[WATCHERS 専門家の経済講座]カスハラ 喫緊の経営課題
2024/07/24 読売
3人に1人が経験
顧客からのひどい暴言や不当な要求などを受ける「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が社会問題になっています。
パーソル総合研究所が2~3月に約2万人を対象に実施した調査では、顧客折衝があるサービス職のうち35・5%が過去にカスハラを受けた経験があると回答しました。3人に1人の割合で被害を受けており、カスハラは働き手の大きな負担になっています。
被害内容をみると、「暴言や脅迫的な発言」や「威嚇的・乱暴な態度」が多い結果となりました。法律上はグレーな行為が多く、刑事事件として扱うのは難しいのが特徴です。
カスハラで報じられることが多いのは消費者向けですが、法人向けの営業の現場でも「強引に飲食に誘われた」といった事例もあります。うちは消費者向けの企業ではないからカスハラは関係ない、ということではありません。
カスハラの加害者の属性をみると、男性かつ40歳代以上の中高年層が多くなりました。
男性の方が未婚率が高く、社会的に孤立する傾向があることが背景にあるとみられます。孤立化すると、周囲からの指摘がなくなり他人への共感が失われやすい。「自分が正しい」「自分たちの頃はこうではなかった」という考えがエスカレートしがちで、これが行き過ぎたクレームにつながっている可能性があります。
被害 転職意向高める
これまでは消費者の権利を守ろうと、クーリングオフ制度などの消費者保護法制が導入され、消費者が声を上げるべきだという時代が長く続いたと思います。
企業も顧客の声を聞いて、サービスの向上につなげようと、相談窓口を設置してきました。投稿サイトもでき、例えばコンビニなどは店舗が激増しました。
消費者は文句を言える場所が増え、企業は消費者の話を聞く機会が増えた結果、一定の割合で 罵詈ばり 雑言も入ってくるようになりました。これがカスハラが増えた原因と考えられます。
スマートフォンなど情報機器の普及やSNSの利用拡大もあり、カスハラは今後、さらに増える可能性があります。
カスハラ被害者は、男女とも20~30歳代の若年層に偏っています。相当数は心理的なダメージを受け、1年以内にカスハラ被害があった層は、なかった層に比べ、転職意向は1・9倍、年間の離職率は平均で1・3倍になっています。人手不足が深刻になる中で、カスハラ対策は喫緊の課題であり、経営層が真剣に向き合うべき課題といえるでしょう。
各社は対応を強化し始めています。自社の対応が社会的に目立つこともなく、取り組みやすい環境にあります。今がまさに対応するタイミングです。監視カメラの設置や啓発ポスターの掲示、従業員の実名の名札の廃止、相談窓口電話の自動録音の告知といった対策は抑止効果があります。
会社としてこうした対応をとっていることで、カスハラを防げるかは別にして従業員の安心感が上がります。会社ごとの対応だけでなく、業界団体として啓発ポスターを作るといった対応も方法の一つでしょう。
研修や事例共有 重要に
従業員のフォローもカスハラ対応には重要です。
調査では「会社は嫌がらせの被害を認知していたが、何も対応はなかった」との回答が36・3%に上りました。
カスハラ被害を受けた後に会社や上司に相談しても「ひたすら我慢することを強要された」「軽んじられ、相手にされなかった」「一方的に自分自身に責任を転嫁された」といった回答が多く見られました。被害を報告・相談した時に起こる社内での「セカンド・ハラスメント」です。
カスハラ被害が発生した時に上司が出てきて引き取ってくれるといった対応があれば、会社に対する信頼感が醸成され、仮にカスハラが発生しても、すぐに離職につながることを回避できる可能性が高いのです。
災害と同じで、カスハラもいつ発生するかわかりません。従業員向けの研修や対応事例の共有などカスハラが起きる前の体制が重要になります。
地方自治体では、被害防止に向けた条例制定を目指す動きが相次いでいます。カスハラの問題が社会の共通認識になる意義は大きく、啓発効果は大きいでしょう。
さらに法制化されれば、企業のカスハラ防止対策もより求められることになるでしょう。経営者のカスハラに対する認識には温度差が大きいのも事実です。罰則規定まで盛り込むのはやり過ぎだと思いますが、努力義務規定でも法制化は必要だと思います。経営者のリテラシーを上げていくことにつながるはずです。
カスハラを許していたらサービス職の担い手不足に拍車をかけ、サービスを受けることができなくなる問題だと消費者も認識することがカスハラを減らすことにつながるのではないでしょうか。
[HISTORY]UAゼンセン初調査(2017年)
外食や流通、繊維業界など約2200の労働組合が加盟するUAゼンセンは2017年10月、悪質クレーム対策アンケート調査結果を公表した。カスタマーハラスメント(カスハラ)に関する初の実態調査で、社会問題として認識されるきっかけの一つとなった。
調査では、組合員約5万人から回答を得て、7割超が土下座の強要や暴行といった被害に遭っていたことがわかり、対策強化を求める声が強まった。
UAゼンセンはその後も定期的に同様の調査を実施している。最新の24年の調査では直近2年以内に2人に1人は被害にあったという。最近では、SNSの利用が広がったことで、いわれのない中傷を受けたり、被害者の実名を投稿されたりする被害も目立つという。
東京都の小池百合子知事は2月、カスハラ対策を巡り、「現場のよりどころになるよう、独自に条例化の検討を進めていく」と述べ、早期の条例成立を目指す方針を示した。全国各地の自治体でも条例制定を目指す動きが相次ぐが、「企業の対応を義務化する必要もある」(労組幹部)と法制化を求める声も多い。
…小林祐児氏 パーソル総合研究所上席主任研究員
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