20211106
ぽかぽか春庭シネマパラダイス>2021秋映画(3)ノマドランド
原作はジェシカ・ブルーダーが2017年に発表したノンフィクション『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』である。プロデューサーのFマクド―マンドとクロエ・ジャオ監督は、映画化にあたり、大きな賭けに出た。ノンフィクション性を生かすため、主役ふたりはプロの俳優であるけれど、主人公ファーンが出会うノマド=漂流民たちは、すべてファーン演じるフランシス・マクド―マンドが実際にキャンピングカーでアメリカ中を季節労働者となって移動する最中に会話を交わした素人(ノマド=季節労働者)なのである。
私はクレジットをみて、リンダメイを演じているのがリンダメイであるのを見るまで、彼らが素人だとは気づかなかった。それほど自然にファーンはノマドたちに溶け込み、彼らと本心で語り合っていた。
キャスト
・ファーン: フランシス・マクドーマンド
・デイブ: デヴィッド・ストラザーン
・リンダ: リンダ・メイ
・スワンキー: シャーリーン・スワンキー
・ボブ: ボブ・ウェルズ
・ピーター: ピーター・スピアーズ
本作のプロデューサーは主役ファーンを演じたフランシス・マクド―マンド。原作を読み、クロエ・ジャオ監督起用を決意。
第93回アカデミー賞では、計6部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、主演女優賞を受賞した。ジャオは有色人種の女性として初めて監督賞を受賞し、マクドーマンドは同一作品で製作者として作品賞を受賞、出演者として主演女優賞を受賞した。史上初の快挙。
圧倒的な存在感、Fマクドーマン
冒頭、広大な荒れ野で、ファーンが「野原で花摘み」をするシーンからはじまります。トイレのない場所でズボンをおろし、尻をだしておしっこをする様がぴったり絵になり人間味を出せる女優、マクドーマンのほかにいない、とおもうところから、すでに映画の中に引き込まれてしまっている。
腹を下したファーンがキャンピングカーの中の狭いトイレで、下痢のおなかをさするシーンも、とてもいい。
広大なアメリカの光景が美しいのは当然だが、腹を下すシーンがかくもリアリティありながら人間を映し出しているのはすごい。
ファーンは、リーマンショックの影響で職を失った大勢のアメリカ人のひとり。夫と社宅に住み、それなりに中間層として暮らしてきた人生が、夫の死、そして会社の倒産によって、一気にすべてを失ってしまう。ファーンはわずかな思い出の品をキャンピングカーに積み込み、臨時の仕事を探してアメリカ各地を渡り歩く。
自然公園の清掃員だったり、ハンバーガーチェーンの工員だったり、さまざまな職を転々とし、途中知り合ったノマドとブツブツ交換をして助け合い、語り合う。最後に思い出の地アラスカへ旅たちたいと語るノマド、家族とは音信不通だが、家族のもとに戻ろうとは思わないと語るノマド。さまざまな事情で、彼らは家を失い職を失って漂流している。
ノマドたちの助け合いは、ひりひりした痛みを伴いながら真摯である。
マクドーマンドは実際に車上生活を送ると共に、Amazonの物流拠点での梱包作業など日雇いの仕事にも従事した のだという。
デイブは、息子との軋轢から自宅に帰ることをあきらめていたが、息子が迎えにくると一転、孫の世話に生き甲斐を見出す。ファーンに「ここでいっしょに暮らそう」と申し出るが、ファーンはふたたび放浪生活に戻ることを選ぶ。
うつくしい荒野の光景は、ひとりで立つ広大な荒野である。
飯田橋ギンレイで2本立てを見たあと、出口に向かうとき、二人連れの小母さまの会話が耳に入った。
「2本とも家族を題材にしていたわね。いい話だった」「家族が一番大切だってことよね」
ひぇ~!
映画は、見た人がどのように受け取ろうと見た人の勝手です。でも、「ノマドランド」を見て「家族が大事」と受け取った人、デイブが最後に息子の家族に受け入れられることをもってハッピーエンドと思ったのだろう。なんのこっちゃ。
「もののけ姫」を見た後「環境破壊は悪いことなので、環境を破壊せずに自然と調和していくことを映画から学びました」という感想を寄せた人に、宮崎駿は「そんなことを感じさせるために映画を作ったんじゃない」と、激怒し落胆した、ということですが、もののけを見てそう感じた人もいるのなら、それはそれで人の感受性の問題。
しかし、ノマドランドを見て「家族が一番大切」と思った人がいたと知ったら、フランシス・マクド―マンドはさぞかし落胆するだろう。
ファーンはデイブが提供しようとしている「あたたかくなごやかな家庭」などを蹴飛ばし、ひとり荒野へ戻っていくのです。
彼女の孤高と自尊心、他のノマドたちとのひとときの交流。その思いをくみ取らない映画鑑賞もあるのだと、思い知りました。どのように見るのも自由ですからいいんですけれど。
アメリカ流の幸福。家族数プラスゲストルームの寝室とそれぞれにバスルーム。広いリビングルームとキッチン、ダイニング。広い庭。できればテニスコートとプールがついているほうがいい。やさしいパートナーと愛らしい子供たち。ペットなんぞも血統書付きがいい。年収は1千万以上で昇進は目前。
そんな幸福が今もなお「豊かで幸福な人生」であるアメリカ社会で、荒野でおしっこするノマド暮らしをあざやかに描いたフランシス・マクド―マンドとクロエ・ジャオ監督をたたえたい。
演出するジャオ監督
<つづく>