前回にチラリとふれた「農民の民主化運動」の新展開についてです。広東省は広州市、番禺区魚窩鎮の太石村が舞台の事件。ここ1カ月余りの間に様々な動きが出て、事態は展開に展開を重ね、目まぐるしく二転三転しました。
「斜陽の広東王国に農民のハンストに上海の情報戦。」(2005/09/01)
「お馴染みの農民争議、でもこれはちょっと違う。」(2005/09/11)
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ここまでの流れを追ってみますと、
●太石村が再開発を目的とした土地売却を行う。
●村に入る筈の土地売却益約1億元が行方不明に。
●村民委員会主任(村長)に汚職疑惑。
●村民の会計資料開示を村長は拒否。
●村民は村長罷免動議を決議。
●土地売買の経緯が明らかにならないままの土地収用に反対する農民が警官隊と衝突。
●番禺区政府に村長改選要求を提出するも、区政府(民政局)はあっさりと拒否。
●農民が区政府庁舎前に座り込んでハンストなどの抗議活動。翌日に警官隊がこれを一掃。
●農民は退却したもののこれに屈せず、今度は署名運動を展開。1000名近い署名を集める。
……ということになります。
土地をめぐる官民衝突は農村・都市を問わず全国各地で頻発しており、当ブログもその一部とはいえ、かなりの数の事件を昨年から紹介してきました。
でも上記「お馴染みの農民争議、でもこれはちょっと違う。」で指摘したように、今回の争議は表面的には過去のケースと似ていても、その実質は全く別物です。
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重複を恐れずにいいますと、頻発しているケースは「立ち退き補償金が少ない」「立ち退きたくない」「移転先に不満」「強制執行など政府のやり方が横暴」といったあたりが対立の焦点となっています。その問題をつきつめていけば、政治制度や民主化といった課題に行き当たることでしょう。ただし現状では社会問題のレベルに過ぎません。
ところが太石村の事件は「罷免動議」に基づいた「村長改選要求」が主題なのです。いきなり「民主化」がテーマに据えられた点が他のケースと全く異なります。政治問題なのです。9月11日付のエントリーでこれを、
「農民による民主化運動」
とわざわざ赤くして書いたとき、背中がゾクゾクするというか血が騒ぐというか、そういう戦慄に私は襲われました。それにしても罷免動議、改選要求、ハンスト、署名活動といった闘争手段が村民たちの発想から出るものだろうか……と首をひねっていたら、果たせるかな人権活動家が軍師のように農民を指導しており、一方で中国内外在住の反体制系知識人が連名で支持声明を発表、村民を応援するネット上での言論活動も展開されました。ちなみに、村民による改選要求は中国国内の法規に照らしても合法的なものです。
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「一見庶民派のスタンスであるかのような胡錦涛総書記・温家宝首相なら一議もなく潰しにかかるところでしょうが、海外で報道されるとそう簡単に事を運べなくなります」
と以前に指摘しましたが、その後事態は村民側に有利に展開しました。反中共系ラジオ局RFA(自由亜洲電台)によれば、改選要求を拒否していた番禺区政府・民政局が村民が提出した署名を受け入れ、その確認作業に入ったのです。
http://www.rfa.org/cantonese/xinwen/2005/09/09/china_rights_taishi/
中国の法律では、有権者300名の署名が確認されれば村長罷免動議が認められることになるそうです。そして9月11日、太石村の村民委員会が「太石村村民による村長罷免動議が認められた」という魚窩鎮政府の公告を発表しました。
http://asiademo.org/2005/09/20050914b.htm
つまりは法の定める手続き通りに事が運んだに過ぎないのですが、「法制あって法治なし」という中国社会にあって、常に弱者の立場に立たされる農民の要求が法律に即して認められたことは画期的な事件ともいうべきものでした。
今後は村長罷免の是非を問う投票が村民によって行われ、それに平行して太石村の会計記録の監査が実施されるということになります。すでに関連資料を村長のもとから奪取していた村民は「公開された形での監査には応じる」としていました。
会計記録など資料の一切はある部屋にまとめて保存され、入口はドアと鉄格子型ドアという二重構造(中国や香港では珍しくありません)。その鉄製のドアにもチェーンロックなどがいくつか施されたうえ、その前に椅子を置いて村民たちが24時間態勢で警備していました。
http://img.epochtimes.com/i6/5091400081673.jpg
物々し過ぎるようでもありますが、「官」に対する「民」の抜き難い不信感が如実に表現された情景といえるかと思います。「公開された形の監査には応じる」という村民の姿勢にもそれが出ています。
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ともあれ、「農民による民主化運動」は勝利を収めたのです。「憲政・民主の先例を開くもの」と反体制系知識人たちは評価し、広東省の地元紙で権力に屈さぬ報道で定評がある『南方都市報』(2005/09/12)は、「改革・開放の初期に実施された農業改革(全面請負制:悪平等ではなく収穫量に応じて各人の実入りが決まる)のテストケースにも匹敵する画期的な出来事」と報じたそうです。
くどいようですが、これが9月11日です。改めてそう書かなければならないのは、事態は翌12日、信じ難い方向へと暗転することになるからです。
(「下」に続く)
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