面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「ザ・ロード」

2010年07月19日 | 映画
今となっては、何が原因でそうなってしまったのか分からない…。

人類が文明を失ってから10年以上の月日が経っていた。
太陽は厚い雲の彼方に隠れて寒冷化が進み、動物も植物も次々と死に絶えてしまった。
僅かな人間が生き残っていたが、命を長らえるためには保存食を見つけるしかない。
そうしなければ、餓死するか自殺するか、あるいは道徳と理性を失った人間達の食料になるかしか、道は残されていないのである。

絶望に覆われた荒廃した道を、一組の親子が歩いていた。
少しでも寒さから逃れるため、ひたすら南を目指して歩き続ける父(ヴィゴ・モーテンセン)と息子(コディ・スミット=マクフィー)。
息子が生を受けたとき、世界は既に終末期を迎えていた。
そのために息子は、豊かな文明はおろか、温かく満ち足りた生活さえ知らない。
母親(シャーリーズ・セロン)は、まだ息子が幼い時に、将来に絶望して自ら命を絶っていた。
息子にとっては、父親が世界の全てであり、信じる全てであった。

そして、滅び行く世界の中で息子と共に生き抜くことを選んだ父にとっても、世界の全ては息子だった。
息子の命を守り抜くことに己の持てる全てを注ぎ、常にあらん限りの愛情を注いで息子を強く抱きしめる。
父親は息子に言う。
「俺たちは、心に宿る火を運んでいる。」

荒れ果てきった絶望の道を、二人は片時も離れず寄り添いながら、“善き者”として歩き続ける…


いろんな映画の中で、様々に終末期の地球が描かれてきたが、これほどまでに絶望的な世界がかつてあっただろうか。
食べるものは尽き果て、人間性を持った人間は、理性を捨て去った人間に食われてしまう。
ゾンビが生きている人間に噛みつくのではない。
正真正銘の人間が人間を狩り、そして食らうのだ。
こんな恐ろしい世界の描き方があるだろうか。

そんな、いまだかつて見たことのない、一切の希望が入り込む余地の無い絶望の世界で、父と息子が南を目指して歩き続ける。
本作は、一組の父と息子が、ただひたすら荒れ果てた道を歩いていくだけの物語である。
しかしそこに描かれているものは、ただひたすらに父親を信じる息子と、ただひたすらに息子を守り、溢れんばかりの愛で包み込む父親との、極めてピュアで強靭な親子の絆だ。
一切の余分なモノが極限にまでそぎ落とされた親子愛に、魂が深い部分から揺さぶられる。

見終わった後からも様々な思いがこみ上げてくる、心に響くロードムービーの傑作。


ザ・ロード
2009年/アメリカ  監督:ジョン・ヒルコート
出演:ヴィゴ・モーテンセン、コディ・スミット=マクフィー、ロバート・デュヴァル、ガイ・ピアース、シャーリーズ・セロン