面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「サンザシの樹の下で」

2011年08月16日 | 映画
文化大革命の嵐吹き荒れる1970年代初頭の中国。
農民こそ素晴らしく、学生は彼らから学ぶべきだという思想のもと、都会の高校生は農村での住み込み実習に派遣された。
ジンチュウ(チョウ・ドンユィ)もそんな女子高校生の一人。
彼女が派遣された村にあるサンザシの樹には、ある言い伝えがあった。
それは、樹の下に埋められた抗日戦争の兵士の血が染み込み、白い花が赤く咲くという、革命精神を象徴する話である。

村長(リー・シュエチェン)の家で暮らすことになったジンチュウは、地質調査隊で働きながら村長の家で家族同様の扱いを受けている年上の青年スン(ショーン・ドウ)と出会う。
両親や兄弟たち実の家族と離れて暮らすスンは、ジンチュウへの好意を隠さず、何かと気にかけてくれる。
そんなスンに恋心を抱くジンチュウ。
しかし彼女には、恋愛は許されなかった。
彼女の父親は、反革命分子と見なされて投獄されている。
そしてそのことが原因で母親(シー・メイチュアン)は辛い仕事を強いられ、困窮の極みの中をジンチュウと妹、弟の3人の子供たちを育てていた。
そんな境遇にも関わらず、幸運にも教職に就く機会を得たジンチュウは、家族が絶望的な状況から抜け出すための唯一の希望だった。
しかし、もし革命の精神に背いて恋愛に浮かれていると知られたら、たちまち非難を浴び、教職への道は断たれてしまうのである。

それでも気持ちを抑えることができず、人目を忍んで逢瀬を重ねる二人。
そんなある日、二人で自転車に乗っているところを、ジンチュウの母に見つかってしまう。
「娘の幸せを願うなら、会わないでほしい。」
ジンチュウの母の言葉に頷き、彼女の元を去るスン。
しばらくして、スンが入院したことを知ったジンチュウは、母に内緒で遠方の病院まで見舞いに訪れた。
彼女の心配をよそに、気丈に振舞うスン。
「ただの定期健康診断だ。」
翌日、一緒に訪れた町の色鮮やかな赤い布を見つけたジンチュウはスンと約束を交わす。
「サンザシの花が咲く頃、この布で作った赤い服を着て、あなたと一緒に見に行くわ。」
別れ際、泣きながら手を振るジンチュウ。
その姿をいつまでも見送り続けるスン。
だが、ジンチュウが次に病院を訪れた時、スンの姿は無かった。
その後彼女は、スンが重い病に罹っていることを知った…


チャン・ツィーをスターダムへと上らせた「初恋のきた道」以来となるチャン・イーモウ監督の純愛映画。
中国系アメリカ人作家エイミーが友人の手記を基に発表したベストセラー小説「サンザシの恋」を原作に、前作以上にピュアで切ない文化大革命下の悲恋を描く。
今回、チャン・イーモウによってヒロインに抜擢されたチョウ・ドンユィは、いまや“絶滅種”と言えるほどの奥ゆかしい恋心を抱く主人公を演じるのにふさわしいあどけなさと、その恋心を貫く芯の強さを感じさせる見事な演技を見せている。
そのナチュラルさは、「初恋のきた道」のヒロイン、チャン・ツィーに“演技臭さ”を思い起こさせるほど自然体。
素人同然だから出せた部分もあるのだろうが、その魅力を最大限に引き出してスクリーンに収めたチャン・イーモウはさすが。
「HERO」「LOVERS」「王妃の紋章」と、最近は大作をとり続けてきた印象のあるチャン・イーモウの、原点回帰とでも言うべき純愛映画であるが、このテの映画を撮らせたら彼の右に出る者はいない。


様々な制度や規制によって、“体制側”から表面的には抑圧される個人だが、その内面は抑えきれるものではないのは当然の摂理。
その抑えきれない思いは、規制によって抑圧される外面の圧力によって、心の奥底へとグーっと沈み込みながら純度を増す。
それはまるで、地表に落ちた雨水が地層を通って地中深くへ染み込んで浄化され、キレイに澄んだ地下水となるのと似ているか。
封建的文化、資本主義文化を批判し、新しく社会主義文化を創生するという大義名分を掲げつつ、単なる権力闘争に過ぎなかった文革。
汚い政治闘争によって作り出された歪んだ社会、そんな社会の中だからこそ切なくピュアな物語が生まれると言えるのはなんとも皮肉。

ジンチュウとスンの純真無垢な恋の行方に、「そんなヤツおれへんで!」とツッコんでしまうか、はたまた純粋さに心を打たれて落涙するか。
赤い服に身を包んで駆けるジンチュウの姿、ジンチュウとスンが心から楽しそうに笑顔を見せている写真を見て、自然に涙が頬を伝えば、まだまだピュアな心が残っている証拠。
自身の“心の純度”を推し量ることもできる純愛物語。

イノセントな二人の姿が痛々しいほど切ない、ラブ・ストーリーの傑作!


サンザシの樹の下で
2010年/中国  監督:チャン・イーモウ
出演:チョウ・ドンユィ、ショーン・ドウ、シー・メイチュアン、リー・シュエチェン、チェン・タイシェン


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