H's monologue

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使命の道に怖れなく どれほどの闇が覆い尽くそうと
信じた道を歩こう

2月 高齢者が言う「どこも何ともありません」は本当に何ともないのか?

2020-02-27 | 内科医のカレンダー

 

<不明熱の精査のため転院してきた73歳男性>
  The complaint which has never been complained.

 

 患者の娘さんという方が,他の病院に「不明熱」で現在入院中の73歳の父親のことで相談したい,と紹介状をもって来院した。

 その娘さんの話と持参した紹介状によれば,今回の約3週間前に発熱のため,一度当院の救急外来を受診していた。この時は上気道炎として感冒薬が処方されたが,その後も発熱が持続するためT病院を受診。ここでは抗菌薬が処方されたが改善なし。発熱が続くためT病院から紹介されて,2週間前に現在入院中の総合病院に転院した。そこでは各種検査(ガリウムシンチ,超音波検査など)が行われたが原因がはっきりせず,今も発熱が続いている。このため娘さんが担当医に申し出て,セカンドオピニオンを求めてこちらを受診した。
 娘さん曰く「こちらの様に多くの症例をご経験なさっているところで是非見てもらいたいッ!」と顔を至近距離に近づけんばかりの勢いで,えらくプレッシャーのかかる発言。

 患者が直接訴えている自覚症状は,後頚部と肩の軽い痛みだけらしい。高齢者におこった不明熱で各種の検査をして何も出てこない。そして唯一の症状が肩と首の痛みとくればリウマチ性多発筋痛(PMR)を直ちに思い浮かべる。赤沈値が紹介状には記載されていないので,「ひょっとしたらリウマチ性多発筋痛症の可能性も考えて赤沈もとっておいてはいかがでしょうか」と紹介状の返事に書き,入院予約の手続きをとった。

3日後に転院となった。発熱以外に患者が訴える症状は,軽度の項部痛、下腿痛のみだった。曰く,

「食事をしようとすると両肩にずーんと石ころがのったような感じがするんです。食事の時だけ,その症状がありますが,それ以外にはどこも何ともありません。頭痛はまったくない。」

「トイレまで歩くとふくらはぎがすこし突っ張るような感じがする。はっきりとした痛みではない。」

「両側のこめかみに痛みはない。また以前痛かった覚えない。」

たしかに立派な不明熱のようではある。診察所見では,発熱のfocusを特定できるような所見は乏しい。浅側頭動脈の圧痛はない。ただし右側は拍動が触れにくい気がする。

 入院後も38℃台の発熱が持続した。まず行った血液培養(2セット)は陰性,腹部超音波は腎嚢胞と前立腺肥大のみ,上部,下部消化管でも悪性腫瘍は見られず。胸部CTは肺野に陳旧性の炎症所見のみ。骨髄生検まで行ったが,正常骨髄で結核の所見もなし。血液検査所見では,白血球の上昇と血沈>100mm/hr,CRP上昇。抗核抗体,RFは陰性。MPO-ANCAは陽性。紹介元の病院と転院後に行った検査からはほとんど原因を特定できるものがない。

 毎朝の回診で患者に繰り返し訊ねてもこれといった新しい症状もない。診断が不明で治療も対症療法としてのカロナールだけで一向に良くならないことに,患者も家族もじりじりと焦り始めた様子が見られるようになった。

「治療もせずに検査ばっかりで自分は実験台みたいなものだ。もういいよ・・」

 当初からPMRの可能性は考えていたので,ちらっとステロイドの試験投与を考えていると話したところ,娘さんからは「いつからその薬をはじめてもらえますか」と連日矢のような催促。う〜ん困った。結局どこかの組織を見にいかないと診断にはたどりつけないだろうなと思う。まさに "Sutton’s Law"である。でも,どこの臓器を見に行けばいいんだろう?Suttonがいうところの「金がある」のはどこなのか?

臓器として異常がありそうなのは

 1)血尿,MPO-ANCA陽性から血管炎の可能性? 腎生検?

 2)胸部X線にて肺に結節あり 肺生検?

腎臓についてはMPO-ANCAが陽性だけど,尿沈渣で顕微鏡的血尿があっても赤血球円柱はなく,活動性の糸球体病変がとてもありそうには思えない。腎生検をしたとしても診断的な価値は乏しいのではないか。腎臓内科のN医師に意見を聞いてみたが同じ意見だった。では肺の陰影についてはどうか。放射線診断医からは,胸部CTでは陳旧性の陰影であり活動性の病変とは考えにくいとのコメント。組織を取りに行くとしたら腎臓か?側頭動脈か?う~ん,迷う。側頭動脈炎を疑うには,頭痛がないしなあ・・・,動脈の圧痛もないし,もし唯一の根拠と言えるとすれば「他にないから」というものかなあ。

結局,さんざん迷ったあげくに次のように考えた。

臨床経過から積極的にPMRと診断しにくいが,他に何がある?と考えるとやはりPMRが残る。であればまずステロイド少量投与を行って反応を見てみよう。もしPMRであれば劇的に症状や炎症所見の改善が得られるはずであり,もし反応がなければ側頭動脈炎の可能性が逆に高くなると考える。そしてそのことを患者と家族に説明して,理解が得られれば側頭動脈生検をする方針にしよう。

 結局,転院して3週間経った日からPSL15mgを開始した。すると,投与直後から連日の高熱はみられなくなり,解熱傾向となった。高熱がなくなったためか患者は「体が少し軽くなった気がする」という。しかし完全には解熱せず,37℃台の微熱が続いている。少量ステロイドに対する反応はあっても不十分である。PMRと診断するには至らないと考えた。

PSL15mgを開始してちょうど1週間目の朝の回診での会話。

「食欲はどうですか?」

「食欲はいいですよ。食事が楽になりました。食べやすくなりました。」

「ん!?何ッ?? そ,それはどういうことですか?」

「食べるのに不自由しなくなりました」

「それはPSLはじめる前と今とでは感じが違うということですよね。具体的にどういうふうに違うのですか?」

「以前は食事のときに,途中で顎が疲れて2回位休んでいたけど,今は休まずに食べられるようになりました。」

 

 (なんでそれをもっと早ように言わんのや!ホンマにッ・・・)と思わず心の中で,横山やすし風のツッコミを入れつつ,レジデントの方を振り返り小さくガッツポーズ。

「食事の時に顎が疲れて休む」これは側頭動脈炎に特徴的な症状である「顎跛行 Jaw claudication」である。やった!!ついに側頭動脈を生検する立派な理由ができた!しっぽを捕まえたぞ!!

 速攻でその日のうちに外科の先生に生検を依頼。数日以内にやってもらえることになった,それまではPSL15mgを継続することとした。ステロイドを開始しても2週間までなら病理所見に大きな変化はないとの文献報告もあるので50mgに増やしてもいいのだが,そこまで確信をもてず,ちょっと弱気のままである。

 外科の先生に「どちらの浅側頭動脈を生検しますか?」と聞かれて,はたと困る。右側は拍動が触れない。左側は触れる。触れない側の方に炎症が強い様な気がしたが,拍動がない側で病変がなかったら嫌だなと思い,触れる左側を生検してもらうことにした

その後,文献などを読むと側頭動脈の脈の減弱も所見としてよいとあった。この患者では,頭痛や側頭動脈の圧痛はないものの発症年齢,左浅側頭動脈の拍動はむしろ減弱していること,著明な赤沈亢進などから側頭動脈炎と診断できるとほぼ確信した。

右浅側頭動脈生検を行った翌日からPSL50mgを開始。開始直後から自覚症状は著明に改善,発熱も見られなくなった。なにより患者さんに笑顔が見られるようになった。

 病理組織では典型的な巨細胞は確認できなかったが中等度の炎症性細胞の浸潤が確認され側頭動脈炎と確定診断した。また当初,MPO-ANCA陽性であるのが疑問だったが,その後の文献検索で側頭動脈炎でも年齢・性をマッチしたコントロールより上昇しているという報告があるのを見つけた。これも診断に矛盾しないと判断した。

 

PSL増量後の患者さんの言葉。

「今になってわかるが,以前は頚部や腰痛がひどかった。今はそれがなくなってすごく楽になった。」

なんと患者自身は気付いていなかったものの,PMRとしての典型的な症状も,実は最初からあったのだ。患者が表現する言葉をどのように解釈するかが診断には重要であり,かつ難しいかということをあらためて再認識させられた。
 PSL50mg開始後は症状の消失,赤沈値の低下など治療に対する反応が良好なため2週間で40mgに減量。ステロイドによる重大な副作用がないことを確認して退院,以後外来follow upとした。興味深いことにMPO-ANCAはその後の検査で陰性化した。また20年来あったという顕微鏡的血尿も消失してしまった。

 

<What is the key message from this patient ?>

 この症例は,のちにもっと症例数を重ねることになる巨細胞性動脈炎の自験2例めの症例である。生検を行うまでにずいぶん時間がかかっている。今の自分なら「高齢者の不明熱」で,これといった診察所見がなく「他になければ」迷わずさっさと側頭動脈生検にすすむだろう。でも当時はそこまでの経験がなく,決断する自信がなかった。迷ったときに決断できるかどうか,その背中を後押ししてくれるのが経験かもしれない。(ただ個人の経験だけでは誤ることも多い。経験が間違っているかもしれないと考える謙虚さも同時に必要だが・・)

 この症例のように,典型的な症状がないと思われても(患者が訴えていなくても),実は患者自身がその症状に気付いていないことがある。例えば,慢性腎不全の患者で透析導入を勧めていても症状がないから導入をずっと拒否し続けていた患者が,いざ透析を導入してみると「こんなに体が楽になるんですね。実はあの時,体がだるかったんですね。」ということは腎臓内科医なら誰でも経験している。この患者においても,実は当初から頸部や腰の痛みといったPMRの症状や,側頭動脈炎に特徴的な顎跛行があったのだが「患者自身がそれに気付いていなかった」ので訴えなかったわけである。それが少量ステロイドの投与によって「症状が軽くなり」初めて実は症状があったことに患者が気づいたということになる。嘘をついているわけでもなく,患者自身が症状に気づいていないため「どこもなんともありません」と答えることがある。患者が表現する言葉をどのように解釈するか,患者がどのように感じているかを想像する力が常に必要である。この症例には心底驚いた。一生忘れることのない経験である。

 Sir William Oslerの最も有名な言葉のひとつに

Listen to the patient, he will tell you the diagnosis.

 というのがあるが,この症例を経験して私ははこれを次のように置き換えた。

Listen to the patient, and let him tell the diagnosis.

 

<さらに後日談・・・>

この症例を経験して,しばらくしてからのこと。届いたばかりのSapiraの教科書の新版(このときは第3版)をぱらぱら読んでいて,動脈の項目に次の一節があるのを発見して愕然となる。

In temporal arteritis, the temporal arteries may be nodular, inflamed, or tender---or, in about half the cases, normal. Rarely, the temporal artery pulsation can be felt only on one side, a finding that is almost pathognomonic of temporal arteritis (on the side where the pulsation is absent).

当初から身体所見で気づいていた片側の側頭動脈の拍動が触れないという所見は実はものすごく意味があった(almost pathognomonic of temporal arteritis)わけである。圧痛があるのと同じくらい意味があって,それだけでも側頭動脈の生検を行う立派な理由だったわけである。これをもっと早く知っていれば・・・3週間も費やせずに診断までたどりつけたものを・・・。これだから臨床は難しい。やはり「そのことを知っている」ということはとても大事であるし,患者さんのためには常にそれを目指さなければいけないとつくづく痛感。

 

コメント
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