20220306
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>2022ふたふた日記春よこい(2)花は咲くー北京オリンピック・パラリンピック
2月4日の開会式から23日の閉会式まで17日間。フィギュアスケートファンの娘と私は、放映されたフィギュア全試合全選手の競技を応援しました。
フィギュア以外では、スピードスケート女子、カーリング女子、アイスホッケー女子、スキージャンプ女子、などはできる限りライブで応援しました。
ライブで応援して勝てたときは「ほら、うちらが応援できたから高木美帆選手が1000メートルで金メダルとれた」などと大騒ぎでしたが、デイリーハイライトだけで見て済ませた、という競技もありました。たとえばバイアスロン、ボブスレー・リュージュなどはダイジェストで結果を見るだけでした。
我が家はなんといっても、フィギュアスケートです。私は2月7日8日9日14日は勤務があったので、団体競技や男子シングルが午前中にライブ中継されたときは、ライブでは応援できませんでした。そのため、いとしのユズ君が氷の溝にひっかかってしまい、4回転アクセが不成功になってしまった、と、思ったのですが、これは私の念が届かなかったせいではなかったみたい。
フィギュアスケート、スピードスケート、アイスホッケー、カーリングなど、氷を使う競技が数多くあります。カーリングは氷の状態を見定めることが勝敗を左右します。氷は、競技別にきっちり温度管理をして製氷すべきなのに、日本の精密な製氷技術に比べて、北京の製氷技術はやや精度が低く、管理不足の面が残る製氷だったのだ、という製氷専門家による意見があったと聞きました。
スピードスケートでもパシュートで高木菜那選手が引っかかって転倒したという氷の状態。製氷の不備を乗り越えて勝つのが真のチャンピオンということもわからないではないですが、捻挫をこらえて出場したユズ君には、最高の状態の氷で滑ってほしかった。前にすべった選手が悪いのではありません。溝が深くなるほどの氷の状態だったという製氷の問題でしょう。
フリーでの4Aが認定されたということで「少しはむくわれたかな」というユズ君のことばになったので、私も少しはほっとしました。
フィギュア団体は、アイスダンスのチームココ、ペアのリクリュウの躍進で銅メダル。ソチでもピョンチャンでも届かなかったメダルをやっと団体でとれたのに、ワリエワのドーピング発覚でメダル授与式は行われませんでした。
疑惑はあっても、ワリエワは15歳以下ということで競技出場が認められましたが、非常に後味が悪い。
今後のクリーンな競技を保つために、何歳であれドーピング違反をしたものは、発覚から10年間は国際大会に出場禁止、指導していたコーチや関係者も同様、という措置をとらない限り、国家ぐるみのドーピングが続くでしょう。ロシア国内では、エテリコーチを擁護する声が大きいのだということですが、15歳のワリエラの身体管理は、エテリ・トゥトベリーゼコーチを中心とする指導陣に責任があります。ISUの厳格な審議を待ちたいです。
かって、東ドイツの女子体操選手が成長をおさえるホルモンを投与され続け、成人後にホルモン異常や不妊などの健康被害が出たと訴えていました。
ワリエワの成人後に健康被害が残らないことを祈るばかり。ワリエラが処方されていたのは、心臓の血流をよくする心臓病治療薬で、この薬を服用すれば、疲れをしらずに何時間でも練習していられるし、本番でも後半になって体力がなくなって失敗する、ということがなくなるそうです。でも、心臓が弱った高齢者に投与する薬剤を未成年の少女に投与すれば、将来の健康に及ぼす影響はどうなるのか。もっとも、かの国では、少女選手は成人すれば使い捨て。トクタミシェワがミンシンコーチのもとで25歳まで現役を続けたのは珍しい例です。エテリ門下ではなかったトクタミシェワは、ついにオリンピックに出場はかないませんでした。
ROCの選手、コーチ陣に不信感をむき出しにしたトゥルソワはどうなるのか。演技を終えたトゥルソワを向かい入れようとしたエテリコーチの手を振り払い、「あなたのしたことはみんな知っている」と言いすてたのだとか。今後エテリコーチのもとでは練習できないでしょう。
エテリコーチに「なぜ闘うのをやめたのか」と詰問されたとき、ワリエラはキス&クライで「これで、メダルセレモニーができるようになったでしょ」と口答えをしたのだという。国内では選手生活を続けられるのか心配でしたが、ワリエワ自身のサイトの中では、「コーチ陣に感謝しています。私を強くしてくれてありがとう」というコメントを出したそうです。亡命説も出るワリエワ。亡命されては困るので、この先、選手囲い込みもあるでしょう。国際大会で、国外に出るのを許さないか、ワリエラやトゥルソワの傍らには常に目を光らせた人がぴったりついている、ということになるのかも。ロシアのウクライナ進行を批判したメドべヂェワも心配だし。
かっての世界最高のバレエダンサー、マイヤ・プリセツカヤが亡命を防ぐために軟禁同様の「不自由な生活」をおくらざるを得なかった、という時代に逆戻りかしら。
練習がどれほどたいへんでも、安全に競技ができる日本の環境はありがたいものです。その平穏に慣れてしまわぬよう、世界の選手や芸術家を見守っていきたい。
日本の選手、のびやかに持ち味を発揮しました。
坂本選手鍵山宇野選手、メダル獲得おめでとう。樋口新葉選手も5位入賞りっぱです。
河辺愛菜選手は、緊張もあったのか転倒が続き成績は上がりませんでしたが、きっと今回の経験を生かして成長していけるでしょう。
スノボもスキーも、選手はせいいっぱいがんばりました。ロコソラーレチームの銀メダルもほんとうによかった。
そして、だれよりもすばらしいと思えたのは、やはり羽生結弦選手。足首捻挫をいつもの4倍の痛み止めで抑えての出場だったのに、ショートでは長く練習に打ち込んだクワッドアクセルがシングルになってしまう不運。
フリーでは4Aがみとめられて、メダリストに次ぐ4位まで成績を上げたとはいえ、インタビューでは「むくわれなかった」と言い続けました。彼が極限まで練習を続けて追い求めた「冬季五輪三連覇」という偉業には届かなかったのはさぞかし無念ではあったと思います。
彼自身にとっては満足のいく結果ではなかったでしょうが、私たちにとって、羽生選手が続けた挑戦は、三連覇と同じくらいすばらしいスポーツ精神の成果だったとおもいます。
成田に帰国したユヅ君をユズフリークマダムたちがお出迎えしたそう。昨年観覧したユヅ君出演のアイスショーで、私と娘の席の後ろに陣取っていたマダ~ム一団、成田まで出向いたんじゃないかしら。
私とて、ユズ君が2007-2008シーズン13歳でノービス競技で優勝し同時にジュニア選手権3位となったときから、14年間応援を続けてきたユズファンです。が、22日は仕事しなけりゃならず、成田まで行けるマダ~ムたち、いい身分だなあとうらやまし。
せめて東京の片隅から、この唯一無二の競技者をたたえたい。
エキシビション「花は咲く」
おそらく今後彼は、現役競技選手としてはスケートを続けないかもしれません。でも、私たちは、この北京五輪に向かった羽生選手の努力、挑戦する姿を思い出すたびに、ずっと励まされて生きていけます。ありがとうユヅ君。
エキシビションの「花は咲く」も美しかったですが、唯一無二の羽生結弦という存在そのものが私たちの宝物です。エキシビションで楽しそうなユヅ君を見て、幸福な気持ちで北京五輪を見終わることができました。
ロシアのウクライナ侵攻。ロシアのパラリンピック選手は出場が許されないことになりました。
ロシア・ウクライナ情勢が解決し、ウクライナほかのスポーツ選手も安心して大会などに参加できるよう、ねがっていましたが、ロシア&ベラルーシは参加を許されないことに。プルシェンコは「政治とスポーツをいっしょにするな」と言いましたが、戦争好きなプーチンを恨め、というしかない。
ロシアとベラルーシの選手は残念だけれど、選手たちも紛争解決を願っていると思います。
3月5日のパラリンピック開会式を見ました。(実は、パラ会長の挨拶の途中で眠くなり、残りは6日午前中の録画で。バッハ会長といい、長いのどうにかならんか)
マスコットは赤いランタン雪溶融シュエロンロン。あんまり親しめなかったパンダよりもかわいいかも。おみやげにもらうなら、こっち。(パンダマスコット「ビンドゥンドゥン」を織田信成は4時間半並んで入手 したんだって)
選手団の入場、日本は「日」が4画の漢字なので、2番目の登場。ウクライナは「乌」ウーロン茶の「乌」と同じ。5画です。
各国の選手、車いすの選手も義足の選手も誇らしく行進していました。障碍を持ちつつどれほどの努力を重ねてこの日を迎えたのかと思います。
が、同時に、多くの国に存在する、恵まれない国の支援の薄い障害者のことを考えてしまいます。夏のパラリンピックのときも思いましたが、悲惨な状況に置かれている障碍者が多いことを忘れないようにしたいです。
張芸謀(チャン・イーモウ)の演出は北京冬季オリンピックと同様のテイストでしたが、私には納得いかなかった演出が、ひとつありました。聖火最終ランナーの視覚障碍者の点火。
点火場所に聖火を差し込むのに時間がかかると、会場から「加油!」の大合唱。ようやくうまく聖火台が出来上がると、大拍手。という感動シーン。
へそ曲がりHALは、ここに違和感あり。点火はぶっつけ本番でやるわけではなく、何度も練習したはずです。視覚障害がある方は、目は見えなくても、聴覚触覚の感覚はとても鋭い。点火の作法を一度でも練習したことがあれば、雪の結晶の設置場所に聖火を差し込むのに、あれほど時間がかかることは思えません。張芸謀から「ゆっくり時間をかけて」という演出が要請されていたのではないかと思ってしまいます。それとも、本番のときだけ「アガって」しまったのかもしれませんが。
少なくとも私が知っている日本の視覚障害の友人たちは、一度練習したことにあれほど手間どるとは考えられない。一度聞いた声は10年たって会っても声を聞いただけで「あ、〇〇さん久しぶり」と覚えているし、一度触ったものの使い方もきっちり使えるようになるからです。視覚以外の感覚が優れていると思う人ばかり。これって、私が出会った視覚障碍者だけが特別だったのではないと思うのだけれど。
張芸謀演出、花火も氷上のプロジェクションマッピング映像も美しかったし、よい開会式でした。(会長挨拶が長いのをのぞけば)
出場選手たちが十分に練習の成果を発揮できるよう願っています。
そして、ウクライナに平和が戻りますように。
<つづく>