野生アジサイ探索記(下2g)沖縄本島【リュウキュウコンテリギ】2011年5月7日
ガクウツギ~トカラアジサイ~カラコンテリギの一群は、屋久島やトカラ火山列島に分布するも、奄美大島では欠如し、次ぎの徳之島とその次の沖永良部島および伊平屋島に現れ、沖縄本島で再び欠如、飛んで石垣島・西表島に再び現れるのですが、沖縄本島には、それに代わる“リュウキュウコンテリギ”という種が分布しています。
リュウキュウコンテリギは、ある意味、謎の植物です。花序はいわゆる花(装飾花)を欠き、小さな正常花のみで構成されているのですが、原記載ではなぜかコガクウツギの地方型として扱われています。
そもそもコガクウツギという種自体が良く解らない部分があり、本州の西半部から九州にかけて(大局的に見れば)同所分布するガクウツギとの関係も良く解っていません。のみならず、意外なことにヤマアジサイとの間にも交雑個体がしばしば生じるなど、不思議な存在なのです。
コガクウツギの分布南限は屋久島の高地帯で、低地帯に分布するヤクシマコンテリギや以南の島々に分布するトカラアジサイなどが本土のガクウツギに対応するとすれば、コガクウツギに対応する種が、沖縄本島に現れるということも、何となく辻褄が合うような気がします。
確かに、アジサイの仲間らしからぬ小さくな葉の形や、雌蕊を中心とした正常花の構造なども、写真を見た限りではどこかコガクウツギと共通するようにも思えます。とは言っても、装飾花を欠くことをはじめ、他の各種とは余りにイメージが異なります。自分の目で確かめたうえで、判断しなくてはなりません。
ヤマアジサイ・ガクアジサイに近いグループで、装飾花を欠く種と言えば、リュウキュウコンテリギの他、日本本土の固有種・コアジサイ、中国大陸南部に知られる(おおむねカラコンテリギと分布の重なる)幾つかの種、および別属として扱われるジョウザンの仲間があります。それらの種とリュウキュウコンテリギの関係も考えてみたいのです。
実は、リュウキュウコンテリギの分類上の位置付けについては、非常に興味深いデータがあります。葉緑体DNAの解析による系統考察では、広義のヤマアジサイのグループが、ヤマアジサイ・ガクアジサイのブランチと、カラコンテリギ・ガクウツギのブランチに分かれる(この報文ではジョウザンは未調査)ことまでは予想通りなのですが、リュウキュウコンテリギは、カラコンテリギのブランチではなく、ヤマアジサイのブランチに含まれ、一方もう一つの日本産無装飾花種コアジサイは、ヤマアジサイのブランチではなく、カラコンテリギのブランチに含まれるという、一般に予想されたものと逆の結果が示されているのです。
野生の姿を見れば何かヒントが掴めるかも知れません。沖縄本島にはこれまでも度々訪れていますが、主な対象はツクツクボウシの仲間(オオシマゼミとクロイワツクツク)の鳴き声録音で、夏の後半が中心です。野生アジサイの花の時期としては、少し遅すぎるのです。逆に今回は開花盛期にはやや時期が早すぎるのですが、この機会にチェックしておくことにしました。もしかしたら伊平屋島のトカラアジサイとも、外観の極端な相違とは裏腹に、意外に類縁上のつながりが見出されるかもしれないですし。となれば、リュウキュウコンテリギはトカラアジサイの代置的な存在になるわけです。
日程的に、探索可能日は一日だけ。うろうろと探し回ってタイムアウトとなってしまわぬよう、前もって生育場所を、琉球大学から環境庁やんばる自然保護センターに出向している中田氏(専門はマングースだけれど、植物にも詳しく、何よりもとても親切なナイスガイ)に電話連絡して、確認しておこう、としたのですが、名刺が出て来ない。
数日前、なっちゃんの名刺を探そうとしたら、幾ら探しても出て来ない。探している途上、何度も繰り返し中田氏の名刺が出てきて、なんで必要のないものが何度も出て来るのだ、と苦々しく思っていたのです。ところが、いざ必要となって中田氏の名刺を探そうとしたら、神隠しにあったように出て来なくなってしまった。逆に、(3種類ある)なっちゃんの名刺ばかり、これ見よがしに現れるのです。
というわけで、自分で適当にあたりをつけて、与那覇岳(沖縄本島最高峰503m)山頂周辺を探索することにしました(中田氏の名刺は、必要の無くなった探索行翌日に、ポロリと出てきた)。いつも通り、リュックを駅の道の観光案内書に預け、午後2時出発(この日はなっちゃんと電話で口論になり、予定を変更して帰京しようと思っていたのですが、思い直して空港からの直行バスで辺土名にやってきたのです)。山頂までは歩いて往復4時間、探索に1~2時間、最終バスは7時50分とのことですから、何とか間に合いそうです。途中の森林公園に寄ろうかとも考えたのですが、時間に限りがあります。一直線に与那覇岳を目指すことにしました。むろん、途中でリュウキュウコンテリギが見つかれば、それに越したことはありません。
実のところ、途中の道すがらすぐに出会えるだろうとタカをくくっていたのです。でも、そうは問屋がおろさず、結局、正月にヘツカリンドウを観察した、山頂手前のトラバースルートの一番奥まで行く羽目になってしまいました。目を皿のようにして探し回ったのですが、それらしき植物はどこにも見当たりません。
リュウキュウイチゴの葉のチェックも。下右2枚は、ナガバノモミジイチゴ型の葉のリュウキュウイチゴと思っていたのですが、全く別群のタイワンウラジロイチゴかも知れません。
左2枚:シリケンイモリ。泥だらけの登山道に、踏みつけてしまいそうになるほど沢山いた。
右:ヘツカリンドウの若葉。花期の冬に訪れた時はなかなか見付けられなかったのだけれど、今回は打って変わって数多く見られました。
そろそろタイムリミット、今日は諦めて、明日の徳之島行きを中止し、海洋博の阿部氏か環境省の中田氏に生育場所を聞いて、改めて出直すしかない、と覚悟しかけた時、気になる植物が目に留まりました。小さな葉と咲きかけの花序を見る限り、とてもアジサイの仲間とは思えないのだけれど、他に咲いている花をほとんど全く見かけないこの辺りでは、第一候補と言わざるを得ない。ぽつぽつと現れるのですが、どの株も花は咲いていません。やがて一輪だけ小さな花を見つけました。
ルーペを取り出して、花の構造を確かめます。どうやら理論上は間違いなくアジサイの仲間のようです。それが分かってはいても、アジサイの仲間であるとは到底信じられないような、予想を遥かに超える異様さです。
少なくとも、トカラアジサイやカラコンテリギには全く似ていない。花序も葉も、対極的なイメージです。発見時に同一種と考えられていたコガクウツギにも似ていません(でもそう言われれば幾らかは共通点があるような気も)。葉緑体DNA解析による系統考察ではより近縁とされるヤマアジサイやガクアジサイにも全然似ていない(こちらもそう言われれば、どことなく共通の雰囲気が見出されるようにも思いますが)。
いずれにしても、他の野生アジサイ各種とは大きく異なった、特異な種です。あえて最もイメージが共通する種と言えば、同じ無装飾花種のコアジサイです。大きさはともかく、葉の概形、生育環境などに、なんとなく類似点があるように思えるのです。思うに、リュウキュウコンテリギもコアジサイも、真正のアジサイ類(ヤンマアジサイ・ガクアジサイの一群+カラコンテリギ・ガクウツギの一群)の中では、最も祖先的な形質を引き継いだ、遺存性の強い種で、それぞれがヤマアジサイのブランチやカラコンテリギのブランチにと進化を始める初期の段階で、形質の進化がストップしたままになっているのではないだろうか?と。
ただし、装飾花の欠如は、アジサイの仲間の進化の道筋の中では、後天的な出来事のはずです。それを考えれば、それぞれのブランチで並行的に特殊化した進化の末端にある存在、とも言えるのかも知れません。
のちに、鹿児島で堀田満先生に伺った話では、リュウキュウコンテリギは、絶滅寸前の状況にある、大変な稀産種であるとのこと。見付けることが出来ただけでも運が良かったのかも知れません。
リュウキュウコンテリギの花
一枚目の写真、左上に見えるのがリュウキュウコンテリギの葉。
下2枚は、蘭の一種(ユウコクランの仲間?3段目右は葉)とリュウキュウコンテリギ。
僕はランのことは良く知りません。