なくなってしまった。あの日、五島プラネタリウムは僕たちに世界一の星空を見せて、お別れをしたのだった。