Haa - tschi  本家 『週べ』 同様 毎週水曜日 更新

納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 790 夢の球宴 ②

2023年05月03日 | 1977 年 



次世代の金の卵
オールスター戦はスター選手のオンパレードでその顔ぶれを見るだけでも夢の球宴なのだろうが、視点を変えて将来のスター選手を探すのもひとつの「夢」ではないか。その意味でもジュニアオールスター戦も楽しいフェスティバルである。二軍の選手たちはカクテル光線の下ではなく炎天下でプレーする。摂氏35度近い直射日光が選手の顔や腕へ容赦なく降り注ぐ。グラウンド内は蒸し風呂のような猛烈な暑さだ。だからどの顔も日焼けして真っ黒。中には一軍ベンチ入りしている選手も数人いて色白な顔が目立つが、彼らの願いは1日も早く一軍でプレーすることだ。投手なら先発ローテーション入りを目指すし、野手ならスタメン出場を願う。

日頃はイースタン、ウエスタンに分かれてそれぞれのリーグで頑張っている二軍の選手たちの1年に一度の晴れ舞台がジュニアオールスター戦だ。本家のオールスター戦と違って派手さは欠けるが一軍入りへの切符を手にする登竜門であることには違いない。どの選手も出場できたことをステップに一発やってやると思っている。だから余計に本気の試合が展開される。1㍍68㌢しかない小柄な島田選手(日ハム)は全イ軍の二番打者で出場して最高殊勲選手と打撃賞を獲得したが試合後、「1日も早く一軍に上がってゼニを稼ぎたい。二軍で打っても生活できません」と受賞した喜びより一軍昇格の願いの方が強かった。

島田選手以外にも近い将来、本物のオールスター戦に選出されそうな将来性のある選手がゾロゾロいる。投手では斉藤投手(大洋)、藤城投手(巨人)、酒井投手(ヤクルト)、久保投手・谷投手(近鉄)、佐藤投手(阪急)、益山投手(阪神)など鋭気さっそうの男たちが顔を揃えている。全ウ軍の広島の野崎二軍監督は「イースタンで目についたのは大洋の斉藤投手(3回1失点)とヤクルトの酒井投手(2回無失点)だ。2人とも粗削りだが球に力がある。ウエスタンでは近鉄の久保投手や谷投手も良い。特に久保投手は高卒1年目ながら落ちついて投げていた。敢えて苦言を呈するならみんな変化球が甘い。今の段階ではスピード重視で構わないがいずれ変化球の精度を上げる必要がある」と注文をつけた。


山本功一軍の力発揮
既に一軍でプレーしている選手はやはり一味ちがう。全イ軍では笠間選手(巨人)が目立つ。相変わらずの強肩に加え久保投手から右前打を放つなどバットの方もキラリと光った。内野では攻守で群を抜いていたのが山本功選手(巨人)。一軍で打率3割以上をマークしている選手だけに別格だ。全ウ軍では2回裏に一軍でも活躍している大洋の斉藤投手から左翼スタンドに一発を放った吉沢選手(阪急)が目立った。巨人の松本選手と早大の同期で六大学野球のスター選手だったが、プロ入りしてからは一軍では3打数無安打と精彩を欠いていた。だがこの一発で自信をつけたのではないだろうか。

他にも中畑・篠塚・二宮選手の巨人勢。背番号「76」を背負う藤瀬選手(近鉄)、クラウンの徳山・立花選手、高月選手(広島)、宇野選手(中日)といった選手の動きが目立った。ところで注目の酒井投手の一軍昇格は今年はもう無さそうだ。小森二軍監督は今後の酒井投手について「とにかく一軍から酒井を上げるように言ってきても応じないつもりです。今日の酒井は確かに球も速かったし、キレもあった。だが球が高目へ集まり過ぎる。まだ足腰が出来ていない証拠。だから二軍でしばらくは徹底して走り込みをさせたい」と言う。2イニングで降板した酒井本人はもう少し投げたい素振りだったが、このジュニアオールスター戦で何かを掴んだはずだ。
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# 680 ニューフェイス ④

2021年03月24日 | 1977 年 



セ・リーグ ➋:中日が万全の補強、ヤクルト梶間に注目
◆中日:戸田、森本でバッチリ
【新人】…投 手:都裕次郎、高元勝彦、生田裕之、今岡均
     捕 手:中原勇一
     内野手:宇野勝、柳沢高雄
【移籍】…投 手:戸田善紀、大石弥太郎、芝池博明、松林茂
     内野手:森本潔
     外野手:小松健二

移籍組が中々の充実ぶりだ。特に阪急から移籍の戸田、大石、森本に関しては与那嶺監督が「優勝する為に来てもらった」と発言するほどだ。中山投手コーチが右のエースにと期待する戸田は昨シーズンは12勝5敗1Sで、5月11日の南海戦でノーヒットノーランを達成している。丁寧に球を低目に集める投球スタイルで大崩れせず、確実に勝てる投手である。6日の南海戦は打ち込まれたが直ぐに修正して次の日ハム戦で4イニングをきっちり抑えたのは流石である。「僕は数多く投げ込んで仕上げるタイプなのでオープン戦終盤にはベストの状態に持っていける(戸田)」と調整は順調のようだ。

大石も仕上がりは順調だ。16日の日ハム戦が早くもオープン戦四度目の登板で通算10イニング・自責点0。与那嶺監督の構想では「先発・リリーフどちらにも使いたい」と。残る阪急からの移籍組の森本に関しては「森本の加入で下位打線が引き締まった」と杉山打撃コーチが言うように首脳陣の評価は高く、12日の日ハム戦ではレフトスタンドに本塁打を放ち存在感を示した。現状では大島と三塁のレギュラー争いを展開中だが、一歩リードしている。

デービス、マーチン、谷沢のクリーンアップトリオは全員左打ちなので与那嶺監督は森本を絡めてジグザグ打線にしたいと考えているという。「三塁のレギュラーは監督が決めること。自分は内容のあるヒットを打って結果を待つ覚悟(森本)」と14年目のベテランは泰然としている。残念ながら直ぐに一軍の戦力になりそうなルーキーは見当たらない。ドラフト1位指名の都は先ずは体力作りが課題。また都以上の逸材と評価されているのが高元。189㌢・85㌔と恵まれた体格から投じられる直球は威力充分で、一軍デビューは都より早いだろうと言われている。



◆ヤクルト:槌田のトップ決定?
【新人】…投 手:酒井圭一、梶間健一、黒坂幸夫、川畑盛幸
     捕 手:高橋寛
     内野手:松崎泰治
     外野手:吉川盛男
【移籍】…投 手:瀬戸和則、倉田誠、西岡三四郎
     内野手:伊勢孝夫
     外野手:槌田誠

怪物・酒井に世間の注目が集まる中、「これは使えますよ」と広岡監督が珍しく即戦力になると公言したのが左腕の梶間。13日のロッテ戦まで計3試合を好投した。投球スタイルは力投型ではなく変化球をコーナーに投げ分ける技巧派で打たせて取るタイプ。上手、横手、時にはアンダースローと変幻自在な投法で「球種は今のところ6種類です。内訳?それは企業秘密です(笑)。1人の打者に全球ちがう球種でアウトに出来ます(梶間)」とルーキーとは思えぬ貫禄を見せ、チーム内外から安田二世と評されている。

キャンプでもその安田と同室で、王や張本などセ・リーグの並み居る打者の傾向と対策をたっぷり教え込まれた。オープン戦の好投で一気に新人王レースのトップに躍り出た。さすが昨年の都市対抗野球で準優勝した実績は伊達ではない。話題性で梶間の上を行くのがご存じ怪物・サッシーこと酒井。直球が一級品なのは間違いないが、如何せんプロの投手としてのスタミナやプレートさばきは身についていない。それでも広岡監督は「球に力がある。これだけは教えられても投げられない生まれ持った天性のモノ。一軍で投げるのは時間の問題」と言っているので早ければ球宴明けのデビューも有り得る。

移籍組で注目は槌田だ。5日の大洋戦から一番・サードで先発するようになり、本塁打や二塁打を放ちリードオフマンの役割を十二分に果たしている。三塁は本職ではないので少々心もとないが、その必死さが逆に広岡監督の目には新鮮に映って高評価を得ている。巨人時代はV9メンバーの壁が厚く控えに甘んじていただけに「このチャンスを絶対に掴む(槌田)」とプロ11年目に訪れた春に我武者羅に突進している。槌田と共に移籍して来た倉田は「リリーフの切り札で使う」と広岡監督が明言しており期待は大きい。



◆大洋:斎藤が一軍入り
【新人】…投 手:斎藤明雄、柴田民男、安田尚弘
     捕 手:浅利光博
     外野手:森浩一
【移籍】…投 手:関本充宏
     捕 手:魚満芳

投手陣の顔ぶれに大きな変化は見られないがルーキーの斎藤の一軍入りは確実で、先発ローテーション入りの可能性がある。8日の広島戦に先発した斎藤は4回・被安打9・失点3と今一つの内容だったが、時折見せる小気味よい速球に別当監督は「ひょっとしたら先発で使えるかもしれない」と評価し、残されたオープン戦の成績次第では先発ローテーション入りも有り得る。移籍組ではクラウンから来た関本が故障さえ癒えれば中継ぎ・抑えで使えそうだ。
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# 634 大いなる賭け

2020年05月06日 | 1976 年 



ドラフト会議で2番くじを引いた中日が社会人や大学で名の知れた即戦力には目もくれず中央球界では殆ど名前を知られぬ無名選手を指名した事が冒険的な賭けをやったとプロ野球界の注目の的になっている。中日の無名選手指名は果たして冒険であったのだろうか?

『裕次郎』、『裕之』 って誰?
11月19日に行われたドラフト会議に中日は小山球団社長・中川球団代表・土屋総務・与那嶺監督・法元スカウトなど球団首脳総動員で臨んだ。ドラフトの成否はくじ順にかかっている。中日は2番くじだった。昼食休憩を挟み指名が始まり1番くじを引いたヤクルトは迷うことなく酒井投手(長崎海星)を指名した。続く中日は斉藤投手(大商大)か佐藤投手(日大)か、会場が注目する中で中日が指名したのは「都裕次郎」だった。各球団のスカウト連中には名前を知れてはいたが、2番くじで指名されるとは想定されておらず会場内は「おや?」という雰囲気に包まれた。まだざわめきが残る中、3番くじの大洋は「シメシメもうけた」とばかりの表情で斉藤投手を指名した。

意外な指名は続いた。2位指名は生田裕之投手。他球団のスカウトでさえ「聞いたことないな」と呟くほど無名な存在で、勤務先の「あけぼの通商」の名前がドラフト会議で呼ばれたのが初めてだったので無理もない話である。3位指名の宇野勝選手(銚子商)はまだしも就職が決まり他球団が見送った今岡均投手(中京商)、高元勝彦投手(廿日市)とまさに意表を突く異色の指名だった。名を捨て実を取る。これが今ドラフトの中日の方針だったが、いわゆる即戦力選手ではなく無名の選手を選んだのはなかなか勇気のいることなのである。その裏にはスカウト達の地道な活動と苦心の努力があったのは言うまでもない。

都投手を指名したのを耳にした鈴木孝投手は「都くんの指名を聞いてちょうど4年前に自分が指名された時を思い出しましたね。あの時も中日は2番くじ。甲子園の優勝投手だった仲根くん(日大桜ヶ丘⇒近鉄)を指名出来たのに無名の僕が指名されて驚いた。都くんも心配しないでプロ入りして欲しい。来シーズンは一緒に頑張りたいね」と懐かしんでいた。当時はどうして人気抜群の仲根投手ではなく鈴木投手を指名したのか、と批判もされたが二人の現在を見れば中日スカウト陣に軍配は上がるだろう。こうした過去の実績が今回の指名に少なからず影響を与えているのかもしれない。

見てビックリ、捕手が捕れぬ快速球
中日の関西地区担当は法元英明スカウト。関大出身で投手から打者に転向し昭和31年から13年間中日のユニフォームを着た。関西では高校から大学・社会人に至るまで顔が広い。今年の5月頃、奈良を訪れた際に郡山高の監督から聞き捨てならぬ情報を教えられた。「滋賀県の堅田高に三振をじゃんじゃん奪う投手がいるらしいよ。京都の伏見工を相手に22奪三振したと聞いた」というものだ。伏見工といえばかなりの強豪校で俄かには信じられなかったが、百聞は一見に如かず。とにかく自分の目で確かめようとその足で堅田高に向かった。京都駅から湖西線に乗り換え大津を過ぎて堅田という湖岸にへばりつくような町に降り立った。

堅田高は県立校で進学校。校庭の練習を見渡しても野球部員はパラパラ程度でいかにものどかな雰囲気。そんな中、都投手は一見して分かった。1㍍80㌢の長身から投げ下ろす速球に捕手は右往左往していた。捕球するのに精一杯で少しでも高目に投げるとミットをかすめて後方へ抜けた。「ワー、これじゃ投手が気の毒。他の部員とレベルが違い過ぎる(法元)」と驚いた。それからしばらくして練習試合があると聞いて再び訪れた法元スカウトは二度ビックリ。左腕投手で球が速ければ大抵はノーコンと相場は決まっていたが全く違っていたのだ。「これは間違いなく本物だ」と法元スカウトは確信した。

名古屋に戻ると直ぐに東方利重スカウト部長に「まだ他球団のスカウトは来ていません。この分なら今年の掘り出し物になるかもしれません」と報告した。その日以降、法元スカウトは大阪方面に出かける度に都投手の元を訪れるようになった。しかしこれだけの逸材を他球団が見逃すことはなかった。在阪の南海・阪急・阪神らのスカウトが堅田を訪れるようになるのに時間はかからなかった。やがて夏の地方予選が始まると東方部長自ら堅田に足を運んだ。試合の行われる皇子山球場へ向かう湖西線の車内で顔見知りのスカウト達と遭遇。「おや、東方さんも都投手がお目当てですか?」と聞かれ、「もうバレたか」と内心ドキリとしたが平静を装った。


事前の接触が実を結んだ高元
法元スカウトは昨年は同志社大の田尾選手を担当し田尾選手は見事に新人王に輝いた。選手を見る目には定評がある。その法元スカウトが都投手と同様に高く評価していたのが高元投手だ。広島・廿日市高から地元の三菱自動車広島に就職が内定していた投手である。当然地元のカープも目を付けていたが視察に訪れる他球団のスカウトの姿は見当たらず5位か6位ぐらいの指名を考えていた。ところが指名直前に中日に5位で指名されて逃してしまった。「それにしても中日さんが高元を知っていたとは…」とガックリ。たまたまウエスタンリーグの広島戦に帯同した横山育成課長が二軍戦の合間に練習試合で投げる高元投手を見て惚れ込んだ。

学校関係者に挨拶を済ませた後に日を改めて法元スカウトが高元家を訪れた。しかし夏の県大会予選が終了した頃に両親から「就職が内定しました」とプロ入り辞退の連絡が入った。ドラフト会議を2日後に控えた17日に東京のホテルでスカウト会議が行われ、その場で高元家に電話で最終確認をしたところ「もし中日さんが指名してくれるのなら三菱自動車さんには内定辞退を申し入れます」との返事が来た。高元投手が三菱自動車の練習に参加した際に同じ野球をするなら社会人もプロも変わらない。それならプロへ行こうと決めたのだ。スカウト会議で高元指名が衆議一致した。中日はドラフト会議後にカープの真意を知り胸を撫で下ろしたのだった。


無名選手指名は綿密な作戦から
4位指名の今岡均投手(中京)も日本石油に内定していたのを東方部長が事前に礼を尽くしていたからこそ「中日ならお世話になってもいい」という好意に繋がったとみてよいだろう。東方部長は昭和45年まで球団代表だった。親会社の中日新聞時代には運動部長を務め、野球に限らずスポーツ全般に明るい。円満な人柄と緻密な仕事ぶりはスカウト業の元締めとしてうってつけで、中日がドラフトで効果を上げ始めたのは東方部長の存在なくしては有り得ない。ともすれば選手出身のスカウトはデータ収集やプランナーといった面を不得手とする傾向があるが、サラリーマン経験のある東方部長はお手の物だ。

部下達も多士済済で田村次長は中央大OBで冒頭で触れた鈴木孝投手のドラフト指名に深く関わったスゴ腕の持ち主。" 堂上2世 " の呼び声が高い2位指名の生田投手は地元・東海地区担当の山崎スカウトが昨年あたりから目を付けていた。もともと生田投手は解散した愛知県瀬戸市にある丹波羽鉦電機(昨年のドラフトで日ハムが指名した福島投手・中村投手が在籍)で控え投手だったが山崎スカウトは注目していた。チーム解散後に福岡県にある「あけぼの通商」に移った後も接触を絶たず今回の指名に至った。今ドラフトに関して「なんだ訳の分からない指名をして…」という声が一部にあるのは事実だが、中日スカウト陣のたゆまぬ努力の結晶なのである。


都裕次郎 : 243試合・48勝36敗10S   
生田裕之 : 一軍出場なし   
宇野 勝 :1802試合・打率.262 ・338本塁打
今岡 均 : 一軍出場なし
高元勝彦 : 1試合・0勝0敗0S


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# 597 いきのイイやつ

2019年08月21日 | 1985 年 



ワタクシ鈴木葉留彦は評論家1年生として右往左往し何が何だか分からないうちにシーズンが過ぎました。34歳の筆者としては歳の近いベテラン選手より若手選手と触れ合う方が若返る?気がします。そこで若手にスポットを当てて彼らの代弁者となりたいと思います。先ずは古巣・西武の選手から・・

小田真也(西武):左の横手投げという希少性を生かしたい
小田にとって今季は画期的なシーズンだった。阪神と日本一をかけた日本シリーズの出場登録メンバーに選ばれた。残念ながら試合には出場しなかったが現場の雰囲気を肌で感じられただけでも有意義であったろう。オリンピックではないが日本シリーズは参加することに意義があるのだから。その貴重な経験を来季に生かして欲しいと筆者は願う。それには先ず模索中の横手投げを完成させ自分のモノにしなければならない。シーズン開幕当初は未だ上手投げだった。だがしっくりこない。本人もだが周りの首脳陣も手応えを感じられずにいた。5月に入った頃、遊び半分で腕を下げて投げてみたところ見事にはまった。体の軸もブレず体重移動もスムーズになり制球力も格段に良くなった。

「横から投げた方がしっくりきました。永射さんを参考にした?いいえ自分で考えたフォームです(小田)」と永射投手を真似したと言われるのが不服のようで、投手特有の自尊心の高さ故の発言だ。投手という職業はこれくらい自我が強くないと務まらない。秋季練習の課題は一にも二にもフォーム固めだ。「今は昼・夜、関係ないっス。昼の合同練習後は夜食を摂ったら夜間練習でシャドーピッチングをみっちりやっています(小田)」と。私生活ではまだ新婚さんだが早く愛妻のもとへ帰りたい気持ちをグッと抑えて練習に取り組んでいる。

球界では左腕投手は貴重だが、それに横手投げという変則投法を加味すると更に希少価値が増す。先ずは左打者は絶対に抑えるという印象を首脳陣に植え付けることが大事。「日本シリーズでベンチ入りしてみて1球の重みを実感しました。工藤がバースに打たれた場面を目の当たりにして改めて1球で局面が変わってしまう怖さが分かりました。ただあの1球が悪いというのではなく、そこに行き着くまでの過程が大事。僕も来年こそああいった場面で起用される投手になりたいと思います。厳しい場面で抑えて初めて認められるんですから1球1球必死に投げたい(小田)」と決意を語る。" 第二の永射 " 誕生も近い。



仁村 徹(中日): " あっち向いてホイ " バッティングの魅力
私のように高校時代からプロ生活を終えるまで同じポジション(一塁)しかやってこなかった人間は他のポジションだったら違う野球人生を送っていたのでは、と時々考えてしまう。だから今回取り上げる仁村選手は実に羨ましく思えるのだ。高校・大学と投手をやり、その実力を認められてプロ入りして勝ち星も手にした。にもかかわらず投手から野手に転向するスリリングな野球人生を送っている。私からすれば何とも羨ましい限りだが本人はそんな呑気な気分ではないらしい。「初勝利もしたし投手に未練はありましたよ。簡単に野手転向なんて出来ませんよ。第一、野手の練習は本当に厳しい。それとチームプレーが大変。自分の事だけ考えてる投手とは大違いです。時間が幾らあっても足りない(仁村)」と語る。

東洋大学時代は " 東都のエース " とまで呼ばれた男。「仁村投手」にはその投手としてのプライドを捨てること以上に投手として過ごした4年間のブランクが今になって堪えるという。大学出の選手は3年がひとつの目途と言われている。来季がプロ3年目となる仁村に残された時間は余り無い。仁村は私と同じ埼玉育ち。東日本で育った人間が西日本で生活すると初めのうちは違和感がある。いわゆる " 水が合わない " というやつだ。私が太平洋クラブに入団して九州博多に行った時も食事が口に合わず体調を崩し、盲腸をこじらせて腹膜炎になるなど散々だった。その点では仁村は「大丈夫です。身体だけは自信があります。ダメなのは野球の技術だけ」と苦笑い。

食事など私生活は高校の同級生だった加代子夫人のサポートもあって万全のようだ。それはともかく1年間ファームでみっちり鍛えたお蔭もあり「守備だけなら宇野さんに負けない自信がある(仁村)」とキッパリ言い切った。しかし打撃に関しては残念ながら守備のように上達度が練習量に比例してアップしてくれないのが一般的なのだが、仁村は余人が真似できない天性のモノを持っている。それが " あっち向いてホイ " 打法だ。簡単に言うと体勢と打球方向が全く違うがヒットになる妙なバッティング。早大時代の松本選手(現巨人)がそうだった。ただしこれは球を捉える能力に問題はなく、少し矯正すれば大丈夫。三塁・仁村が一軍で見られる日は案外と近いかも。



岸川勝也(南海):ポスト門田に名乗りを上げた肝っ玉男!
若手がそれなりに育ってきた南海。次なる課題はポスト門田。南海の大砲不在の悩みは年々深刻化している。それを端緒に表したのが岸川選手の四番DH先発起用であろう。いくら門田が故障で欠場しているとはいえ、高卒2年目の岸川には荷が重すぎる。南海の大砲願望はここまで肥大化しているのだ。しかし岸川にしてみたらこれは千載一遇のチャンスで利用しない手はない。中モズでの秋季練習をする岸川に四番抜擢の感想を聞いてみた。「突然の起用?そうっスねぇ、僕は特に緊張とかしないタイプなんで当たって砕けろ精神で平気でした(岸川)」と来たもんだ。この若者は恐るべし強心臓の持ち主のようだ。

チームメイトによると「バッティングも豪快だけどそれ以上に肝っ玉が座っていて多少の事には動じない。先輩から注意されようが怒られようがカエルの面に小便ですよ」らしい。私は益々気に入ってしまった。今季は一軍で33回打席に立って安打は僅かに2本だけだったが、そのうち1本はホームラン。まさに当たって砕けろとばかり思い切りの良いスイングを披露した。「僕はちょっと変なんですよね。若いくせに変化球が得意で逆に直球に遅れ気味。バットのヘッドが体の内側に入り過ぎて一瞬遅れてしまう。今はスイングの矯正中です(岸川)」と話す。

33打席で5三振というのは長距離砲としては少ない方で、それだけ本人が言うように変化球に対応できている証拠であろう。打撃は磨けば光るモノを持っているのだから問題はやはり守り。20歳の若さで守る所がなく指名打者で試合に出るしかないようではいささか情けない。「今は一塁と三塁両方の守備練習をしています。ただ昨年に肩を痛めた影響で満足な送球ができませんでしたが今は段々良くなってきました。とにかく守りの特訓をして何処を守っても大丈夫なようにしたいです。代打じゃ4打席回ってきませんから」と本人も守りの重要さは心得ている。佐賀の実家近くには九州では有名な裕徳稲荷があり岸川も毎年お参りしている。来年の願掛けは全試合出場しかあるまい。
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# 586 男たちの収支決算 ➊

2019年06月05日 | 1985 年 



'85年シーズン、順調に乗り切った人もあればまるで不本意な成績に終わった人もいる。それぞれの収支決算は直接的には来季の年俸となって現れるわけだが、ここに登場の5人はその決算が非常に難しい男たち。見方の違いによってプラスにもマイナスにもなる厄介な人々だ。ということは山あり谷ありのシーズンだったことを意味する。あなたはこの男たちの収支決算をどう見る?

野球以外の " ヘディング " で散々の1年。それでもファンは喜んだ
その昔、空白の1日という言葉があった。宇野選手(中日)は「空白の1年なんて言葉はありませんかね」と溜め息交じりに話す。今季、こと野球だけをを見れば41本塁打、フルイニング出場など充実した1年であり空白とするにはもったいないシーズンだった筈。しかし野球以外で世間を騒がしトータルすると本人としては「空白」にしたいようだ。野球以外・・今年は女性とお金にまつわる話が多かった。開幕前の4月に3年間連れ添った栄子夫人と協議離婚。「離婚すれば普通なら問題解決ですよね。ところが宇野の場合はここから問題を背負うことになったから気の毒だったよね」と事情を知る大越球団総務は当時を振り返る。

離婚した宇野の元には前夫人が残した三千万円もの借金が残った。仲人を務め離婚の調停にも一役かった大越総務は残務整理も手伝い最後は呆れた。「だってそうでしょう、宇野といえば曲がりなりにも年俸三千九百万円のプロ野球選手。それが奥さんの借金を肩代わりして今年は月二十万円で生活してきたわけだから」と。少しでも足しになればと11月には『ヘディング男のハチャメチャ人生』という告白本まで出した。「今シーズン41本塁打できたのは打つと貰える賞金があったから」と宇野は著書の中でも書いているくらい懐具合は寂しかった。これで一件落着しないのがウ~やんらしい。これも本に書かれているが「離婚してからはモテモテだった(宇野)」だそうで身軽で自由な独身になると、ついつい脇も甘くなる。

9月中旬、後楽園球場での巨人戦を終えると知り合いの女性が待つマンションへ足を運んだ。部屋でくつろいでいると突然ドカドカと恐ろしげな数人が乱入してきた。彼らは部屋に入ると「そのまま動かない!」と一喝。なんと麻薬捜査官だった。知り合いの女性は覚醒剤常習者だったのだ。状況を把握できず茫然とする宇野は身元確認を終えると解放された。宿舎に戻るとようやく事の重大さに気がついた。後の捜査で身の潔白は証明されたが、一つ間違えれば野球生命どころか日常生活をも断たれかねない重大事件で「もう女性はこりごり」と著書で告白している。「なんかね野球をしたのは30試合くらいで100試合は女性とお金と戦った1年だったような気がする」と宇野は今季を振り返った。

その野球でもやっぱりウ~やんはやってくれた。9月下旬の甲子園球場での阪神戦、「あんなジャッジが許せるか!」と審判の判定に激怒した山内監督が「おい、選手はベンチから出るな」と言って抗議に向かい放棄試合も辞さない構えだ。ところが監督が抗議の真っ最中にもかかわらず三塁側ベンチから一人の選手が自分のポジションに向かって俯きながら小走りしている。宇野である。遊撃付近の土を足で均し、ようやく顔を上げて周りをキョロキョロ。そして状況を察したのか顔を真っ赤にしてベンチに戻って来た。「監督が抗議してるなんて全然気がつかなかったよ。誰も注意してくれないし、ベンチの皆は大笑いしてるし参ったよ」と頭をポリポリ。

10月の大洋戦ではアウトカウントを間違えるチョンボも。一死一・三塁の場面で中尾選手は三振。その間に一塁走者の川又選手が一・二塁間に飛び出して挟まれた。それを見た宇野は何故か離塁して今度は宇野が挟まれた。その間、宇野は一塁走者の川又に向かって二塁へ行けと合図を送る。タッチアウトとなった宇野は井出三塁コーチに「井出さん川又を叱ってよ。せっかく俺が挟まれているのに奴はボーと見てるだけだった」と不満を漏らした。井出コーチは呆れて「中尾の三振でツーアウトだぞ。ウ~やんがアウトになったらチェンジだよ。そもそも二塁走者が残っても三塁走者が挟殺されたら意味ないだろ」と。宇野勝27歳。確かに今季を「空白の1年」にしたい気持ちは理解できる。



「オレ、今年1年すごい人生送っちゃったもんな」この人の場合決算不能です
ちゃんと分かっている。「オレ自身も今季の成績は内容が薄いなぁと自分でも知ってるよ。けどオレなりに精一杯やったつもりだけどね。まぁ来年やり返すよ」と中畑選手(巨人)は今季を振り返る。490打数144安打・打率.294・18本塁打。可もなく不可もなく、そんな数字だ。中畑は常日頃から " 三・三 が 九 " が目標だと公言している。つまり3割・30本・90打点を最低ノルマとし、特に打撃三部門うち打点を最も重視している。「打点は確実にチームにプラスになる。だから打点王が俺の目標(中畑)」と話す。その打点が今季は62打点に終わりクロマティ選手の112打点はもとより、チャンスに弱いと酷評された原選手の92打点にも遠く及ばない。

野球評論家の野村克也氏が中畑に関してあるデータを示した。今季セ・リーグで5勝以上あげた投手に対して中畑は打率2割そこそこしか打ててない。他方でいわゆる " 二線級 " 相手だと3割5分以上。「う~ん、いい投手を打ててない・・また一つ克服すべき来年の課題が増えたね(中畑)」と渋い顔。そう、中畑は自身のウイークポイントを素直に認める前向きな性格なのだ。その性格は多くのファンに支持されている。後楽園球場のライトスタンドでは歌番組のスクールメイツみたい、と言われるくらい歓喜・狂喜の大騒ぎなのだが、最高潮に達するのは中畑の打席の時。「あの応援は震えるほど嬉しい。でも今季は空回りしちゃったみたい(中畑)」と。

そして来年を見据える。「チャンスに弱い。データに表れている。俺なりに考えるとその瞬間にカァーと熱くなって力んじゃう癖が抜けない。熱くなるのは俺の長所でもあり短所でもある。良い投手に対してもそうで負けてたまるか、と力が入っちゃう。来年は意識的に力を抜くことが課題だな」と語った。今季は125試合に出場した。欠場した5試合は怪我が原因。7月16日の大洋戦で本塁突入した際に右足股関節を痛めた。「今年こそフル出場を狙っていたけどダメだった。これも来年の目標だね(中畑)」。ただし来季は自身の体調だけでなく若手の台頭というハードルも。駒田選手の成長が著しく、中畑が欠場していた間は一塁手として無難に代役を果たした。

中畑にはもう一つ別の顔がある。野球機構側が最も恐れていた選手会の労働組合結成に関して中心人物としての顔だ。単なる親睦団体だった選手会をストライキも辞さない強力な組織に変えた。数年来に渡り東京地方労働委員会に申請したが遂に労働組合として認定された。中畑はその初代委員長に就任した。「本音を言えば労働組合の委員長として目立つのは嫌。俺はグラウンドで " 中畑選手 " として目立っていたい。それにしても今年1年は個人的にもすごい人生だった。阪神の優勝を見て来年はジャイアンツの一員として心から優勝したいと思った。是非とも王監督を胴上げしたいね」と。駒田の成長で一時はトレード候補に挙げられ今オフは騒がしかったがそれも一段落。来季の捲土重来を誓う中畑だった。
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# 570 ペナントレース総括・中日ドラゴンズ

2019年02月13日 | 1985 年 



打線の " 小型化 " と守乱がアダに…
見る者をハラハラさせた57失策の三遊間
モッカ選手はシーズン閉幕前の9月20日に帰国した。人柄を愛され9月19日の試合後にはナインに胴上げされた。打率.301 は充分合格点なのだが、それをも帳消しにしてしまうほどお粗末な守備だった。そもそも" 不動 " である上に球際に弱くポロリポロリと落球をする場面が多々見られた。今季の阪神、巨人、ヤクルトの三塁手の失策は10個。しかしモッカは1人で24失策、チームとして三塁手は32失策。加えて遊撃を守る宇野選手は25失策。チーム全体の失策数112個のうち三遊間の合計失策数は57個、最少のヤクルト(25失策)の倍以上でリーグ最多である。投手陣は打球が三遊間へ飛ぶ度に冷や汗をかき、目をつぶり祈るしかなく堪ったものではない。

昨年比で55本も減少していたホームラン
昨季は勝率.598 で首位に3ゲーム差の2位と健闘したが今季は勝率.479 で首位とは15ゲーム差の5位に沈んだ。様々な要因があるが本塁打数の減少も大きな要因の一つ。宇野選手は昨季より4本増産したが谷沢選手は23本減、モッカ選手は18本減、大島選手は7本減と中心選手の多くが昨季より本数を減らした。また昨季20本塁打した西武へ移籍した田尾選手の後釜に期待された川又選手は9本塁打と田尾の穴を埋めることは出来なかった。セ・リーグ全体の本塁打数は昨季より増えているのに対して中日は55本減ときては他チームに後れを取るのも当然か。

暗い話題の中で投手陣の整備は来季へ光
今季は5位に低迷した中日にとって来季への光明は投手力が整備されたことだ。セ・リーグ全体の完投数は昨季が179 、今季は176 と大差なかったが中日は36完投から45完投へと増やした。昨季までの5年間はもっぱらリリーフ専門で、過去に先発した18試合でも完投はゼロだった牛島投手が今季は10試合に先発して6完投と先発投手としての役割を充分に果たしたことは収穫だった。更に郭投手15、小松投手14などリーグ最多の完投数でチーム防御率もリーグ2位と健闘した。

番記者が選ぶベストゲーム
10月24日・対広島26回戦(広島)。この最終戦の前まで小松投手と広島の北別府投手は共に16勝でハーラーダービーのトップで並んでいた。また同じく広島の川端投手と防御率争いをしていたが、3人はこのまま登板せず最多勝は北別府と分け合い、最優秀防御率賞は川端が獲るとの暗黙の了解で、両チームとも試合前からノンビリムードだった。ところが同じく今季最終戦だった大洋の試合がそんなムードを一変させた。大洋は9回を終了して2対2の同点で延長戦へ。仮に大洋が負けて中日が勝つと中日は4位に浮上する。この時点で広島との試合は9回表を終了して同点。勝てば4位かも…すると山内監督は何と9回裏から小松を起用した。こうなると広島も黙ってはいない。延長10回表から北別府を登板させた。二死二・三塁の場面で打席には小松。結果はタイムリーヒットで小松は最多勝と防御率の二冠に輝いた。ただし大洋が勝った為に中日は5位のままだった。

某コーチの職場放棄であわや山内監督辞任の危機
6月13日、対大洋戦(横浜)は雨天中止。中日ナイン一行は次の遠征先となる浜松へ向かった。ある一人のコーチを除いて。某コーチはチームには同行せず新横浜駅からこだま号に乗り、浜松で降車せず名古屋へ。当初、球団側は「何か理由があるのだろう。用事が済めば今夜中に戻って来る筈」とタカをくくっていた。翌朝の8時過ぎに宿舎である浜松グランドホテルの鈴木球団代表の部屋の電話がけたたましく鳴った。「まだ〇〇コーチが戻っていません。どうしますか?」本田マネジャーの声だった。「本人に連絡したのか?(鈴木)」「はい。ただ要領を得なくて…(本田)」「どういう事だ?戻る気がないのか?(鈴木)」公式戦真っ只中での現役コーチの職場放棄は前代未聞の出来事だった。

この日の試合開始まではまだ9時間余りあったが鈴木代表は山内監督に事の顛末を告げた。「ええ?彼が辞めるなら私も辞めざるを得ない」と山内監督。この頃の中日は負けが込んで苦しいチーム状態であったが、よくある話でそういう時に決まって作られるのが不満の捌け口としてのスケープゴート。今季はある某コーチ一人に選手間の批難が集中した。いたたまれなくなった某コーチは「私が辞めてチーム状態が良くなるのなら…」とチームを去る決心をしたのである。某コーチの職場放棄を一部マスコミが嗅ぎつけて14日の朝刊で『山内監督休養へ』と報道した。具体的な代理監督の名前まで載せたスポーツ紙もあった。騒動は鎮静化する気配はなく球団側も監督交代やむなし、に傾きつつあった。

鈴木代表はコーチは空席でも構わないが監督は代理が必要になると判断し一軍スタッフに加えて二軍スタッフも含めて代理候補を思い浮かべた。浮かべては消し、消しては別の人物を思い浮かべた。やがて一人の人物に行き着いた。ちょうどその時、部屋のドアをノックする音がした。本田マネジャーだった。「代表、大丈夫です。〇〇さんはもうすぐ来ます(本田)」と。この日(6月14日)の試合は無事行われた。郭投手と尾花投手(ヤクルト)の投手戦となり残念ながら試合には負けたが、勝敗よりもチームが瓦解しなかった方が重要だった。現在は山内監督の下、選手・スタッフ一丸となり来季に向けて頑張っているので今更コーチの名前を明かす必要はないだろう。だがチームが空中分解の瀬戸際まで追い込まれたのは紛れもない事実である。
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# 553 ドラフトネタ 番外編

2018年10月17日 | 1985 年 



11月20日、東京のホテルグランドパレスで今季のセ・パ両リーグのMVPなど諸々のタイトルホルダーやベストナインの表彰式が行われた。いわばプロ野球界の優等生が一堂にステージ上で顔を揃えた。このホテルでは同日の昼間にドラフト会議が行われた。そこでステージ上の選手らがドラフトに指名された当時を思い出した。

三冠王に輝いた落合選手(ロッテ)は3位指名だった。あれだけの選手がロッテに指名されるまで他球団は見向きもしなかった。決して中央球界で無名であった訳ではない。アマチュア全日本チームの四番を務めていたにも拘らず指名されなかった。落合のようにドラフト3位指名選手はプロ入り後に好選手になるケースが多々ある。今季セ・リーグの盗塁王・高橋慶選手(広島)、ベストナインの高木豊(大洋)、21年ぶりの優勝に貢献した真弓選手(阪神)、パ・リーグの新人王・熊野選手(阪急)も全員揃って3位指名だった。日本シリーズで戦った阪神と西武の主力にも。阪神では弘田選手、北村選手、山川選手。西武は高橋投手、永射投手やトレードで中日に移籍した杉本投手や大石選手。巨人では中畑選手、角投手、宮本投手、売出し中の吉村選手など。

広島では左の先発で頭角を現し始めた高木投手や長内選手。大洋では昨季の最多勝投手の遠藤投手、田代選手。中日は昨季の本塁打王の宇野選手、大島選手、石井選手。ヤクルトは2千本安打の若松選手。パ・リーグではロッテの水上選手、庄司選手。阪急は昨季の新人王の藤田選手、弓岡選手。近鉄は今季レギュラーとなった村上選手。南海は山内孝投手、河埜選手、池之上選手。日ハムは若きエース・津野投手など多士済済。ドラフト制度は昭和40年から始まり今年で21年目だが昨年までの20年間で3位に延べ250人(昭和41年は二度開催されたが南海と近鉄は二度目のドラフト会議では3位指名は無かった)の選手が指名された。

その250人中、プロ入りしてタイトルを獲得もしくはベストナインやオールスター戦に選出されたり日本シリーズに出場した選手は40人を超える。一軍に昇格するだけでプロの世界では成功者と言えるが、それ以上のいわゆるエリート選手になる確率が16%とは目を見張る数字だ。ドラフト1位指名選手の多くは即戦力という完成された選手であるのに比べて3位指名選手は将来性で選択される場合が殆どである。いわば各球団のスカウト達の腕の見せ所とも言える。ちなみに3位指名選手だけでベストオーダーを筆者が独断と偏見の個人的意見で組んでみると

  (右)真弓
  (遊)高橋
  (左)若松
  (三)落合
  (一)中畑
  (中)大島
  (二)高木
  (捕)藤田
  (投)遠藤    代打陣に宇野・吉村・長内・弘田・・・なかなか魅力的なチームである。

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# 503 ドラ番地獄耳

2017年11月01日 | 1985 年 



投手が本塁打を放つとロクな事がない?6月21日の大洋戦で小松投手が遠藤投手から今季第1号を放った。1点差に詰め寄り「ヨシッと思った次の回にレオンにダメ押し3ランを打たれた。理屈じゃなくて投手が打つと本当にロクな事がない(小松)」と意気消沈。実は同じような目に遭ったのは小松投手だけではない。6月22日の巨人戦の5回に曽田投手が左翼ポール直撃のプロ初本塁打を放ったのだが試合は中日が追い上げムードが漂う7回に降雨コールドゲームで曽田投手は負け投手に。その日はアガリで自宅でテレビ観戦していた小松投手は嫌な予感が的中し、自分の説を改めて痛感したとの事。

先日の夕刊紙を賑わせたカルガモ親子の皇居へのお引越し。そのニュースにいたく感銘を受けていたのが堂上投手。結婚4年目にして待望の長男が今年の5月に誕生。「なんか見れば見るほどお猿さんみたいだけど自分の血を分けた子供だと思うと可愛いくてね(堂上)」とデレデレで名古屋で試合がある時は試合後は何処にも寄り道せず自宅へ一直線。「だからあのカルガモ親子のニュースは他人事とは思えないんです(堂上)」と。でもね堂上投手!マウンドに上がる時は父親である事を忘れて下さい。最近はピッチングまで激甘になってきてますよ!!

目下、三番・右翼手で売り出し中の川又選手。ところが本人曰く「もしこれが試験だったら落第しているかも」だそう。何故かというと守りに自信のない川又選手は1球毎に隣の平野選手を見て守備位置を動かしているそうで「試験で言えばカンニングをしているようなもんです(川又)」と。言われてみて改めて試合中の川又選手に注目すると確かに中堅手の平野選手をチラ見して守備位置を前後左右に変えていた。「平野さんは凄いです!平野さんに言われて移動したら本当に打球が飛んで来ましたから」と悪びれる事なく告白した。もっとも平野選手によれば「後方の打球に自信が無いのか『もっと前に出ろ』と言っても行かないんだ」と苦言を呈している。

車の色はシックなブラック・紺系以外にシルバー、イエロー、レッドなど華やかだが、球界広しと雖も宇野選手のパールピンクを選ぶ選手は他にはいない。トヨタ製の最高級クラウン。最初はホワイトを選んだそうだが、まだ離婚する前に夫人の「白色じゃ面白くないから別の色にしよう」の一言でピンク色に変更したそうだ。「サンプルの色が綺麗だったので決めたんですけど実際には少しケバケバしくて(宇野)」と本人も納得していないが、それでも「まぁいいか」と気にしない所はいかにも宇野選手らしい。


相次ぐ怪我と二軍落ち。大砲不在で恐竜打線の面影なしのピストル症候群
昨季は打てばホームランだった。レギュラー4人が30本を超える本塁打を放ち、チーム本塁打数は191本。まさか僅か1年でこうまで変わるとは。今季は52試合時点で56本だが昨季の同消化時点では84本。しかも田尾・谷沢・モッカ・大島・宇野の5人が満遍なく10本以上放つなど打線として機能していた。本塁打が減った最大の原因は主軸の怪我と不振。大島と中尾は二軍落ち、谷沢は左ふくらはぎ痛、頼りにしていたモッカは長期のスランプに陥って本塁打は現時点で半減(13本 → 7本)している。チーム本塁打数は激減し21年ぶりの優勝に向けてひた走る阪神の98本には遠く及ばず最下位に低迷するヤクルトよりも少ないのである。

今季は走者を溜めてドカンと一発が期待できるのは今の所、モッカと宇野くらいだ。「2人にさえ神経を使って抑えれば大量失点はしない、と相手投手に思われている。だから2人は徹底的にマークされ今やウチはピストル打線だよ」と山内監督は力なく話す。ただし原因がハッキリしているだけに解消法も明らか。怪我人が戻って来て相手投手の集中力が分散すれば元の恐竜打線に戻れると山内監督は考えている。だが大島や中尾の現状は全治までには時間がかかりそうであり、谷沢にも衰えが見え始めている。一発に頼る野球から脱皮してきめ細かな野球へと転換するのが理想だが、まさか今からキャンプをやり直す訳にもいかず山内監督としては当分、頭の休まるヒマがなさそうだ。

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# 484 オープン戦なんでも No,1:中日ドラゴンズ編

2017年06月21日 | 1985 年 



ヒゲ男 ・・串間キャンプが始まった頃にはヒゲ面男が7~8人いたが、いつの間にか1人剃り、2人剃りと減っていった。最初に陥落したのは金山兼任コーチ。続いて石井選手、豊田選手、平野選手らが剃って今は宇野選手と中尾選手の僅か2人しか残っていない。「僕は絶対に剃りません。たとえ1人だけになっても」と硬い決意で話すのは宇野選手。ヒゲを伸ばしたそもそものきっかけは剃るのが面倒になったからだそうだが今では「迫力のある面構えになった(宇野)」と御満悦な様子。「そのうち鈴木代表に剃れ、と怒られるよ」とは先に剃った某選手。

大物・・大物選手はよく忘れ物をする。代表的選手はミスター。かつて後楽園球場に一茂くんを置いて帰ってしまった逸話が残っている。中日では中尾選手と藤王選手が双璧。12日の阪急戦後の西宮球場にスパイクを置き忘れた中尾。気づいたのは帰り支度を終えた宿舎で慌てて球場に残っていた記者に連絡して新大阪駅まで持って来てもらった。一方の藤王選手は時間。即ち門限破りの常習犯なのである。坪内寮長がニヤニヤしながら藤王の頭をポカリ。「一時より減ったが相変わらず常習犯(坪内寮長)」だそうだが、そこは19歳の若者なので寮長も大目に見ている。

雨男・・登板が雨で流れるのは一度や二度なら誰でも経験している筈だが、続けて四度となると持って生まれた運命なのかもしれない。今年の新人の中で一番速い球を投げると評判の古川利行投手。首脳陣も早く実戦を見てみたいのだが二軍から急遽一軍に上がった3月11日の阪急戦は雨で中止。14日のロッテ戦、17日の日ハム戦といずれも先発する予定だったが雨天中止。ならば中継ぎでテストしようとした19日の西武戦も雨…。本人に聞くとやはり " 前科持ち " だった。「社会人時代も3年連続で初登板は雨で中止でした(古川)」と。


【 センバツ随想録:大石友好 】
普段はネアカな性格だけどこの季節は憂鬱な気分になる。当時の徳島海南高は県下でも優勝候補だった。投手には尾崎健夫、あのジャンボ尾崎の弟で今はプロゴルファー。一塁手はロッテでマネージャーをしている北川、センターにはセ・リーグの審判をしている谷と良い選手が揃っていたけど3年間で最も甲子園に近づいたのは1年生の夏の県予選大会準優勝。センバツはかすりもしなかった。今でも甲子園の高校野球中継は悔しくて見られないですね。

【 試される男:松浦英信 】
ポスト田尾は藤王だけじゃない!と名乗りを上げた松浦。3月16日の日ハム戦の7回裏の守りから出場した。一軍の試合はプロ3年目にして初めてで8回表、二死・二塁の場面でプロ初打席を迎えると川原投手が投じたスライダーをライト前に適時打。次打者・大島への2球目にすかさず二盗を決めるなどアピールに成功した。「松浦はただ打つだけの選手ではない」と高木二軍監督が言う通りのプレーを披露した。「とにかく良い所を見せたかった」と話す松浦。走・攻・守と三拍子揃った姿は山内監督の目にどう映ったか。

【 投手コーチに聞く、今季の投手陣はどうなる? 】
聞き手…評論家の間では投手陣の評判が良いです
中 山…でしょうね。課題だった左腕不足が杉本の加入で解消されましたし。小松・郭・都・鈴木らに杉本を加えた
      五本柱でローテーションを組めるのは心強い

聞き手…ただ小松投手は過去7年、怪我なくシーズンを乗り切った事はないし都投手は出遅れ。不安ではないですか?
中 山…小松は過去を反省して調整法を考えているので期待している。都は確かに安心できない
聞き手…肩がなかなか温まらないと都投手は言っている。故障なのでは?
中 山…故障ではない。しかし肩が温まらないと力を入れて投げられず臆病になっている。真面目な性格だけに
      責任を感じてしまうタイプなので余り追い込まないようにしている

聞き手…若手投手たちのテストはどんな具合ですか?
中 山…三沢、藤沢、安木がいなくなった分を若手で埋めないと。曽田・平沼・鹿島・近藤・宮下らはチャンスですよ。
      新人左腕トリオの古川・清水・米村だって結果を出せば開幕一軍もありますよ

聞き手…具体的には?
中 山…単に頭数だけなら3人の穴は埋まる。ただ、こちらとしては頭数以上の勝ちゲームでの中継ぎや、あわよくば
      先発ローテーション入り出来るレベルを求めているからテストは続きます

聞き手…結果が出るのはまだ先?
中 山…ハイ。確かにそれぞれ成長していますが図抜けている投手はまだいない。欲張りかな?
聞き手…杉本投手は先発候補。左腕の中継ぎは?
中 山…期待していた桑田は出遅れ。新人トリオに期待するのは荷が重い。悩みの種です
聞き手…でも必要ですよね?
中 山…確かに左は必要。でも力のない左腕より球威のある右腕の方が良いという考えもある。開幕当初は左の中継ぎ
      不在でいくかもしれない。それさえ解消できれば広島や巨人にも劣らない投手陣だと思います
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# 451 キャンプ特報:中日ドラゴンズ編

2016年11月02日 | 1985 年 



【 朝 】:中日のキャンプは午前7時30分の起床で始まる。そして8時、宿舎前に全員が集まり散歩で動き始める。面白いのが集合の一番乗りからシンガリの選手まで判で押した様に決まっている。集合時間の30分前にやって来るのが上川選手と都投手、そしてお目付け役の鈴木球団代表。「あの2人は若いのに早起きだね(鈴木代表)」と感心する。上川と都は他の選手が揃うまで周囲を軽くジョギングするくらいやる気が伝わってくる。時間ギリギリに平沼投手と浜田投手が眠い目を擦りながら顔を出す。ここまでは遅刻ではないが最後の宇野選手は皆が動き始める頃にアクビをしながら現れる。「性分だから仕方ないっス」とさすが猛者ウーやん。

【 昼 】:打者なら打撃練習、投手なら投球練習が大概の選手はまなじりを決して取り組む。野球が何より好きで飛び込んだ世界だから当たり前だが反面、ランニングやウェートトレーニングには及び腰となる。しかしこうした体力トレーニングにも黙々とこなしているのが藤王・栗岡・豊田選手と市村投手。全てのメニューを終えた午後4時前から球場裏山の起伏を利用したサーキット練習では郭投手などは「足が痛い」「お腹が痛い」とブツブツ文句を言って距離を減らしてもらおうと必死だが、藤王らは一周1km を2回りしても平気の平左。「長いシーズンを乗り切る体力はキャンプでの鍛え方にかかっていますから(藤王)」とキッパリ。

【 夜 】:「カラスの鳴かぬ日はあっても川又選手と彦野選手の素振りの音が聞こえぬ日はない」これは中日が宿泊する宿舎の従業員の声である。山内監督が就任して2年目、午後8時から9時30分まで串間総合運動公園内の室内練習場で夜間練習が行われるが、川又と彦野は夜間練習後の居残り特訓に参加している。逆に " 夜のネオン街の帝王 " と呼ばれているのが鈴木孝・桑田の両投手。他球団と比べて夜間の外出は厳しく制限されていて休日前しか羽根を伸ばせない。なので外出時はストレス解消とばかりスナックで飽きるほどカラオケ三昧。「だって5勤1休だもの。大目に見て欲しいよ」と鈴木孝は愚痴る。

【 推奨株 】:リードだけなら金田捕手は中尾にも負けないだろう。ウチには中尾以外にも大石、金山、大河原がいるが決して負けていない。金田の一番のセールスポイントは「滅私」という考え方にある。投手の球を " 受けさせてもらう " という思いが投手に伝わり、ある種の安心感を与えている。昨シーズンは右肩を痛めたが今は完治した。課題は打撃。スイングにシャープさを付ける事が出来れば中尾からレギュラーの座を奪う事も夢ではない(新宅バッテリーコーチ)。

【 我が家へのラブコール・藤波行雄 】
とある日の藤波と家族との会話。もしもし、ママ?僕だ。変わりないかい?うん、ちょっとバテ気味だけど元気だよ。アッ、哲平(4歳)か?ちゃんとママの言う事を聞いて良い子にするんだよ。それから優作(2歳)と仲良くするんだよ、お兄ちゃんなんだからね。スイミングスクールはどうだい?エッ、泳げるようになったの。偉いね。パパが帰ったら競争しようね。優くんに代わってくれるかな。ああ、優くん?パパだよ。良い子にしていたらお土産を買って帰るからね、ママの言う事をちゃんと聞くんだよ。ママ?芋とポンカンを送ったからね。じゃまた、元気でね。


【 ウチの秘密兵器…宮下昌己
聞き手…杉下臨時投手コーチが絶賛していました
宮 下…ハイ、聞きました。新人王間違いなしと記者さん達に言ったみたいですね
聞き手…ブルペンの投球をすれば2ケタ勝利も可能だと
宮 下…そうなれば嬉しいんですが。今は杉下さんを裏切らないように頑張るだけです
聞き手…そもそも入団1年目から評判が高かったですよね
宮 下…巨人との練習試合で3回を無失点に抑えて自信がついたんですが・・
聞き手…駒田と島貫から三振を奪ったし。ただその後の怪我が余分だった
宮 下…手応えを掴んだだけに悔しかった。背筋痛は初めてで一時は寝返りも出来ませんでしたから
聞き手…もうすっかり治ったの?
宮 下…完治するのに昨年の夏までかかりましたけど今は大丈夫です
聞き手…とにかく君には球団の期待がかかっている
宮 下…あぁ、尾張のカタキを江戸でとるって話ですか
聞き手…そう。球団幹部は地元・愛知県出身の槙原投手を巨人に獲られたのが悔しく、東京出身の君でカタキをとりたいと
宮 下…あはは。僕は槙原さんをあまり意識していないですけど、負けたくはないですね
聞き手…でも槙原投手の速球に負けない自信はあるでしょ?
宮 下…ハイ。槙原さんにも小松さんにも負けない自信があります
聞き手…充分、槙原投手を意識してるじゃない(笑)
宮 下…バレましたか(笑)
聞き手…今シーズンの目標は?
宮 下…開幕一軍入りです。その為にもキャンプ・オープン戦で目立つよう頑張ります

186㌢の長身から投げ下ろす速球が宮下の武器で制球力さえつけば戦力になると思っていたが、だいぶ安定してきた。
カーブのキレも良くなりウチの最大の秘密兵器ですよ(中山投手コーチ)
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# 431 一年の計・阪神タイガース編

2016年06月15日 | 1985 年 



福家雅明…プロに入ってまだ1勝もしていないのにこんな目標を掲げると笑われるかもしれませんが " 巨人戦完封勝利 " です。どうせ笑われるなら大きな風呂敷を広げないとね。でも予感みたいなモノは有るんです。昨秋のアメリカ教育リーグで投げてみて、やっぱり攻撃的じゃないと生き残れないと確信したんです。マウンドで頼りに出来るのは自分だけだと学びました。それから伸ばしてるヒゲも1勝するまで剃らずにおこうと決めました。今年の決意の表れだと思って下さい。
平田勝男…遊撃のポジションを死守、なんて事は今さら言わなくても当たり前だし今年も「平田に任せておけば安心」と言われるよう努力します。プライベートではやっぱり結婚ですかね。彼女?本当にいないんです。是非、素敵な方がいれば紹介して頂きたいです。
真弓明信…阪急の蓑田さんが2年前に達成した『3・3・3』が目標です。過去に打率はクリアしていますが本塁打は29本(昭和55年)が最高、盗塁も34個を記録した年もあるけど今から7年前とだいぶ若かったからねぇ。どれも簡単じゃないけど是非チャレンジしたい。本塁打と盗塁は減らないからオールスター前に18本塁打、20盗塁くらい出来れば何とかなるかな?
吉竹春樹…何としても100試合出場を果たしたい、と思っていたら今年から真弓さんが外野へ転向する事が決まって…北村さんを追い抜くのも大変なのに更に厄介な人が現れて困っています(笑)大変だろうけど頑張りますよ。それが達成出来れば次は結婚です!相手?いません(笑)
仲田幸司…プロ初勝利。僕にはこれが全てです。米田投手コーチに就任早々、「一番期待しているのは仲田」と言って頂き感激しています。アメリカ教育リーグから帰国後も「投手の生命線は足腰と打者に向かって行く闘争心や」とアドバイスされました。期待に応えないとバチが当たります。ただ初勝利を上げるには先ず一軍に定着しないと話になりません。キャンプが勝負、とにかく目立つように頑張ります。


【 ニューパワーの所信表明:池田親興 】
聞き手…昨年、シーズン当初は新人王レースの先頭を走っていましたが小早川選手に抜かれてしましたね
池 田…夏場まではね。小早川の後半戦の活躍は凄かったですから仕方ないです
聞き手…小早川選手に結構打たれました(13打数5安打・打率.385 ・5打点)
池 田…大学の後輩なんですけど遠慮しなくて(笑)。負けん気が強いんで力勝負に拘って…でも逃げて打たれるよりマシですから
聞き手…結局9勝止まりで、二桁勝利してれば分からなかった。やはり中日との最終戦が残念でしたね
池 田…掛布さんの本塁打王がかかってましたから仕方ないです。野球はチームプレーですから
聞き手…宇野選手の敬遠が全て失点に繋がってしまいましたし、救援の山本投手が2点差を守れなかったのも残念でした
池 田…それも含めて全部が僕の運命です。野球の神様しか分からない事ですから
聞き手…凄く割り切ってますね
池 田…前向きの話をしましょう(笑)
聞き手…昨年は若手なのに登板間隔が中1週間でした。今年も同じですか?
池 田…チーム事情でして。今年は中4日で行く覚悟です
聞き手…首脳陣も今年はエースとして期待しています
池 田…ありがたい事ですが10年早いです。どれだけ100%に近い投球が出来るか、です
聞き手…今年こそ二桁勝利?
池 田…そう思っています
聞き手…そろそろ結婚適齢期なのでは?
池 田…後輩の木戸に先を越されるし中田も結婚しましたからね。少々慌てています
聞き手…お相手は?
池 田…いませんよ。本当ですよ
聞き手…過去にも同じような事を言っていた人がアッサリ結婚したけど?
池 田…信用して下さい。僕は嘘は言いません。本当にいないんですから。そんな偉そうに言う話ではないですけど(笑)
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# 429 一年の計・中日ドラゴンズ編

2016年06月01日 | 1985 年 



豊田誠佑…タツオ(小松)は早々と子供を作って、なかなかデキないと言っていた堂上さんの所も赤ちゃんができた。僕も絶対に今年中に子供を作りたい。兄姉には沢山いるのに何故か僕には…夫婦で病院に行こうか、と話し合っています。野球では僕には首位打者とか本塁打王とかのタイトルは正直キビシイ。なので新聞の見出しに載るような派手な活躍を1回でも多くしたいです。
大島康徳…今年は誰が何と言おうが絶対に結婚する。気がついたら34歳だもんね。10月には35歳…さすがに焦ってきました。お袋(66歳)もいい歳だし安心させなきゃと思ってます。本職の方は本塁打王のタイトルを昨年は掛布と宇野に取られたが何としても奪回したい、少なくとも争いに加わります。やっぱり本塁打王は四番の勲章ですから。
鈴木孝政…田尾に代わって今年から選手会長になります。先ずはナゴヤ球場の選手用駐車場の件かな。一般用と同じ敷地内にあるのでこれまでも混乱が起こる事もあって、何度も球団にかけ合ってきたけどなかなか良い返事をもらえない。是非とも選手専用の駐車場を確保したいですね。去年、カムバック賞を頂きましたが僕自身ようやく投球術らしきものが分かりかけてきました。同じくカムバック賞受賞後に飛躍した谷沢さんのようになれるよう頑張ります。
上川誠二…結婚したので早く家を建てたいです。生まれてくる子供が騒いでも周りに迷惑をかけず大丈夫なように一戸建てを。既に土地は購入してあるので今年中に工事を開始するつもりです。大きな事を言うようですが全試合出場して打率3割3分を狙いたい。去年、初めて3割を打ってシーズンの乗り切り方が分かった気がします。それで首位打者が獲れたら最高ですね。
郭 源治…今年の10月で29歳。ようやく結婚できる給料を貰えるようになったので結婚したいです。僕は寂しがり屋なので1人でいるのは…結婚した方が良い成績を残せそうな気がします。去年チームが優勝を逃した理由の一つに僕が9月に勝てなかった事があると思います。その分を今年は絶対に勝ちます。出来れば最多勝も獲りたいです。


【 ニューパワーの年頭所信表明 :藤王康晴 】
聞き手…プロ2年目の年が明けましたね
藤 王…ハイ。僕にとって正念場がやって来ます
聞き手…昨年は試合数は少ないながら、打率.361 ・2本塁打と結果を出しました
藤 王…去年は新人という事で相手も大して警戒しなかったと思いますが、今年は攻め方も厳しくなると覚悟しています
聞き手…新人王の資格は有りますが狙いますか?
藤 王…一生に一度のチャンスですから獲れるように頑張ります
聞き手…このオフはチーム一番の売れっ子で引っ張りダコですね
藤 王…プロですからお呼びが掛れば忙しいですが嬉しいです
聞き手…初めてのオフで特に印象深かった事は?
藤 王…牛島さん、上川さん、入沢さんの結婚式に出席してみて、奥さんが皆さん綺麗だった事です
聞き手…上川選手の奥様は元ミスユニバース代表ですからね
藤 王…本当に。皆さん女優さんになってもおかしくない美しさです
聞き手…藤王君は堀ちえみさんのファンでしたね?
藤 王…ハイ。僕も頑張れば堀ちえみさんのような人と結婚できるかも、と思うと余計に頑張らないと
聞き手…それじゃ結婚も早い?
藤 王…いやぁ、そこまでは…でも素敵な彼女は見つけたいです
聞き手…今は彼女はいないの?
藤 王…ハイ、いません
聞き手…ところで身体が一回り大きくなった感じがしますが?
藤 王…オフの間も暇を見つけて筋トレをしてましたから。体重はシーズン中より3kgほど増えて太腿とお尻が大きくなりました
     お蔭で高校時代の服が着れなくなっちゃいました(笑)

聞き手…今年の目標は?
藤 王…モッカさんから三塁のレギュラーを奪って100試合出場・20本塁打を最低ラインに。プライベートでは彼女を作りたいです
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# 395 色々ありました 中日ドラゴンズ編

2015年10月07日 | 1983 年 
昨季のセ・リーグ制覇から最下位ヤクルトと0.5差のブービー賞だった今季の中日。近藤中日は1年で余りにも激しい変化を経験し近藤監督はクビに。そんな激動の年に相応しい珍しい記録が続出したシーズンだった。


史上初の無捕殺試合…例えば三ゴロで打者走者を一塁でアウトにした場合は三塁手に捕殺、一塁手に刺殺がつく。つまり無捕殺とは1人の野手でアウトを取る事。5月25日の阪神戦に先発した高橋投手は血行障害の手術を乗り越え2年ぶりの登板を被安打3、与四死球2で27個のアウトのうち内野飛球11、外野飛球12、奪三振4と無捕殺のオマケ付きでプロ入り初の完封で勝利した。試合が終盤に差し掛かると記者席では過去の記録を調べてこれまでの最少捕殺が「1」と分かると両軍ベンチに伝えられた。球界史上初の珍記録誕生にノーヒット・ノーラン試合ばりに両軍選手はガチガチに。阪神最後の打者となった岡田選手は安打を狙わず何とかゴロを打とうと必死になるがあえなく右飛に倒れて記録達成。一方の飛球を捕った田尾選手は「足が震えた」とホッとした表情だった。ちなみに今季の高橋投手の勝ち星はこれだけだった。

本塁打王…1年を通じて不振だった打線の中で大島が本塁打王に輝いた。トップの山本浩選手を1本差で追う129試合目の阪神戦で36号本塁打を放ち並んだ。翌々日の広島市民球場での広島戦は中日、広島ともに今季最終戦で案の定「四球合戦」となり両者揃って本塁打王が確定した。試合後に2人は顔を合わせると「よう追いついたな。大したもんやわ(山本)」「コージさんは追いつけそうでなかなか追いつけなかった。流石です」と健闘を讃え合った。

隠し球恐怖症…ダメダメシーズンを象徴するかのように三度も隠し球の罠に嵌った。最初は5月の阪神戦で宇野選手が岡田選手の餌食に。次は8月の広島戦で谷沢選手がアイルランド選手に。そして最後も広島戦でまたもやアイルランド選手にカモにされた。流石に三度となると選手だけでなく一・三塁コーチも批判の対象となった。高木・黒江・井出の3コーチは「何の弁解もない。自分を恥じるだけです」と平身低頭。最初と最後は地元のナゴヤ球場だっただけに大勢のファンの前で赤っ恥をかかされた。

魔の仙台…仙台に同行した伊藤球団代表代理は冗談半分で「二度と仙台には来ません」と言ったが無理もない。5月22日の大洋戦の8回表終了時点のスコアは4対1で3点リードしていた。抑えの牛島投手投入で勝利は確実と思った矢先、高木豊選手に逆転満塁本塁打を浴び敗戦。中日にとって仙台は鬼門である。昨年も同じ大洋戦で長崎選手に鈴木孝投手が逆転満塁サヨナラ本塁打を喰らっている。また一昨年には藤沢投手がまたまた大洋戦で高木由選手に満塁本塁打を打たれた。ここまで続くと伊藤代表代理の気持ちも理解出来る?

中尾は●、金山は○…開幕から中尾選手がマスクを被ると勝てない試合が続いた。開幕2連敗を喫し2試合目の終盤に中尾が右手中指に打球を受けて途中退場して3試合目から金山が先発マスクを被った途端に3連勝。中尾の怪我が治りスタメンに復帰すると3連敗…単なる偶然か否か。中尾の打撃不振もあって金山が先発マスクを被るとまたも2連勝。こうなると近藤監督もゲンを担いて4月27日の巨人戦に金山を起用したがそうは問屋が卸さず初めて黒星がついた。ここでようやく中尾が専従する事に落ち着き巨人戦に勝利し開幕12試合目にしてようやく中尾に笑顔が戻る。「長かった…勝てなくてノイローゼになりました(中尾)」 一方の金山は晴れてプロ入り初の「月間シルバー賞」を受賞して終始ニコニコ顔。

前代未聞…衆人環視の下、監督と選手があわや掴み合いの大喧嘩?6月29日のヤクルト戦、立て続けにエラーをした宇野選手に対して近藤監督の堪忍袋の緒が切れた。マウンドで「お前、何やってんだ!」これに宇野が「好きでエラーしてる訳じゃない」と反抗的な態度をすると近藤監督の怒りが頂点に達して掴みかかろうとした。慌てた谷沢選手らが割って入り事なきを得た。こんなチーム過去にあった??
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# 370 後半戦に賭ける男たち ③

2015年04月15日 | 1983 年 



宇野 勝(中日)… " チョンボ " の宇野が後半戦から三塁を守っている。お披露目となった7月29日の対阪神14回戦(甲子園球場)、いきなり先頭打者・真弓が放った打球が三塁ベース際を襲った。一瞬、目をつむった中日ベンチだったが宇野は横っ飛びして捕球すると一塁へ矢のような送球で難なくアウトに。「あれでスーっと気持ちが落ち着きました。ベンチが総立ちで拍手した?いやぁ普通のプレーですよ」と宇野本人は涼しい顔。このプレーで近藤監督から合格のお墨付きを頂戴した。宇野の三塁手起用が真剣に検討され始めたのは前半戦終了間近に、正三塁手であるモッカの怪我(左股関節痛)が長引きそうで「ひょっとすると後半戦の出場も危うい(山田チーフトレーナー)」と首脳陣に報告された頃だった。

「思い切って宇野を三塁に回す以外に策はない」と近藤監督はコーチ会議で提案したが複数のコーチ達が難色を示した。その内の一人だった作戦守備担当の高木コーチは「宇野の遊撃手としての守備力は格段に進歩している。今、宇野を三塁へ回す事は簡単だが代わりの遊撃手が見当たらない。それにシーズン中のコンバートは打撃面に悪影響を与えるリスクもある」と反対した。だが近藤監督は就任当時から宇野の長距離打者としての資質を伸ばすには「三塁手・宇野」が理想であるとの持論があった。モッカ不在という差し迫ったチーム事情によって近藤監督は「多少のリスクはあっても長い目で見れば今がチャンスなのでは」と反対意見を押し切り三塁転向を強行した。

実は今年のキャンプでも三塁転向が検討されたが宇野本人が「ショートを守っていないと野球をやっている実感が無い。サードが嫌だという訳ではなくてショートが好きなんです」と三塁転向に難色を示していた。首脳陣は三塁転向が打撃に悪影響を与えたら大変と判断し遊撃手に固定したがシーズンが始まると期待の打撃は大不振。下半身が崩れて粘りが出ず凡打を繰り返し、あれだけ固執した遊撃の守りでもチョンボが続出。挙げ句に6月29日のヤクルト13回戦ではマウンド上で近藤監督と取っ組み合いになりそうな喧嘩を始める始末。本来ならば罰金ものだが近藤監督は「親子喧嘩のようなもの。ちゃんと叱っておいたのでそれで終わり」と不問に付した。

この寛大な処置に宇野の心境に変化が起きた。「俺が甘かった。自覚しなくちゃ」という気持ちになった所に降って湧いたような三塁転向話はグッドタイミングで今回は素直に受け入れた。三塁を守る宇野の動きは日を追う度にサマになっていった。打順も転向2試合目からトップバッターに抜擢された。一番を打つのはプロ入り初の事だったが「最初はどうしていいか面食らったけどやってみると実にいいもんです。楽しいですね」と戸惑いはないようだ。長距離砲として将来のクリーンアップ候補と言われていた宇野が自由奔放に打ちまくるトップバッターを務めるのもまた一興だ。宇野が低迷する中日のカンフル剤となれば近藤監督も万々歳だろう。



島田 誠(日ハム)…「ここまで来たら是が非でも狙ってみたい、と言うより必ず取ります」・・滅多に大言壮語しない島田が真顔でタイトル獲得への思いを打ち明けた。プロ入り7年目の今シーズンは開幕から順調に戦績を積み上げてきた。球宴前ラストゲームとなった7月19日の南海戦を終えた時点での成績は打率.343 で香川(南海)に次ぐ2位。盗塁数も大石(近鉄)・福本(阪急)に肉薄しており共にタイトルの射程圏内につけている。特に打者としての最高勲章とも言える首位打者のタイトルを虎視眈々と狙っている。開幕39試合目の6月2日の西武戦で打率を3割の大台に乗せると後はコンスタントに打ち続け率を上げていった。勿論、打てない日もあったが無安打を2試合と続ける事がなかった。そこには技術云々以前に人間として一回り大きくなった姿が浮き彫りにされている。

一昨年、自己最高の打率.318 をマークし日ハム球団初優勝に貢献したがその翌年は打率.286 と成績を落とした。しかも両肘痛に見舞われて前期日程終了時点では2割4分台の体たらくだった。「オメイなんぞ2千万円プレーヤーじゃねぇ、20万円でも高けぇぐれいだ」と全ナインの前で大沢監督に叱責され悔しい思いをしたが何一つ反論出来なかった。「あんな思いは二度としたくない。今年は誰からも後ろ指を指される事のない成績を残したい」と決意し、❶ 1年を通じて万全な体調を保つ ❷ 1試合、1打席を大事に気を抜かない ❸ タイトルを絶対に取る・・といった目標を掲げてシーズンに臨んだ。更に公言しなかった目標もあった。尊敬する福本(阪急)のあらゆる成績を上回る事だ。打率は勿論、難攻不落の盗塁数もだ。即ちそれは盗塁王獲得を意味していた。

「福本さんに追いついても大石に抜かれたら意味がない。その為にも首位打者と盗塁王になる事が2人に勝つ絶対条件なんです」 「2部門とも追う立場。暫くは離されずに追いかけて一気に追い越したい」と何時にない執着心を垣間見せる。島田にとって意気込みだけではなく充分狙える条件も整っている。それは暑い季節の到来である。1㍍68㌢、65㌔ という小兵ながらスタミナには自信を持っている。1年を通じて不振だった昨年でも8月は3割4分4厘の高打率をマークした位に夏場は得意なのだ。暑さを乗り切る為のスタミナ源である焼き肉やモツ類を貪り喰い、逸子夫人特製の酢料理メニューのお蔭で怪我防止対策もバッチリなのだ。「怪我さえしなければきっとやってくれると信じています」と逸子夫人は結婚以来初となるビックプレゼントに早くも胸躍らせている。

夫人が島田の活躍に期待している訳には理由がある。後援会の有力者が3割3分以上の打率を残せば家族4人にハワイ旅行をプレゼントすると約束しているからだ。この人物は「島田誠を励ます有志の会」の世話人代表をしている北九州市八幡西区にある山地産業(株)の山地社長。社長の奥様と島田が従姉弟という関係で単なる後援者以上に親身になって応援してくれている。このビッグプレゼントも島田にシーズンを通して良い意味の緊張感を持続させる為の親心の一環だろう。チームは残念ながら下位に低迷中だが大沢監督は島田の活躍に及第点を与えている。「塁に出た以上はどんな事があってもホームベースを踏みたいというのがトップバッターの願望です。残りのシーズンに完全燃焼したいと思ってます」 島田誠、通称 " チャボ " は山椒のようなピリリと辛いプレーをする毎日を送っている。



西村博巳(横浜大洋)…25歳の年増ルーキーが大洋の外野の一角を奪い取ろうとしている。176㌢ 78㌔ のズングリとした体型ながら近藤作戦コーチが「肩も足も普通だが勝負所では力を発揮する球際に強いタイプ」と感心する。球宴明けの7月26日のヤクルト戦に代打で登場すると梶間投手から決勝点となるプロ入り初本塁打を放ち、31日からはスタメン出場を果たし規定打席不足ながら打率3割をキープしている。「別に力みとか気負いは無いですね。出番が増えれば安打も増えると思ってましたから。一軍の投手?ウ~ン、一軍の投手だからと言って特に意識は無いです。小松(中日)なんかはもっと速いと思っていたけど…」と頼もしい限りの台詞を吐く。それが " 大人のルーキー " と言われる所以だ。

和歌山県・紀の川のほとり、高野山の近くで生まれ育ち高野山第一中学校で野球を始めた。紀の川を挟んだ隣町の九度山中学には現ヤクルトの尾花投手がいた。「ええ、1年先輩で一度だけ対戦しました。2安打しましたよ、カーブと直球でしたね」と懐かしそうに語る。伊都高校に進学すると2年生の春にセンバツ大会に三番打者として出場したが初戦で札幌商に敗れた。高校卒業後は住友金属に就職して昨年には都市対抗野球で初優勝を達成し、その活躍が評価されて大洋から3位指名されプロ入りした。安定したサラリーマン生活から25歳と遅いプロ入りは勇気と覚悟が必要だと思われるが本人は「いやぁ即決しました。だってサラリーマンでも交通事故で明日にでも死ぬかもしれないでしょ。あれこれ心配したって始まらないじゃないですか」と常に前向きなのだ。

住友金属時代は周囲から「壁にぶち当たらない男」と言われていた。年間50試合程を行なうが西村は毎年3割&10本塁打をクリアしてきた。更に盗塁も30個を下回る事がなかったという。中学、高校、社会人と一度もレギュラーの座から外れる事はなかった。だから梶間投手から放ったプロ初本塁打は野球人生初の「代打本塁打」だった。「根が単純だから直ぐに周りに同化しちゃうんです。高校野球なら高校レベルに、社会人野球なら社会人レベルに順応出来た。だからプロでも同じでキャンプでも特にレベルの違いは感じなかったです」と順調にプロ生活を送っていた西村にアクシデントが襲った。キャンプの練習中にスライディングをした際に左肩を脱臼してしまった。全治3週間の診断を受け壁にぶち当たらない男に初めての試練が訪れた。「入院なんて生まれて初めてだったんで不安でした。でもくよくよ考えたって早く治る訳ではないので開き直りました」

幸い開幕には間に合ったが二軍スタートを余儀なくされた。狂った歯車はなかなか噛み合わず二軍でも結果を出せずにいた。5月末、二軍の視察に訪れた関根監督は打率1割台に低迷していた西村に「オイ、この成績は何だ。とても一軍じゃ使えんぞ、二軍で3割以上を打っても一軍で2割8分がせいぜいだ。3割5分を打ったら一軍へ上げてやる」と言ってハッパをかけた。「分かりました」と答えた西村は関根監督の注文を僅か1ヶ月足らずでクリアした。二軍での打率.347 を引っ提げて6月28日に一軍に昇格した。午前中に合宿所で特打ちをやった後にナイターの球場に向かう日常を送っている。「3割は何としても達成したい。それが今年の目標ですね」…と大人のルーキーは至極当たり前のように言って今日も元気にグラウンドへ飛び出して行く。
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# 363 本命なき去就

2015年02月25日 | 1983 年 



またぞろ長嶋氏の去就に関する見出しがスポーツ紙の一面に踊った。『ミスター遂に決断』…5月21日の後楽園球場内のサロンには長嶋派と呼ばれている面々が「今朝の見出しを見た?」「在京の大洋、ヤクルト、日ハム以外のチームは初めてだけど本当かね?」とヒソヒソ話。金田正一、張本勲、杉下茂、土井正三らは情報を持ち寄り情勢分析を頻繁に行なっている。彼らが最近しきりに口にするのが「大洋は長嶋さんに似合わない」である。開幕から巨人を走らせた最大の原因は大洋の対巨人の不甲斐ない戦いぶり。殆どが試合序盤で大量失点したり、リードしていても終盤でひっくり返されるパターンが常態化している。「二度と惨めな思いをさせたくない」と言うのが彼らの共通した思いで長嶋巨人1年目に最下位になった時の二の舞いは御免という訳。巨人と対等に戦えるチームでないとダメだとすると既出のチーム以外で監督召致に動く可能性のあるチームはあるのか?

長嶋氏周辺には解任した読売グループを未だに許していない人は多い。長嶋氏本人の本音は巨人復帰であると推察されるが周りは巨人を倒せる球団を考えている。だから大洋やヤクルトでは駄目でリーグの違う日ハムなど論外なのだ。では現実問題として希望に適した球団はどこなのか?「仮に西武がセ・リーグだったら文句なしだがそれは有り得ない。巨人のライバルと言えば阪神だがあそこが巨人出身の長嶋を受け入れるとは到底考えられない。とすると消去法で中日が残る」と言うのは某スポーツ紙記者。中日と言えば巨人とは親会社が新聞戦争を繰り広げているライバル球団だが長嶋氏本人は中日に対して悪い印象は持っていない。昨年8年ぶりに優勝した中日がまだ巨人が首位だった夏頃に早々と中日優勝を予言していたのは数ある評論家の中で長嶋氏ぐらいだった。

「宇野、田尾、中尾らビビらない肝っ玉の持ち主が揃っている。このタイプは接戦になればなるほど力を発揮する。投手陣にも疲れ知らずの若手が多く最後に抜け出すのは中日」と多くの評論家が巨人優勝を唱える中で中日の逆転優勝を宣言した。そもそも中日は長嶋好みのチームカラーで巨人の監督時代から三振が多く穴だらけで忘れた頃に一発を放つ程度の選手だった宇野を見て「いいねぇ、ああいうタイプは好きだね。打者はあれ位の思い切りが必要、2~3年後には良い打者になる」と言い切っていた。昨年終盤の直接対決でに9回裏に江川から4点を奪ってサヨナラ勝ちした時のような野武士的キャラクターが揃っている中日は実は長嶋氏好みなのだ。しかも中日球団フロントも長嶋氏に対してはライバル球団の元監督ではなく、球界の功労者という認識で長嶋氏個人には好印象を持っている。巨人出身の黒江コーチの存在が巷間言われる " 巨人アレルギー " は過去の話である事を証明している。

今季の近藤体制は盤石の筈だった。日本一は逃したが昨年8年ぶりの優勝を果たした近藤監督は投手分業制の確立や大胆な采配で評価を高めた。普通なら監督を交代させる理由はないがシーズンが始まると予想外にもたつき、様々な不協和音が漏れ伝わるようになった。しかし、何故長嶋氏なのか?そこには激化の一途を辿る中部地区での親会社同士の熾烈な新聞拡張戦争があるという。巨大全国紙に勝つ切り札こそ長嶋氏なのだ。企業戦争では相手方のエースを引き抜く事が最も手っ取り早い戦略であるのは明白。そのエースが相手企業のシンボル的存在なら効果は絶大だ。昭和44年に巨人の監督を永く務めた名将・水原茂を中日の監督として迎えた時の名古屋市民の反応は「宿敵の将をよくぞ獲ってきた」と好意的だった。長嶋氏の場合は恐らくこの時を上回る爆発的な人気が巻き起こるのは間違いない。

大洋は確かに長嶋氏が解任された翌年に中部藤次郎大洋漁業社長が正式に長嶋獲得宣言をし、昨年は大洋球団の株主であるサンケイグループと歩調を合わせて獲得を目指したのは事実。フジテレビの副社長との接触や長嶋氏が信頼するニッポン放送の深澤アナウンサーが使者となって交渉が進み監督就任は間近と言われてきた。ところがここにきて大洋漁業本社内に「監督としての能力は本当の所どうなのか」と疑問視する声が出始めるなど足並みの乱れが見えるようになり、そこに今回の中日説の出現。更に新たに中日説は巨人の陰謀だ、という声が飛び交うなどして事態は混沌としてきた。巨人の陰謀とは中日内部を混乱させてスタートダッシュに失敗した昨年の覇者の息の根を止めてしまおうとしている、という情報操作であるというもの。話がここまで飛躍すると何処までが真実なのか分からなくなる。

ところで肝心の巨人内部では現時点での長嶋氏はどういう存在なのか?日本テレビの氏家斉一郎副社長が年始の定例懇親会で「長嶋君が巨人のユニフォームを着る事はないだろう」と発言した。それに呼応するように球団内部に「そろそろ区切りをつけてあげた方が長嶋の為。淡い期待を持たせ続けるのも気の毒」との機運が漂い始めている。一方で長嶋氏が好き勝手に球団を選べるかというとそうではない。長嶋氏と個人的に親しく今でも球団の要職就任を要請し続けている正力オーナーの存在が大きい。過去2年間に複数の球団が正式要請する前の打診する段階で一つの関門となっていたのが正力オーナーで、オーナーが「ウン」と言わなければ打診すら出来ないのが実情。となると必然的にオーナー同士が懇意なあの球団が浮上してくる。ヤクルトである。松園オーナーは昨年の暮れ、セ・リーグオーナー懇談会の議長職を正力オーナーからバトンタッチした。常々、「正力オーナーの意を汲んで…」とまるで兄弟のようだ、と揶揄される程の間柄。ヤクルトも大洋同様にフジサンケイグループの一員、ここにきてヤクルト本命説が最右翼となりつつある。
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