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納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 674 スパイ禁止令

2021年02月10日 | 1977 年 



今年からスパイ行為が禁止される。しかし人間というヤツは無理に押さえられると地下に潜ったり、また法の網の目をくぐって新しいことを考え出す。思想弾圧しかりポルノしかり、そしてプロ野球のスパイ合戦もまたしかり。

キャンプ、オープン戦に忍者がウヨウヨ
巨人のオープン戦が行われた球場のバックネット裏ではこんな囁きが洩れている。「ライトはオープン戦で投げさせないってさ。そういえば中日がでっかいカメラを持ち込んで色んな投手の投球フォームを撮りまくっている。わざわざ敵に教材を差し出す必要ないもんな」と。確かに中日の情報収集活動はキャンプ以来しつこい。江藤スコアラー(江藤慎一氏の実弟で元巨人ー中日)が宮崎に半ば常駐して練習や紅白戦を視察してたし、オープン戦では中日新聞のニュース用カメラを使って巨人選手の動きを撮っていた。こうした活動には「阪急から移籍した森本から日本シリーズでは巨人を丸裸にして勝ったと聞いて専門スタッフを編成した(中日担当記者)」という裏話があるそうだ。

そこで巨人は一軍入りテストが必要な若手を中心に登板させて中堅以上の登板を極力減らそうという策を取ったということだ。特に2年目のライトを徹底的に隠す作戦だ。ライトは昨シーズン途中の5月から加入しただけに攻略のデータが少ない。中日としてはライトとヤクルトから移籍した浅野のデータが是非とも欲しいわけだ。中日に限らずオープン戦から各球団はデータ収集に余念がない。もちろん巨人も例外ではなく、巨人はカメラこそ持ち歩かないが小松スコアラーを本陣に各スコアラーが分担を決めて各チームに張り付いている。小松スコアラー自身は中日・広島・阪神を担当し、中日と広島の新外人(デービス、ライトル、ギャレット)を分析中だ。

もちろんスパイ活動の本場はパ・リーグだ。特に阪急と南海はベンチ入りしている全員で相手投手の癖を読んで球種当てをやっている。「はっきりした証拠はないんやが球種当てには懸賞金が出とるらしいで。そやから皆必死にやっとる。オープン戦ではセ・リーグの投手を練習台にしているよ」と在阪スポーツ紙記者は言う。セ・リーグ同士のオープン戦でもスパイ活動は盛んだ。「各チームのレベルが上がって野球の質が向上し戦力が均等化してきたから、あとは如何に上手くスパイするかが鍵になってきている。今年はスコアラーの腕がペナントレースの決め手になるんじゃないか」という意見が各球団の内外から聞こえて来る。いやはや何とも凄まじいスパイ合戦だ。


マスコミを持たない球団が怒った!
公式戦が始まる前からこれほどスパイ合戦が華々しく展開される裏には今シーズンから申し合わせた " シーズン中のスパイ行為の禁止 " があるからという皮肉。その禁止令は大きく分けて ➊スコアボードからのスパイ行為の禁止 ➋テレビや新聞社のカメラを利用したサイン盗みの禁止、に要約される。スコアボードからのサイン盗みはセ・リーグでは広島、パ・リーグでは西宮、大阪の3球場が本場と言われている。昨年8月、阪神はどうしても広島市民球場では投手陣が広島打線を抑えられず勝てなかった。首脳陣はバッテリー間のサインを盗まれているのでは、という疑念が生じて田淵にサインを変えるように伝えた。

だが首脳陣から伝えられた田淵は「僕は相手ベンチやコーチャーズボックスから見えないようにサインを出している。たまたま広島打線が好調な時に対戦しただけではないか。シーズン中にサインを変えると投手の投球リズムが狂う恐れがある」と答えてサインの変更はせずに試合に臨んだが再び広島打線の餌食となった。さすがの田淵も「もしかしたら…」と考え直してサインを変更した。するとどうだ、あんなに自信満々に打っていた山本浩や衣笠のバットから快音が消えたではないか。また広島から巨人に移籍した小俣は教えてもいないバッテリー間のサインを全部知っていて巨人ナインや首脳陣を驚かせた。広島のスパイ活動は群を抜いていたのだ。

一方のパ・リーグではサイン盗みなど当たり前の話で昨年の日本シリーズでは阪急のスパイ行為を警戒した巨人が乱数表を急きょ使用したのは記憶に新しい。今回の申し合わせのうち前述の➊はこうしたサイン盗みをやめようというものだが「自前の球場(広島、西宮、大阪)にはスコアボード内とベンチにワイヤレスマイクを設置してあるから、こっそりやるだろうね」と指摘する関西地区評論家のT氏。➋に関しては阪神が提案者らしい。「セ・リーグの巨人、中日、ヤクルトはマスコミと関係が深い。マスコミと縁のない阪神と大洋は損をしているからテレビや新聞のカメラを利用したスパイ行為はやめようじゃないか、と阪神の長田球団代表が提案したんですよ」と関西地区記者が明かした。

マスコミ関係者はこのスパイ協力説を強く否定するが、系列のマスコミを持たない球団としては否定したからといってハイそうですか、と納得するわけにはいかない。バックスクリーンの横から800mm、1000mm といった大砲のような望遠レンズを向けられては内心穏やかではない。そこで捕手がサインを出す場面は映さないとなったのだ。マスコミとしてはファンに少しでも臨場感のある映像を届けたいが、「李下に冠を正さず」「瓜田に履を納れず」の姿勢でこの要望を受け入れた。しかし禁止されればそれ以上に頭を捻るのが常道で今年のスパイ合戦は例年以上に複雑かつ巧妙に行われるのではないかと今から危惧されている。


球場対策から応援団の利用の虚々実々
昨シーズン後楽園球場で散々な目に遭い1勝も出来なかった中日はオープン戦の営業者会議で頑張って後楽園球場での日ハム戦を2試合組み込んだ。球場入りすると直ぐに与那嶺監督以下スタッフ・選手全員で人工芝のグラウンドを隅々まで再チェックした。打球のライン際の転がり方や外野のクッションボールの跳ね返り方まで。その成果かどうか日ハムに連勝して気勢を上げた。相手が巨人でなかろうと後楽園球場で勝って人工芝コンプレックスを解消しようと全力を尽くしたのだった。

「デービスの足は人工芝でより一層の威力を発揮できることが分かった」と中川球団代表は一連の成果に胸を張った。つまり硬い人工芝だとデービスの足がより生きると分かり、ナゴヤ球場では一・二塁間にある細工を施しているという。何度もローラーをかけてカチカチに固めている。そうすることでスパイクの爪が地面にかかって走りやすくなるわけだ。かつてデービスとモーリー・ウイルスが健在で揃っていた頃のドジャーススタジアムのアンツーカー部分は強固に固められていたのをそのまま踏襲したのだ。

「春のキャンプで後楽園球場のマウンドそっくりのブルペンまで作った中日だから、それくらいやるのは当然でしょう」と中日担当記者は言う。マウンドといえば巨人は他球団から何と言われようが現在の裾野が狭い急角度のマウンドを変えるつもりはないようだ。小林を除く先発陣と若手の全員が上手投げで統一されており、その投げ方に合った型のマウンドをわざわざ直す馬鹿はいないだろう。またパ・リーグでは来年に人工芝に改修される西宮球場にどんな仕掛けが施されるか注目されている。

「そんな小細工をしなくても阪急の実力は暫くの間は日本一やぞ。地の利を生かして益々強くなってパ・リーグはもっとつまらなくなってしまう可能性が高まるが仕方あるまい」と阪急担当記者。他にも広島市民球場は一昨年に続いて機動力作戦を展開する為にグラウンド全体を硬くする作業をしている。自軍に有利になるものは何でも使うようで、広島・南海・近鉄は相手チームに向けるヤジを強化してくれと私設応援団に申し入れまでする事態になっている。今シーズンはセもパもファンの声まで動員する虚々実々の1年になりそうだ。
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