面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者」

2012年05月11日 | 映画
サイタマのフクヤでHIPHOPグループ「SHO-GUNG」のメンバーとして活動していたマイティ(奥野瑛太)は、イック(駒木根隆介)とトム(水澤紳吾)にいきなり別れを告げると東京へと向かう。
人気ユニット「極悪鳥」の付き人として下積み生活を送って2年。
あるラップのフリースタイル・バトルへの出場を決めたマイティは、優勝すれば「極悪鳥」のステージに上げてやると言われて気合いを入れてバトルに臨んだ。
しかし見事に決勝まで勝ち進んだとき、対戦相手が「極悪鳥」メンバーが世話になるHIPHOPクルーの一人だったため、わざと負けるよう指示される。
泣く泣く八百長で負けたマイティだったが、ステージに上がることを反故にされてブチ切れ。
大乱闘を起こして「極悪鳥」のメンバーをボコボコにして大怪我を負わせて逃亡した。

栃木に逃げ込んだマイティは、脱法行為で商売するグループの一員として働いていた。
ある日、グループのリーダーが金儲けのために音楽イベントを発案、かつて音楽をやっていたことを知られていたマイティは、イベントの仕切りを命じられ、若い連中を従えてイベントチケットを売りさばくことを課せられる。
そしてグループは、音楽を目指す素人を集めた、有料の出演者オーディションを開いた。
詐欺まがいの胡散臭いイベントにも関わらず、関東各地からHIPHOPを中心としたグループがオーディション会場へと集まったが、その中に今ではたった二人で活動を続けていた「SHO-GUNG」のイックとトムの姿があった…!


青春ヒップホップ映画として人気を誇り、驚異的なロングラン上映を遂げた「SR サイタマノラッパー」の、シリーズ第3弾。
HIPHOPグループ「SHO-GUNG」を飛び出したマイティの、ほろ苦いというにはあまりにもビターな、そして焦燥と諦めと未練とがごった煮になった生きざまが、HIPHOPを通して熱く、しかし切なく描かれる。

音楽に詳しいワケではないが、かつて黒人奴隷の苦しい生活の間から生まれたのがブルースであるなら、決して解消されることのない人種差別の壁と貧困の中から湧き上がってきた咆哮がラップと言えるだろうか。
ありがたいことに貧困からは逃れることができている自分にとって、本作で描かれる世界は、正に“アンタッチャブル”な未知の世界。
登場人物たちは、悪にまみれて生きている。
盗んだ車を売り飛ばしたり、“ワケあり”で行き場の無い人間を集めて奴隷としてこき使って仕事させたり、女性に体を売らせたりして金を稼ぐ。
暴力と盗みが常態化し、およそ真っ当な人間としての生活とはかけ離れた日常を理解しようとしても、真に理解できるものではない。
いや、理解を拒否している…いやいや、理解する気も起きないと言った方が正しいか。
だからこそ、映画を観ている間中ザワザワと胸騒ぎがするような、何となく落ち着かない居心地の悪さを覚えていたのだろう。

自分を含めた“善良な市民”からすれば、彼らは努力することなく安易な道に走って逃げているだけに見える。
学生の頃は勉強から逃げ、世の中に出ては汗水たらして働くことから逃げた結果、“悪の道”で稼いでいるだけのこと、という風に考えたなら、登場人物に対して不快感しか抱かないのではないだろうか。
しかし違った見方をすれば、彼らは“そうせざるをえない”ということではないか。
世の中の人、全てが等しく“勉強ができる”ものではない。
例えば子供が同じ教材で3時間勉強したとして、教材全てを理解したうえでサブ教材までもこなしてしまう子供がいれば、教材の半分も理解できない子供もいる。
そこには、一生懸命に教材を読んだらできる、という単純なことでは埋められない能力の差というものが確実にある。
だからこそ、各個人間には生活レベルの差が生じ、貧富の差が生まれてしまうのはどうしようもない事実である。
弁護士あがりの話題の某市長発言に胡散臭さと拒絶感を抱くのは、自分は努力をしたから優秀な成績を修めることができ、弁護士になったのだから、お前らみんな努力しろよ!貧乏人は努力が足りんのや、バーカ!といったニオイを感じてしまうからだ。
…話がそれたが、フツウの人がフツウに理解し、できることが、フツウにはできない人間というのは必ずいるもの。
幸いにも自分はフツウに理解できてきたからこそ、今の比較的“善良な暮らし”ができているが、本作の登場人物たちは、そうできないがために、自分にとって縁遠い“世界”に生きているのだと考えると、その思考や言動を理解できないものの「そういう世界がある」ということは認識できる。


「何がフツウか?」という議論はさておき。
フツウのことができなくて、フツウの生活を送るための努力の仕方も努力する気も起きないが、HIPHOPで自分を表現することによって自らの存在を示すことができるマイティが、心の拠り所であるラッパーとしての存在を否定されたことから暴走が始まり、“悪の世界”へと転がり落ちる。
フツウの世界に生きる能力は低いが、ラッパーの世界で発揮できる能力は高いマイティ。
しかし、再びHIPHOPに触れるとどうしようもなくそれに惹かれ、同じ夢を追った仲間が放つHIPHOPのリズムに導かれ、封印したはずの自分の中のHIPHOPの血が沸々と煮えたぎりはじめるクライマックスは感動的に熱く、心を鷲づかみにされて激しくゆすぶられる。

フツウに暮らしていたら決して触れることのない、どうしようもなくやるせない青春と情熱が、圧倒的な迫力で胸に迫ってくる佳作。


SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者
2012年/日本  監督:入江悠
出演:奥野瑛太、駒木根隆介、水澤紳吾、斉藤めぐみ、北村昭博、永澤俊矢、ガンビーノ小林、美保純