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Haa - tschi  本家 『週べ』 同様 毎週水曜日 更新

納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

#264 期待の星 ①

2013年04月03日 | 1982 年 


牛島和彦(中日)…「いや~その話は勘弁して下さいよ」度胸満点のマウンド上では見せない態度の若きエース候補の牛島。昨年のオフに長い間苦しめられていた「痔」を手術したのだ。昨年の成績は痔のせいではあるまいが2勝7敗 防御率 2.77 とエース候補としては情けないものだった。ただし近藤監督の評価は「黒星は多いが実は相手にそれほど点を取られてはいない」と低くはなく「先発として長いイニングは厳しいがショートリリーフなら彼の持ち味を出せる」と今年は牛島を抑えで起用する考えだ。小松の先発転向後は鈴木ひとりに抑えを任せてきたがヒジ痛の持病がある鈴木は、いつパンクするか分からない。そこで牛島との二本立てで鈴木の負担を減らし長いシーズンを乗り切る腹づもりなのだ。

牛島の目標は先発・完投投手だが「目標の第一段階としてストッパー指令は大歓迎です。若いうちはどんな形であろうと1回でも多く投げて経験を積むのが大切ですから」と抑え役に異存はないようだ。問題は本当に牛島に抑えの適性があるのかどうかだ。「マスコミの皆さんは牛島はまだ抑え役としては力不足だと見ているでしょうが歳に似合わず投球術を心得ている。直球一本槍ではなくフォークボールという切り札も持っていて、タイプとしてはむしろ抑え役に適任」と権藤投手コーチも太鼓判を押す。プロ入り3年目の若武者には何事も将来の糧になるのは間違いない。
【 通算成績 53勝64敗126S 防 3.26 】


石嶺和彦(阪急)…もう一人の「和彦」は牛島の1年先輩のプロ入り4年目の捕手だ。2月8日の夜、上田監督がいる305号室を石嶺はノックした。「誰や?」「石嶺です。監督にお話があります」「まぁ入れや」・・・上手になりたい、一軍のレギュラーになってお金を稼ぎたい。でも一軍の壁は高く容易に崩す事が出来ず悩み「俺はこれでいいのか?何が足りないのかすら分からない…」袋小路に迷い込んでしまい上田監督の助言を求め思わず監督の部屋を訪れてしまったのだ。

「君にとって野球とは何なのかね?」上田監督の問いに「何がなんでもやり遂げなければならないモノです」中学生時代に一度だけ野球部を退部し野球を捨てていた時があった。先輩・後輩の人間関係に嫌気が差したのだ。そんな石嶺に「戻って来い」と言ってくれたチームメイトのお蔭で今の石嶺がある。「あの時に辞めなくて良かった。彼らの為にも早く一人前になりたい」「ただ入団1年目に左膝を痛めてしまった。40日間も入院する捕手としては致命傷を負ってしまい、このまま捕手に拘っていて良いのか悩みました」一軍に上がりたい・・でもこのまま捕手に拘っていては遠回りではないのか?自分では答えを見つけられず上田監督を頼ったのだ。

上田監督は「捕手・石嶺」を高く評価していて昨年も一軍でマスクを被らせ経験を積ませた。「キャッチングもリードも伸びた。打撃も含めて現時点ではレギュラーに一番近い」と開幕一軍は勿論、先発メンバーの第一候補に挙げている。「小学校の頃からずっと捕手をやって来て捕手には拘りがある。監督と話してスッキリしました。やれば出来る、レギュラーへの道も見えてきた気がします」と本人も吹っ切れたようだ。

【 通産成績 1419安打 269本塁打 打率.273 】



仁村 薫(巨人)…前評判が高かった男が早くもプロの壁に苦しんでいる。キャンプ序盤、フリー打撃中の仁村を見た評論家は口を揃えて「将来40本塁打を打てるのはこの男しかない」と絶賛した。評判の良さに首脳陣も早速紅白戦に起用した。ところが実戦になると快音は鳴りを潜めた。同じく二軍から昇格した岡崎や高卒新人の吉村(PL学園出)らが安打を放ったのとは対照的に2試合で無安打。大きく構えてグリップの位置を高くしようとする余り、脇が空いて差し込まれるのだ。これだとフリー打撃のような緩い球なら捉えられるが生きた球は打てない。

「確かに非凡なモノは持っているが長距離砲にしては身体が少々小さい(1m75cm,72kg)。遠くへ飛ばす能力は有るがタイプとしては中距離打者かな」と国松二軍監督は言う。「両親は最後まで反対でしたからプロで3年やって目処が立たなかったら実家の養豚業を継ぐ約束を両親としているんです」と将来の安定が保証された新日鉄の内定を蹴ってまでしてプロ入りしただけに後戻り出来ない。即戦力と期待されたが現実は甘くはなく、今は二軍で必死に練習する毎日を送っている。

課題は打撃だけではなく外野手に転向して間が無いせいかまだ打球に対する勘も素人同然。早大時代に肘を痛めた後遺症でスローイングも全開とは言えない。「打撃はこれから打ち込めば何とかなると思いますが守備は1からやり直しです。だから今年1年は下でみっちり修行した方が将来のためになると思います」と本人にも焦りは無いようだ。「こちらが注意点を指摘すると即座に改善できるのは大したもん。長く二軍にいる選手じゃないですよ」と国松二軍監督も仁村の能力の高さを評価している。

【 通算成績 91安打 15本塁打 打率.231 】


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#263 1982年・キャンプイン

2013年03月27日 | 1982 年 
選手として大成して監督まで昇りつめた者、怪我で選手生命を縮めた者、日の目を見ずに球界を去った者、志半ばで夭逝した者など…人生いろいろです

























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#262 海外キャンプの弊害

2013年03月20日 | 1982 年 


最近では海外で春季キャンプをする球団は見かけなくなりましたが先駆けはヤクルトのユマキャンプでした

5年連続で行なわれているユマキャンプが今年でピリオドが打たれる公算が濃い。武上監督は来季のキャンプについて問われると「さぁ?今年の成績次第でしょうね」と答えている。監督・コーチ陣ら現場からは継続を望む声が多い。日本では真冬の2月でもアリゾナは30度前後で寒さが原因の怪我は起きにくい。さらに雨は殆んど降らず練習スケジュールの変更に頭を悩ます心配は皆無と良い所だらけなのだ。ところがヤクルト本社筋ではユマキャンプを今年で一応の終止符を…と考えているそうだ。

そもそもユマキャンプを行なうに至った最大の理由はヤクルトの飲料水を米国西海岸で販売する計画に伴い「Yakult」の名前を広める為で、事前宣伝の一環でチームのユマキャンプが実現したのだ。ところが本社の西海岸進出計画は頓挫してしまった。ならばわざわざ大金をかけて海外キャンプを行なう理由もなく日本国内で充分と判断したようだ。今季、優勝かそれに近い好成績を残せばユマキャンプの有効性を立証できるがBクラスに留まれば本社を説得する根拠を失ってしまうから今年の武上監督の目の色は違うのだ。

ただ本社側が懸念しているのは金銭的な問題だけではない。ここ数年、選手に腰痛や肉離れが多い原因の一つにユマキャンプがあるのではと考えている。ユマのデザートサン球場は砂漠地帯の真ん中にありグラウンドが異常に硬いのだ。早朝・練習前・夕方と1日に3回も水を撒いてもアッという間に乾いてしまいカチカチで極端に言えばコンクリートの上で練習しているようで足腰への負担はかなりのものだ。今年も1月下旬にユマ入りして合同自主トレをしていた大矢捕手が早くも左膝を痛めて病院送りとなってしまった。2月に入りキャンプが始まると若松、竹本、渡辺と故障者が続出する始末。

同じユマでキャンプをしているサンディエゴ・パドレスはその辺の事情はお見通しのようで、身体作りは別の場所で仕上げていてユマでは総合的なチームプレーをサッと済ませるとオープン戦の為にユマを離れる。技術的に未熟な2Aや3Aでもヤクルトのような猛練習はしないと現地では日本式練習のクレージーさが話題になっている。広岡前監督の置き土産でもある気の遠くなるような練習量が武上監督のアキレス腱になりかねない。



アメリカ国内でも最近ではフロリダが主要なキャンプ地となっていて砂漠地のアリゾナは敬遠されがちです。昔はろくに現地の環境すら調査せず海外キャンプを有り難がって取り入れていました。


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