今、手元に一冊の大学ノートがある。西暦が変わるより少し前の、僕の“徒然”ノートだ。後半には友人や親しかった部下の書き込みがある。みな個性豊かで文体も様々。その中にあるR君の記述を、僕は読んでいた。2枚の国土地理院発行5万分の1の地図とともに。
彼は釣りが何よりも好きで、
「気持ちとしては釣りの合間に仕事をしています」
とノートには記してある。これはもちろん気持ちだけで、実際は僕の会社は目が回るほど忙しかった。毎日関東中に部下を派遣して、僕自身も腰袋とゲンノウ(かなづち)を下げて飛び回っていたからだ。
その頃は僕も釣りに熱中していて、芦ノ湖のブラウントラウト、北浦のブラックバス、品川の埠頭でのシーバスと、休日にはR君と出掛けることが多かった。現場で知り合った釣り好きの職人を20人近く集って、河口湖バス釣り大会を催したこともあった。そう、僕も彼も本当に釣りキチだったのだ。
ある夏のこと。麹町のG会館建築現場で知り合った大工仲間に、高原川という川を教えてもらったことがあった。人があまり入ってなくて、虹鱒とアマゴとなまずがどっさりといる田舎の川だというのだ。
「ここは神岡という鉱山町で、そもそも人の少ない土地なんだ」
「そんなにいい川なら釣り人が集まってるだろ」僕は軽く突っつく。
「俺はあの附近の出身だ。今でもそう変わってない」
さらにこれは絶対に秘密だが、と彼は声を潜めた。
「ここに流れ込む双六川、ここはすごい。岩魚とアマゴがうようよいる」
「・・・!」
「何ならポイントを書いてやる。おい、あの川は桃源郷だぞ」
「・・・ !!」
こんな話しを聞いて奮い立たない奴は男ではないだろう。釣り人はホラ吹きという大原則があるが、話し半分としたってすごいではないか。
その現場の盆休みを利用して、R君と僕はハヤる気持ちを抑えながら東京を出発した。田舎だから小さい車で行った方がいいだろうとのアドバイスに従い、R君のトヨタカローラ・ハッチバックに乗り込んだ。後ろにはコールマンの大型テントとタープ、その他ぎゅうぎゅうに詰め込んである。中央道を走り、広大な甲府盆地を抜け、長野自動車道の松本で降りて国道158号線へ。乗鞍にスキーに行く人にはおなじみのコースだ。長い道中だが、R君も僕も興奮し通しである。
「いったいどんなところだろうなあ!」
つづく
彼は釣りが何よりも好きで、
「気持ちとしては釣りの合間に仕事をしています」
とノートには記してある。これはもちろん気持ちだけで、実際は僕の会社は目が回るほど忙しかった。毎日関東中に部下を派遣して、僕自身も腰袋とゲンノウ(かなづち)を下げて飛び回っていたからだ。
その頃は僕も釣りに熱中していて、芦ノ湖のブラウントラウト、北浦のブラックバス、品川の埠頭でのシーバスと、休日にはR君と出掛けることが多かった。現場で知り合った釣り好きの職人を20人近く集って、河口湖バス釣り大会を催したこともあった。そう、僕も彼も本当に釣りキチだったのだ。
ある夏のこと。麹町のG会館建築現場で知り合った大工仲間に、高原川という川を教えてもらったことがあった。人があまり入ってなくて、虹鱒とアマゴとなまずがどっさりといる田舎の川だというのだ。
「ここは神岡という鉱山町で、そもそも人の少ない土地なんだ」
「そんなにいい川なら釣り人が集まってるだろ」僕は軽く突っつく。
「俺はあの附近の出身だ。今でもそう変わってない」
さらにこれは絶対に秘密だが、と彼は声を潜めた。
「ここに流れ込む双六川、ここはすごい。岩魚とアマゴがうようよいる」
「・・・!」
「何ならポイントを書いてやる。おい、あの川は桃源郷だぞ」
「・・・ !!」
こんな話しを聞いて奮い立たない奴は男ではないだろう。釣り人はホラ吹きという大原則があるが、話し半分としたってすごいではないか。
その現場の盆休みを利用して、R君と僕はハヤる気持ちを抑えながら東京を出発した。田舎だから小さい車で行った方がいいだろうとのアドバイスに従い、R君のトヨタカローラ・ハッチバックに乗り込んだ。後ろにはコールマンの大型テントとタープ、その他ぎゅうぎゅうに詰め込んである。中央道を走り、広大な甲府盆地を抜け、長野自動車道の松本で降りて国道158号線へ。乗鞍にスキーに行く人にはおなじみのコースだ。長い道中だが、R君も僕も興奮し通しである。
「いったいどんなところだろうなあ!」
つづく