20170425
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>2017十七音日記4月尽(1)ガレットとソバ粉と牛鍋弁当
何年か前に、BSの「ドキュメンタリーとドラマが連動している」という仕立ての番組を見ました。4人の女性作家がヨーロッパの田舎を旅して、小さなレストランや農家で料理された地元のメニューを食べる。ワインやチーズを作っている地元の人々とのふれ合いをメインにしたドキュメンタリーで、女性作家は食べ物の思い出などを述べる。そして、その土地での見聞からインスピレーションを得て短編小説を執筆。その小説を短編ドラマにして、作家による旅番組とドラマを並べて放送していたのです。「愛と胃袋」というタイトルでした。
井上荒野はピエモンテ州(イタリア)、江國香織はアレンテージョ地方(ポルトガル)、角田光代はバスク地方(スペイン)、森絵都はブルターニュ地方(フランス)。
短編4作は『チーズと塩と豆と』というアンソロジーとして文庫になっています。
江国ドラマは、同性愛の男性が主人公。恋人は浮気性で、ふたりで訪れたアレンテージョの小さなホテルの経営者とも関係を持つ。経営者の若い後妻とその幼い娘と心を通わせるようになった主人公。若い後妻に誘われるが、結局恋人とは別れられず、リスボンへと戻っていきます。
角田ドラマは、「神様の庭 アイノアの豆スープ」
国際NGOで働く女性アイノアが主人公。難民キャンプで料理担当をしている。遠距離恋愛の恋人は、「自分かNGOの仕事のどちらを選ぶのか」と迫り、彼女のもとを去って行きました。傷心の彼女は、バスク人の父親のもとへ帰省します。母が危篤です。父親は、経営するレストランの料理に力をいれる余り、母をないがしろにしてきたとアイノアは思い込んできました。その父親が、実は母を深く愛していたことに、料理を通して気づいていきます。父は、自分のレストランを継いでほしいと願っているのはわかっているけれど、アイノアは、再び難民キャンプへ戻っていきます。彼女の料理を待っている人々がいるから。
井上ドラマは、高校の担任教師だった男性と結婚した女性の物語。男性の娘は、高校の同級生で、この結婚を認めていません。老齢の男性が入院して植物状態になっても、妻は毎日スープを夫のために届けにいき、いつか目をあけると希望を捨てていません。若いバリスタが彼女に好意を寄せますが、彼女は一夜をいっしょにすごしたあと、今までの暮らしを守ることを決意します。夫と共に築き上げた畑を黙々と耕し収穫する生活を。
森ドラマの主人公ジャンは、自分の出身地ブルターニュが嫌いでした。故郷にいたころは、故郷そのもののような母親から逃げ出すことを考える毎日でした。子供の頃、貧しい母親が焼いてくれる黒い麦(ブレノワール)のクレープ、ガレット。白い小麦粉のクレープがいい。黒い麦ブレノワールは、貧乏の象徴のような気がしていました。
ジャンは母親に反発してブルターニュを出て、今ではそこそこのシェフになっています。
中年になって故郷に戻り、食堂兼民宿を経営することになります。ブルターニュを代表する料理として、選んだのは、ガレット。母が亡くなり、家族と暮らす中で、母が焼いてくれたガレットの価値に気づきます。
ガレット、ブレノワールのクレープ。ブレノワール黒い麦とは、日本ではそば粉です。
こんなふうに、以前に見たテレビ番組を思い出したのは、渋谷松濤にあるガレットの店で食事したからです。
数年前に、娘と新宿高島屋にあるガレットの店で食べたことがあり、「日本じゃ、そば粉なんて、特別な料理素材じゃないけれど、こんなふうにフランス料理としてこじゃれたレストランで食べると、けっこうなお値段ですなあ」と、娘と言い合ったことでした。
4月15日土曜日。娘が渋谷東急ハンズで手作り講習会に参加している間、私は松濤美術館を見ていました。娘が「一人で行く」というのに、「松濤美術館へ行くから」と、くっついてきた母親、うざったい存在ですねぇ。
娘は「この年齢になっても母親がいつもくっついて来ているってのは恥ずかしいから、ハンズの中で待っていないで」というのです。
東急デパートからまっすぐ松濤美術館まで歩く途中にある建物、松濤美術館に出かけるたびに気になっていたけれど、こういう店は、「こだわりのなんちゃら」をメニューにしていて高そうだから、一度も入ったことがなかった。でも、松濤美術館の展示を見終わっても、娘が手作り講習会を終えるまで時間がありそうなので、えいやっと入ってみました。一休みして時間をつぶすため。
蔦の絡まる店の建物。喫茶店かと思って入ったのですが、ガレットの店でした。
「ガレットリア」という店。無農薬食材とやらが売り物で、人通りの多い場所柄、強気の商売をしています。店員は「飲み物一品と料理一本をご注文いただくことになっています」という。一番安いブレンドコーヒーは500円。一番安いガレットはプレーンで1300円。トッピングは、チーズやトマトなど200~300円。しばしメニューを眺めて、おすすめセットにしました。ガレットと甘いクレープと飲み物のセットで2000円なり。飲み物はビール。
フランスのジャンにとっては「田舎くさくて、やりきれない食べ物」だったガレットが、日本のこじゃれたレストランだと、高級な一皿。貧乏人の母親が娘を待つ間に食べるには、「たかがそば粉なのに、高すぎる」と思える。高い、と文句を言うなら注文するな、てなもんですけど。
店内は、若いデートカップルや女子会のグループ。1階カウンター席の窓の外を、行き交う人々。
土曜日に渋谷に来て「人が多すぎる」と文句を言う勿れ。この人の多さは、観光資源にもなっている。
渋谷駅109前の交差点には、大勢の外国人観光客が自撮り棒を高く掲げて、数分間ごとに2000人が交差して、だれもぶつかったり転んりせずにちゃっちゃっとすれ違うようすを撮影しています。すごいな、この群衆。
ガレットを食べ、クレープを食べて、1時間ほど時間をつぶしたけれど、まだ娘からは手作りが終わったというメ連絡はなし。
私が娘に注文した「柿渋染めのトートバッグ」に時間がかかっている、というメールがきました。他の受講生は、ワンポイントを染めるだけだから、1時間ほどで終了したそうです。母の日のプレゼントにすると娘が言うので、欲張りな私は、「バッグの全面に模様を入れて」と、注文しました。
まだ待っているのに、どうするか。今度はコストパフォーマンスだけを考えて、マックへ。ソフトクリームと水をもらう。100円。「無農薬そば粉や野菜」を使ったお高いガレットもいいのだけれど、私はマックの超安いソフトも好きよ。たぶん、安い原材料を使っているのだろうけれど。
ソフトクリームをなめながら、ソウルフードについて考える。
ガレットを食べて、嫌っていた母親を思い出し、母の味を呼び起こすブルターニュのジャン。
私は、高いと思いつつ2000円のガレットセットを食べ、母が手打ちしてくれた蕎麦を思い出しました。子殿の頃は「また蕎麦かあ」と文句言いながら食べていました。母が作った無農薬そば粉十割の蕎麦、つなぎに使う卵は、庭で飼っている鶏が産んだばかりのもの。今思えば贅沢な蕎麦だったのだけれど。
娘は、花びらをレジンで固めたペンダントも作ったと言い、「手作り満喫した」と、マックにやってきました。娘とデパ地下で「牛鍋弁当」と「蟹のまるごと揚げ」を買って帰りました。半額になるまで待つか、と思いましたが、娘が「おなかすいた」というので、100円引きになったところで手を打ちました。
私は全然おなかすいていなかったけど。そりゃそうだ、4時にガレットとクレープ食べたのだから。
<つづく>