評論家の殆どがパ・リーグの本命は阪急を推していたほど圧倒的だったのに、どうも王者らしくない戦いっぷり。となると降って湧いたように内部抗争じゃないか、などと変な声まで聞こえてくる。ホントかな。
加藤秀がミットを投げた真相
午後4時過ぎから大阪ナンバの大阪球場前の商店街に妙なアナウンスの声が流れ、街ゆく人が " アレッ? " という顔で立ち止まって聞いている。アナウンスの声は女性で大阪球場の南海戦の呼び込み放送なのだが、言い方がふるっている。「今年のパ・リーグは阪急が絶対的優勢と言われていましたが、阪急はもたついています。その間に頑張っているのが南海グリーン軍団です。是非とも…」と殊更に阪急の不振を強調してファンの目を南海に向けさせようとしている。確かに今季の阪急はどこか変だ。開幕前は前後期ともに圧倒的な強さで独走するのではと予想されながら出足からつまずき、勝敗の結果だけでなく妙な噂がチーム周辺から聞こえて来る。
鉄の結束を誇る阪急に内紛があるというのだ。阪急ファンが集まる梅田の居酒屋では「先日、加藤秀選手が上田監督にファーストミットを投げつけて一騒動あったらしい」というのだ。また「福本選手が選手会長になってからチーム内が2つに分裂して対立している」などホントかウソか分からない話が出回っている。確かに開幕から不振続きの阪急ベンチのムードは必ずしも良いとはいえなかった。懸命にプレーしているようでもエラーが続出し、投手はピンチを抑えられず士気は上がらない。焦りと怒りがベンチ内に渦巻いていたのは事実だ。だが大人の集団である阪急で選手が首脳陣に反旗を翻したり、派閥対立が生じているとは信じ難い。
「まだナイターになるとちょっと寒いから試合中のベンチには暖を取る為に炭が入ったドラム缶が置いてある。調子がなかなか上がらない加藤秀がイラついてベンチに戻った時に自分のミットを叩きつけた。それがたまたまドラム缶に当たって灰が舞い上がってベンチ内に充満し上田監督にも降り注いだというのが事実。決して上田監督に対する不満ではないし、上田監督も加藤秀に文句を言わなかった。それに尾ひれがついて広まった話なのでしょう」と阪急担当記者は話す。イライラが収まらない加藤秀は投げつけたミットをハサミでズタズタに切り裂いてしまったそうだ。自分の不甲斐なさを解消する方法は人それぞれだ。
「最近では巨人のライト投手がユニフォームを切り裂いて暴れたと報道されたが、あれだって自分に対する怒りで決して首脳陣に向けた挑発ではない。ヤンキー気質を知らないから外人選手はすぐに暴れるとか誤解されるんだ」と評論家のA氏。また「ライトなんか大人しい方だよ。南海にいたスタンカ投手なんかもっと酷かった。何しろ2㍍近くある大男が大声で喚き散らして暴れたら手に負えない。怒りが収まるのを待つしかなかった。あれだって首脳陣批判ではなかった」と阪急通訳B氏。自分に対する怒りの表現は十人十色。加藤秀の場合も首脳陣に対する怒りではなく一種のファイティングスピリッツの表現の一つであったのだろう。
揺るがぬ自信
これまでの阪急は投手陣の不安定さ、打撃陣のスランプで開幕ダッシュに失敗した。4月28日から大阪球場での南海3連戦の初戦は1対1の引き分け。2戦目は加藤秀の2本塁打で勝利。3戦目は雨天中止と勝ち越しこそならなかったが当面のライバル相手との試合後の上田監督は「ようやくチームに粘りが戻って来た。このままではイカンという気持ちが選手らに出て来た。勝ち越せなかったが現状では1勝1分けで御の字。徐々にだがウチの本領が出て来ると期待している」とじっくり噛みしめるように語った。この試合では捕手に河村選手を起用し、一塁コーチに梶本投手コーチを配置したがこれには上田監督の狙いがあった。
内野手にエラーが続出し1試合に5失策と守りが固いはずのチームが荒れている時は一本気な中沢捕手より陽気で考え方が柔軟な河村捕手を起用し、野手陣の緊張をほぐす狙いだった。また打撃のスランプ対策で一塁コーチの中田打撃コーチをベンチに留めて個々の打者にアドバイスを送るようにした。その代わりとして梶本投手コーチが一塁コーチとなったのである。「ウチの選手はようやってくれる。自分の責任分担をわきまえて立派にプレーする大人ばかりだ。阪急が強いところはソコや」と上田監督。ところが昨年の日本シリーズで巨人を倒して日本一になった頃から少しずつ阪急に綻びが表面化し始めた。
「それはチーム全体の気の緩みが原因だよ」と阪急担当記者は言う。打倒巨人を果たして選手らの自信はいつの間にか過信になった。自己管理を怠り、故障者が相次ぎ試合に勝てなくなる。それが焦りとなりミスを連発し負のスパイラルへと落ちて行った。打者は打ち急いでフォームを崩してしまう。打撃陣が点を取れなくなれば投手陣へのプレッシャーとなる。「上田監督の選手を煽てて躍らせる手法にも限界がある。また上田監督に大人扱いされた事を勘違いして自由気ままにプレーする選手にも問題がある。今は阪急にとって試練の時だと思いますね」と担当記者。だが「40試合を消化した時点で南海との差が今くらいなら挽回できる」と上田監督は諦めていない。