面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「子宮に沈める」

2014年01月25日 | 映画
由希子(伊澤恵美子)は、娘の幸(土屋希乃)と息子の蒼空(そら・土屋瑛輝)の二人の幼い子供たちと共に、なかなか帰宅しない夫の帰りを待ち続ける毎日を送っていた。
彼女は、毎朝子供のお弁当をしっかり作り、かいがいしく子供達の面倒を見て、掃除や洗濯などの家事もしっかりこなして家庭を守り続ける。

ある日、久しぶりに帰ってきた夫が、荷物をまとめるとすぐに出て行こうとした。
女の影を感じた由希子は、夫を振り向かせようと必死に訴えるものの冷たく拒否され、挙句一方的に別れを告げられる。
離婚した由希子は、二人の子供を連れてアパートに移り住み、医療事務の資格を取るべく勉強しながら、長時間のパートに出る。
連日の長時間労働の合い間に資格試験の勉強をし、懸命に家事をこなしながら子育てにも全力を注ぐ。

長時間のパートで家を空ける時間が長い日が続くにつれて、子供達は言うことを聞かなくなっていく。
以前はおとなしく素直に母親の言うことを聞いていた幸が、コップに入った牛乳をわざとこぼしたりするようになり、弟の蒼空もぐずることが多くなっていった。
必死に「良き母親」であろうとする由希子だったが、日々ひたすら育児と仕事に追われる苦しい生活に、疲れ果てていく。
そして“夜の世界”で働く高校時代の友人との再会をきっかけに、自分も“夜の仕事”に出る。
由希子の服装が派手になるにつれて、キレイに片付けられていた部屋の中に、ゴミ袋がたまっていった。
だんだんと生活は乱れていき、やがて部屋に男を連れ込むようになってしまう。

そしてある日。
幼い二人の子供を部屋の中に閉じ込めるようにして置き去りにして、とうとう由希子は家を出てしまう…


二人の幼い子供を育てていたシングルマザーが、戸に目張りをした部屋の中に子供達を置き去りにしたまま家を出て、取り残された幼児二人は亡くなってしまうという、大阪で実際に起こった事件がもとになった物語。
まだ年端もいかない二人の子供を持つ母親が、懸命に幸せな家庭を守ろうとするも挫折し、苦しい生活の中で心が折れて、やがて正常な判断ができなくなっていく様子や、部屋の中に残された子供達が徐々に弱っていく様を、固定したカメラが淡々と映像に収めていく。

3、4歳程度の幼児である姉の幸は、置き去りにされた部屋の中で泣きもわめきもしない。
幼いなりに一生懸命弟の面倒をみながら、おとなしく母親の帰りを待っている。
その健気な姿が痛々しく、心臓を鷲掴みにしてえぐり取られるような感覚で胸が締め付けられる。
と同時に、部屋の中に閉じ込められてどうすることもできない子供達二人の姿が延々と映し出され、絶望感が高まっていく。

ナレーションも音楽も一切無い。
また、母親を非難したり、あるいは逆に擁護するような、第三者のセリフも全く無い。
カメラも固定されていて、ときどき登場人物がフレームからはみ出してしまうのだが、我々から見えないところで何が行われているのかは音や声で分かる。
ただひたすら、密室の中の母親と幼児二人の日常を映し出しただけ固定されたままの映像で、隠し撮りしたドキュメンタリーを観ているよう。
まるで他人の部屋を覗き見しているよう感覚になっていき、それが更に生々しいリアル感となって迫ってくる。


夫の帰りを子供達と一緒に待っている頃の由希子は、ごくごく普通の、どこにでもいそうな主婦。
そんな「フツウの主婦」が、誰の助けも得られないまま、困窮生活の中で追い詰められていく。
過酷な日常から逃げ出すように“夜の世界”に飛び込んだ由希子が、段々と派手な格好になり、色香を漂わせて「女」になっていく。
それに比例するように、部屋の風景は殺伐としていき、子供達も母親から見放されていく。
家出する決意をした由希子は、山もりのチャーハンを作り、幸の髪の毛に可愛い髪飾りをくくりつける。
残していく幸に対するせめてものつぐないか、はたまた最後の愛情表現の断片か。

ネグレクトに陥るのは、何も特別な女性ではない。
ごく普通の女性が、おそらくは結婚生活が破れていなければごく一般的な主婦であり母親であったであろう女性が、追い詰められて変わっていく。
緒方監督は、若いシングルマザーが経済的な困窮に陥り、社会から孤立したまま家族が破たんしていく様子を我々の前に突きつける。
大阪の二幼児放置死事件は、何も特別な事件ではない。
ごく普通の日常生活の延長線上にある、誰の身にも起こり得る事件であることを提示する。


「生々しい」と書いたが、目を覆いたくなる、いたたまれない2つのシーンが強烈に脳裏に焼きつけられた。
幸が弟の蒼空に抱きついて絡んでいく場面。
男を連れ込んだ母親がしていることを真似しているその姿がやりきれない。
そして自らの手で由希子が子供を“処理”する場面。
自分の中では、映画「アレックス」のモニカ・ベルッチが凄惨な目に遭う場面に匹敵する激烈さで、痛々し過ぎて本当に気分が悪くなってしまった。


客観視に徹した映像で淡々と、しかし凄まじいインパクトで“問題”を投げかけてくる、社会派フィクションの秀作。


子宮に沈める
2013年/日本  監督・脚本:緒方貴臣
出演:伊澤恵美子、土屋希乃、土屋瑛輝、辰巳蒼生、仁科百華、田中稔彦


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