中小企業の「うつ病」対策ー人、資金、時間、情報に余裕がない

企業の労働安全衛生、特にメンタルヘルス問題に取り組んでいます。
拙著「中小企業のうつ病対策」をお読みください。

コロナがむしばむ

2020年07月09日 | 情報

広域感染症がメンタルヘルスに及ぼす影響についてはほとんど分かっていない、そうです。

 

コロナがむしばむこころの健康 SNSで広がる「悪化」

2020/6/30 日経

 

SNS(交流サイト)では、日々、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する膨大な記事が投稿されている。その中にはCOVID-19に対する恐怖、不安、自粛疲れなど、いわゆるメンタルヘルス(こころの健康)に関するものが少なくない。

当初は新型コロナウイルスに関する啓発的な情報や感染対策の手法など前向きな話題から始まり、次いで自粛やソーシャルディスタンス(社会的距離)による日々の生活の不便さなどに関心が移った。ところが最近では心身の不調や将来的な不安、心配などのテーマが多く、沈鬱(ちんうつ)ムードが高まってきたのを実感する。

実際、東京大学の研究者がそのことを示唆するデータを公開した。NHKなどの報道によると、感染が話題になり始めた20201月から緊急事態宣言が出された4月までの3カ月間に、SNSに投稿された新型コロナウイルスに関する記事およそ1億件を分析したところ、「ストレス」や「うつ」などメンタルヘルスの悪化を示唆するキーワードが1月に比べて緊急事態宣言が出された4月には80倍以上に急増していたという。

 

COVID-19に限らず、大きな災害に遭遇したとき、メンタルヘルスや睡眠の問題が出現することは数多くの調査により数値で示されている。大地震などはその典型である。例えば、041226日に発生したインドネシアのスマトラ沖地震では、大規模な津波により多くの人命が失われたほか、沿岸地域の人々の生活に長期間にわたり甚大な影響を及ぼした。

津波発生から8週間後に、被災したタイ南部の避難民を対象に行われた調査では、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を疑わせる症状を呈した住民の割合が11.9%に達した。同地域の避難を免れた住民では7%、タイの他の地域の住民でも3%にPTSD症状が認められている。質問紙を用いた調査であるため確定診断ではないものの、日本でのPTSD12カ月有病率(過去1年間にPTSDに罹患した人の割合)が0.5%程度であるのと比較すると、多くの住民が精神的ダメージを受けていたことが分かる。同様に、うつ病疑いが30.2%(日本での12カ月有病率3.2%)、不安障害疑いが36.9%(同2.0%)、不眠症疑いに至っては59.0%(同10%)に達していた。

過去の調査でも、災害の種類にかかわらず、被災直後には半数以上の人々で不眠が生じることが明らかになっている。例えば、1995年に起こった阪神・淡路大震災でも60%、1999年における台湾中部大地震でも69.1%の被災地住民で不眠症状がみられている。地震以外でも、米国の9.11同時テロ直後に約60%(女性の約80%)が不眠状態に陥った。

不眠症状は被災直後から出現するのも特徴である。これは不眠が急性ストレス反応の一つであることを考えれば不思議ではない。危機的状況に迫られたとき、人は闘争・逃走反応(fight-or-flight response)を示す。おちおち眠っていては生存もままならない。少なくともごく短期的には眠らないことが危機への対処に役立つというわけである。

しかし、不眠が長引けば抑うつやヒューマンエラーの発生など負の側面が大きくなる。COVID-19の診療に当たる医療従事者がまさにそのリスクに直面している。

COVID-19患者のための発熱クリニックまたは病棟を備えた中国国内の34病院に勤務する1257人の医師と看護師を対象にした横断調査が行われた。この調査でも、医療従事者の中に高い頻度でうつ病(50.4%)、不安障害(44.6%)、不眠症(34.0%)、PTSD71.5%)を疑わせる症状が認められている。

特にPTSDを疑わせる症状を呈した医療者が群を抜いて多い。この調査では「改訂出来事インパクト尺度(Impact of Event Scale-Revised; IES-R)」という質問紙が用いられており、PTSDを疑わせる症状を呈した医療者71.5%の内訳を見ると、軽症者は36.5%に過ぎず、中等度の症状を呈した者が24.5%、重度の症状を呈した者も10.5%に達していた。

病床や人工呼吸器の不足だけではなく、医療従事者のメンタルヘルス問題も医療崩壊の一因になりかねないと思わせる深刻なデータである。COVID-19患者だけではなく、心的外傷を負ったこれら医療者のケアも今後の課題になるだろう。

もちろんこれらはCOVID-19診療の最前線で強度のストレスを受けた医療者のデータであって、そのまま一般の人々に当てはめることはできない。しかし、日々医療現場で疾病と向き合ってきた、あからさまな表現をすれば死や長時間労働に慣れている医師や看護師でも、根治療法がなく先行きの見えない闘いへの不安によってこれほど多くの割合でメンタルヘルスを悪化させている事実は重く受け取るべきだろう。

短期的にCOVID-19問題が収束に向かってくれればよいが、第2波、3波の流行を予測する研究者もいる。この長期的な闘いを要する点が、短期集中的に生じてその後は復興に取りかかれる自然災害と大きく異なる。COVID-19のような世界規模の広域感染症がメンタルヘルスに及ぼす影響についてはほとんど分かっていないのである。感染症の直接的な影響だけではなく、患者や医療従事者に対する偏見や差別、経済の悪化、ソーシャルディスタンスなど様々な要因も含めて今後も調査が進められるだろう。

 

三島和夫

秋田県生まれ。医学博士。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

 

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