面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「八日目の蝉」

2011年05月15日 | 映画
1995年10月東京地裁。
秋山丈博(田中哲司)、恵津子(森口瑤子)夫婦の間に生まれた生後6カ月の恵理菜を誘拐し、4年間逃亡していた野々宮希和子(永作博美)への論告求刑が告げられた。
その後希和子は、法廷で静かに述べた。
「四年間、子育ての喜びを味わわせてもらったことを感謝します。」

妻のある丈博を愛した希和子は彼の子供を身ごもるが、産むことは叶えられなかった。
恵津子が出産したことをきっかけに丈博との別れを決心した希和子は、最後に二人の子供を見たいと丈博の家を遠巻きに窺う。
夫婦が赤ん坊を置いたまま家を空けるのを見た希和子は、留守宅に忍び込み、赤ん坊の顔を覗き込んだ。
自分の顔を見て微笑む赤ん坊を思わず抱かかえた希和子は、夢中で雨の中を飛び出す…

秋山恵理菜(井上真央)は21歳の大学生となった。
4歳で初めて実の両親に会った恵理菜だったが、それが自分の実の親であると言われても、どこか実感が持てないままだった。
世間からいわれの無い中傷を受け、マスコミの勝手な報道に翻弄され、家族は疲弊し、壊れていった。
恵理菜は、自分を誘拐した希和子が「ごく普通の家族」を持つ機会を奪ったと憎むことで、実の親との関係性を維持するように過ごしているが、両親に心を開くことができないまま、家を出て一人暮らしを始める。
ある日、バイト先にルポライターの安藤千草(小池栄子)が訪ねてきた。
千草は、あの誘拐事件を本にしたいので話を聞かせてほしいと恵理菜を度々訪れ、妙になれなれしく生活に立ち入ってくる。
恵理菜は放っておいて欲しいと思いながらも、なぜか千草を拒絶することが出来なかった。
不倫の関係にあった岸田孝史(劇団ひとり)の子供を妊娠した恵理菜は、孝史に別れを告げると、千草と共にこれまでの自分が生きてきたことを少しずつ確認していくように、希和子との逃亡生活を辿る旅に出る…


本来、自分が守るべき女性達全てをどん底の不幸へと引きずり込んでいく丈博に、同性ながら嫌悪と憎悪を抱いた。
「ダメダメ男」が女性を振り回す構図は、近年の映画でよく見られるものだが、これほどに腹立たしい男というのは中々いない。
いや、本作の丈博が“最高峰”ではないだろうか。
誘拐犯である希和子は、法律上も事件の性質上からも、そして物理的にも“加害者”ではあるのだが、真の加害者は丈博にほかならない。
こんな下劣なバカ男に振り回されてしまった3人の女性に深く陳謝しながら、スクリーンを観続けるハメに陥ったのだった。


子供の頃に虐待を受けていると、自分が親になったときに自分の子供に虐待を加えるという連鎖があるというが、妻子ある男の子供を身篭ってしまう恵理菜の姿は“育ての親”たる希和子と同じで、まるで連鎖するかのよう。
なんでそんなことになるかなと悲しくなってくる。
しかし自分は子供を産むと決心し、希和子との生活をなぞる旅に出た恵理菜は、ニセの親子だった二人の“終焉の地”に辿り着いたとき、自分の心の奥底にあったものが噴き出し、心を覆っていた殻が砕け散る。
長年封印してきた“育ての親”である希和子に対する思いが弾け、お腹に宿った子供を含めた“本当の自分”を取り戻す。

七日間しか生きられないという蝉。
仲間が死に絶えた中を一匹だけ生き残って寂しい「八日目の蝉」ではなく、本来なら見ることがなかったはずの新しい世界を見る事が出来た幸せな「八日目の蝉」となる恵理菜に、明るい未来がほの見えて少しホッとする…


様々な事柄が恵理菜の中でひとつに紡がれていく展開が見事な、ヒューマンドラマの佳作。


八日目の蝉
2011年/日本  監督:成島出
出演:井上真央、永作博美、小池栄子、森口瑤子、田中哲司


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