春庭Annex カフェらパンセソバージュ~~~~~~~~~春庭の日常茶飯事典

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ぽかぽか春庭「2023年4月目次」

2023-04-30 00:00:01 | エッセイ、コラム

20230430
ぽかぽか春庭2023年4月目次

0401 ぽかぽか春庭日常茶飯事典>2023フギュアスケート三昧(3)フィギュアスケート2023世界選手権 男子フリー&アイスダンス in さいたまアリーナ

0402 ぽかぽか春庭日常茶飯事典>花のもとにて春至難(1)花曇りの桜
0404 花のもとにて春至難(2)お別れ会白ワインで乾杯
0406 花のもとにて春至難(3)目黒川花見一人散歩
0408 花のもとにて春至難(4)落とし物
0409 花のもとにて春至難(5)桜吹雪忌2023

0411 ぽかぽか春庭日常茶飯事典>2023フギュアスケート三昧(4)スターズオンアイス in 横浜アイスアリーナ

0413 ぽかぽか春庭日常茶飯事典>懸賞生活(1)早春ディズニーリゾート
0415 懸賞生活(2)早春ディズニーシー

0416 ぽかぽか春庭アート散歩>アート散歩拾遺(1)耀変天目 in 静嘉堂文庫美術館
0418 ぽかぽか春庭アート散歩>建物散歩拾遺(1)明治生命館
0420 建物散歩拾遺(2)転入先の村野藤吾

0422 ぽかぽか春庭日常茶飯事典>2023文日記高田塚公演(1)宝塚公演見にいきます
0423 2023文日記高田塚公演(2)「応天の門」
0425 2023文日記高田塚公演(3)「Deep Sea 海神たちのカルナバル」

0427 ぽかぽか春庭日常茶飯事典>2023ふみ日記晩春(1)誕生日ディナー
0429 2023ふみ日記2023晩春(2)失業者

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ぽかぽか春庭「失業者」

2023-04-29 00:00:01 | エッセイ、コラム
20230429
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>2023ふみ日記2023晩春(2)失業者

 4月からは無職の「金はないが暇はある」生活です。時間はたっぷり、、、のはずですが、昼寝三昧のぐうたら生活になったのは予想どおり。
 久しぶりに目覚まし時計に起こされなくてもいい朝。起きたい時間に起きて寝たい時間に寝ています。テレビ見ながら居眠りも。ぐうたらです。
 毎日の授業の準備を続けテストを作り、授業スケジュールを組む生活は、73歳の身体にかなりの無理をしいていたのだなあと思います。リストラにあわずとも、辞め時だったのでしょう。
 忙しくない生活がいつまで続けられるかというと、もう差し迫ってはいるのですが。

 退職した学校の理事長から「辞めてほしくなかった」という惜別メールが届きましたが、副理事長から離職票も郵送されてきたので、職安に行ってきました。
 1時間弱の待ち時間で書類提出。
 退職理由の欄を指して、係員が「年齢のため、と書いてください」というので、そう書く。私自身は年齢のために退職したのではないと思っているけれど、どこから見ても、高齢者だ。一般的な退職年齢は過ぎているけれど、働かないと食べていけない一家。少し休んだら何かしら働いて食い扶持を稼がないとね。
 
 ゴールデンウイークも近づいて、世間様は「コロナ終わったGWだ」と、わくわくしている人も多い。GWねぇ。5月の私の予定は、5月末の次回職安参上。
 毎月少額ではあったが、失業保険を支払ってきたので、雀の涙ほどの一時金がもらえるらしい。営々と働き続けた「労働によって得るお金」だから、ありがたく頂戴します。

 庭のつつじ、今年の花のつき具合は例年にくらべて半分以下。


<つづく>
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ぽかぽか春庭「誕生日ディナー」

2023-04-27 00:00:01 | エッセイ、コラム
20230427
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>2023ふみ日記晩春(1)誕生日ディナー

 子供の誕生祝い。品物のプレゼントはとうに廃止で、二十歳すぎてからの誕生日祝いは「都内好きなレストランで食事をする」というのがプレゼントになってきました。
 2023年は特に感慨深い誕生日。娘40歳です。まだ病院通いが続く身ですが、今のところは数値も心配ない範囲です。先週、少し体調を崩したので心配しまして、予約をしたバースデーディナーも「食べられたらね」という気のない返事でしたが、22日に宝塚鑑賞の終演後19時の予約で晩御飯をおいしく楽しく食べることができました。

 帝国ホテルの中の「カジュアルフレンチ」の店ラブラッスリー。カジュアルと言ってもそこは帝国ホテル。ディナーの中でいちばんお安めのひとり7000円のコースにしたのですが、私は生ビール、娘はぶどうジュースをつけて、サービス料などで合計2万円弱になりました。皆様方にはなんでもないコースでしょうが、日ごろ半額値下げになった寿司や魚など買っている我が家にとっては、年に1度の大贅沢。私はもう今月からお給料も入らない身ですから、誕生日ディナーのプレゼントも今年が最後かもしれません。 

 母娘は、ひごろ食べつけないメニューを選ぶ、というチョイスが同じ。トリささみはよく買うけれど、牛ささみという部位をスーパーの肉売り場で買ったことがなかった。牛肉専門店などではあつかっているのだろうけれど。いったい牛のどの部分なのか、ウエイターに尋ねる。足のつけねのあたり、ということでした。
 メニューの中に「ライス・パン」が書かれていなかったので、娘が「メニューには書いてないけど、パンはコースメニューに入っていますか」と尋ねると、高級フレンチなど注文し慣れていない客と見抜いて「はい、ついております。おかわりは無料です」と教えてくれる。おかわり無料というからには、おかわりした。貧乏人だからね。
 メニューをコピーしてもらいました。料理名とかウエイターが説明してくれたけれど、絶対に覚えられないので、紙メニューをコピーしてもらうのが恒例。


・前菜 シカ肉のテリーヌ
・パン
・メイン 牛ささみ肉のソテー
・デザート 私バナナクリームタルトとコーヒー 娘プディングと紅茶

 テリーヌは、ワゴンに見本が載っている中から選ぶ。

 私とが選んだのは右端のシカ肉のテリーヌ。
野菜のテリーヌも食べて色どりがきれいなので、食べてみたかったのですが、日ごろジビエ料理店にもいかないので、シカに決めました。
 野菜テリーヌの盛りつけ例。アルコールが香りづけにつかってあるというので、娘は付け合わせ無し。
 野菜テリーヌの盛りつけ例。


 メインの「牛ささみステーキ」マッシュドポテトが付け合わせ。ドミグラスソースとマスタードがついていました。
メイン肉料理と私


 娘がデザートにプディングを選んだのは、アルコールで香りづけをしていないのはプディングだけというメニュー解説があったから。アルコール分は飛んでいて、お子様でもお安心してお召し上がりいただいております、というのだけれど、香りづけ程度でも気持ちが悪くなってしまう超アルコールアレルギーなので、安全策のプディングにする。娘は、高級プディングを食べて「カフェとかのなめらかプリンなんかとも違う、絶品」というのだが、私はたぶん、スーパーのプッチンプリンとの差はわかるけれど、カフェのひとつ500円くらいのプリンとの差はわからないアンチグルメの舌だから、プリンひとつに1,000円以上だすのはソンしたみたいな気になる貧乏人。
 バナナクリームタルトと私


 お店のお知らせには帝国ホテル改築のため、ラブラッスリーも閉店になり、新しい帝国ホテルで再開店できるかどうかは不明。再開なしの方向なのだそうです。そうだと、今回はラブラッスリーで2回目の食事にして最後かもしれず、味わって食べました。
 おのぼりさん母娘は、お店の人に「閉店になってしまったら、お店にかざってあるミシャのタイル画はどうなるんですか」などと質問しました。もし、お店に飾れないような状況になっても、帝国ホテル内のどこかに飾られるのではないか、というようなお話でしたが、できればラブラッスリー、残ってほしいです。他のフレンチ、めっちゃ高くて、とうていうちらには食べにいけそうにない。

 味は確かだけれど、気軽な店です。カジュアルフレンチだから、ドレスコードなんかもないし、私たちが食べているテーブル近くに、子連れの客が二組いて、ファミレスほどではないけれど、にぎやかでした。わたしは、ミシャのタイル画の前に2テーブルをつかっている家族連れがテーブルを離れたら、記念にミシャの絵の前で写真とっておこうと思って、デザートも終わったらしいテーブルをちらちら見ていました。その視線を見抜いたらしく、ウエイターが「本日は、昨日おとといに比べると少し気温がさがりましたね」なんていう天気の話をふってきて、「本日は店内にぎやかになっておりまして」と、言う。私が子供のにぎやかな声を気にしてミシャ前の家族をちらちら見ているのかと案じたらしい。「いえ、楽しくお食事させていただいております」と、言う。
 高級店のウエイターは、客が心地よくすごせるように、いろいろ気遣うのだろうなあと思ったけれど、娘は子供の声は「楽しい」と感じるほう。ファミレスで子供がさわいでいても「子供がうるさい、と言う客はファミレスに来るな」と思うほうだから、ウエイターに気遣いをさせてしまって申し訳なかった。
 
 帝国ホテルのフレンチ、ラブラッスリー、おいしかったです。
 帝国ホテルの翌日は、スーパーの半額割引セールで800円→400円のお弁当を買いました。

<つづく>
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ぽかぽか春庭「宝塚公演DeepSea」

2023-04-25 00:00:01 | エッセイ、コラム


20230425
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>懸賞生活(4)宝塚公演「Deep Sea海神たちのカルナバル」 in 宝塚劇場

 宝塚のレビューダンスは、アキコカンダが振り付けを担当していた時期など、その振り付けを見たいために宝塚の公演がテレビで放映されたときなど楽しみに見たものです。生観覧は50年ぶり。

 久しぶりの宝塚レビュー。
 4月22日の宝塚公演の「Deep Sea海神たちのカルナバル」作・演出は稲葉太一。席は、1階15列22番。スターの顔もよくわかるよい席でしたが、前の席に禿頭がライトに反射している方がお座りになったので、頭で隠れる舞台を体を左右してみる必要がありました。
 公演の撮影は禁止ですが、公演前の舞台装置はOKらしくみなさんスマホで撮影しているので、あれ、いいのかなと「人のふり見て」真似をする付和雷同。でも、どう撮っても前の方の光ライトが、、、、


 『応天の門』のあと30分の休憩。午後5時半開演。
 とにかく華麗、これでもかっ!
 衣裳も舞台の電飾も。きらきら度はディズニーランドのエレクトリックパレードと印象が似ています。パレードは、フロートの間にダンサーがいて踊るけれど、宝塚のレビューは、もう全面的にダンスですから、17時35分から1時間、次から次へダンスが繰り広げられ、始めて見た娘は「レビューって、お芝居の付けたしで数曲くらいダンスがついているのかと思ったら、1時間びっしり踊るんだもの、すごかったなあ」と驚いていました。
 
 海の底で海神たちがカルナバルに踊っている、というコンセプトで、ラテンリズムの曲が中心。くらげがゆらゆらする映像が紗幕に移るなど、海底の演出でした。
 銀橋に男役がずらりと並ぶのも圧巻でしたし、新人のハレのラインダンスもよかった。


 トップふたりの顔を覚えていない私と娘は、主役ふたりは他の人とは色が違う衣裳で出てくる、と思って舞台を見る。宝塚文化になれていないので、拍手のタイミングがわかっていない。一曲のおわりかと思って拍手しかかったら、まだ場面は続いていて、場面の主要な役の人が踊り終わるタイミングで拍手、とか。ほかの人がぱちぱちし始めてから手をうつことにしました。みなが拍手していない中、パンと大きな音たててひんしゅく買わなくてよかった。

 フィナーレで大階段を娘役トップ海乃美月と海神A鳳月杏が大きな真っ白な羽を背負って登場すると、ああ、これがトップのふたりか、と思って見ていたら、その後ろからさらに大きい羽根を背負った月城かなとが出てきたので、さらに「すんごい」と娘はびっくり。
 羽の重さは10Kgぐらいのから15Kg20Kgといろいろあるみたいですが、横幅2メートルのオーストリッチやキンケイの羽は階段を下りていくと風圧がかかるので、体感では30Kgにも感じられるそうです。みんなこの羽を背負いたくて宝塚音楽学校に入学するのでしょうけれど、「中にひとりくらい、羽背負ってこけた人いなかったのかなあ」と思います。


 4月22日の公演「応天の門」の中、検非違使のひとりが舞台でよろけました。すぐに立ち直って芝居は何事もなく続いたので、演出かもと思ったのですが、笑わせるシーンでもないので、あとでダメだしくらっちゃうのかなあ、と心配しました。

 ダンスは、舞台いっぱい75名の月組が全員で踊ってもこける人がひとりもいない。みなかっこよく決めて踊っていました。
 知り合いの中、ただひとり宝塚の団員になった浜田マリちゃんは、宝塚に音楽学校に合格する前も、私の通っていたダンススクールでは抜群のダンサーだったのですから、他のツカガールも、みなすごいダンス技術の持ち主なのでしょうが、音楽学校入学からどれほど練習を重ねてきたのでしょうか。みなすばらしいダンサーでした。

 そういえば、月組だけにトップ3人とも名前に「月」が含まれる。今後の活躍を楽しみにしています。

 宝塚各組のロゴ


 ダンス、大好き。見るのも踊るのも。
 モダンダンスやジャズダンスのレッスンは、赤ん坊を抱えてダンスどころではなく練習を休んだ期間もありましたが、2021年末にサークル解散まで38年間、週に1回のダンス練習は、私にとって、心の健康維持にも大切な時間でした。ジャズダンスのミワ先生の振り付けが好きで、いっしょにレッスンを受けるミサイルママたち仲間との交流も大切でした。

 私に一番合っている表現と思うのは、モダンダンス。
 モダンダンスは、基礎はクラシックバレエの技術をとりいれていますが、舞踊表現はもっと自由。それをもっとポピュラーにしたダンスがジャズダンスへと広がっていきます。
 20代のおわりにケニアに出かけたのは、アフリカの民族舞踊を学ぶためでした。私の好みはここまで。ダンスは何でも好きな私も、苦手な部類があるのです。若いころは田中泯の公演などを見にいったのですが、日本独特のダンスとして世界を驚愕させた「ブト―」も苦手でした。2024パリ五輪の正式種目になったブレイキン(ブレイクダンス)は、見たいとも踊りたいとも思わない。

 宝塚のダンスは、今の私には一番楽しめる踊りだと思います。

<おわり>
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ぽかぽか春庭「宝塚公演・応天の門」

2023-04-23 00:00:01 | エッセイ、コラム


20230423
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>懸賞生活(4)宝塚公演「応天の門」

 楽しみにしていた宝塚公演。懸賞で当選した貸し切り公演に行ってきました。会場はほぼ満員。
 私は50年ぶりの宝塚観覧。娘ははじめてです。ずっと応募を続けてきて、やっと当選したのだという。

 開演前にトイレの列に並んでいたら、列の二人連れが話をしていました。月組公演を見るのが、今回の「応天の門」で22回目だというのです。きっと推しのスターがいるのでしょう。たぶん男役。
 野球だろうとフィギュアスケートだろうと、熱狂的ファンの層がいるものですが、宝塚ファンというのはまたスポーツともことなる熱気が感じられます。
 
 パートナーに連れられている男性のほかは、男性二人連れとかひとりとかはほとんど見当たりません。昔も今も、宝塚は女性ファンに支えられています。

<主な配役>
菅原道真 月城 かなと
昭姫   海乃 美月
在原業平 鳳月 杏
桂木   梨花 ますみ
藤原良房 光月 るう
山路   白雪 さち花
清和帝  千海 華蘭
伴善男  春海 ゆう
若き日の業平/鬼 英 かおと
白梅   彩 みちる
源信   朝陽 つばさ
源融   蘭 尚樹
藤原基経 風間 柚乃
紀長谷雄 彩海 せら

 物語は、若い文章生の菅原道真が、凡庸な貴族子弟と机を並べることに嫌気がさして、自宅で書物を読みふける以外のことに関心がなかったころのこと。月の子の日に、京の町に百鬼夜行が横行し、黒い牛車の行列見たものを鬼が取り殺す。京の治安を担う検非違使は、どうやっても鬼を取り押さえられずにいました。検非違使の長は絶世の美男在原業平。若い道真を見込み、事件解決の相棒にします。道真は、唐渡りの品物を扱う照姫の店に協力を頼み、鬼の一行と立ち回り。

 百鬼夜行の裏には、藤原氏の間の権力争いがありました。
 娘を入内させて外孫を天皇にしようとする藤原氏。清和帝をめぐる権力争いがどこまで観客に伝わったのか、脚本の流れからはわかりにくいけれそ、たぶん、ヅカファンは物語をちゃんと予習していて、この物語上演が決まればきっと平安初期の歴史なども勉強しているのでしょう。天皇の孫である業平が、東夷の武士がなる検非違使の長などにはならない、とか史実無視も気にせず楽しんでいると思います。

 一条天皇をめぐる中宮定子と彰子をめぐる話はなにせ清少納言と紫式部ですから、私もかなり詳しいほうだと思うのですが、清和天皇をめぐる藤原長良の娘藤原高子と藤原良相娘の藤原多美子の入内争いについて、多美子のほうが先に入内していたこと知りませんでした。若いころ、相思相愛の在原業平が入内前の高子と駆け落ち騒動を起こすことは伊勢物語でも知られています。8歳年下の清和天皇に入内したとき高子は25歳。当時としては高齢になってからでしたが、清和帝との間には次の陽成天皇天皇になる陽成天皇を生んでいるので、宮中につかえた女性としてそう不幸な思いもしていないはず。

 宝塚のお話ですから、歴史風俗は史実通りでなくてもいいのでしょうが、多美子が天皇や公家の前に素顔で登場するとか、平安時代には考えられない間面も、演出演出と思って見てましたが、清和天皇の前にいる多美子を紗幕で囲っておくとか、演出があってもよかったのではないかと思います。
 
 15時半開演、17時まで全22場の場面転換はスピーディで、宝塚らしく「魂鎮めの祭り」という踊りの場面もある。道真は「奉納の神楽舞」を見せるなど主役にふさわしい。

 ただ、物語は漫画で10巻まで出ているお話の一部だけだから、最終22場で「これから鬼たちとの戦いが始まったばかり」という終わったんだか始まったんだかわからない終わり方で観客がすっきりとカタルシスを得るというストーリーではありませんでした。トップ男役が活躍する場面があり主役が朗々と歌い上げる場面があれば、ファンは満足。

 原作漫画にはヒロインとして登場する女性はいないのですが、宝塚には男役トップと娘役トップが存在しますから、娘役トップとして、唐渡りの品物を扱う店の女主人照姫が登場します。
  道真も業平も照姫もそれぞれかっこよくファンは楽しめただろうと思います。

 スタッフ。
 道真が行った「白紙894にもどす遣唐使」までは唐風の衣裳だったと思うのですが、照姫の店の使用人は唐風の衣裳はいいとして、侍女の白梅は現代の女子学生卒業式みたいな袴姿。藤原高子は、十二単みたいな着物、。衣裳スタッフは薄井香菜さんも折衷案で苦労したのだろうなあと思います。貴公子たちは直衣姿にブーツを履いています。この時代の履物の確かな記録はないみたいだから、ブーツでもいいと思うけど。神社の神主さんたちが履いているような履物じゃ、ダンスはできないもの。


 娘は「次に当たるのはいつかなあ」と言っていますが、まあ、応募してみましょう。当たらぬとも限らない。


<つづく>
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ぽかぽか春庭「宝塚公演見にいきます」

2023-04-22 00:00:01 | エッセイ、コラム

20230422
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>懸賞生活(3)宝塚公演見にいきます

 娘が続ける懸賞生活。マイタケが当たったりフォアグラが当たったり、自分では買うことはないであろう、100グラムん千円もしそうな高級肉セットなども当たりました。食品やマグカップやお皿などの食器、ブランケットやひざ掛け、商品券など毎週ひとつふたつの当選品お届け物があります。
 たくさん応募するために、一度にたくさんの買い物をします。缶コーヒーやお茶のペットボトルが1年分もたまったり、そんなにお茶漬けを食べることないのに、お茶漬けの素が何食分も保存されてしまったり。食品はいずれ食べるのですが、A賞をねらって、残念賞B賞のトートバッグが次々と届き、トートバッグ大尽になったことも。

 食品などの直接生活に役立つもののほか、2月の東京ディズニーランドご招待の次は、東京宝塚劇場の公演に当選しました。4月22日土曜日。3時半からの貸し切り公演です。

 私が宝塚の公演を劇場で見たのは、もう50年も昔のことになります。50年前、中学校の国語教師をしていたころのこと。
 部活動の担当で受け持った演劇部指導に役立てようとモダンダンスのレッスンを受け、NHKアナウンサーが指導する朗読の訓練を受けていました。朗読の訓練は、視覚障碍者の音読ボランティアに役立ったし、日本語教師の仕事にも役に立ちました。
 ダンス練習は直接仕事に役立つことはなかったけれど、心身の健康に役立ちました。

 50年前、N舞踊研究所のレッスン仲間の浜田マリちゃんが宝塚に合格し、音楽学校を卒業して、松原碧というヅカネームで星組からデビューしました。
 マリチャン応援団として、舞踊研究所の仲間と一緒に、宝塚劇場へマリちゃんが出ると、行って公演を見ました。どんな演目だったか、さっぱり覚えていないのですが。

 松原碧さんは、川口市出身の宝塚68期生で、星組の娘役。愛称はマリちゃん。68期生の一路真輝さんは、今も女優さんとして活躍していますが、松原碧さんは、数年の活動ののち舞台から引退なさったようです。検索すれば今でもブロマイドを買うことができるみたい。今どうしていらっしゃるでしょう。
 50年ぶりの宝塚公演。娘に感謝しつつ、いざ東京宝塚劇場へ。

 『応天の門』は月組公演。
 若き日の菅原道真が在原業平の依頼で、権力掌握に暗躍する藤原氏の起こす怪事件の解決に取り組む、という歴史サスペンス。原作は2017年に文化庁メディア芸術祭で新人賞を受賞した漫画です。

 現代人から見れば。天神様、学問の神となった菅原道真〈845-903)と伊勢物語主人公六歌仙の在原業平(825-880)は、平安初期の大スターで、単独で主人公を張れるキャラクターです。でも、このふたりをいっしょに束ねようと考えた小説などはこれまで書かれていませんでした。
 確かに20歳の年齢差はあるとはいえ、同時代を生きていたのです。ふたりを関わらせていっしょに活躍するというアイディアを思いついて、漫画にするのはすごい!
 
 漫画単行本の監修は東京大学史料編纂所の本郷和人が担当しており、単行本には平安時代の文化・風俗に関する解説文が書かれているので、宝塚の脚本演出の田淵大輔も、そうそう歴史をめちゃくちゃには扱っていないと思います。

 宝塚歌劇の設定では、若い「大学文章生」道真に対して業平は「検非違使の長」として出会います。史実としては、天皇の孫である上級貴族の業平が下級武官検非違使の長になることはありませんが、「事件解決」という設定のためですし、史実では、、、なんて野暮は言わずに華麗な舞台を楽しむことにします。

 公演チラシに書かれているあらすじ。
 平安時代の初め、京の都の人々は、鬼の行列が夜の大路を歩き回り、見た人を殺すという「百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)」のうわさにおびえていた。都の治安を守る検非違使(けびいし)の長、在原業平(鳳月(ほうづき)杏)は、官吏を目指す学生でありながら既に秀才と知られる菅原道真(月城かなと)に、事件解決への助力を頼む。
 藤原義房とその養嗣子基経が朝廷の権力を掌握しつつあった平安初期。今日の都では月の子の日に百鬼夜行が通りを闊歩し、その姿を見たものを取り殺すという怪事件が頻発していた。幼き頃から週サイトの誉れ高き文章生、菅原道真は、ひょんなことから知り合った検非違使の長在原業平にその才気を見込まれ、この怪事件の捜査に協力することになる。唐渡りの品を扱う勝気な女店主照姫(しょうき)らの協力の素、次第に事件の真相に近づいてゆく道真。だがその背後には、鬼や物の怪の仕業を装い、暗躍する権力者たちの欲望が渦巻いていた、、、」

 現在の月組のトップがだれであるかも知らないので、配役を見ても熱烈ヅカファンのように、この役には合わないだの、新人のだれそれが抜擢されていてすごいだの、という感想はないのですが、その分、物語をたっぷり楽しもうと思います。

<つづく>
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ぽかぽか春庭「転入先の村野藤吾」

2023-04-20 00:00:01 | エッセイ、コラム

20230420
ぽかぽか春庭アート散歩>建物拾遺(2)転入先の村野藤吾

 4月10日、ようやく新しい健康保険証をもらうことができました。ごく当たり前に健康保険証をつかっているけれど、留学生たちの話を集めると、健康保険制度がない国のほうが多いことがわかります。誰の身にも、いつ病気やケガが病気になるのかはわからないこと。それでも安心して暮らしていられるのは、病気になったらすぐに医者に行けると思うから。

 転入手続きを行った区役所、村野藤吾の作品。東京・昭和の名建築です。   
 転出届を出した元の区役所の建物など、小さ目の庁舎が5つか6つくらいに分かれていて、どこに何があるのかわかりずらいしょうもない区役所です。(統合して新ビルを建てるという話ですが)。
 転入先の旧千代田生命本社だった区役所、敷地も広く「生命保険、どんだけ儲かっていたんだよ!」と、突っ込みたくなるくらい、贅沢なつくりです。せっかく転入してしたのですから、せいぜい区役所利用しようと思います。和室など、区民利用ができる部屋もありますので。

 2013年に書いた春庭建築探訪のコラム
 数年に一度出かけるのが、目黒区総合庁舎。1966年竣工、旧千代田生命保険本社ビル。同生命保険が2000年に破綻した後、目黒区が買い取り2003年から区庁舎となっています。
 結婚後の本籍地を、夫の実家がある区にしたので、戸籍抄本などが必要になると出かけていました。今では郵送やネットで戸籍請求もできるのに、わざわざ出かけるのは、区役所の建物に入りたいからです。

 区役所の建物紹介。
 建物の全面は、彫りの深いアルミ鋳物のたて格子で覆われています。その内側には、バルコニーが設けられています。
 外光は、このたて格子とバルコニーを通してやさしい光に表情を変え、室内に差し込みます。


 レストラン・喫茶室の前の廊下からは、中庭の池、和室の縁側を見ることができます。池には「心」の字をくずした石組みが置かれています。
 池の石組みと植え込みは、村野氏自ら選び、職人と共に丁寧に組み、植え込みました。
 レストラン前の廊下から池を望む


 和室がある棟は、かつての社員の喫茶室・厚生フロアとして使われていました。現在の和室および茶室は、文化的活動を目的とした登録団体がご利用いただけます。


 区役所HPの村野藤吾の紹介
 1891年(明治24年)佐賀県生まれ。1984年(昭和59年)兵庫県で逝去(93歳)。1929年(昭和4年)大阪に村野建築事務所(後に村野・森建築事務所)を設立。1967年(昭和42年)に文化勲章、他に日本芸術院賞、日本建築学会賞(3回)、毎日芸術賞、BCS(建築業協会)賞などを受賞。しました。現総合庁舎、旧千代田生命保険相互会社では、1969年(昭和44年)に第10回BCS賞を受賞。
 
 今は、改築されてしまいましたが、50年前、村野藤吾が手掛けた校舎の中で学んでいたのだなあと思います。
 住民票をもらうなどの手続きも目黒駅中などの出張所でもできるのですが、どうせなら、これからも村野作品の建物中で手続きしたい。

<つづく>
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ぽかぽか春庭「明治生命館」

2023-04-18 00:00:01 | エッセイ、コラム

20230418
ぽかぽか春庭アート散歩>建物散歩拾遺(1)明治生命館

 静嘉堂文庫美術館の移転に伴う閉鎖で、一般公開が中断していましたが、2022年10月に再開されました。
 2023年2月18日土曜日、行ってきました。一般公開は、土日のみ。2Fを見学できます。無料。
 再開直後は混み混みだったということでしたが、半年たって、見学ラッシュもほとぼりがさめただろうと思っての訪問でした。当たり。2月18日という寒い時期だったということもあり、私が見学している間、1組2組の見学者を見かけましたが、ほとんどの部屋に私ひとりだけで、静かにゆっくり過ごせました。

設計:岡田信一郎・岡田捷五郎(信一郎は、途中で死去したため、弟が引き継いだ)
構造設計:内藤多仲

 明治生命による建物説明
 明治生命館は、1934年(昭和9年)3月、3年7ヵ月の歳月をかけて竣工しました。設計は当時の建築学会の重鎮であった東京美術学校(現、東京芸術大学)教授岡田信一郎氏です。古典主義様式の最高傑作として高く評価され、わが国近代洋風建築の発展に寄与した代表的な建造物と言われています。
 建築家・岡田信一郎氏/1883年(明治16年)東京生まれ。東大建築学科卒。大正から昭和初期にかけて、歌舞伎座、ニコライ堂修復、日本銀行小樽支店など、建設当時から話題になった作品を多く手がけた建築家です。
 1945年(昭和20年)9月12日から1956年(昭和31年)7月18日までの間、アメリカ極東空軍司令部として接収され、この間、1952年(昭和27年)まで2階の会議室が連合国軍最高司令官の諮問機関である対日理事会の会場として使用されました。マッカーサー総司令官もこの会場で開催された会議に何回も出席しています。
 1997年(平成9年)5月29日、文化財保護審議会の答申によって、昭和の建造物として初めて国の重要文化財に指定されました。

マッカーサーが会議に出席した会議室
  会議室
2階廊下

廊下柱の飾り

アカンサスの咲く廊下天井
部屋の天井

天井

各室の暖炉と意匠





 
部屋のすみ


床の寄せ木細工
アルコーブ
天井の意匠



 そうか、岡田信一郎はこの建物の完成を見ることなく亡くなったのか、と、説明書きを読む。
 2階はぐるりと一周して各室を見学でき、廊下からは1階を見下ろすことができます。1階では、現在も生命保険の「お客様相談」が行われていて、現役で仕事に使われています。

 三菱系列の明治生命の建物の次は、旧千代田生命の建物を紹介。

<つづく>
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ぽかぽか春庭「耀変天目 in 静嘉堂文庫美術館」

2023-04-16 00:00:01 | エッセイ、コラム

0230416
ぽかぽか春庭アート散歩>アート散歩拾遺(1)耀変天目 in 静嘉堂文庫美術館

 2023年2月18日。大手町のコロナワクチン大規模接種会場でコロナワクチン5回目オミクロン株対応ワクチンを接種しました。これでまずは大丈夫。もちろん5回ワクチ接種したからと言って、コロナにかからないという保証はないけれど。
 せっかく都心に出てきたのだし「これでほぼほぼ安全記念、都会を楽しむ一日」にしようと、シャトルバスにのって東京駅へ。バスの中で皇居東御苑散歩、三菱一号館など思い浮かべた結果、静嘉堂文庫美術館に決めました。

 静嘉堂文庫は、世田谷にあったときは「ぐるっとパス」で入場できたかわりに、国宝の耀変天目茶碗はめったに展示されず、私は一度も見たことがありませんでした。丸の内移転前に耀変天目展示があったときは、時期があわず、世田谷の静嘉堂文庫に行けなかったので、残念に思っていました。丸の内の静嘉堂美術館は、ぐるっとパスは使えません。けっこう高めの入館料をとるかわりに、耀変天目の展示は、世田谷より多くなるのではないかと思います。

 ワクチンも終わったことだし、耀変天目をみよう、と明治生命館にでかけました。長い間あこがれているのみで、実物は見たことがなかった耀変天目。
 「日本にあるよいものは、全部中国からもたらされたもの」と中国人留学生が得意顔になるとき、ひとこと付け加えます。
 「はい、日本はたくさんのものを中國から受け入れました。でも、ほとんどのものは日本にあうように変化させて使っています。漢字を受け入れて読み書きできるようになって、漢字からひらがなカタカナを作ったのも、よい例です。それに、中国で作られたのに、中国にはひとつも残っていないものもたくさんあります。江戸時代に輸入された漢籍の中、中国には残っていない本が多いです。中国では革命がおこったりして王朝が変わるたびに、前代の文物は失われてきましたが、日本では1300年前のものが残る正倉院をはじめとし、中国で作られたのに中国にはひとつも残っていない宝が、たくさん残されているんです」

 中国で作られ、中国にはわずかに破片が残るだけの耀変天目茶碗も、日本にたった3椀が残された宝物です。
 美しい光を見せる椀。中国でも日本でも、この椀を再現しようとしてさまざまな試みがなされてきましたが、まだ完全には再現できていません。
 国宝「稲葉天目」


 徳川家光の手から、育ての親ともいえる乳母春日局に与えられ、局の実子が大名となった稲葉家に明治まで伝わった椀です。昭和初期に財政困難となった稲葉家から、小野家に渡り、最終的に三菱の岩崎家が買い取りました。

 日本に残っている3つの耀変天目茶碗。藤田美術館と大徳寺龍光院に所蔵されていますが、写真が3つ並べられているのを見ても、素人目には、静嘉堂文庫所蔵の楊変天目が一番美しい。

 焼き物の釜の中で、火と釉薬と土の間にさまざまな化学変化がおきる。窯の中の変化だから、窯変である。窯変のなかで、稲葉天目にみられるように美しい輝きをみせるものを耀変と呼ぶようになりました。

 「岩崎家のひな祭り」という展示の中、稲葉天目がガラスケースの中に鎮座ましましました。
 さまざまな写真で見てきた稲葉天目の実物をガラスケースごしですが、初めて見ることができました。
 最初の感想は、「ち、ちいさい」。
 大きさを知れるものがない写真だけしか見てこなかったので、想像のなかでは、両手の中にすっぽりおさまる大きさくらいに膨らんでいました。実際の稲葉天目は、片手におさまる。
 小さいけど美しい。窯変の輝きを目に焼き付けました。
 世界にたった3つなんて、もったいなさすぎる。

 窯変の研究を続けている陶芸家は日本にも中国にもいるということですが、作り方、解明してほしいです。

<つづく>
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ぽかぽか春庭「早春ディズニーシー」

2023-04-15 00:00:01 | エッセイ、コラム
20230415
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>懸賞生活(2)早春ディズニーシー

 2月4日、ディズニーランドホテルでビュッフェ朝食をとりました。ランチはまたたっぷり系だってわかっているのに、ビュッフェだとさらに山盛りにしてしまう貧乏性。
 ホテルに荷物を預かってもらい、モノレールでディズニーシーへ。

 ディズニーシーの入口近く、朝のご挨拶に出ているドナルト&デイジーダック

 コロンビア号のショウを楽しむ。ミッキーたちといっしょにかんたんなダンスを踊りました。

 船でメディテラニアンを一回りするディズニーキャラクター。
 ミニーの誕生日を祝うというダンスを観客もいっしょに踊りました。
 

 コロンビア号の中のレストランで、ラテンアメリカ風というランチ。私のローストビーフの倍のグラム数の娘のローストビーフ


 ミッキーがドラマーになったりダンサーになったりする劇場のショウを、今回も見ることができました。ミッキーはドラムをたたくだけでもすごいのに、ドラムの前に出てきて、ダンスも踊る。中の人が入れ替わっているのではなく、ドラムとダンスと両方できるのがすごい。中の人じゃなくて、ミッキーがすごいキャラクターなのだと、思っておこう。

 最後は花火。これまで、「風がつよいから」などの理由でなかなかシーで花火を見る機会がなかったのですが、今回は花火も見ることもできて、満足の帰宅となりました。


<つづく>
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ぽかぽか春庭「早春ディズニーリゾート」

2023-04-13 00:00:01 | エッセイ、コラム
20230413
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>懸賞生活(1)早春ディズニーリゾート

 娘の懸賞応募生活。最近もビール1ケース18個入り、ひざかけ毛布、タオルマイタケとマイタケ炊き込みご飯のセット、などなど、毎週1つか2つは届きます。懸賞に応募するのは、バーコード部分を集めたり、応募マークを集めたり。
 この春、ヤマザキパンのマークを集めて、白いお皿2枚もらいました。パンを食べるとき、フジパンが懸賞をしている時期はフジパンばかり買うし、ヤマザキパンの「春のプレゼント」時期にはヤマザキパンやバナナケーキが毎日食卓に。
 
 2月「光の春」に「大当たり」で楽しんだのが、「ディズニーランド招待」でした。キリンの飲み物で応募できる懸賞に当選するまで、ペットボトルやら缶コーヒーやらせっせと飲んだ結果、夜7時半から入場できるご招待客だけの10時までのショウタイむ。

 2月3日。金曜日、ディズニーホテルへ。
 ディズニーランド駅 今夜の宿泊はディズニーランドホテル

ミニーマウスやアリスと  

 
アフタヌーンティを楽しみました。

 

 スペシャルルーム宿泊についてきた「おまけグッズ」のブランケット


 夜7時半から招待客入場です。

 美女と野獣のお城へ

 ファストパスは廃止になっていました。2時間待ちを解消するため「お金を払ってファストパス入場」3回目のお城めぐりを楽しみました。娘は「魔法の国も金次第」と笑う。

 エレクトリカルバレードや花火も楽しみ、アトラクションは、新しい「ベイマックス」に乗りました。

 ミッキー&ミニールーム


 ディズニーランド入場はご招待ですが、ホテル宿泊と翌日のディズニーシーは自腹です。少しでも早くシー入場するために、夜は早々と寝ました。駐車場ビューの部屋で、夜景も楽しめなかったので。

<つづく>
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ぽかぽか春庭「フィギュアスケートスターズオンアイス in 横浜アイスアリーナ」

2023-04-11 00:00:01 | エッセイ、コラム

20230411
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>2023フギュアスケート三昧(4)スターズオンアイス in 横浜アイスアリーナ

 フィギュア生活三昧の2023年。
    浅田真央アイスショウ「ビヨンド」、さいたまアリーナでの、フィギュアスケート世界選手権、女子ショートとペア。男子フリーとアイスダンス。エキシビションと、3日間生観戦ができました。
 残念ながら、羽生結弦ソロアイスショウ。東京ドーム「ギフト」のチケットは抽選にはずれましたが、横浜で羽生出演のアイスショウを見ることができました。

 「STARS on ICE」in 横浜アリーナ 4月6日木曜日午後19時開演。

 3月18日から渋谷から延伸直結となった東急新横浜線にはじめて乗りました。渋谷・自由が丘方面から、菊名で乗り換えることなく、一本で新横浜に行けます。
 席は横アリ、アリーナSS席。前から11列目のリンク中央。とても見やすい席でした。

 <出演者>
羽生結弦、宇野昌磨、イリア・マリニン、三浦佳生、友野一希、ジェイソン・ブラウン、山本草太、島田高志郎、坂本花織、宮原知子、ルナ・ヘンドリックス、三原舞依、渡辺倫果、島田麻央、三浦璃来&木原龍一、アレクサ・クニエリム&ブランドン・フレイジャー、マディソン・チョック&エヴァン・ベイツ、パイパー・ギレス&ポール・ポワリエ 

 世界的な大会でメダリストになったスケーターばかり、豪華なメンバーです。なかでも、羽生結弦が出演!会場には、羽生ファンが多い。
 休憩時間にSS席でおしゃべりしているファンの話を聞いていると、大阪公演、岩手公演と、「ゆづ君おっかけ組」がかなりいました。
 ゆづ君ドーム公演チケットが手に入らなかったファンも多いので、おっかけに熱が入るのもわかります。岩手までの移動費やホテル代を出しても、ゆづ君みられるなら惜しくないって気持ち、わかるけれど。我が家は、横浜公園のSS席を最後に、もう「4月から給料入らない、極貧生活」になるのですから、これが生ゆづ君見納めかも。ゆづ君だけでなく、他のスケーターも生観戦はこれで見納め。

 オープニングは、ゆづ君がリンクをまわって、ファンにごあいさつ。ファンの心は沸き立ちます。どうせ、ゆづ君はショーの最後にもう一度出てくるだけだろうけれど、その間のショーだって、ひとりひとり、一組一組素晴らしいスケーターです。
 世界選手権エキシビションで「母は、3万円のチケットに座っているのに、1万円分は寝てたね」と娘に言われるようなことのないよう、しっかりリンクを見つめます。

 ジェイソン・ブラウンは、サングラスをかけて出演、コミカルな動きも楽しかったです。友野一希は、指揮者に扮する世界選手権の試合用のナンバー。三浦璃来木原龍一組も、今季のSP曲「You’ll Never Walk Alone」、坂本花織は、19-20と20-22年のフリー曲「マトリックス」 を披露しました。娘の大好きな三原舞依は、かわいらしいピンクの衣裳で、「サクラ」の曲にのせて。ほんとに冷たいはずの氷のリンクが桜満開になり、舞依ちゃんの笑顔のように、ほっこりしました。


 宇野昌磨は、足を怪我しているので無理をしてほしくないけれど、さすがの演技。イリア・マリニンら世界選手権メダリスト組もすばらしい演技でした。グループナンバーは、がんばって練習したようすは見られましたし、ひとりひとりメダルを得ているトップスケーターが、みなで合わせて動くのはすてきでした。グループナンバーは、ジェフリー・バトル。
 グループナンバーは、年季の入っている浅田真央ビヨンドのほうがまとまっていましたが、メダリストたちがいっしょにグループナンバーをすべるのが貴重。

 カラフルな衣装でのグループナンバー。


 各選手の演技。世界選手権のとき4回転ジャンプだったところを3回転にしたり、3回転3回転を3,2にしたりというのは、ショーだからいいと思います。

 圧巻は、やはり大トリの羽生結弦。プロになって手を抜くどころか、ますます進化した演技を披露しました。

 2014-2015年シーズンのフリー「オペラ座の怪人」

 
 シーズン中でのジャンプより進化した、4回転-2回転の連続トウループ、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)-3回転トウループ、3回転半―1オイラー―3回転サルコー、3回転ループ、3回転ルッツ。コンビネーション3つを含む5度のジャンプをすべてが決まったのには、本当に感嘆感嘆。すばらしかった。見ていたゆづ君ファンがみなスタンディングオベーションを送り、この世界の最高峰、唯一無二の存在をたたえました。


 マりニンの4回転も見事なできでしたが、ゆづ君の表現力にはまだまだ及ばない。今回は居眠りしたりしなかったけれど、オープニングと最後のゆづ君の演技だけでも、アリーナ席2万3千円の価値があったと思います。

 終演後、横浜アリーナ前の中華屋でラーメンを食べて帰ったのですが、私は、この店に毛糸の帽子を落としてきました。娘のトートバッグの中に茶色の毛糸帽子が入っているのは見えていましたが、娘も同じような毛糸帽子をかぶっていたので、娘が何も言わないのは私のではなく、自分の帽子だからだろうと思い、家について店に夜11時23分に電話してみましたが、もうクローズしたらしく誰も出ませんでした。
 翌朝、娘から「中華店で拾いました」というメモがついて、テーブルの上に帽子がありました。私がいつ落としたことに気づくかと思って黙っていたようです。私も気づいていたんです。でも、娘が何も言わないから娘の帽子だろうと思った。

 もう、お金なくなるから、娘といっしょにお出かけすることもなくなる。これからは、落とし物もなくなるでしょうが、ダメ母は、ますますおつむが弱くなることが予想されるので、テレビの健康番組で紹介されていた「ユズをまるごと煮込んだジュレ」をお湯で割る飲みものを作ろうかと思いました。(葛飾北斎が中風を患った後に愛飲したという)

 ゆづ様は私の心のくすり、柑橘のユズも体の薬として愛飲したいです。

<おわり>
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ぽかぽか春庭「桜吹雪忌2023」

2023-04-09 00:00:01 | エッセイ、コラム
20230409
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>花のもとにて春至難(5)桜吹雪忌2023

 2月28日、母が心不全で55歳で亡くなって50年目でした。妹から「あした、お墓参りに行くよ」というラインが入ったのだけれど、2月末のHALはリストラバトルで、意気消沈しているときだったので、お墓参りは妹にまかせました。
 実家の檀家寺では、33回忌を最後として法事は打ち止めなのですが、家族がお墓参りをするのは、重いのままに。

 母が亡くなって50年もたつのに、妹はいまだに町のなかで「あなたのお母さんに、私の家族はほんとうに世話になった。うちの家族がなんとか生きてこれたのは、お母さんのおかげです」と感謝のことばを受け取っています。ごく自然に人助けをして、それを人に吹聴することもなく、「陰徳を積んだ人」だったので、55歳で亡くなったときは、人を助けるばかりで自分をいたわらないから、早くに亡くなってしまったのか、と悔しくてならなかったです。

 なかには「お母さんにたいへんに御恩を受けたのに、私は気づいておらず、最近知ったんです、直接お礼をいえないままになってしまいました」と、妹がある人からご挨拶を受けたそうです。

 父と同じ会社で働いていたMさんがなくなり、小さな子供二人と奥さんが残されました。そのころ、母は会社の家族会の会報に文章を寄せたり新聞の俳句短歌欄に入選したりしていたので、母を見込んで「信用金庫の事務の仕事」をしてくれないか、と頼まれていました。母は娘3人に「女性も働くほうがいい」とい言い続けていましたから、仕事を受けたかったと思います。

 60年も前のこと、女性が働く場は少なく、まして中年の女性が就職する機会はめったにありませんでした。母は「Mさんはお子さんふたりかかえて、ご主人がなくなって、これからたいへんだろうから、信用金庫の仕事があるなら、Mさんにお願いしてもらえませんか」と、仕事を譲りました。Mさんは、どうして自分に仕事が紹介されたのかわからないまま、働き続け、定年退職するときに、はじめて「こういう経緯で働いてもらうことになったんだけど、そのことは口止めされていたんです」と、知らされました。

 どうして自分に仕事を紹介されたのか、気に留める時間もないくらい、仕事と子育てで夢中で生きてきて、近所に住んでいながらただのご近所さんとしておつきあいしてきた母が、実は「働き手を失った一家の救いの手」を伸ばしてくれたことに、何十年もたってからわかった、というのです。
 妹からこの話を聞いて、あらためて「自分のことはあとまわしにして人の世話をすること」が多かった母をしのびました。

 姉と妹は、母によく似て人の世話をすることが多かったのに、私は母の姉アヤ伯母に似て、人と話すことが苦手なひきこもりの性格を受け継ぎました。姉と妹はアヤ伯母に似ておしゃれが大好き、新しい服とバッグを手に入れることが大好き。私は母に似て服装にまったく興味がない、というふうに、遺伝子がどうばらまかれるかはおもしろいもんだなあ、と思います。アヤ伯母は字がきれいで、役所で働いていたとき、まだワープロもない時代に、役所から出す封筒の宛名を書くのが仕事のひとつだったけれど、母も私も悪筆。悪筆だけれど、ものを書くのは大好き。

 母は55歳で、心臓が弱っていることを藪医者に見抜いてもらえず、「熱がでているので、これはインフルエンザだから抗生物質うっておきましょう」と、注射され、ますます心臓が弱りました。
 死をみとった大学病院では「最初の診断は疑診」とカルテに書き込みました。誤診と書くと最初の医者を非難することになるので、「疑診」と書いたのです。
 ほんとうに残念な早世でしたが、50年たっても母から受けた恩を忘れない人がいるということは、娘にとっては誇りです。

 姉が「子宮筋腫」と誤診された「子宮肉腫」のために2002年に他界しました。54歳でした。昨年で21回忌の法事を故郷の寺で行いました。今年は、それぞれが時間のあるときにお墓参りをする、ということになりました。
 親族間のラインで、姉の娘や妹の娘たちが、姉が最後を迎えたホスピスについて思い出を語りあっているのを読み、姪たちが姉のことを話題にして懐かしんでいてくれることをうれしく思いました。

 人の死は2度あります。一度目は肉体的な死。心臓停止か、脳波の停止かという違いはそれぞれの人によるでしょう。2度目の死は、その人を覚えていて思い出を語ってくれる人がひとりもいなくなった時です。
 姉は美容室を経営し、お客さんにも慕われていましたから、姉のことを覚えていてくれる人も、まだ残っているだろうと思います。
 姉の一家、姉のふたりの娘から孫6人、ひ孫が3人になりました。
 姪たちの心にも残っている姉を、私も静かにしのんですごそうと思います。

 2002年4月10日。姉はふるさとのホスピスに入院して山の中の桜満開を見届け、桜吹雪の中旅立ちました。私は姉の忌日を「桜吹雪忌」と呼んで、桜が散る時期になると姉をしのびます。
 
<おわり>
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ぽかぽか春庭「落とし物」

2023-04-08 00:00:01 | エッセイ、コラム
20230408
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>花のもとにて春至難(4)落とし物

 王子音無親水公園の桜も見たし、目黒川沿いの桜も見て、今年の花見も満喫でした。しか~し、好事魔多し。王子のどこかで、クレジットカードを落としました。
 という、いつもの忘れ物落とし物を繰り返して、花のもとにて春至難。

 まぬけな私。忘れ物落とし物は子供のころから名人だったので、高齢ゆえの物忘れとは思わないのですが。
 この前音無親水公園でミサイルママと桜を見て、モスバーガーでおしゃべり。たぶんその間にことだと思います。銀行系のクレジットカードと違い、家電店のポイントカードにクレジット機能をつけたものなので、見た目にはポイントカードです。

 クレジットカード会社から電話があり、「王子警察署に届けられているが、落とした覚えがあるか」と連絡がありました。カードは使用停止にしているので、週明けに警察にとりにいくように、ということでした。


 あやしい!テレビで、高齢者をあの手この手でつる詐欺電話が紹介されていました。カードは使用停止にした、と油断させておいて、警察落とし物係が週末閉まっている間に、クレジットで高額買い物をするのかもしれない。王子に行った3月29日に落としたとして、どうして4月1日に転入届を出した新しい住所をしっているのか。カード会社の係員と名乗る人は、新しいほうの住所を言ったのです。

 念のため、警察に電話。クレジットカードを入れておいたパスケースの特徴を聞かれ、あれこれ答えたら「たしかに、届いています」
 わぉ、怪しんで悪かったわ。拾ってくれた人、ありがとうね。あなたにはきっとよいことがあります。って、私だって何度も落とし物を交番に届けてきたけれど、あんまりよいことはなかったので、期待はしないように。
 「カードを停止しました」と連絡してくれたカード遺失物係の人、疑ってごめんね。3年前から現住所に住んでいて、自分で住民票がある前の住所と、今住んでいる現住所のどちらを届け出ているのかわからなくなっていたみたい。
 
 月曜日、警察署の落とし物係にとりに行く。ついでに運転免許証の住所変更も。もとの住まいの自治会費を2023年の1年分支払ったりの雑用をこなして、転入したほうの区役所へ。
 国民保険の手続きをしようとしたら、これまでの健康保険の資格喪失証明とか退職証明書、離職票などが必要だといわれました。
 「4月1日土曜日に転入届を出しに来たとき、保険証の手続きは4月3日月曜日に受け付けます、と言われただけで、離職票などが必要だとは説明を受けなかったのですが」と、言っても無駄でした。説明を受けていようがいまいが、必要なものがなければ受け付けられない、というだけ。1日にきたとき、国保手続きもしたいと申し出たのですから、ひとこと、国保手続きには、離職票や健康保険資格停止証明書が必要と言ってくれれば、無駄足を運ばなくても済んだのに。これぞ「お役所仕事」の典型です。
 後日、離職票を社労士が送ってきてから国保の手続きにもう一度区役所に足を運ばなければなりません。これまでの健康保険は退職した3月31日に失効しているので、新しい国保がくるまで病気になりませんように。

<つづく>
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ぽかぽか春庭「目黒川花見散歩」

2023-04-06 00:00:01 | エッセイ、コラム
20230404
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>花のもとにて春至難(3)目黒川花見一人散歩

 4月1日、ひとりで花見散歩。
 2022,2021年は、上野公園も「宴会禁止」だったので、美術館めぐりの行きかえりに上野を通り、花見散歩ができましたが、2023年は、宴会OKなので、上野公園はパス。人々が集まって花の下で飲めや歌えやの光景も楽しそうで好きですが、娘も夫も「完全下戸」の一家は、いっしょに花見宴会したことなし。私は「歩きつつ花を見る」ほうが好き。

 4月1日は青空がきれいで、気温も上がり、散歩日和でした。まずは、ご近所の大学構内の桜。

 最寄り駅まで歩き、駅前パン屋でおやつのリンゴパイなど買う。
 目黒駅構内で果物を売っていたので、いちご、トマト、バナナを買う。駅ビルの中の水道でいちごとトマトを洗って、いざ出発。 権現坂を下り、目黒新橋から目黒川沿い散歩開始です。
 2020年の春はじめに娘と目黒川散策したときは、数輪が先初め、という状態のときでしたから、満開の目黒川を歩くのは初めてです。満開の土曜日というので、押すな押すな状態かと思ったら、そうでもなかった。花見客はやはり散歩より宴会ができる場所のほうがいいようです。

 目黒新橋から目黒川を見下ろす


 ひとり分ならベンチもところどころ座ることができたので、歩いては休みして、いちごを食べたりチョコポッキー食べたりしながら、目黒川を中目黒方面へ歩きました。川の左側を通ったり右側を通ったりしながら写真をとりました。

 もう散り始めているので、川面は花芥が散り敷いている。その中をゆったりとカヌーが通りました。川の中からのお花見もすてきでしょうね。

 休み休み歩いたのですが、やわな足はすっかり疲れました。ようよう目的地の区役所へ。
 土日も働いてくれるので、転入手続きをしました。4月中に区議会選挙があるのだけれど、たぶん選挙権はまだなし。

 バスで医療センターへ。医療センターの中の桜並木もきれいでした。さらにバスで自由が丘へ。
 九品仏川緑道の中には、家族連れや犬散歩の人が大勢いました。



 大学構内→目黒川沿い→医療センター内→九品仏川緑道、と、一日で1万3千歩の花見さんぽ。
 通勤のために一日4~5千歩歩いていたのがなくなり、運動不足になるのは必至。せいぜい歩かなきゃ。



<つづく>
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