H's monologue

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使命の道に怖れなく どれほどの闇が覆い尽くそうと
信じた道を歩こう

1月 技師さんに助けられた

2021-01-31 | 内科医のカレンダー

<ほとんど無症状ながら炎症反応高値を示した80代の男性>

 患者さんはかれこれ10年以上も外来で診療している男性で,もうすぐ90歳に手が届こうとするご高齢ながら非常にお元気な方である。70代半ばに,両手の腫脹,手足や肩の痛みでリウマチ性多発筋痛症(PMR)を発症した。ステロイド治療が著効して,2年で一旦ステロイドを中止にできた。しかし,中止後3年でほぼ同じ症状で再発したためステロイド治療を再開。もちろん症状は劇的に改善したが,最終的にごく少量のPSLを継続することにして,その後は非常に安定して経過していた。数年前に奥様を亡くされたがいまだに元気に一人暮らしをされていて,ここ最近は2ヶ月毎の受診だった。いつも診察前に血液検査をして,結果が出てから診察することにしていた。軽い腎機能障害があるくらいで炎症反応はCRPは0.1mg/dl以下,血沈も20〜30mm/hrで安定している。

 さてつい先日のこと。いつものように診察前に血液検査を確認すると,ほとんどの項目は問題ないがCRPだけが急に10 mg/dl以上に上昇している。白血球数や血沈は全く動いていない。

「ありゃあ,何だこれは?何故だろう?」首をかしげながら呼び入れる。

「こんにちは○○さん,お加減はどうですか?」

「はぁ,まあいつもどおりで変わりありません」

「最近どこか調子が悪いところはありませんでした?熱が出たとか,喉が痛いとか,お腹が痛いとか,節々が痛むとか・・・」

どこか炎症のfocusになるところがないか,一つひとつ例を挙げて聞いてみる。

「はぁ・・特に痛いところとかは別にないですね。まあ強いて言えば,最近ちょっと食欲がないかな・・・」


どうもはっきりしない。それではこちらに横になってみて下さいと,診察台に上がってもらって順に確認する。手足も腫れているところはなし,関節の圧痛もない。頭頸部,胸部,腹部もざっとみたところ,炎症のfocusを疑うようなところはない。

はて?どこが原因だろう?でもCRP10mg/dlは絶対に何かある。自覚的に症状が出にくいところはどこだろう。わかりにくいところは後腹膜,骨盤腔内,高齢者だから肺炎は症状ないこともあるからなぁ・・・どうしよう。前立腺は・・・尿沈渣はまったくきれいだし,そもそも症状もないし。悩んだ挙げ句に,まずは胸部X線写真と腹部エコーで積極的に探しにゆくしかないか・・。検査に回ってもらった。

胸部X線写真は何もなさそう。エコーでも何もなかったら,次はどうしようか。心内膜炎?心音を再度確認したが,少なくともはっきり分かるような心音異常はない。

さて腹部エコーの結果が出た。

「下行結腸からS状結腸に憩室が多発して,その周囲に炎症所見あり。憩室炎の可能性があります」

なんと!さっき腹部も診察したんだけどな〜。

もう一度,診察室に入ってもらい横になってもらう。心音も再度確認,Osler結節,結膜下出血などないことを確認。さて問題の腹部。

軽く全体を触れてみて,

「お腹が痛いところはありませんか?」

「別にないです。でも何となく食欲がないんです。食べたくないというか・・」

腹部エコーで憩室炎がありそうと言われた左下腹部を中心に,まずそっと触れる。

あ,その前に・・・軽く中指でトントンと腹壁を叩いてここは痛くないですか,ここは?と,遠いところから順に軽い打診をすると左下腹部に来た時,

「あ,そこちょっと痛いですね」

「何だ!light percussionでtendernessがあったんだ!!」

叩く順序を変えて何度やっても左下腹部に同じ所見が確認できた。そ〜っと触れるが,腹壁の筋硬直はない。軽く圧迫してゆくと,少し深く圧迫したところで,「あ,それ痛いです」

非常に軽度だが,軽い腹膜刺激症状があったわけだ。

今回は腹部エコーの技師さんに助けられた。

憩室炎の診断で入院となって,絶食の上,抗菌薬を使用することにした。入院後は,2日ほどで症状は軽減した。

 

<What is the key message from this patient?>

1回目の診察で,炎症のfocusを探して診察した「つもり」だったが,不充分だった。しかも後から考えると,十分下腹部まで丁寧に診察はしていなかったと思う。「CRPの著明上昇」という情報があっても,診察の仕方が不充分だったと反省。

今回は,完全に超音波検査の技師さんに助けてもらった。左下腹部に「憩室炎を疑う所見がある」ということを知った上で,じっくり狙って診察して初めて所見を拾い上げることができた。また患者さんがいう「何となく食欲がない」という症状は憩室炎の症状だったと言えそうだ。

高齢者の訴えはやはり難しい。focusを絞って聞きに行っても,そうとは認めてくれない。腹部診察と組み合わせてやっと,そうだと分かった。

やはり,「そのつもりで疑って狙って診察」しなければ,陽性所見は取れない。そのことをあらためて思い知らされた。

もしも,診察ではっきりしなかったとしてどうしたか考えてみる。画像検査でCTまでは行っただろう。そこでも所見がひっかけられるかもしれない。それでも余分なX線検査の照射をしなくてすむのでよかったと思う。

病歴は大事,症状は大事・・だが,患者のコトバの裏側を推測することが重要。

年配の方の診察はホント難しい。

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