H's monologue

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使命の道に怖れなく どれほどの闇が覆い尽くそうと
信じた道を歩こう

4月 見てるようで見ていない

2021-04-30 | 内科医のカレンダー


<咽頭異常感と体重減少で紹介されてきた54歳の女性>

耳鼻科の先生から対診依頼が来た。

「咽頭異常感を主訴に近医(耳鼻科)より当科紹介となりました。ここ3ヶ月で6kgほどの体重減少を認めるようです。食欲不振もあるそうですが,内科的に何か異常ありますでしょうか?」とのこと。

「咽頭異常感+体重減少」の組み合わせは何だろう?患者を呼び入れる。50代の一見元気そうな女性。話を聴き始める。

4ヶ月位前から喉の違和感,物が落ちにくい感じを自覚するようになった。近くの耳鼻科に通院している。喉に違和感が続く感じが続いており,固形物の方が落ちにくい感じ。水分もゴックンと飲まないといけない感じがする。2ヶ月くらい前から体重が減ってきた。食欲はあるが食べても気持ち悪い感じがして,あまり沢山食べられなくなった。腹痛,腰痛,背部痛などはない。特に汗かきや暑がりにはなっていない。便通も特に問題ない。

福祉関係の仕事をされており,趣味でフラダンスを長年やっていて楽しめている。気分が沈むこともないという。ご主人と子供一人と同居。内服薬は前月まで近医(耳鼻科)からの処方を服用していたが,現在は服用していない(モンテルカスト,柴朴湯,ザイザルなど)。病歴からは,これといった具体的な疾患は思いつかなかった。

身体診察を始める。血圧 130/80,脈拍は86/分で整,全身状態は良好。体重 51kg(56−57kgから減少)見た感じは普通に元気そうな中年女性で,まったくsickな状態ではない。

手から診察を始める。特に爪に異常は認めず。手指関節の腫脹や圧痛なし。手掌の発汗なし。手の振戦もない。眼瞼結膜に貧血黄疸なし。頸部リンパ節は触れない。正面からみてちょっと甲状腺が見えるかなと思ったが,甲状腺腫というほどではないと思う。口腔咽頭には見える範囲では特に異常なし。まあ,耳鼻科の先生がすでにファイバーでも見ておられるだろうから,何もないだろうなあと思う。体重減少なので,鎖骨上窩,腋窩のリンパ節は念入りに触診したがはっきりとは触れるリンパ節はない。呼吸音は特に問題なし。心音はS1S2は正常。胸骨左縁で収縮期雑音(2/6)を聴取。ついでに頸動脈の雑音は聴取せず。甲状腺の上を聴診する。膜型をおいて聴いたときに心音(S1S2)がよく聴こえた。一瞬,おや?と思ったが,明らかな血管雑音はない。腹部は平坦・軟で圧痛なし。肝脾腫は触れない。CVA叩打痛なし。下肢浮腫や皮疹なし。脊椎に叩打痛なし。四肢には,浮腫なし。手の振戦は認めず。

さて,ここまでのところでは,これといった所見は見当たらない。咽頭異常感については以前に近医から半夏厚朴湯が処方されていたが,あまり有効ではなかったとのこと。

もう一つの問題は,明らかな体重減少(unintentional weight loss)である。一応「食欲はある」とのことなので「weight loss with appetite」ということになる。そうすると鑑別診断は2つしかない。甲状腺機能亢進と糖尿病だが,どちらもらしくないなあ・・。

ただ食欲があるが「食べようとしても結局は食べられない」というので,食欲低下ととるべきなのか。そうなると悪性腫瘍も一応考える必要がある。(まあ積極的には疑わないな〜と思うが,やってみないとわからないし精査は必要だな)「うつ」のスクリーニングにはひっかからない。やっぱり悪性腫瘍は否定しないといけないな・・・。

まず一般採血(血算・生化学),甲状腺機能検査,血糖,HbA1cを提出することに。何もなければ,腹部エコーと消化管の内視鏡くらいはやろうかなと考える。

 

一般採血の結果がもどってきた。肝・腎機能などは特に問題なし。血糖は105,HbA1c 5.5%で糖尿病は否定的。

甲状腺機能は・・・あれ?TSH < 0.010と感度以下, FT4は1.70 と明らかに上昇。甲状腺機能亢進! え〜っ?全然らしくないと思ったんだけどな。

 

患者さんを呼び入れて,症状がないかもう一度確認する。

「最近,汗かきや暑がりになったり,動悸とかありませんでした?」
「別にありません」
「イライラしたりすることは?」
「別に・・」

自覚症状はやっぱり甲状腺機能亢進症らしくない。もう一度診察してみる。甲状腺は真横からみても前方に凸ではない。あまり大きいとは思えなかった。聴診器をもう一度,甲状腺の上においてみる。やはり心音の1音2音がよく聴こえる。これはやはり意味があるのかな。両手を手掌を下にして拡げてもらって確認したが,振戦はないと思った。念のため,その上にA4紙をおいてみると,用紙の端っこが細かく揺れている。軽い振戦はあったんだ!診察ベッドの上に膝立ての姿勢になってもらいアキレス腱反射をみる。これは少し早いか!

見直すと結局,甲状腺機能亢進症の所見ととれるものがいくつかはあると判断できた。

追加でTRAb,抗TPO抗体を追加して,甲状腺のエコーもやってもらうと,左葉,右葉ともに腫大して不均一があり,カラードプラ法で実質の著明な血流信号増強を認めてバセドウ病に矛盾しないとのコメントだった。TRAbを確認してから治療開始の方針とした。

 

<What is the key message from this patient ?>

今回も「疑って探しにいかない」と身体所見は見逃すことがあると,あらためて思い知らされた。検査結果を知ってから,再度診察してみて所見があると確認できたことはこれまでに何度もあった。そもそも自分自身の診察の再現性はどんなもんだろうか。おそらく病歴に大きく左右されてκ値はあまり良くないかもしれない。

甲状腺機能異常にはしばしば騙される。特に高齢者では反対に見えることもよくあるが,50代でもこんなことがあるんだと思う。

体重減少に関しては,いつもこのように考えることにしている。

・weight loss without appetite    食欲がなくなって体重減少
・weight loss with appetite    食欲があるのに体重減少

食欲があるのに体重が減る疾患は,原則として糖尿病と甲状腺機能亢進の2つである。まれな原因として,吸収障害があるが普通下痢を伴うので(そもそも頻度も低いし)たいていは分かるはず。大部分の悪性腫瘍などによる体重減少は食欲低下を伴う。もう一つついでに,体重減少と食欲について言えば「体重減少を伴わない食欲低下はあまり有意とは言えない」というのをティアニー先生がおっしゃっていた気がする。ただ出典が思い出せない。

手指振戦は,最初見たときにはないと思った。しかしTSHが感度以下だったのを知って,今度は紙を両手の上において確認するとちゃんと確認できた。最初からやってみれば気づいたかもしれない。アキレス腱反射についてもしかりである。

この患者でも甲状腺上で心音(1音,2音)を明瞭に聴取した。以前ブログで書いたことがあるが,必ずしも甲状腺機能亢進に特徴的とはいえず高拍出状態を反映しているだけかもしれない。今度から甲状腺機能に問題がない患者で甲状腺上で心音が聴こえないことを確認してみようと思う。少なくとも頻度が低いことを確認してみよう。

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