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# 736 怪物のお値段

2022年04月20日 | 1977 年 



ペナントを是が非でも取りたいのがプロの男たちだが、今それより欲しいモノがあると言わせるのが怪物・江川卓投手(法大)である。だからこそペナントレースの裏にはそれ以上の激しい暗闘が繰り広げられている。しかも1億円という声も出て…

負けないピッチングでまた上がった評価
まるでロウ人形のように見事なまでに無表情。周囲の江川狂騒に挑戦しているようでもあり、意識的に冷たさを守り通そうとしているのか。5月23日、春季リーグ戦の優勝がかかった明大戦は神宮球場に5万人を超える大観衆が押し寄せた。最後の打者・重吉選手を三振に仕留め3連覇を成し遂げた時も表情一つ変えなかった。むしろ笑顔の代わりに、いつも以上に厳しさを作っているように感じた。昨秋の早大戦からこれで11連勝。今春は負けなしの8連勝。慶大との3回戦と明大との2試合を除いた5試合が完封。杉浦投手(立大➡南海)の14完封と肩を並べ、山中投手(法大➡住友金属)の連盟記録「48勝」にあと7勝に迫った。

「優勝は全員の力を合わせて勝ち取ったもの。あまり記録を意識すると自分の投球が出来なくなる。だから完封にこだわらないようにしています。記録は後からついて来るものですから」と江川は優等生発言に終始するが、誰の目から見ても優勝は江川が最大の功労者であったのは疑いようのない事実。「とにかく江川君は難攻不落でした。走者を出すまではいくけど、ここ一番という場面ではピシャリと抑えられた。さすがです」と明大・島岡監督も脱帽の力投だった。「もし江川が相手校にいたらウチの打線は一度や二度は完全試合をやられていたかも」と法大・五明監督は冗談めかすが、その目は真剣そのものだ。

五明監督が冗談を言うほど今季の江川は一味も二味も違う充実した投球を見せた。「一つも負けなかったことで春の目標は一応果たせた(江川)」とクールに話すが、クールでいられないのがプロ野球のスカウト陣だ。あまりの怪物ぶりを見せつけられ「是が非でも獲得したい」「ドラフトの一番くじが見えるメガネがあるなら1千万円だって高くない」と少々加熱気味。在京球団の某スカウトは「契約金は空前の1億円どころか秋になれば2億円の声も出るかもしれない」と冗談とも本音とも言えない発言。そんなネット裏の声を知ってか知らずか江川本人はロウ人形のような表情を崩さない。


真の怪物度が不明のもどかしさ
表情から江川の気持ちが読み取れないのと同等にそのピッチング自体も実のところよく分かっていない。「いったいどれが本当の江川なのか分からない」と江川をマークする各球団のスカウト達が言う理由は、さしてハードパンチャーでもない打者に痛打されると思えば主力打者のバットに一度もかすらせずに三振を奪ったりする投球のせいだ。そういえば今春のリーグ戦では5つの完封勝利を飾った一方で被安打も多く奪三振も少ない。単に好不調の波があるというのではなく相手打者の力量に合わせて仕留める技巧派に見えることが多かった。「やたらとガムシャラに投げていたのは負けたら終わりの高校まで。大学では次の登板を考えて投げている」と話す江川。

作新学院時代の剛球派のイメージは薄れクレバーな投手に変身しているのは確か。しかしプロの世界ではクレバーなだけでは通用しない。スカウト達の頭が混乱するのはどれが本当の江川なのか実体を掴みきれていないからだ。日ハムと広島のスカウトがレーザーガンというアメリカ製のスピード計測器を使って江川の球速を測定したことがある。85マイル(時速約136km)はプロではごく平均的な数字。だが「こちらがレーザーガンを向けると途端に力を抜いてしまう。まぁマウンド上から周りの状況をよく見ている証拠でもあるんですが…」と日ハムの三沢スカウトは苦笑いをする。

唸りを上げるストレート、大小2種類のカーブ、シュートを投げ分ける。高校時代から江川を見てきた大洋の湊谷スカウトは「スピードは高校の時の方が速かった気がするが、今は全力投球をすること自体が少ない。江川特有の大きなカーブも健在で大学入学後は下がり気味だった腕も以前のように上がってきた」と評するように持ち味は年々戻ってきている。しかしスカウト達の願いは「一度でいいから1回から9回まで全力で投げて欲しいね。どうも力をセーブして投げているように感じる。セーブしても勝ててしまう底知れぬ実力の持ち主であるのは間違いない(巨人・山崎スカウト)」で一致している。


OBで固める " 江川担当スカウト "
怪物・江川は分からないことばかりだがハッキリしていることは「何が何でも江川が欲しい」というプロ側の気持ちである。何しろ前例がない江川専門スカウトを各球団が設けている。巨人・山崎、阪神・田丸、中日・田村、広島・岡田、ヤクルト・片岡、大洋・湊谷、阪急・藤井、ロッテ・三宅、南海・古谷、日ハム・丸尾、クラウン・毒島など各球団のスカウト部門のトップクラスが名を連ねる。特に目立つのは日ハムで、ごく最近に丸尾スカウトをわざわざ採用した。丸尾は阪急時代の昭和48年のドラフト会議で指名した江川の入団交渉を担当し拒否された苦い過去があるが、江川家の内情にも通じており今度こその思いは他の誰よりも強い。

法大OBで江川包囲網を敷く球団も多い。ロッテから昨年暮れに阪神に移籍した田丸スカウトは法大の元監督という経歴があり、法政二高時代の教え子だったのが法大・五明監督である。各球団が敏腕スカウトを配置しているのに対して巨人の山崎スカウトはまだ経験は浅いが法大OB。しかも王選手が自宅近くの自由が丘駅で偶然にも江川と遭遇し、江川を自宅に招き談笑するなど他球団に引けはとっていない。結局ドラフトはクジ運次第と分かってはいるものの、何とか江川サイド、法大サイドとルートをつけようと各球団は必死なのである。

こうしたプロ側の動きに対して選手の就職問題を一手に引き受けている浦堅二郎理事は「いくらOBで固めても江川に関して有利不利は関係ない。全てはクジ運頼みですよ」とプロ側の動きにチクリ。さて当の江川本人は意中の球団などは決して口にしない。ただし「高校時代から一番苦労してきたのはチームワーク。だからどこの球団というより組織としてしっかり管理出来ているチームがいい。ただプロは勝って幾らという世界だから負けるより勝てるチームがいいのは勿論でどこの球団でもいいという訳ではないです」と本音を語る江川。


最終的にはオヤジに決めてもらう
「いくらOBが出てきても関係ないです。プロ入りについてはオヤジに任せるつもりでいます。高校の時はどうしても神宮で六大学野球をやりたくて親にも自分の気持ちを伝えてプロには行かなかった。あの時は自分の我がままを聞いてもらったので今度は両親の意見を大切にしようと考えています。指名された球団へ行く行かないはオヤジの意見に従います」と江川は言う。これからは秋のリーグ戦、全日本大学野球選手権、日米大学野球などが控えている。通常4年生は夏頃までに卒業後の進路について決めるが江川はスケジュールが立て込んでいて小山市の実家で両親と進路について話し合う時間はあまり取れそうにない。

「一度家族と話をしてある程度の結論を出そうと思っています。とはいってもどの球団に当たるか分からないので具体的な話は当分先になります。秋のシーズンが終わってからスカウトの方に会って話を聞かせてもらうつもりでいます。それまでは栃木の実家にスカウトの方がいらっしゃってもオヤジは話を聞かないと思います」と江川サイドのガードは固い。南海ファンで野球漫画『あぶさん』でお馴染みの水島新司氏は江川家と親しく、また大学進学時に尽力した作新学院関係者など発言力の大きな人物が江川の周りには多くスカウト達は伝手を頼りに、それこそあらゆる人脈がドラフトまでの間に入り乱れそうだ。

「今は法大の投手という立場。とにかくチームの事を考えて試合がある限り、相手がいる限りは投げて勝つだけです(江川)」と。春季リーグ戦は無敗で制した。今後は秋のリーグ戦、大学選手権、明治神宮大会の制覇が残っている。これらを制せば関西大学の山口高志投手(現阪急)以来の偉業達成となる。加えて連盟記録の通算「48勝」更新も視野に入っている。あくまでも冷静な江川の気持ちとは別に怪物争奪戦は始まっている。現時点で契約金7千万円とも8千万円とも言われているが、秋風が吹く頃には史上空前の1億円に跳ね上がるとも囁かれている。今年のドラフト会議前には空前絶後の狂熱状態になるか空恐ろしいことである。

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