小職、大いに賛同したコラムです。
(コラムニストの眼)人間関係の質の低下 孤独の病、助長するSNS デイビッド・ブルックス
2018年4月28日 朝日
ボブ・ホール氏は牧場主だった。世界恐慌さなかの1936年、彼は顔の一部をがんにむしばまれていた。
牧場はほとんど何も残らないほどに小さくなり、なけなしの家畜を銀行が取り立てていった数週間後、
ホール氏は亡くなった。家族には多額の借金が残された。
息子たちは家業の牧場を守ろうと、手当たりしだいに借金をログイン前の続き頼んだが、だれも応じてくれなかった。
最後に、わらをもつかむ思いで、ケチなことで知られる隣人のバズ・ニュートン氏を訪ね、
借金の連帯保証人になってほしいと頼んだ。
「君たちのお父さんをとても尊敬していた。彼ほど度量の大きい人は知らない」。ニュートン氏はそう答えた。
「いいよ。連帯保証人になろう」ボブ・ホール氏の孫、ロバート・ホール氏は著書で、教訓をこう記している。
「実を言うと、どんな社会であれ、一番大切で、最も大きな価値を生み出す資源は、人間関係だ。
人間関係は、生き延びて、成長し、栄えるための命綱なのだ」
この数十年、人間関係の質が低下し続けてきたことを示す証左は山のようにある。
80年代には、孤独を感じることが多いと答えた米国人は20%だった。
それが今や40%に増加。自殺率は過去30年間で最も高い。うつ病の割合は60年から10倍に増えた。
30歳未満の母親のもとに生まれた子は、ほとんどが婚外子。
職場の同僚同士の人間関係に関する米国人の満足度はこの30年間、減少の一途をたどっている。
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米国の公衆衛生局長官を務めたビベック・マーシー氏は、医師としての経験を
昨年9月のハーバード・ビジネス・レビューに掲載した記事にこうまとめている。
「私が一番多く目にした病状は心臓病でも糖尿病でもなく、孤独だった」
患者たちは孤独を理由に、また、孤独によって病になったことを理由に彼を訪ねていた。
社会的なつながりの弱さは、1日に15本のたばこを吸うのと同様の影響を健康に与え、
肥満よりも悪影響が大きい、と彼は言う。
こうした傾向は過去5年間で急激に悪化した。
2012年には、深刻なメンタルヘルスの問題を抱える若者の割合は5.9%だった。
この割合は、15年には8.2%になった。
昨年、心理学者のジーン・トゥエンジ氏が「スマートフォンは一つの世代を破壊したのか」と題した記事を書いた。
社会の崩壊が加速するさまを示した内容で、議論を呼んだ。
10代の若者はいつの間にか、デートをしたり、親の同伴なしに外出したりすることが少なくなり、
大人がするような行為を先延ばしにすることが多くなった。
彼らはより多くの時間をデジタル画面とともに1人で過ごし、
画面を見ている時間が多くなればなるほど不幸だと感じる人は多い。
ソーシャルメディアを長時間使用する8年生(中学2年生)は、うつ状態になる確率が27%高い。
社会的に貧しい米国人はますます増えている。
それなのに、社会的に豊かな人々には、この事実に目を向けることさえ大変難しい。
目に見えにくいことこそが、孤独や社会的孤立の特質だ。私たちは、まるで孤独など存在しないかのように話をする。
フェイスブック(FB)のマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)がワシントンに姿を現した際、
私は本当にがくぜんとした。
連邦議会の公聴会で彼に投げかけられた質問や報道された分析のほとんどは、FBのプライバシー保護の失敗についてだった。
密接な人的つながりの中で生きていたり、社交的なスケジュールが埋まりすぎていると感じたりしている人にとっては、
プライバシー保護が一番の心配事なのだろう。
しかし、FBを取り巻く最大の問題はプライバシーではない。
FBや他のソーシャルメディア企業が、孤独や社会的孤立という伝染性の病を助長しているということなのだ。
ソーシャルメディアを長時間使用している人の方が寂しい思いをしているというだけではない。
インターネットを長時間使う人は、すぐそばの隣人と接して、世話をし合ったり、
手を差し伸べたりすることがずっと少ない傾向にあるのだ。近隣住民の社会構造において、何か大きな変化が起きている。
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英国の人類学者、ロビン・ダンバー氏は、人間社会が「クラン」(家族と近しい友人)、村(地域社会)、
部族(より大きな集団)という三つの階層からなると述べている。
今日の米国では、クランは分裂し、村は衰退し、部族は武器と化したと言えるだろう。
つまり、高度な教育を受けた家庭には過保護で過干渉な親がいる一方、あまり恵まれていない家庭には親がいないことも多い。
クランと部族の中間にある、町や近所の様々な層の住民同士のつながりは、バラバラになってしまった。
密接な関係の欠落を補おうとして、人々は精神的、感情的な切望を、政治的、民族的、その他の部族に求め、
互いに激しくぶつかり合うのだ。
これほど大きな問題がザッカーバーグ氏の公聴会で取り上げられなかったのは、
社会的に豊かな人と社会的に貧しい人ではFBの使い方が異なり、現実や社会問題の受け止め方も違うからだ。
人間関係の質の低下を定量化して伝えるのは非常に難しい。
しかし、私たちのように社会的に豊かな人の多くが、自分たちとは違う境遇の人々の暮らしをよく知らないのは確かだ。
(〈C〉2018 THE NEW YORK TIMES)(NYタイムズ、4月16日付 抄訳)