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ぽかぽか春庭「鍵と林と森」

2019-07-04 00:00:01 | エッセイ、コラム
20190704
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>感じる漢字(2)鍵と林と森

 ブログ友yokoちゃんは、毎日の日課に漢字書き取りを続けています。脳活としてとてもいいと思います。
 yokoちゃんが、書き取りした漢字に興味を持って日記に書く内容、私にとっても、とても刺激のある話題です。

 鍵盤楽器の「鍵盤」とは、どこをさして「鍵」というのか、というyokoちゃんの探索もとてもおもしろかった。これまで、なぜ「鍵」というのか、考えたこともなくピアノやオルガンなどを「鍵盤楽器」と、ひとくくりにしていました。ピアノやオルガンの白黒に並んでいる指が当たるところを「鍵」と呼ぶのだろうと漠然と思っていただけでした。

 yokoちゃんのことば探索では。鍵盤は、英語のkey boardの訳語。
 鍵盤楽器(keyboard)のルーツは、ポルタティーフオルガンです。西欧中世に演奏された古楽器ですが、現在は古楽器ブームで復活し、演奏会も行われているようです。
 ふいごでパイプに空気を送り、パイプの下のボタンを上下させてkeyを操作し、音を変える。声の調子のこともkeyキーと言うのは、このオルガンの音の高さ調節のボタンから来ているのだそうです。

 古楽器ポルタティーフオルガンと、ポルタティーフオルガンを弾いている中世の絵(画像借り物)


 ボタンがそのままボタンとしてのこっているのは、バンドネオンなどの鍵盤楽器。(画像借り物)


 鍵盤の鍵とは音程調節のボタン=keyのことだったと、よく理解できました。

 前回、鳥の偏についてyokoちゃんコラムへの返信を書いた続きです。
 「林と森」についてのyokoちゃんの疑問について。

 漢字の林と森は「会意文字」です。
 月と日を並べて「あかるい」という意味を表す、というように、ふたつ以上の漢字を並べて新しい意味の漢字を作り出す方式が会意文字。

 木がふたつで「たくさん木が並んでいる場所=林」。林の上にさらに木を乗せて「森」。
 会意文字ですね。

 yokoちゃんの疑問は、林より森のほうが木が多い、というのとは違う、と感じたことから始まりました。

 「森」というと「盛り」と同じ音のせいか こんもりとしたイメージがある一方 林は すかすかとしているように思えるけど これって漢字の姿からそう思うのかなあ

 確かに、単純に木が多いほうが「森」で、少ない方が「林」というわけではないのです。
 「林」は「木や竹が群がりはえている場所」から「多い、さかんな」という意味を派生しています。
 「森」は「樹木の多いさま、樹木が茂るさま」という元の意味があり、「さかんなようす」「おごそかなようす」をあらわし、さらに「ならぶ、そびえたつ」などの意味も含むようになっています。「おごそかな場所」という意味では「杜・社」という漢字も使われています。

 どんなに木の数が多くても、梅林を梅森とは言わず、木の数が少なくても神社の森を神社の林とは呼ばない。

 森林学会の規定では、「人の手によって木が植えられ、木が多くある場所」が「林」、人工林ではなく、人の手が関わっていない木の多い場所」が「森」なのだそうです。でも、これは森林管理の都合上決められたことであり、「ことばのおおもと」によって決められたのではありません。

 漢字語源については、古来さまざまな書物が出ており、現代の日本でも、藤堂明保や白川静など、優れた学者が本を書いていますから、そちらを参照いただくとして。
 和語との関連について、ひとこと言っておきたいことがあります。 

 漢字渡来以前の和語としてはどうであったか。
 漢字が日本に来る前にも、「はやし」はあり、「もり」もあった。「花」という字が渡来するまえに「はな」がこの国土に咲いており、「はな」という言葉があった、のと同じ。

 「もり」は、「盛り」と同根の語ではないか、という説があります。「もり」は、高く積み上げたもの」を指します。食事の器に、飯や総菜をいっぱいに入れることも「もり」です。この「盛り」と同根という説は、納得できます。
 古来、ご先祖たちは、こんもりとした小高い場所に神聖なものを感じ、山も岡もこんもりした森も「なにごとのおわしますかは存ぜねど」と、尊んできたのです。

 広辞苑第4版(1992)には「林は「生(はやし)の意」と載っているのですが、「林」は「生やし」と同根である。という説には納得できません。

 「生やし」は「生やす」の連用形、連用名詞形である、というのはその通りですが、現代語にも古語にも、「生やし」を名詞として使っている用例が見当たりません。
 
 そもそも、「生える」から派生した「生やす」という語は、古代語にはありません。現代語で「生える」は、平安以前の古代日本語では「はゆ(ヤ行下二段)」でした。

 広辞苑には、他動詞五段「生やす」の用例として、宇津保物語「森をはやしたらむやうに」と、保元物語「御爪も生やさず」が出ています。しかし、「はやし」は「生やす」の連用形動詞、「生やさず」は未然形に否定助動詞がついたものです。

 漢語「林」が渡来する前の和語名詞「はやし」の用例が古事記の古代歌謡の中などにあるなら「はやし」が「林」の語源であると言えますが、中世以後の文献に出ている「はやし」が「はやす」という動詞であり、名詞ではない、ということを考えてみると、「はやし」が「林」の語源である、とは言えない。
 つまり広辞苑の「林は、生(はやし)の意」と出ているのは、確実なことではないと、春庭は考えます。

 日本語学の習いはじめに、先達から注意を受けました。「日本語に関することなら、音声でも文法でも、興味のままに学びなさい。ただし、語源学と日本語起源学に手を出してはいけない。一語の語源をさぐるだけでも膨大な文献に目を通す必要があり、それでも初出の語を見つけるのは容易ではなく、一生を一語の探索で終えてしまい、学問に貢献することにはならないから」ということでした。

 「語源と若い学生に手を出すな」というのが言語学専攻学生の標語でした。もっとも、そう言っていた教授が若い女子学生に手を出して、古女房と離婚騒ぎ。結局、若い方と再婚したってこともありましたけれど。

 語源探索、学問として手をつけたら、一生かかることですが、「林と森」の違いに触発されて、あちこちの辞書をひっくりかえしてみたのは、楽しかったです。

 ネットの中には「生やし→林、というのは、私の思い付きなのに、ネットに書いたらたちまちコピペされて、拡散している」と、嘆いているサイトもありました。思いついたのは事実でしょうが、もともと広辞苑に載っていることなので、「生やし→林」は、あなたの独想ではないことを申し述べておきましょう。

 結局、「はやし」の語源は「生やす」の名詞形?というのを突き止めることはできませんでした。でも、あれこれ考えるのは、頭の体操、脳活です。こちらも、yokoちゃん、ありがとうございました。

 7月後半、漢字についての再録を続けます。

<つづく>
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2 コメント

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Unknown (yokochann)
2019-07-04 04:29:00
おはよう~春さん。
なんの知識も無い私の戯言を取り上げてくれて、ありがとう。
森と林。うまく説明できなくとも、私はそれを使い分けしているように思います。
赤ずきんちゃんが狼に出会うのは、森でなくっちゃいけないしね^^。
語源や漢字の成り立ちに真正面からぶつかれば、確かに命取りになりかねないだろうけれど、私は横からつつく程度のスタンスで面白がろうと思います~。
(「ひもじい」が「ひ文字(ひだるい)」だということも、先日知りました^^。)
yokoちゃん (春庭)
2019-07-04 10:56:05
言葉の散歩、楽しいね。雨の日にはなによりの遊び。
鎌倉室町以後に出現した語は、文献が豊富なので、初出の語も見つけやすいです。

「ひもじい」は、室町時代以後に宮中に仕えた女房達の女房言葉。
直接言うのをためらわれることばに最初の一音に「文字」をつけて表現したもののひとつです。
「ひだるい」の「ひ」に「文字」をつけて「ひもじい」

鬘または髪の「か」に「もじ」をつけて「かもじ」や、杓子の「しゃ」に「もじ」をつけて「しゃもじ」は、現代語でも残って使われています。

でも、8世紀以前上古語の基礎語基本語は、文献がない。想像はできますけれど。

ハナの古語はパナ。パッと咲きだすと目につくのでパナだったのかも。たぶんね。発音は、パナ→ファナ→ハナ、と変化しましたが。
思い付きはいくらでもできるけれど、文献で確認できなければ論文にはできない。
遊びとして楽しんでいきたいです。
これからもyokoちゃんの漢字あそびのおすそわけをいただきたいです。

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