功夫電影専科

功夫映画や海外のマーシャルアーツ映画などの感想を徒然と… (当blogはリンクフリーです)

【特集:ジャッキーの失敗②】『成龍拳』

2010-08-08 23:18:54 | 成龍(ジャッキー・チェン)
「成龍拳」
原題:劍・花・煙雨江南
英題:To Kill with Intrigue
製作:1977年


●ジャッキーという金の卵に無限の可能性を見た羅維(ロー・ウェイ)は、彼を売り出そうと様々な試行錯誤を繰り返していた。羅維プロ時代はジャッキーにとってヒットに恵まれない不遇の時代だったかもしれないが、逆に言えば様々な役柄にチャレンジできた有意義な時間だった…と言えなくもない。
『レッド・ドラゴン』で"第2の李小龍"を生み出せなかった羅維は、当時ブームだった武侠片をやるようにとジャッキーへ指示。武侠小説の大家・古龍(クー・ロン)を脚本家として迎え、『キラードラゴン流星拳』『ヤング・ボディガード/神拳』『成龍拳』の3本を製作している。しかし、結果的にこれらの作品はヒットせず、古龍からも「ジャッキーは私の作品のキャラに合わない」と断言されている。
方向性に失敗をきたしてしまったジャッキーであったが、それでも彼はめげなかった。自分に合ったキャラクターとは何か?と模索し続けたジャッキーは、陳誌華(チェン・シーホワ)と組んだ3本の作品の中で、大スターの傅聲(フー・シェン)を髣髴とさせる陽性のキャラクターを取り入れ、呉思遠のプロダクションへ出張して撮った『蛇拳』及び『酔拳』で一躍スターの仲間入りを果たすのである。もし本作がヒットしていたら今のジャッキーは存在し得なかったかもしれず、そういう意味ではこの古龍3部作は重要な意味を持つ作品なのかもしれない。
 しかし、ヒットこそ叶わなかったものの、古龍3部作は決して悪い作品ではない。『流星拳』は唯我独尊の主人公と最弱四天王が印象的だったし、『神拳』では奇想天外なキャラクターとどんでん返しに驚かされた。どちらもバカ映画として認知するなら、そこらへんのB級功夫片以上に楽しめる要素を含んでいるのである。
そこへ来てこの『成龍拳』だが、本作は前2作とは違ってバカ映画ではない。『流星拳』と『神拳』がアドベンチャーだったのに対し、『成龍拳』の場合は武侠片おなじみのテーマである愛憎と裏切りが交錯する、シリアスなストーリーを構築している。これはジャッキーのフィルモグラフィー全体を見渡してみても稀な事例であり、ジャッキーが主演した唯一の純正武侠片でもあるのだ。

 物語は江湖の盟主・奇峯山荘総督の子息であるジャッキーが、花蜂党と名乗る盗賊の襲撃を受ける場面から始まる。一族を皆殺しにされてしまったジャッキーは、盗賊の首領である徐楓(シー・ファン)の計らいによって生き延びることが出来た。だが、恋人の玉靈龍と親友の申一龍が行方知れずとなり、放浪の果てに血雨党と名乗る賊との闘いに発展。重傷を負ったジャッキーは徐楓によって助けられ、凄惨な修行の果てに成龍拳を体得する。
そして、盟友となっていた警備隊隊長の王[王玉]を殺害し、血雨党の首領でもあった申一龍を倒すべく、ジャッキーの最後の闘いが始まった!…というのが一連の流れである。本作は後半に出てくる凄惨な修行(墨を食わされる、顔を焼かれる等々)が語り草となっており、ジャッキー作品の中でも珍品として扱われている感が強いが、決してそれだけの作品ではないのだ。

 本作で注目すべきは徐楓が見せる恋愛描写の数々である。見方を変えれば、本作は徐楓の悲恋の物語と言えなくもない。
早くに父親を亡くし、幼い頃から盗賊の長として活動していた徐楓(劇中の台詞によると20歳前後と思われる)。恐らくは、年頃の多感な時期も血と剣の中で過ごしていたのだろう。そんな中で徐楓はジャッキーと出会い、助言をしていく中で次第に心を惹かれていくのだが、ジャッキーの頭の中は玉靈龍のことばかり。どんなに自分の名を叫ぼうとも、ジャッキーは決して徐楓に振り向いてくれなかった。
病床のジャッキーを匿った後も、彼はあくまで玉靈龍の救出に固執していた。そこで徐楓はジャッキーを引き止めようと、ある手段を講じた。即ち、暴力による実力行使である。普通の女性であれば男性を引き止める方法は無数に思いついたはずだ。しかし、修羅の道を歩んできた徐楓にとって、人を繋ぎ止めてる術は暴力しか思いつかなかったのである。
 だが、それは徐楓にとっても不本意な方法であり、ジャッキーの顔を焼いた際の微妙な表情の変化がそれを物語っている。このまま力でねじ伏せていては、いずれジャッキーは死ぬまで抵抗し続ける…そう思った徐楓は、最後の挑戦に際して「この酒を飲めば死ぬわ」とジャッキーに血の酒を差し出した。このとき何度も「飲んだら死ぬ」と煽っていたのは、ジャッキーと共に在りたいと願った徐楓が「これで思い止まってくれれば」と思った末に発した言葉だったのかもしれない。
ところが、ジャッキーはその酒を躊躇なく飲み干した。もはや自分の事は完全に眼中に無いのだと確信した徐楓は、せめて申一龍に勝てるようにと成龍拳の奥義書を彼に託すのだった。「所詮は叶わぬ想いだったのか」と感傷に浸る徐楓だが、そこへ突然ジャッキーが帰って来た。それを見て一瞬ほのかな期待を抱いた徐楓であったが、ジャッキーは「今までありがとうございました」と言って去っていき、彼女はその場で泣き崩れるのだった…。
あまりに残酷な決着である。女として振舞う方法を知らず、それでも惚れた男と一緒に居たいと願うが、結局最後まで思いは届かずに終幕を迎えてしまう。あまりにも報われない。報われないが、そんな悲恋に生きる徐楓の姿が強烈な印象を残す作品である(もし本作をこれからご覧になられるという方は、まず徐楓の言動を追いながら見て欲しいです)。
 さて、作品としては成功しなかった古龍3部作であるが、最終的に功夫片の大スター・ジャッキーが誕生するに至った。羅維の元からゴールデン・ハーベストに移籍し、『ヤング・マスター師弟出馬』で更なる成功を得たジャッキーは、その勢いのまま海外進出を画策する。が、そこには香港とハリウッドとの格闘アクションに対する認識の差が待ち構えていたのだった…(次項に続く)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿