日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)





「上」の続き)


 「民主化」の成就に太石村の村民たちが喜んだのもつかの間のことでした。

 村を挙げた署名活動により村民委員会主任(村長)罷免動議が認められた翌日である9月12日の朝、1000人にのぼる警官隊が突如、村を襲ったのです。

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 ●不正抗議の村民追い払う 警察、「証拠」持ち去る 中国(「Sankei Web」2005/09/13)
 http://www.sankei.co.jp/news/050913/kok040.htm

 中国広東省広州市番禺区の農村地帯で12日、役場幹部による公金不正処理があったとして抗議行動を続けていた村民らを警官ら約1000人が放水などで追い払い、村民側が保管していた村の会計資料を持ち去った。13日付の香港紙、明報などが伝えた。

 報道によると、村民側の一部は暴行を受け、約50人が拘束されるなどして消息が不明になった。村民側は幹部の不正の「証拠」が改ざんされる可能性があると指摘している。

 村民側は幹部の罷免などを求めて7月末から抗議を開始。地元当局は今月10日、村民らの罷免要求を認めると発表したが、村民側は関係資料改ざんを警戒し、罷免手続きに必要な会計資料の提出を拒んでいたという。(共同)

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 サラリと書かれています。確かに事実はその通りのなのですが、そのソースとなった香港紙は具体的な描写に踏み込んだ生々しいもので、読み手が受ける印象は全く異なったものになります。香港の新聞記者はセンセーショナルな書き方に流れがち、ということもあるのですが。……ともあれ、『明報』『蘋果日報』(2005/09/13)の記事を参考に話を進めることにします。

 警官隊は村民による村長罷免動議が承認された翌日である9月12日の午前(8~9時)、50台を超える警察車両などに防暴警察(機動隊)約1000人が分乗して太石村に突入しました。

「番禺区政府も民政局も、魚窩鎮政府も派出所(警察署)も、揃いも揃って良心のカケラすらない!あいつらみんな人間じゃない!奴らは賊だ!おれたち村民は村民大会を開いて、村長の罷免を決めようとしていただけじゃないか。何で1000人もの阿SIR(広東語による警官の俗称)が出てきて財務室に入り込んで、太石村を血まみれにしなきゃいけないんだ!」

 とは『蘋果日報』に電話で寄せられた現地村民の声です。人口が2075人という太石村に対し、警察側は機動隊など1000人を動員したのです。その車列は警察車両をはじめ、機動隊を乗せる大型バスと消防車1台、救急車4台など合計63台にものぼる「大軍」でした。

 しかもその中には霊柩車も1台加わっていたという目撃談が『蘋果日報』に出ています。

「霊柩車まで連れてくるってのは、おれたち村民に死ねってことか!」

  と、農民はそのことでいよいよ怒りを募らせたようです。この件は『明報』や反体制系メディアの報道には出て来ないので未確認情報ですが、官民衝突に霊柩車が動員されたとすれば前代未聞です。警察側にすれば脅し目的で投入したのかも知れませんが、事実とすれば農民を舐めきっているというか、悪辣極まれりと言うほかありません。

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 で、警官隊は村外に通じる道路を全て封鎖した後、一直線に目指したのが財務室、つまり村長の汚職を裏付ける村の会計書類などをまとめて保存している場所でした。前回ふれたように、村民が入口を厳重に施錠し、24時間態勢で見張りを立てていた場所です。

 見張り役に加え、急を知って入口周辺に50名ばかりの村民が駆け付けましたが、その顔ぶれは主に60~80代の老婦、つまりお婆さんが中心。しかし、警官隊は抵抗力に乏しいお婆さんたちにも全く容赦することはありませんでした。

 前もって打ち合わせができていたのでしょうが、警官隊はまず消防車を前面に立てて、高圧放水を実施。それを浴びてバタバタと村民が倒れたのに乗じて機動隊が襲いかかり、警棒をふるって老婦らを殴打したのです。相手がお婆さんでも一切手加減することはなく、このために負傷し、また殴られて気絶する老婦も多数出たとのことです。

 これで抵抗は排除された、ということになるのでしょう。機動隊は二重三重に施錠された財務室入口のドアを破って室内へと入り、村民たちが必死で守り続けていた会計書類など一切を持ち去ったのです。

 『明報』によると財務室は村民委員会の建物の3階にあり、機動隊に続いて建物の中へと入った当局の役人多数が奪い取った帳簿などを一切を外に持ち出し、警察車両のところでパラパラとめくって内容を確認していたそうです。もちろん村民たちは高圧放水と警棒による殴打で排除されており、手も足も出ません。

「奴らは村民の目が届かないのをいいことに、きっと核心にふれる資料を破棄するか改竄するつもりなんだろう」

 『明報』に電話で事件を知らせてきた村民の一人は、涙声で嗚咽しながらそう話したそうです。

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 別の村民は思わぬ事態に、広州市公安局(警察署)に急を告げ、上級部門(番禺区は広州市に属する)にあたる市公安局に救援を求めました。ところが返ってきた答は何と恫喝でした。

「お前らがまた騒いだら、今度は数百人どころか数千人を出動させてその口を塞いでやるからな」

 この言葉で「武力鎮圧」が番禺区政府はもちろん、広州市政府の意思でもあることがわかります。

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 会計書類を奪ったことで警察側は作戦目的を達成したことになりましたが、事件はそれだけでは済まず、機動隊は放水と警棒で負傷あるいは昏倒した老婦らを拘束、連行していきました。負傷者は正規の病院ではなく、留置所の医務室で治療を受けたらしいという村民の声を『明報』は伝えています。その人数は48名にものぼるとのことですが、正確な消息は未だ不明のままです。

 ちなみに、事件当日のものを含めた画像が反体制系ニュースサイト「大紀元」(中国語版)に出ています。

 http://www.epochtimes.com/gb/5/9/14/n1052238.htm

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 前日の村長罷免動議成立から一夜明けてのかくも容赦なき武力弾圧。この暗転を一体どう捉えたらいいのでしょう。

 警官隊の行動が番禺区政府だけでなく広州市政府の意思でもあるらしいことは市公安局の対応で察することができます。あるいはもう1ランク上の広東省政府の意思かも知れません。より一歩進めて、北京の中央政府から直々の命令が下った可能性もあります。

 それは、今回の件が他の農村争議などとは違い、立派な「民主化運動」だからです。しかも反体制系知識人らがそれを応援している。「署名活動→村長罷免」というプロセスは法の手続きに則ったものですから、これがモデルケースになると全国の都市や農村の末端組織に同様の動きが飛び火し、各所に火の手が上がるという中共政権にとって最悪の事態にもなりかねません。

「一見庶民派のスタンスであるかのような胡錦涛総書記・温家宝首相なら一議もなく潰しにかかるところでしょうが」

 と前に書きましたが、広州郊外という海外プレスも入りやすい場所が舞台ながら、それを顧みずに「一議もなく潰しにかかる」ことが選択されました。

 事件の性質が正真正銘の「民主化運動」であるために、しかも全国各地に飛び火すれば炎を噴き上げる可能性の高い社会状況があるために、「海外の目」を顧慮せず、動じずに警官隊の投入となったのではないかと思います。この点は1989年の天安門事件(軍を投入して民主化運動を武力鎮圧)と同質の、中共政権の凄みを感じます。

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 それにしても皮肉なものです。温家宝首相は欧米諸国による人権問題批判を念頭に置いてのことでしょう、9月6日、ブレア英国首相との会見を前に、「村」や「街道」(都市部における末端行政単位)での直接選挙実施などを足掛かりに、着実に民主化を進めていくとの決意表明を行っているのです。

「もし中国人民がひとつの村をうまく運営することができれば、その後数年の間に鎮(村のひとつ上の行政単位)をちゃんと運営できるようになると確信している。この制度は順序よく漸進的にやることになる」

 と温家宝はコメントしています。が、実際にはそれから一週間と経たぬうちに、全く正反対の、「官」が問答無用で法を踏みにじり、村を踏みにじる事件が起きたのです。

 タイトルにあるように、私は今回の件について「民主化運動」だから素早く弾圧されたと考えています。当局にとっては都市部でそれが起きるのも怖いでしょうが、中国にあって都市など所詮は農村という闇の広がりの中に点々と灯った豆電球のようなものです。「農民による民主化運動」はいよいよ怖いでしょう。「農村が都市を包囲する」ではありませんが、他ならぬ中共が農村での運動を基礎にして政権を奪取しているのです。

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 「潰せ」

 という指示がどのレベルから出たのかは実に興味深いところです。案外、先日は偉そうに漸進型民主化構想を語ってみせた温家宝あたりが命じたものかも知れませんよ。

 普段から庶民派を偽装しているこのウソ泣き首相、実はちょうど9月9日から13日にかけて広東省を視察しているのです。広東省のトップなどを引き連れて、珠海、中山、仏山、東莞、深セン、そして当の広州などを相前後して訪れています。

 http://news.xinhuanet.com/newscenter/2005-09/13/content_3485387.htm

 海外にも報じられた事件なのですから、「知らなかった」では済まされませんよ。



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 前回にチラリとふれた「農民の民主化運動」の新展開についてです。広東省は広州市、番禺区魚窩鎮の太石村が舞台の事件。ここ1カ月余りの間に様々な動きが出て、事態は展開に展開を重ね、目まぐるしく二転三転しました。

 「斜陽の広東王国に農民のハンストに上海の情報戦。」(2005/09/01)
 「お馴染みの農民争議、でもこれはちょっと違う。」(2005/09/11)

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 ここまでの流れを追ってみますと、

 ●太石村が再開発を目的とした土地売却を行う。
 ●村に入る筈の土地売却益約1億元が行方不明に。
 ●村民委員会主任(村長)に汚職疑惑。
 ●村民の会計資料開示を村長は拒否。
 ●村民は村長罷免動議を決議。
 ●土地売買の経緯が明らかにならないままの土地収用に反対する農民が警官隊と衝突。
 ●番禺区政府に村長改選要求を提出するも、区政府(民政局)はあっさりと拒否。
 ●農民が区政府庁舎前に座り込んでハンストなどの抗議活動。翌日に警官隊がこれを一掃。
 ●農民は退却したもののこれに屈せず、今度は署名運動を展開。1000名近い署名を集める。

 ……ということになります。

 土地をめぐる官民衝突は農村・都市を問わず全国各地で頻発しており、当ブログもその一部とはいえ、かなりの数の事件を昨年から紹介してきました。

 でも上記
「お馴染みの農民争議、でもこれはちょっと違う。」で指摘したように、今回の争議は表面的には過去のケースと似ていても、その実質は全く別物です。

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 重複を恐れずにいいますと、頻発しているケースは「立ち退き補償金が少ない」「立ち退きたくない」「移転先に不満」「強制執行など政府のやり方が横暴」といったあたりが対立の焦点となっています。その問題をつきつめていけば、政治制度や民主化といった課題に行き当たることでしょう。ただし現状では社会問題のレベルに過ぎません。

 ところが太石村の事件は「罷免動議」に基づいた「村長改選要求」が主題なのです。いきなり「民主化」がテーマに据えられた点が他のケースと全く異なります。政治問題なのです。9月11日付のエントリーでこれを、

「農民による民主化運動」

 とわざわざ赤くして書いたとき、背中がゾクゾクするというか血が騒ぐというか、そういう戦慄に私は襲われました。それにしても罷免動議、改選要求、ハンスト、署名活動といった闘争手段が村民たちの発想から出るものだろうか……と首をひねっていたら、果たせるかな人権活動家が軍師のように農民を指導しており、一方で中国内外在住の反体制系知識人が連名で支持声明を発表、村民を応援するネット上での言論活動も展開されました。ちなみに、村民による改選要求は中国国内の法規に照らしても合法的なものです。

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「一見庶民派のスタンスであるかのような胡錦涛総書記・温家宝首相なら一議もなく潰しにかかるところでしょうが、海外で報道されるとそう簡単に事を運べなくなります」

 と以前に指摘しましたが、その後事態は村民側に有利に展開しました。反中共系ラジオ局RFA(自由亜洲電台)によれば、改選要求を拒否していた番禺区政府・民政局が村民が提出した署名を受け入れ、その確認作業に入ったのです。

 http://www.rfa.org/cantonese/xinwen/2005/09/09/china_rights_taishi/

 中国の法律では、有権者300名の署名が確認されれば村長罷免動議が認められることになるそうです。そして9月11日、太石村の村民委員会が「太石村村民による村長罷免動議が認められた」という魚窩鎮政府の公告を発表しました。

 http://asiademo.org/2005/09/20050914b.htm

 つまりは法の定める手続き通りに事が運んだに過ぎないのですが、「法制あって法治なし」という中国社会にあって、常に弱者の立場に立たされる農民の要求が法律に即して認められたことは画期的な事件ともいうべきものでした。

 今後は村長罷免の是非を問う投票が村民によって行われ、それに平行して太石村の会計記録の監査が実施されるということになります。すでに関連資料を村長のもとから奪取していた村民は「公開された形での監査には応じる」としていました。

 会計記録など資料の一切はある部屋にまとめて保存され、入口はドアと鉄格子型ドアという二重構造(中国や香港では珍しくありません)。その鉄製のドアにもチェーンロックなどがいくつか施されたうえ、その前に椅子を置いて村民たちが24時間態勢で警備していました。

 http://img.epochtimes.com/i6/5091400081673.jpg

 物々し過ぎるようでもありますが、「官」に対する「民」の抜き難い不信感が如実に表現された情景といえるかと思います。「公開された形の監査には応じる」という村民の姿勢にもそれが出ています。

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 ともあれ、「農民による民主化運動」は勝利を収めたのです。「憲政・民主の先例を開くもの」と反体制系知識人たちは評価し、広東省の地元紙で権力に屈さぬ報道で定評がある『南方都市報』(2005/09/12)は、「改革・開放の初期に実施された農業改革(全面請負制:悪平等ではなく収穫量に応じて各人の実入りが決まる)のテストケースにも匹敵する画期的な出来事」と報じたそうです。

 くどいようですが、これが9月11日です。改めてそう書かなければならないのは、事態は翌12日、信じ難い方向へと暗転することになるからです。


「下」に続く)



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