面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「ツレがうつになりまして。」

2012年05月15日 | 映画
売れない漫画家ハルさん(高崎晴子/宮崎あおい)の家族は、夫のツレ(幹男/堺雅人)とイグアナのイグ。
自社商品であるコンピューター・ソフトのお客様相談窓口として、ほとんどクレームの電話対応に明け暮れるツレは、会社ではマジメにコツコツ、黙々と仕事をこなし、家では毎朝お弁当まで作るスーパーサラリーマン。
そんなツレがある朝、バターナイフを片手にハルさんの枕元へとやって来た。
そして真顔でつぶやいた。
「死にたい。」
驚いたハルさんは、渋るツレに無理やり休みを取らせて病院に行かせた。
診察の結果は、心因性うつ病。
仕事の激務とストレスが原因らしい。
結婚5年目にもなっていながら、ツレの変化に全く気付かなかったハルさんは、これまでの自分を反省。
うつで苦しむツレに理解を示す様子の無い会社から解放すべく、ツレに対して「会社を辞めないなら離婚する」と迫った。

会社を辞めたツレは、主夫として家事にいそしむことに。
家事が苦手なハルさんは、内心嬉しく思ったりしたものの、収入源が断たれたことから家計は苦しくなっていく。
仕事を得るために一度連載を打ち切られた雑誌の編集部に赴くものの、担当者からは相手にされない。
しかし夫に代わって収入を得なければならないハルさんは、必死に担当者に頼み込みながら思わず叫んだ。
「ツレがうつになりまして…仕事をください!」
驚いた編集者から、半分お情けのようにもらった仕事をきっかけに、ハルさんは懸命に漫画を描きはじめると、徐々に仕事は増えていった。

時には「バカ」が付くほどマジメなツレにイラッとすることもあるハルさんだが、かつての自分には考えられないほどポジティブになっていった。
元気になったかと思うと急に落ち込んで動けなくなったり、ツレの病状は一進一退。
それでも、そんなツレをゆっくりと見守りながら、急がず焦らず、また以前の元気なツレに会える日を待った…


原作は、夫がうつ病になったことをきっかけに、これまでの自分たちを見つめ直し、成長していく夫婦の姿を描いてベストセラーとなった、細川貂々の同名コミックエッセイ。
自身の周りでも知り合いがうつ病になって自ら命を絶った経験を持つ佐々部清監督が、原作と出会ってから4年がかりで映画化した。
「この原作は、うつ病で苦しんで闘っている人たちの手助けになるはずだ」と確信した佐々部監督は、なんとしても映画化にしたかったという。
しかしうつ病というデリケートな題材であるだけに、製作会社も映画会社も製作に二の足を踏む中、「何年かかってもいいので、この脚本で映画が観たい」という原作者の言葉を支えに、粘り強く企画を進めていったとか。


幹男は、あるユーザからのクレームに対応したことが発端となって、うつを発症してしまう。
会社のみんなに迷惑をかけられない。
ユーザの不満をしっかりと受け止め、自分で解決しなければならない。
とはいえ、自分だけの力では限界がある。
ところが上司に相談しても解決の糸口が見えない。
ユーザになんとか理解してもらおうともがくものの、ユーザは怒りを露わにして社長宛にクレームの手紙を送りつける始末。
その状況に上司は、更に自分を責める。
幹男が段々と精神的に追い詰められていく様子は、観ていていたたまれない。
そして自宅で療養に入ってからの幹男の姿も、またしかり。
かつて抑鬱を発症して自宅療養した体験がオーバーラップして、幹男が苦しむ度に涙を禁じえない。

幸いにして自分の場合は、理解ある上司と支援の整った環境に恵まれ、周囲の理解とサポートによって会社を辞めずに済んだ。
休職して療養に努めながら、家族の支えによって回復することができたが、その時の状況を本作で思い起こしていた。
会社を休んではじめの頃は、ひたすら休養に努めて寝てばかりいたが、段々と快方に向かいだした頃もまた苦しいもの。
すっかり良くなったと気分が晴れた数分後にはどーんと気分が落ち込む。
もう会社に戻れそうだと思って床についても、翌朝はとても仕事に出れそうにない気分で目が覚める。
気分の浮き沈みに振り回され、激しく揺れる感情の波に翻弄される苦しさは思い出すのも辛いものであるが、幹男を演じる堺雅人が見事にそれを表現している。

また、そんな幹男を見て苦しむ晴子を演じる宮崎あおいの演技も素晴らしい。
縫った傷口がふさがっていくような、具体的に治癒の様子が見てとれる病気ではないだけに、苦しむ患者をただ見守るしかない家族の苦しみはいかばかりか。
暗くふさぎ込む自分の様子に不安で仕方なかったであろう家族のことを思い、幹男に寄り添う晴子の姿に、試写室のシートで嗚咽を我慢しながら、溢れる涙を拭い続けた。


うつで苦しむ人々の手助けになりたいという佐々部監督の思いは、原作者が絶賛した脚本のみならず、堺雅人と宮崎あおいという二人の優れた俳優の名演によって見事に結実した。
うつを発症して途方に暮れる当事者にとっての道標として、また当事者ではなくともうつに対する理解を深めるためのバイブルとして、うつとの付き合い方を教えてくれる作品である。

全ての人に観てもらいたい、ホームドラマの逸品!


【参考】

「8人に1人が苦しんでいる!『うつ』にまつわる24の誤解」
http://diamond.jp/category/s-izumiya

「こころが元気になるもと」
http://health.goo.ne.jp/column/mentalcare/m002/index.html



ツレがうつになりまして。
2011年/日本  監督:佐々部清
出演:宮崎あおい、堺雅人、吹越満、津田寛治、犬塚弘