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日々のあれこれ

現在は仕事に関わること以外の日々の「あれこれ」を綴っております♪
ここ数年は 主に楽器演奏🎹🎻🎸と読書📚

天使の賛歌 4 最終回

2025-03-15 19:26:44 | ショート ショート

「火事だ!」

「一番奥の客室から火の手が上がったぞ!」

普段は優しい潮風が、この日は別人のように容赦なく吹き付けた。火の手は無常にも、風に煽られ更に激しくなる。

「誰か逃げ遅れた客はいないか? 全員無事か?」

乗員乗客皆が必死に消化に務める中、僕は必死にジュリーを探した。昨夜、それぞれの寝床へと分かれる前、ジュリーは小説を書き始めたところだと話していた。時々、うたた寝してしまい、手元のランプが消えてしまっていることもあると… 今夜の風だ。もし、ジュリーが寝入ってしまったあと、倒れでもしたら…

「ジュリーがいない!ジュリーが!」

僕がバケツの水を頭からかぶり、火の中へ走り出したその時、乗員の一人が叫んだ。

「まさか!あの火の中か?無理だ、ジョン!よせ!死ぬ気か⁉」

誰かが僕の腕を掴む。

「約束したんだ!諦めないと…ジュリー!」

僕は声にならない声でまくし立てた。諦めるもんか‼ 約束したんだ!君は死んじゃだめだ!君の家族が待ってる!かあさんが待ってる!だけど僕には誰もいない、君しかいない。身代わりになるなら僕だ! 僕は必死に僕の身体を抑えつける大人たちから逃れようともがいた。せわしなく行き来する乗員たちの姿が一瞬、ぼやけた。周囲の緊迫した声も次第に聴こえなくなっていく。

やがて身体がふわっと軽くなり、意識が遠のく中、火の中に倒れているジュリーが見えた。

「目を覚ませ!諦めるな、ジュリー!」

僕はありったけの声を張り上げた。ジュリー、頼むから目を覚ましてくれ、と…。辺りは火の海だった。熱い…頭からかぶった水も一瞬で乾ききっていく。

じっと動く気配が感じられなかったジュリーの身体が炎に包まれた中で微かに動いた気がした。彼女の指先が、ピクリと動くのが遠目にも感じられたのだ。僕の声が届いたのだろうか。

ほつほつと燃え上がる炎、飛び散る火の粉、パチパチと燃える音。すべてが一瞬止まった。時が止まった。僕の目の前に、一筋の黄金の道が出来たかと思うと、ジュリーが倒れている場所へと一直線に伸びていた。黄金の道…ジュリーがいつか行きたいと言った、黄金の島国、日本へと続く道のようにも思えた。眩いばかりの光が炎を押しのけるように広がった道。黄金の道を目にした瞬間、ジュリーの未来への道筋がここに示されたのだと僕は確信できた。天使は夢物語じゃない。本当に存在したんだ…。燃え盛る炎とは対照的に、黄金の道は静寂と希望に満ちていた。

「勇気ある若者よ。本当に自分の命と引き換えるのですか? 後悔はないのですか?」

誰だ⁉ 誰かが僕に話しかけてくる。すべてが静止画のように止まり、動いているのは自分自身と… 何処からか聴こえてくる声の主… もしや天からなのか…⁉

「あの娘は助からない、それがあの娘の運命なのです。」

声の主はいう。

「そんな運命、僕が変えてやる!あの子は…ジュリーは死んでは駄目なんだ!家族と再会して、夏休みを楽しく過ごして、それから…」

「それから?」

声の主は問う。

「それから…」

僕は天を仰いだ。キラキラと輝くのは…羽! 羽だ!すると、声の主は…天使なのか?

「どうか、あの娘を…ジュリーを連れて行かないで!ジュリーは作家になるんだ。多くの子供達に夢と希望を与える作品をこれから書いていくんだ。それが彼女の運命の筈なんだ。僕はすでに家族を失って独りぼっちなんだ。僕を救ってくれたのがジュリーなんだ…乗員たちに怒鳴られてばかりの僕に、いつだって笑顔を向けてくれた。落ちぶれた僕と一緒に船上パーティーでステップを踏んでくれさえした。彼女がいなければ、僕の心はとっくに死んでいたんだ。死んだまま生きていた。彼女は死ぬべきじゃない! こんなの、間違ってる…」

それまで羽以外はぼやけていた天使の表情が初めてはっきりと見えた。天使はにっこりとほほ笑んだのだ。どこかジュリーに似ていた。ジュリーと同じ、栗色の瞳。ジュリーと同じ笑顔が、僕の胸に静かに灯りをともしたようだった。

「お行きなさい。本来、人の運命は書き換えられないもの。しかし、あなたの強い想いに触れ、つい、姿を現してしまいました。本当にあなたの命と引き換えて良いのですね?」

僕は迷わず叫んだ。

「はい!」

人生で最も力強い、「はい!」だった筈だ。船員たちにも聞かせたかったよ、などと思うほど、この時の僕の心には余裕すら出て来た。いつも怒鳴られてばかりだったけど、人生の最期にやっとまともな仕事が出来そうだよ。乗員のおっちゃんたち… 少しは褒めてくれるかなぁ。

「分かりました」

天使の承諾を得て、僕は顔を上げた。ありがとう!と心の中で頷いた。

「では、お行きなさい、彼女の元へ」

天使の声は静かでありながら、どこか力強さを感じさせた。僕は走り出した。牛に追いかけられた時よりもずっと速く。全速力で。ジュリーのもとへ。

ジュリーを揺り動かした直後、僕の身体はふわりと軽くなり、宙を舞った。空へ…天へ…。ジュリーからどんどん離れていく僕の身体。だけど決して離れはしない、僕の心。

その先の記憶は… 

僕には...

もはや、無かった。

ただ...眩い光に目を細めながらも、道の先にジュリーが前を向いて立ち上がる姿を思い描いた。

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天使の賛歌 3 【月と太陽】

2025-03-15 17:37:48 | ショート ショート

 昼間に会うと船乗りたちのからかいにあうため、僕らは満月で明るい夜に会うようになっていた。アメリカ大陸まで、あと一週間ほどだろうか。ジュリーが陸へ上がれば、僕らは簡単には会えなくなる。そのことが僕を焦らせた。

「シェイクスピアは世界最古の文学だから、宗教学と合わせて英国で学んでおくべきよ、って母が言うの。父は獣医を目指した方がジュリーにあっているじゃないか、なんて冗談かな、笑うのだけど」

シェイクスピアか。学業に励んでいた、あの頃が懐かしい。しかし僕は黙っていた。ジュリーに余計な気を使わせたくはなかったからだ。思い出を語る代わりに、父から昔教えて貰った東洋の和歌を口にした。

「めぐり逢いてみしや それともわかぬまに 雲隠れにし 夜半の月かな」

和歌を口にするとき、僕の胸には再会の喜びと、どこか別れの予感が交錯していた。僕の心の内など知る由もないジュリーは、ただ驚いた様子で目を見開いた。

「ジョンって詩人なのね!めぐり逢いて…って私たちが再会したことを言っているのかしら? だけど雲隠れして夜半の月って何なの? 確かに月は雲に隠れてしまうことはあるけれど…」

ジュリーは月を見上げながら真面目に言う。

やはり文学少女でもあるのだな、と僕は続けた。

「いや、これは僕じゃないよ。紫式部という女性が詠んだ和歌なんだ。日本を知っている?」

「ええ、東洋の黄金の島国ね!」

「流石だな。世界最古の文学は彼女の源氏物語なんだ。かつて愛し合った人と偶然再会したものの、その感動も束の間、別れてしまった切ない情景を表現しているんだよ」

「紫式部?女性?世界最古はシェイクスピアじゃない? 今夜は満月だけれど… 夜半の月というのは?」

ジュリーは前のめりになる。満月の光がジュリーの瞳に反射していた。

「あぁ、比喩として「夜半の月」が使われているんだ、淡い光や儚さがよく表現されているよね」

ジュリーは瞳を輝かせた。今夜の月光のように。ジュリーの背後に見える満月がすっぽりと彼女の顔も輪郭と重なる。明るく活発なジュリーのことは、太陽のようだと思ってきたが、今夜のジュリーは月の精のようだ。

「行ってみたい...」

ふいに、僕の思考を遮るかのようにジュリーが呟いた。

「私ね、女流作家になりたいの!紫式部…?さんが世界最古の、しかも!女性作家なのね! 今、思い出した!そういえば、とうさんが言ってたわ。日本では虫の声も風の音も雑音ではないのでしょう? 風流…? 牛や鶏の鳴き声が音楽に聴こえる私になら、東洋の文学を理解出来そうよ、ねっ? そうでしょう?」

僕は牛に追いかけられた日を思い出し、吹き出しそうになった。確かに、あの日のジュリーは儚さとは程遠いものの、動物の意思を理解しているようだった。彼女なら、面白い物語を作るかもしれないな、とぼんやりと考えていた。

「子供の頃、かあさんや、ばあやが読んでくれたグリム童話って、最後が怖いでしょう。眠れなくなったものよ。私はね、子どもたちが安心して眠れる、心温まるお話を作りたいの。だけど、それには人生の儚さや美しさも描きたいのよ。紫式部の和歌みたいにね。再会したことを月に例えるなんて儚くもロマンティックだわ!」

女流作家になりたいと熱く語るジュリーには、紫式部の話はかなり刺激的だったようだ。僕の話は父から聞いた受け売りでしかないが、何だか彼女の夢を応援しているようで、気分が良かった。

「それでね、紫式部には、藤原道長というパトロンがいたんだ。王子様のようなものだよ。「人は何故月を見上げるのでしょう、と問う紫式部に、道長は答える。自分が想う人も同じ月を眺めていることを願って、自分は月を見上げていた、と。ねぇ、ジュリー、君はもうすぐ、船を降りる」

突然 話題が変わったことに驚いたのか、それまで物思いにふけったように月を見上げていたジュリーが、僕の顔を覗き込んだ。僕は彼女と視線を合わせないようにしながら、一気にしゃべった。

「君は米国の故郷で月を見上げるとき、3度に一度は僕を思い出して!僕は毎回、甲板から月をみて君を思い出すから。」

最後は照れだった。慌てて早口で付け足した。

「いや、5回に一度… いや、10回に一度でいいや!」

僕は自分でも分かるくらい動揺していた。口の中がカラカラだ。辺りは波の音しか聴こえてこない。風もない穏やかな海だ。いつもはテンポよく返事をよこすジュリーだが、今度ばかりは困っているのだろうか。相変わらず、ジュリーの返事はない。しーんと静まり返ったままだ。僕は段々と隠れたい気持ちになってきた。あの夜半の月のように、僕も何処かへ雲隠れできれば良いのに。海風も波の音も消え去ったように感じられる静寂の中、僕は息を呑んだ。心臓が高鳴る音さえ、ジュリーに聞こえるのではないかと思った。

…とその時、ごそごそと物音がしたと思ったら、ジュリーが首に下げていたペンダントを外し、僕の手に握らせた。

「私が生まれた時、両親が作ってくれたの。イニシャルも彫ってある。私達、同じでしょう? それ、ジョンが持っていて!」

僕は自分の手のひらの中を一度、ぎゅっと握りしめたのち、再び開いてみた。太陽をかたどっている。君はやはり太陽なのか…。僕は自分のポケットから、丸い懐中時計を取り出した。こうして月の光を浴びると、月のようだ。同じくJ.J.とイニシャルが掘られている。

「これを君に。僕が生まれた時、両親がお祝いにくれたんだ」

「そんな!ご両親の形見なのでしょう。そんなに大切なものを…私に…だなんて!」

「いいんだ。交換しよう。君に持っていて欲しいんだ。何処にいても君が作家になる夢を応援している。もう1つだけ、約束して欲しい。決してあきらめないと。生きることを諦めない、って。僕はね、ジュリー。生きる意味を失いかけていたんだ。君と再会して救われた。

だから、約束しよう、生きることを諦めない、と。君の太陽に誓うよ。」

「ええ、私も!あなたの月に誓うわ!」

 

 

イメージソングに近いかも… 🌕と🌞

共作プレミア 橘ドゥビアン&すず

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