専門家はどう見ているのか?
先ずは桑田と比較された前述の堀内氏の見解から。「コーチが教えるようなことは何もない投手だよ。野球センスは俺より上」と絶賛するが、では即戦力かと問われると「桑田の球は江川よりキレが良いが問題はコントロール。桑田の制球力は抜群じゃないかと反論されそうだが、甲子園では八分の力で投げていたように見える。桑田の力量なら全力で投げなくても高校生相手なら抑えられた。でもプロではそうはいかない。目いっぱい投げた時のコントロールが本当にあるのか疑問符が付く。実戦で見てみないと即戦力かどうか判断できない」と慎重だ。加えてプロとしての体力不足を指摘する。「シーズンを乗り切れる体力作りが勝負となる。技術的には1年目から活躍できるものは持っているが無理して故障したら元も子もない。勝てたら儲けもの、くらいの長い目で見て欲しいね」と。
本誌『テクニカルポイント』でお馴染みの杉下茂氏は「1年生の時の桑田は実に魅力的だったが、こじんまりと纏まっちゃいましね。まぁ負けたら終わりの高校野球で勝ち進もうと思ったら仕方ないですけど。やっぱりポイントはコントロールでしょうね」と堀内氏と同じ意見だ。また指導者の重要性を説くのはロス五輪で代表監督を務めた松永怜一氏。「私としては早稲田に進学して欲しかったですね。早稲田大学には立派な指導者がいますから桑田君の将来を楽しみにしていたので残念です。私にはプロの指導者がどうも不明確に思える部分があります。昔は良い指導者を求めて進学なり就職をしたものです。プロのコーチは選手の自主性を尊重しますが、あの年頃の選手にはある程度の強制も必要です。桑田君はこの3年間で肩を酷使してきました。もし私が指導するなら先ずは肩の疲労を取ることを優先します(松永)」と高校3年間の酷使を危惧する。
同じく本誌で『トラ、トラ時評』を連載していた虎キチおじさんこと花井悠氏は「ほんま、タイガースやのうてジャイアンツに入ってくれるとは…。まぁ済んだことはええわ。今度は甲子園のマウンドでタイガース打線をキリキリ舞いさせるピッチングを見せてくれ。ただワシはこの点については悲観的なんや。桑田君の肩は " うとうとる " 。唄っているとは我々野球人の専門用語で " 膝がわらう " みたいなもんで、肩がヨレヨレになっていることを言うんや。そやから桑田君は投手やのうて打者に転向した方がエエ。あの俊敏な動きは内野手になれば篠塚クラス、いやあの精神力なら篠塚以上になるかもしれん。とにかく投手にしろ打者にしろ桑田君には巨人のスター選手になってもらわんと。巨人軍よ桑田君を簡単に潰したらワシが黙ってへんゾ。大阪中のファンが承知せんゾ。大阪の宝を東京にくれてやったんだ、大事にせいよ」とライバル巨人にエールを送る。
右肩の酷使とは別に精神面からの危惧を唱えるのは村山実氏。「PL学園はいわば世間から隔離された管理野球とも言える。ある意味で桑田は今回、巨人を選んだことで " 自由 " を手にしたのではないか(村山)」その自由を単に享受してしまうか、或いは自由こそ管理が大切であると考えるかで桑田の将来が決まると。「江川があれだけの騒動を起こして巨人に入ったのに数年で普通の投手になってしまった。喉元過ぎれば…で今の江川を見ると歯痒くて仕方ない。桑田にはそうなって欲しくないですな」と警鐘を鳴らす。ただし村山氏も桑田の実力は評価している。「まとまり過ぎた感は否めないが理想的なフォームをしており、背筋の使い方も素晴らしい。彼のバネならまだまだスピードも出るだろう。巨人の指導者も投手がダメなら打者で、などと安易に考えないで欲しい。地に足の着いた長期的な観点で指導してもらいたい」と注文する。
【桑田日誌】
11月24日:早大受験中止の発表から一夜明け、午前9時過ぎに宿泊先の赤坂東急ホテルで朝食を摂り自室へ
戻ろうとする桑田に一人の記者が執拗に質問責めをすると「どちらの社ですか?名刺を下さい」と
桑田は睨み返して険悪な雰囲気に。正午過ぎに羽田を飛び立ち大阪へ。午後1時、大阪空港のロビーで
一般客から「頑張れ」と声をかけられるとニッコリと笑顔を見せ、タクシーでそのままPL学園の研志寮へ戻った。
11月25日:PL学園30周年の行事が23日、24日に催され当日は振り替え休日だったが退部届を大阪府高野連に提出し受理される。
11月26日:父・泰治さん、母・敏恵さんがPL学園を訪れ高木野球部長、中村監督に一連の騒動で迷惑をかけたと謝罪した。
これに対し高木部長は「誠意ある謝罪で受け入れました」と語る。桑田の要望で中村監督と対面。中村監督から
「頑張れ」と声をかけられ桑田もホッとした表情に。
11月27日:午後6時半、研志寮に隣接する室内練習場で投球練習。久しぶりに球を握り80球の全力投球で汗を流した。八尾市の
自宅に巨人から29日に交渉の席を設けたいと連絡が入る。伊藤菊スカウト、沢田スカウト部長が出席する事が決まる。
11月28日:参議院の文教委員会で今回の出来事が取り上げられ社会党の久保亘議員が牧野高野連会長、本阿弥プロ野球コミッショナー
事務局長に質問をした。久保議員が「プロ側が一方的に指名し、進学希望の生徒の人生を変えさせたり或いは他球団から
指名されない為に大学進学の表明が使われていたとすれば背徳的で非教育的ではないか」と牧野氏・本阿弥氏の見解を
求めた。本阿弥氏は「指名即プロ入りではない。進学か就職かの選択は選手の自由」と述べ、牧野氏は「世間を騒がせる
結果となったのは遺憾だが自分の決断で進路を決めたのだからそれでよいのでは」と答えた。桑田本人は通常通り授業を
受けたが報道陣の前には現れなかった。
11月29日:巨人との初交渉が富田林市の「ホテルあららぎハウス」で行なわれた。詰めかけた報道陣は100人を超えた。桑田はやや
上気した表情で交渉の席についた。この日は具体的な条件提示はなく指名の挨拶と巨人サイドの状況説明だけで終わった。
「即戦力として指名した経緯を説明した。雰囲気は良かった」と伊藤菊スカウト。交渉後の会見で桑田は「巨人にはたとえ
PL学園を退学してでも入りたかった。早く自分の気持ちを表明したいと思っていたが、何をどうすればよいのか分から
なくなりドラフト指名から5日間は寝つけなかった。今にして思えばマスコミの皆さんに失礼な態度だった。謝りたい」と
これまで封印してきた本音を吐露した。