H's monologue

動き始めた未来の地図は君の中にある

使命の道に怖れなく どれほどの闇が覆い尽くそうと
信じた道を歩こう

3月 どこへいっても○○が・・・

2021-03-30 | 内科医のカレンダー


<9年前からCRP高値を指摘されていた69歳の女性>

 69歳の女性が総合内科外来に院内依頼で紹介されてきた。依頼状には,担当医が月末に退職するに伴い「膠原病疾患は考えにくいのでfollow upをお願い」とのこと。「う〜む,何だかな〜・・」とちらっと思ったが気を取り直してカルテを見直す。

問診票に患者が書いた主訴には「元気がなくて病名が不明」とある。

「どこが具合悪いですか?」

「べつにどこが悪いわけではないです。でも,どこへ行ってもし〜あ〜るぴ〜が高いと言われます」

「ほほう・・」じっくり話を聴きはじめた。

 

 9年前(60歳頃)のこと,以前の居住地近くの病院を受診した時に初めてCRP高値を指摘された。入院して検査を受けたが原因は不明だった。自覚症状はほとんどなし。定期的には通院せず。その後,別の病院でもCRP高値を指摘されたが原因不明であった。「何となく調子が悪い」くらいの症状しかなかった。

 4年前に当院の近くに転居。その年に急性虫垂炎で他の病院に入院した。それ以後,その病院に通院するようになったが,やはりCRP高値を指摘されていた。

 2年前の夏から咳嗽のため近くのクリニックを受診。ここでもCRP上昇(20mg/dl台)と貧血があると言われた。また咳が出るため鎮咳剤が投与されていた。昨年9月同クリニックから当院のリウマチ内科に「SLEの疑い」で紹介となった。SLEを疑う症状なく,抗核抗体等も陰性。カルテをみる限り担当医は,リウマチ性多発筋痛症(PMR)を疑っていた様子が伺える。しかし症状は咳嗽のみで,筋痛を全く訴えないため経過観察のみとされていた。また外来で腹部エコー,胸腹部CT,ガリウムシンチ等が行われていたがすべて異常なし。3月末に外来担当医の退職に伴い「膠原病疾患」とは考えにくいとの理由から私に外来に紹介されてきたという次第。

既往歴では10年近く前に右膝関節痛があり関節鏡等の検査を総合病院整形外科に入院して検査した(詳細不明だが話の内容からはたぶん変形性膝関節症)。以後右膝痛は持続。自覚的には,食欲は普通にあり消化器症状なし。発熱や発汗なし。右膝関節痛以外に関節の痛みなし。筋肉痛・頭痛なし。1年前より軽い乾性咳嗽が持続しているが,症状に大きな変化はない。

初診時身体所見では150cm,31.5kgと小柄な痩せ型の女性。血圧 120/76mmHg,脈拍104/分,T 37.2℃。このときは微熱だが,その後の経過では発熱なし。

全身状態は痩せているが,sickな印象はまったくない。眼球結膜 軽度貧血。黄疸なし。咽頭発赤なし。甲状腺左葉に結節。頚部リンパ節腫脹なし。肺野 清。心音 純。過剰心音。心雑音なし。腹部 平坦,軟。肝脾腫なし。臍下部正中に手術痕。四肢 亀背を認める以外に関節の腫脹や発赤なし。四肢や体幹の筋肉に圧痛は認めず。皮疹なし。

検査所見では,WBC 6000, Hb 9.8g/dl,Ht31.9%,血小板34.0,MCV91.1,TP 9.2, Alb 3.4,総蛋白が高いが蛋白分画ではM蛋白認めず。CRP 20.04mg/dl,赤沈 139mm/hr。

 

確かに炎症反応が著明に亢進した状態がずっと続いている。しかしこれと言っためぼしい症状がなく,診断の見当がつかない。しかし,どう考えても緊急性はなさそうと判断して,まずは月1回の経過観察にしてみた。正直に白状すると,まずは「泳がせてみる」しかなかったのだ。未治療で経過をみていたが,気づくとあっという間に約3ヶ月が過ぎてしまった。この間,CRP18〜20mg/dl,赤沈130〜140mm/hr前後で続いている。自覚症状は患者に何度訊ねても

「まあ,何ともないです。強いて言えばちょっと元気が出ないかしら・・」

という程度ではっきりした訴えはない。もう一つの訴えは「軽い咳は続いている」というものであった。もちろんCXRなどに異常はない。

通院開始から4ヶ月目の外来でのこと。自分では相変わらず「元気が出ない」とのこと。体重は32kgでいつもと変わらず。ご主人も一緒に来院されているので,もう一度本当に無症状なのか確認してみた。そうすると「日中はそれほどではないが,起床時にベッドから降りる時には,ベッドの背もたれを起こしてから降りる。その時にご主人が手助けをしないとベッドから起きて降りることができない」ことが判明した。「それ以外は何ともない」という。どこにも痛みはない。

検査所見では,WBC 5600, Hb 8.6g/dl,Ht 28.9%,赤沈143mm/hr,CRP17.6mg/dlと相変わらず貧血と,著明な炎症反応亢進が続いている。

 

ここで,ふと思いつく。

ひょっとして,患者は「痛み」は訴えていないが,患者自身が「それと自覚していない」だけで,他覚的にはADLの低下があると考えるべきではないか? つまり「症状があるのではないか?」と思い至る。

 

ちょうど少し前に「本人の訴えは無症状の巨細胞性動脈炎」と診断できた症例があったのである。その患者でも,繰り返し聞いても否定していた顎跛行が,PSLの試験投与で「実は当初からあった」ということが判明したのだった。(内科医のカレンダー2019年2月)。まさにそのことを思い出したのである。

これまでのところPMR mimicとしての疾患はほぼ否定されたと判断した。そこでリウマチ性多発筋痛症(PMR)として(本当に良いのかどうか自信がないけれど),低容量ステロイドPSL10mg/dayを試験的に開始してみてはどうかと考えた。1週間だけ投与してみて,反応がなければさっさとやめればいいし。

「○○さん,実はちょっと可能性を考えている病気があるんですけど・・・。試しにあるお薬を試してみたらどうかと思うんですが,どうでしょうか? もし私が考えている病気なら,1週間ほど薬を飲んでもらったら劇的に症状がよくなるはずなんです。効かなかったらすぐに中止にしようと思いますが,どうですか?」

患者が同意してくれたので,PSL10mg/日を開始することにした。体格がかなり小さな方だったので,15mgにしないで10mgとした。

1週間後の再診。体重は33.4kgで以前31.5kgより明らかに体重が増えている。ご主人によれば明らかに元気になった気がするという。「元気が出てきた」というのは,具体的にはベッドから起き上がる時に,ベッドを上げた状態にしなくても起き上がることが出来るようになったらしい。トイレに行くのもご主人の手を借りなくても良くなった。とにかく起き上がる動作が良くなった。しかもずっと続いていた咳も少なくなった。食欲が出てきて何を食べてもおいしいという。検査では,Hb 9.2g/dl,Ht30.0%,CRP 2.26mg/dlと,貧血の改善傾向があり,何よりCRPは劇的に低下している。

さらにPSL開始3週間後。体重はさらに増えている。夫の話では以前より元気になっており食欲も非常に良く以前は全く体重が増えなかったののが増加している。貧血も改善,赤沈46mm/hrと著明に改善した。

PSL開始して5週間目。
自覚症状はよい。「前より元気になったと自覚あり」
赤沈19mm/hr,Hb 10.9 g/dl. Alb 3.7と炎症反応,低アルブミン,貧血など以前からあったほとんどの検査所見は著明に改善した。体重は36kgまで増えた。もうしばらくPSL10mgを継続することにした。


まあ何はともあれヨカッタ・・と思いつつ,患者さんに「随分よくなりましたね〜!」と話しかけた。ところが,帰ってきた返事にガクッ・・・。

「どこも,何とも変わりはありません」

 

<What is the key message from this patient ?>

この症例は,本当に印象に残っている。いまも診断「確定」だったか自信はない。

当時,いつも相談にのってもらっていた高名なリウマチ専門医の先生にこの経過を話したところ「筋痛症というくらいだからな〜。筋肉痛がなければ言いにくいのでは,ないかな・・・」という返事だった。しかし,別の専門医は「そりゃ,PMRに決まってますよ。」とのこと。

診断は,ともかく少量PSLが劇的に有効で「少なくとも貧血や炎症反応は」正常化している。その後の経過も漸減してきても,PSLの副作用もなく良好な経過をとっている。

実はこの方は後日談があり,経過中にちょっとCRPの再上昇と頭痛があったことや,口腔内の潰瘍(実は義歯が当たっているところだったが)などがあったので,浅側頭動脈生検まで行ったのである。結果は陰性で,臨床的にはPMRということにして治療を継続したのであった。

PMRの診断は,いつも頭を悩ませる。これで本当に診断確定として良いのだろうかと逡巡する。そして大抵は,ステロイドを開始して1−2ヶ月が経過して,他になにも起こらなければ「よかった〜,PMRの経過として矛盾しないようだ」と安堵する。

この方は,9年にも渡ってCRP,血沈の著明亢進が続くが「病名不明」だった。PMRという疾患名を当てはめたが,確信を持つことは最後までできなかった。三た論法の批判を受けるかもしれないが,この患者に関してはまさに劇的に有効と判断した。PMRと咳に関しては,文献検索をしてもまったく出てこなかった。巨細胞性動脈炎にまれな症状として空咳があることは知られている。実際,自験例も2例ある。しかしこの方ではその証拠は得られなかった。何より,PSL10mgで異常所見がほとんどなくなってしまったので巨細胞性動脈炎はまずは否定してよかっただろうと判断している。

高齢者の「どこもなんともありません。」はやっぱり疑ってかかること,そして想像力が必要である。

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