ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

災害時の障害者支援 共生社会へ経験生かそう

2018年04月25日 14時39分18秒 | 障害者の自立

 災害時の支援は、それを最も必要とする人をまず優先するべきだろう。だが、必ずしもそうではなかったことが熊本地震で明らかになった。本紙連載「あの時何が 被災地障害者センター編」は、被災した障害者に「格差」が生じ、支援の網の目からこぼれ落ちていた実態を伝えている。その背景には障害に対する無知や無理解、誤解があり、それが偏見や差別、無関心につながったようだ。

 熊本地震では、避難所の通路の段差や多目的トイレなどの未整備が、障害者やお年寄りらの障壁となった事例が数多く見られた。さらに、被災者への画一的な平等主義も障害者にとって高いハードルとなったとの指摘がある。

 精神障害や発達障害がある人は、騒々しい環境や集団行動になじめず、苦痛を感じることがある。このため避難所で食料や支援物資を受け取る行列に並べず、代わりに並んだ家族が「並んだ人の分しか渡せない」と言われたケースも少なくなかったという。

 地震避難という過酷な状況の中で、われ先にと必要以上の物資を受け取ろうとする事例もあり、避難所を公平に運営する上でルール徹底を求めざるを得なかった側面もあるだろう。しかし、障害者に対する無理解や理解不足から、適切な支援が及ばない状況を生んでしまった面も否めない。

 そうした状況に直面するのを恐れて、自家用車や損壊した自宅にとどまった障害者やその家族も多かった。県内避難者はピーク時18万3882人とされているが、これは指定避難所での集計にすぎない。行政は、車中泊を余儀なくされた障害者など社会的弱者にしっかり目を向け、多様な避難動向の把握と救援の方策を真剣に検討すべきだろう。

 障害者の暮らしにくさを解消する支援を実現するには、「合理的配慮」が必要とされる。例えば避難所での情報提供時、アナウンスだけでなく掲示や筆談、手話通訳などを用いることは聴覚障害者への合理的配慮につながる。

 障害者差別解消法は、費用や人手がかかり過ぎない範囲で設備やサービス提供の方法などを整える合理的配慮を、国や自治体に義務付け、民間事業者にも努力義務として求めている。県も「障害のある人もない人も共に生きる熊本づくり条例」を施行しているが、熊本地震で合理的配慮が反映されたとは言い難い。応急仮設住宅の整備についても、室内の段差や入り口の狭さなど、車椅子利用者への配慮を欠くと批判されたことを重く受け止めるべきだろう。

 障害者イコール福祉避難所という思い込みも、障害者を身近な避難所から排除しかねない。収容人数が限られる福祉避難所が本来受け入れるべき重度障害者を支援するには、一般の避難所が障害の有無にかかわらず広く地域住民を受け入れるのが望ましい。合理的配慮の発想が多くの被災者を支援する土台となるはずだ。熊本地震の経験を、障害の有無を問わない共生社会の実現に生かしたい。

4月24日    熊本日日新聞


閉鎖回避 地元住民がNPO設立、指定管理者に

2018年04月25日 13時14分14秒 | 障害者の自立

 精神障害者らを受け入れている長野市地域活動支援センター「とがくししょうまの家」(長野市戸隠豊岡)の指定管理者に今月、地元住民らが作ったNPO法人がなった。一時、指定管理者が見つからず、閉鎖も検討されていたが、運営が続けられることになった。

  同施設は1995年に旧戸隠村が開設。戸隠地区や周辺地区の精神障害者や知的障害者10人が利用登録している。利用者は社会参加や復帰に向け、他者と交流する場にしたり、職員のサポートを受けながら、高齢者施設や公衆トイレなどの清掃を請け負ったりするなどしている。

 この施設は3月まで長野市の社会福祉法人が指定管理者になっていた。しかし、市街地から職員の通勤が困難などとして、今春の契約を更新しないことにした。市は昨年、指定管理者を募集したが、応募はなく、利用者を別の施設に移して閉鎖するか、直接運営するかを模索していた。

 この状況を市から聞かされていた戸隠地区出身で保健師の橋詰ゆき枝さん(71)=長野市県町=は「施設が閉鎖されれば利用者が通えなくなり、引きこもりになるかもしれない」と、地元住民らと昨年11月にNPO法人「とがくししょうま」を設立。指定管理者を引き受けた。

 旧戸隠村時代、施設の設置に関わっていた橋詰さんは「この施設があるから1人暮らしできている障害者もいる」と必要性を訴える。施設が地域の中にあることで「近所の人が利用者の様子を施設に教えてくれることもあり、症状の悪化を防げる」と語る。

 職員の高齢化や活動資金など課題は残っている。しかし、今後は認知症患者の受け入れやグループホーム、地域住民との交流会など事業を広げる予定だ。「いろいろな障害の人が来られる場所にしたい。地域の人にももっと来てもらいたい」と呼びかけている。

【ガン・クリスティーナ】毎日新聞      2018年4月24日


玉城町 健康マージャンで交流 障害者と町民つなぐ

2018年04月25日 13時03分36秒 | 障害者の自立

三重県玉城町佐田の「身障者就労センター 上々」が運営する「さんておーる食堂」で今月から、町民のつどい場として昨年12月に試験的に開設された「健康マージャン ロン」が本格始動した。障害のある同センター利用者がスタッフとして参加し、町民と交流。相互理解を深めて共生する新たな居場所として、期待を集めている。

同町では町地域包括支援室が中心となり、平成27年に地域ケア会議・居場所部会を発足。町民が楽しく集える場所として、同町田丸に「たまきのつどい場『協(かなう)』」を開設した。

昨年からは男性が参加しやすい第2の居場所づくりに取り組み、脳の活性化や認知症予防に効果があるとされる健康マージャンに着目。同部会のメンバーで同センターの上田大輔さん(35)が施設を会場にしてはと提案し、食堂の休業日の活用が決まった。

運営は今月から同センターが担当。「賭けない・飲まない・吸わない」をモットーに、毎週月曜日午前10時―午後3時に「ロン」を開く。町内在住、在勤者が対象で会費は1日100円。

当初から、同センター利用者の木本隼季さん(26)もスタッフとして参加。「みんなが声を掛けてくれるのでうれしい」と話す。初めは緊張から失敗もあったが自分なりに考えて対応を工夫し、月曜日はいつもより30分早く出勤して準備や受け付けなどを手伝う。

23日は約25人がマージャンを楽しんだ。初心者にはベテランのマージャン愛好家が優しく指導し、点数順にメンバーを入れ替えてたくさんの人と接する機会をつくる。

町内在住の70代男性は「認知症予防で来ているがあっという間に時間が過ぎる」、90代男性は「月曜日が待ち遠しい」、70代女性は「いろんな人と友達になれる」とにっこり。上田さんは「健康マージャンをきっかけに障害者や高齢者が分け隔てなく交わりながら共生していければ」と話していた。

問い合わせは同センター=電話0596(64)8955=へ。

【健康マージャンを楽しむ参加者らと「ロン」の運営を手伝う木本さん(正面奥)

2018年4月25日        47NEWS


障害者競技、広げたい 平昌パラ、アルペン活躍支える さくら・山森さん

2018年04月25日 12時52分29秒 | 障害者の自立

 平昌(ピョンチャン)冬季パラリンピックにアルペンスキー日本チームのスタッフとして参加したスキーインストラクターのさくら市氏家、会社員山森信子(やまもりのぶこ)さん(40)が23日、下野新聞社を訪れ、金1個を含む計6個のメダルを獲得したチームの活躍を振り返った。「障害者スポーツへの関心が高まっている今こそ、裾野を広げたい」と意気込んでいる。

 山森さんは、2010年バンクーバー、14年ソチの過去2大会もチームスタッフとして現地に赴いた。選手と共にスタート地点に立って緊張を和らげたり、鼓舞する言葉を送ったりして、チームはバンクーバー7個、ソチ5個のメダルに輝いた。

 平昌大会ではチームの総務・広報担当として、主に国内外からのメディア対応を担った。「過去2大会に比べてメディアの数が圧倒的に増えた」と障害者スポーツへの関心の高まりを実感したという。

 チームは選手9人、スタッフ9人で臨んだ。中でも村岡桃佳(むらおかももか)選手は、金1、銀2、銅2の計5個と日本選手団全体のメダル(10個)の半分を獲得する快進撃。「日頃の努力と、ハートの強さが光った」と振り返る。

平昌冬季パラリンピックにチームスタッフとして参加した山森さん。「障害者スポーツの裾野が広がってほしい」と話す
 
4月24日           47NEWS

いかがわしくあってはいけない障害者の性

2018年04月25日 11時46分28秒 | 障害者の自立

――“差別撤廃”か“部分的権利保障”か

昨年、障害学会でシンポジウム「障害、介助、セックスワーク」(2017年10月28日、於神戸学院大学)が行われました。シンポジウムでは、障害者の性の問題をめぐって、障害当事者だけでなく、セックスワーカーの社会的な位置づけを踏まえて議論されるべきであるという問題提起がされました。

 そこで、ホワイトハンズという団体が行っている「身体障害者を対象にした射精介助」に対して、障害当事者、障害学研究者、福祉関係者から批判が出されました。(※1)本記事では、射精介助をめぐる問題やこれまでの障害者の性に関する論点を解説しながら、ホワイトハンズのような活動の何が問題とされているのかについて説明したいと思います。

 

1.障害者の性のノーマライゼーションの考え方

 障害者の性のノーマライゼーションの運動、議論、実践、支援の歴史は、他のさまざまな課題についての障害者運動、ノーマライゼーションの歴史と同じくらい長いと言えます。これまで障害当事者たちは性に関して、差別撤廃に関する普遍的な考え方にもとづいた問題提起をし、実践や支援のあり方を模索、開発してきました。

 それがどのようなものかを説明する前に、最初に“ノーマライゼーション”の概念と、障害当事者たちが語ってきた普遍的な問題提起を押さえておきたいと思います。

 ノーマライゼーションについては、「障害を持つ人も高齢者も子どももすべての人が特別視されることなく、同じように社会の一員として、当たり前の個人として、社会生活に参加し、行動することができ、また日常の生活においては、障害を持つ人たちのさまざまな欲求が障害を持たない人と同様に、ごく自然に満たされていくことが当然であるという考え方である」、という説明をここでは採用します(※2)。

 この考え方を障害者の性の権利にも当てはめて考えることが、「障害者の性のノーマライゼーション」ということです。ここで重要なのが、「障害者の性に、社会の性規範や慣習的な性を投影しないこと」。これは長年、障害当事者たちから異口同音に主張されてきたことです(※3)。

 障害者の性は、この社会の性規範である、家父長制、異性愛主義、健常主義から疎外され、“規格外”の性とされてきたことで、スティグマ化、不可視化されてきました。性器中心主義や、射精・オーガズム至上主義といった、この社会に存在する性にまつわる“正解と基準”は、障害のある人や、“正解と基準”に合わない多くの人を苦しめています。

 健常者において、性的欲求や性活動は多様であるのと同じく、障害者にとっても多様であり、一律に「こうであるべき」との規範は、つねにそこから外れる人たちを生み出し、スティグマを与えます。

 健常者の中には、性愛の対象が異性ではなく、同性に向く人がいます。それと同じく、障害者にもいます。同性も異性も対象になる健常者がいるのと同じく、障害者にもいます。また、自分の親と同じくらいの年齢が対象になる健常者も障害者もいます。罵倒されたり、ムチで打たれることで初めて性的興奮を得られる健常者も障害者もいます。靴やストッキングに性的興奮を覚える健常者も障害者もいます。三次元ではなく二次元にしか対象が向かない健常者も障害者もいます。こういった性的欲望が一切ない健常者も障害者もいます。

 このようなさまざまな欲望があっても、それらを日常生活で満たすことが難しい人たちがいて、その欲望を性風俗産業やポルノ産業がすくいあげています。さまざまな障壁により行動を制限されている障害者にとっては、健常者以上にそれらの産業が提供するサービスは重要性が高い。性風俗産業やポルノを否定する性規範は、とりわけ障害者が性を選択する自由を侵害するものと言えるでしょう。

 この障害者の性のノーマライゼーションの理解は、自分がどれだけ世の中のセクシュアリティの多様性を理解しているか、つまり私たちのセクシュアリティ観が問われる問題です。したがって、障害の有無に関係なく、すべての人が自分を軸にした性の楽しみ方を持てることが、長年の議論がたどり着いた性の権利の考え方です。

 障害者の性の権利に関して国が普及啓発しているものでは、2002年厚生労働省が、世界保健機関(WHO)が採択したICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)を翻訳し、「国際生活機能分類-国際障害分類改訂版-」(※4)としてWebで公表しています。「身体障害者の性活動」(玉垣努・熊篠慶彦編)の執筆者の一人である田畑雄吉氏は、このICFの中から障害者の性生活に関わる項目をピックアップして表にまとめています。

 

 近年、障害者総合支援法(2013年施行)や障害者差別解消法(2016年施行)ができましたが、このICFが普及する兆しは見られません。そのため、介助者や作業療法士など福祉関係者が、障害者のセクシュアリティについての間違った考え方に気づいたり、環境的・人的課題や支援について学ぶ機会もないのが実情です。

 現在、障害者の性を支援する代表的な団体が、冒頭で触れたホワイトハンズと、もうひとつノアールです。しかし、両者はとても対照的な団体です。ふたつを比較することで、障害者の性についてさまざまな気づきがもたらされます。以下に、ノアールとホワイトハンズの支援プロセスごとの理念と実践を照合したものを解説します(リンク先PDFファイルを開くと比較表が見れます)。

  

2.障害者の性を支援する、ノアールとホワイトハンズの違い

 性の支援の目的で問われる理念【ノーマライゼーション】

 まず2団体について簡単に紹介します。

 ノアールは、脳性まひの身体障害者の当事者である熊篠慶彦さんによって、2004年に設立されたNPO法人です。

 ノアールの活動は、身体障害者のマスターベーション介助に伴う「中間支援」や、身体状況に合わせた必要最低限度の支援、そのための環境コーディネートなどを行なっています。また、身体障害者の性の支援の専門書『身体障害者の性活動』(2012年)の発行などを通じて、障害者のセクシュアリティ支援の普及を行ったりしています。昨年、熊篠さんがモデルになった映画「パーフェクト・レボリューション」(リリー・フランキー主演)の公開が話題になったことでも有名です。

 ノアールの活動目的は、「性に関する問題を中心に、障害者に様々な情報を提供したり、障害者自らが自己選択・自己決定に基づき自由なライフスタイルを選択することができるように支援する環境や斬新な仕組みを作り、また社会一般の人達の理解・協力を得るための情報発信事業を行うことにより、障害者が真に公平な社会参加を実現し、生きる勇気や希望に満ちた人権生活を確立すること」(ノアール設立趣意より)です。

 一方、ホワイトハンズは、健常者の坂爪真吾さんによって2008年に設立され、2011年に一般社団法人化された団体ですが、設立前の2007年に性風俗店としての営業許可を取得しています。

 ホワイトハンズは、「新しい性の公共」を掲げ、障害者の性、高齢者の性、不倫、セックスワーク、JKビジネス、童貞・処女、セックスレスの問題など、性にまつわるテーマであればなんでも扱っています。近年、「風俗嬢を福祉に繋ぐ」をテーマに活動する風テラスというプロジェクトが多くのメディアで取り上げられたことでも有名で、セックスワークや、障害者の性に関する著書も出版されています。

 ホワイトハンズによる障害者の性の支援では、“射精・勃起機能が正常な”重度身体障害者男性のみを対象に、「女性ケアスタッフ」が手袋をした手で性器を刺激して射精させる(手コキ)「射精介助」の活動をしています。この活動の目的は、「射精介助による、障害者の性に関する尊厳と自立の保護、定期的な射精介助による性機能の健康管理」で、射精介助は、「性的な快感の『最大化』を目的とする介助ではなく、『性機能の健康管理』という目的を達成するための、性的な快感の『最適化』を目的とするケア」だとされています(※5)。

 ノアールとホワイトハンズの違いを簡単に説明すると、ノアールは障害者の性の権利に関して“差別撤廃”と5W1H(いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように)にもとづく支援を目指す障害当事者主体の団体であるのに対し、ホワイトハンズは、障害者を差別する社会のありようは前提とした上で、健常者とは違う障害者(主に異性愛男性)の性の“特別な固有の限定的/部分的権利保障”(エロなし・手コキ射精のみの支援)をする非当事者主体の団体だと言えます。

 ノアールには、障害者が健常者と同じような性の権利が保障されない社会編成自体を問い返す視点がありますが、ホワイトハンズは、障害者がエロから排除される社会的必然を前提とした“障害者固有の性の権利”であるため、“差別撤廃”を目的とはしていません。どういうことか、さらに具体的にみてみましょう。

 性に関する支援で大事なこと【関係構築とテクノロジーの推奨】

 従来、障害者の自立生活を進める運動においては、(1)障害者と介助者との関係やせめぎあいを大事にしてきた面と、(2)たとえばエレベーターや福祉機器など、障害者が介助者を使わずにすむテクノロジーを推奨してきた二つの面があります。これは、障害者と介助者のよりよい関係を模索しつつ、一方で、障害者自身でできる領域を広げるためです(※6)。

 ノアールの障害者の性の支援内容は、こうした障害者の自立生活運動のアドボカシーと方向性を同じくしており、なるべく障害者自身の手でマスターベーションをしたり、自助具の利用動作を行なうことを基本姿勢とし、自助具の開発や改良(※7)、環境コーディネートといった「中間支援」を重視しています。

 マスターベーションをする環境の整備に関してであれば、「たとえば、マスターベーションはできるがパンツの上げ下ろしができない障害者のパンツの上げ下ろしをする支援、性器のある場所まで手を持っていくことができない障害者の手をその場所まで持っていく支援、性器を握ることはできるけど腕を動かすことができない障害者の腕を動かせる支援など」です(※5)。

 性の支援の対象で配慮すること【当事者分断の回避、勃起/射精中心主義からの自由度】

 一方、ホワイトハンズのサービスではこうした「脱・手助け幻想」(中間支援)は踏まえず、まず女性ケアスタッフの手コキによる射精介助ありきとなっています。そのため、ノアールのように障害当事者にサービスを合わせるのではなく、ホワイトハンズのサービスに当てはまる障害当事者だけが利用できるというスタイルです。ホワイトハンズは福祉団体の体で活動していますが、このスタイルは、福祉の理念とはむしろ真逆だと言えるのではないでしょうか。

 では、ホワイトハンズのサービス対象者はどのようになっているかというと、勃起・射精機能のある脳性まひと神経難病の男性障害者のみに限っていて、勃起や射精が困難な人、またはコントロールが難しい人が多いと言われている脊髄損傷・頚椎損傷、高次脳機能障害の人たちはサービス対象外となっています。しかし実際には勃起や射精機能には個人差があったり、たとえ勃起しにくくても性欲や快感はあったりします。

 こうしたサービスのあり方は、勃起と射精機能の正常/不能をめぐる既存のセクシュアリティ観を強化し、障害の種類の中でさらに差別する意識や劣等感、当事者分断を生じやすくします。

 当事者分断というのはどういうことかというと、部分的な課題解決や、限定された当事者だけが助かったり認められたりするような解決策をとることで、それによって恩恵を受ける当事者と、そうでない当事者が出てきてしまうということです。そして、このような解決策に賛成するか反対するかの立場で当事者が対立し、分断が起きやすくなってしまうのです。

 性の介助者への研修と当事者のニーズ把握が目指すもの【ノーマライゼーションの理解と普及、言語化/非言語化ハラスメント対策】

 ノアールでは、介助者への研修や、利用者の身体状況と個々のニーズのアセスメントなどを通じ、既存の障害者観の払拭に努めています。また、障害の種類に関わらず、性規範外の多様な性的欲望・快楽の実現可能性を模索・支援します。

 「障害者は手助けしなければならない」という手助け幻想を排除する介助原則の徹底は、介助に関わる人に、障害の社会モデルやノーマライゼーションの実践プロセスを学ばせることで、社会的弱者の弱みにつけ込む金儲け目的の人物や事業を見分ける力を養い、結果、弱者ビジネスの参入を防ぐことにも繋がります。

 また、利用者のニーズ把握としてノアールが行う事前のケアプラン作成は、双方向コミュニケーションを充実させています。これは、当事者のニーズを介助者が勝手に自分の解釈で言語化したり、または本来のニーズを言語化せず、ハラスメントになることの防止対策にもなります。

 AV視聴等、自慰行為の関連サービスの有無で問われる問題【性の管理度】

 なくすべき障害者観、または障害者の性のバリアフリーの障壁の一つとして、「障害者はエロいことをしないし、考えたりしない」という障害者の無辜(むこ)イメージがあります。

 ホワイトハンズが、実際は性風俗店として届け出を出している障害者向けのデリヘルでありながら、自らの団体を性風俗店とは言わず、「介護行為」をしている福祉団体というような見せ方で宣伝しているのは、まさにこの障害者の無辜イメージを裏切らない事業展開をしようとするからではないでしょうか。

 つまりホワイトハンズは、ノアールと違い、エロを一切排除したかたちで手コキ射精介助サービスを行なっているというわけです。たとえ利用者が「アダルトビデオの視聴やエロ本の閲覧をしたい」と望んだとしても、(性風俗店であるにも関わらず、)「性的興奮を喚起するものは原則禁止」としています。そのためもちろん、手コキをする女性介助者は服を着たままで裸になることはなく、利用者が体に触れることも禁止しています。エロから障害者を排除するかたちでの射精介助という、“特別支援”、だから福祉フレームの強調となるわけです。

 こうして健常者の性のあり方との差別化を図り、エロや性風俗に対する社会的反発・人々の嫌悪感をうまくかわし、“障害者の性の自立や尊厳を守る”、“性機能の低下防止”という普遍的な言葉をまとうことで、実態は障害者の性の自己選択を狭めるかたちであっても事業を行うことができていると言えます。これがあまり大きな人権問題に発展せずにやっていけるのは、まさに私たち、この社会がいかに障害者差別社会であるかの証左です。

 ここで、「ホワイトハンズの射精介助を受けた障害当事者が約10年間に667人=1年間に66.7人=ひと月に5~6人(2018年2月8日現在)いるのだから、エロから切り離しても実際のニーズがあるじゃないか」と思われる方もいると思いますが、それだけで結論づけるのには一考の余地があります。

 一般的に、男性器を持つ人がマスターベーションをするとき、いつなんどきも最初から性器を手で刺激することに直結する人も中にはいるかもしれませんが、実際にはいろいろな人がいて、「エッチな動画を見たい」「ラブドールや大人のおもちゃを使ってオナニーしたい」「胸を刺激して感じたい」「チャットで興奮したい」など、やり方が各々あり、それはその日の気分で変化もするでしょう。

 そう考えると、射精介助を受けたいと思った人は約10年間にたった667人しかいなかったという見方もでき、それ以外のほとんどの人たちは、射精介助のような、性的興奮を喚起するエロ禁止のサービスなんて受けたくないと思っているという見方もできます。

 だとすれば、ホワイトハンズのサービスを受けたことがある人は、射精介助以外に他に選択肢がないから仕方なくサービスを受けた人たちなのかもしれず、これを考慮せずに射精介助はニーズがあるというのは問題があります。

 女性の性の支援、同性介助原則で配慮すること【セクシュアリティ理解度、ジェンダー平等度】

 「性的興奮を喚起するものは原則禁止」を掲げる“性介助の福祉団体”(でありながら届出済の性風俗店)ホワイトハンズが抱える自己矛盾の一つに、同性介助が原則ではないことがあげられます。障害者介助は通常、(セクシュアルオリエンテーションに配慮した)同性介助が基本です(高齢者介護の世界では未だ同性介助が徹底されているわけではありません)。

 サービス対象となっている男性障害者に対して、手コキ射精介助をするスタッフも、スタッフ募集の条件も女性に限定されており、ホワイトハンズでは、女ジェンダーの利用はサービス提供に欠かせない要素となっています。

 手コキ行為自体は女性にしかできない行為ではないので、ホワイトハンズのサービス提供方針に従えば、女ジェンダーを利用する必然性はないはずですが、ホワイトハンズが女性スタッフによる手コキにこだわるのは、利用者が女性の手コキスタッフのことを性的に見て射精するのはありだという考えからだと推測できます。

 このことからも、「性的興奮を喚起するものは原則禁止」という事業の建前が信念でも何でもなく、ただ単にそれが世間の見方に対する過剰な配慮からきており、世間の見方よりも一番配慮するべき障害当事者に無理や我慢を強いることになってしまっていることがうかがえます。

 またホワイトハンズは、女性障害者へのサービスはなく、現在検討中として、「女性向けに『分泌介助』(ローションを使用したハンドサービスにより、膣内及び陰部周辺に刺激を与え、『性機能の低下予防』という目的を満たす程度の分量(分量の目安は検討中)の膣液を分泌させるというもの)を考案」しているそうですが、女性障害者から団体への問い合わせがほとんどないことを理由に、「(女性障害者の)当事者は特に苦しんでおらず、周りが勝手に騒いでいるだけ」(※8)との見方を示しています。

 一方、ノアールでは、トランスジェンダーなど利用者のセクシュアリティに応じて配慮する旨明記され、性の支援は女性も対象となっています。

 女性障害者の性の権利に関しては、男性障害者よりも取り組まれてきていない問題が指摘されて久しいです。この問題は、健常者の女性たちの多くが自分本位の性の楽しみ方ができない問題と表裏です。近年、女性向けAVやレズ風俗ブーム(ヘテロセクシュアル女性客の需要)でようやくその内実が明るみになってきました。

 こうした性文化の発展は、女に押し付けられた性規範である、家父長制、異性愛主義、性器・射精中心主義の性文化に無理に合わせることはない、という気づきを女性たちに促しています。女性たちの中のさらにマイノリティの女性たちのセクシュアリティの多様性にとって、ジェンダーニュートラルでユニバーサルデザインのセックスエンターテイメントのコンテンツ需要の可視化はとても重要なのです。

活動のパブリシティのあり方が強化してしまわないように気をつけること【障害者の性の有徴化】

 社会の人々にどのようにして、障害者の性の権利や性活動の支援への理解を広めていくかを考えるときに、「社会が当事者の実状や声に合わせていきましょう」という方向性と、「社会に認めてもらえる当事者や支援にしていきましょう」という方向性があると思います。

 前者の場合、当事者のニーズと問題提起があって、それに合わせて支援メニューがつくられますが、後者の場合、先に社会に支持される支援メニューをつくり、いかに批判されず、社会に媚びた当事者ニーズにするかという本末転倒なことが起こります。

 「社会に支持される障害者の性の権利や性活動の支援」というのは、逆にいうと、「社会に支持されない要素を一切取り除いた障害者の性の権利や性活動の支援」ということになります。社会に支持されない要素とは何かというと、性イメージに付きまとう「いかがわしさ」です。ノアールとホワイトハンズの活動は、この「いかがわしさ」を社会に受け入れさせる闘いをするかどうかで、大きく方向性が分かれています。

 ノアールは、「障害者もエッチなこともいかがわしいこともできる、健常者と同じ選択肢がある社会に!」と率直に問いかけ、ホワイトハンズは、「性機能の健康管理が大事で、定期的に射精する障害者ほど社会活動が活発で、自尊感情が高い傾向がある」というエロ以外の“有用性”を用いました。

 ホワイトハンズが、ノアールのようにエッチなことを全面に出さずに訴えたのは、「これはエロではないし、いかがわしくない」というパブリックイメージでしか、障害者の性の問題を社会化できないし、公的な制度化(※9)もできないと考えたからでしょう。そうして、批判されない当事者の性のニーズとしての射精介助というわけです。

 これにより、ホワイトハンズは「障害者の性の権利のためにすばらしい活動をしている」と、多くの「非当事者」から支持されました。弱者萌えコンテンツばかりをつねに貪るメディアや出版社とは利害が一致し、健常者とは違う「障害者の性」は有徴化されていきました。

 一方、障害者団体や障害者コミュニティの中でホワイトハンズを知る人は少なく、「名前は知っているけど、どんな団体でどんなサービスをしているのかはよく知らない」と言う人がすごく多いのです。ホワイトハンズが当事者のニーズではなく、「社会に受け入れられる当事者ニーズ」に合わせてきたからです。

 ここで、昨年の障害学会シンポジウムに参加していたある障害当事者の意見を紹介したいと思います。

 「今までの障害者の性の権利の普遍的な議論や理念にもとづいた取り組みの積み重ねで切り開いてきたこのフィールドは、ホワイトハンズというブルドーザーによって、一気に更地にされた。そして、そのブルドーザーの尻馬に乗っかった人たちが今もたくさんいる」。

 

 3.当事者のためと言いながら、支援者のためになってないか

 最後に、ホワイトハンズがなぜ今まであまり問題になってこなかったのか、あるいはなぜ障害者の性の権利がこんなに進展しにくいのかについて書いておきたいと思います。

 端的に言ってそれは障害者差別の問題と、セクシュアルライツが普及していないという問題の両輪が支えています。

 前段で述べた、「いかがわしさ」を取り除くかたちでしか性に関することが社会に受け入れられないという問題を社会に問題提起するには、当事者が「いかがわしい性の享楽を認めよ」と言わなければいけません。ここからしてすでに当事者にとってハードルが高くなります。

 いったい誰が、「もっと性活動の選択肢が増えるべきだ」と、顔と名前を出して言う勇気があるでしょうか。そのような勇気のある当事者はまだまだ少数派です。なぜなら乗り越えなければならないハードルと闘う対象が大きくて多すぎる。ましてや女性の当事者であれば、女性差別も加わって、「女なのにエッチに興味があるなんて、ハシタナイ」といった目で見られるでしょう。

 一人暮らしをしたりして自立生活をしている障害者が多くなったといっても、自立生活センターに関わっていれば、女性障害者の仲間や女性の介助者、運動の支援者など、まわりの目を気にしないわけにはいきません。程度の差は地域にも拠りますが、障害者運動をしている人たちの中で、女性解放運動への理解や関わりがある人は多く、その中でも、性労働者のことを「救済されるべき気の毒な人々」と捉える人たちがたくさんいます。

 そういう人間関係の環境で生きている人にとっては、性的サービスを受けたいとか買いたいと口にすること自体がタブーになるそうです。「性的サービスをする側の人権のことを一体どう考えているのか」と言われて糾弾されるからです(※10)。そうして罪悪感も内面化されます。障害者の性の問題が進展しないことについて、よく、「障害当事者から性に関する問題提起がないから」ということが言われますが、それにはこういった背景もあると考えられます。

 このため、福祉ベースではない健常者同様の性の権利を求める障害者たちは、セックスワーカーの運動に希望を見出し、彼女/彼らにコンタクトをとり、連帯するようになるというのが世界的にみられる光景です(※11)。なぜなら、セックスワーカーもまた、「いかがわしい仕事」「働く人の人権が損なわれる仕事」「社会の犠牲者がする仕事」として社会に認めてもらえないことで闘っているコミュニティだからです。

 セックスワーカーと障害者、互いの権利について社会的理解を求める連帯をすることで、「あなたの性活動を悪く思う必要はない」というメッセージを、それぞれの仲間の当事者たちに届け、少しでも勇気づけたいという思いで一緒に運動するのです。

そうすると今度は、セックスワーカー団体が、「セックスワークの仕事の社会的理解を得るために、障害者の性を利用しているのではないか」という批判を受けます。

 このように、社会の私たちがやっていかなければいけないことというのは、障害者コミュニティの中での、セクシュアルライツやセックスワーカーの人権・差別についての理解の促進と、セックスワーカーコミュニティの中での、障害者の人権・差別についての理解の促進ということになります。同時に、今あるセックスワークにおけるさまざまな人権問題や労働問題も解決していかなければいけないということです。

 もちろんこれは、セックスワークにおけるさまざまな諸問題が解決しなければ、障害者への性的サービスの選択肢を広げる事はできないという意味ではありません。セックスワーク/ワーカーに向けられる批判=資本主義の矛盾を一気に解消するような、「クリアな」セックスワーク/ワーカーということを追求しすぎると、今度はかえって新自由主義的な発想・路線に走るというのが近年の流行でつねなので、問題解消の愚直な取り組みとパラレルに進めていくしかないということです。

 しかしながら、この点においてもホワイトハンズは、障害者への性的サービスの選択肢(※12)を広げ、社会の人々からセックスワークへの理解を得るためにも、批判されないセックスワーク/ワーカーというものをつくろうと6年前から政策提言をしています。

 つまり、障害者の性のための射精介助と同様に、「社会から一切批判されないセックスワーク/ワーカーの条件を満たせば、風俗は人々に受け入れられる」という発想で、セックスワーカーの認証制度をつくろうという構想です。

 具体的には、セックスワーカーの条件を、高卒以上の21歳~35歳以下とし、大学以上を優先採用、借金・精神疾患・服薬履歴のある人、売れなさそうな女性はあらかじめ不採用、ギャラは月給制にし、勤続3年以上は働かせない、さらに今ある風俗店の総量を50~100店舗に規制し、顧客もライセンス制にするというシロモノです(※13)。

 ここ2、3年、ホワイトハンズが力を入れている、「風俗と福祉をつなぐ」風テラスという、風俗の現場にソーシャルワーカーなどが出向くアウトリーチ活動は、風俗に働きに来るべきではなかった人とそうでない人を振るい分けしていくことが必要だと人々に思わせるようなパブリシティとアプローチに見え、まさにこの構想の足掛かりとして懸念に足る事態となっています。

 その象徴的な喧伝が、「知的障害者、精神障害者、発達障害、精神疾患の人などが風俗で働いている」とメディアや講演会で強調するセンセーショナルな煽りで、風俗に対する選民思想的な手立ての発想を駆り立てるのには十分なプロモーションとなっています(※14)。これがセックスワーカー認証制度に向けた伏線、風俗再編に繋がるロードマップとして、どれだけの人が先見性を持って見れているのでしょうか。

 ホワイトハンズが提唱するような、社会から批判・心配される要素をすべてなくした完璧なセックスワーク/ワーカーになれば、障害者も誰もが何のおとがめもなく、のびのびと性サービスを利用することができるようになるのでしょうか。このような社会や人々の理解を得る努力を続けるお百度参りは、いつまで、どこまで続けなければいけないのでしょうか。

 近年、社会規範による抑圧を受けるマイノリティの運動全般に共通する傾向として、人々にマイノリティについて理解してもらうことを目指しすぎるのはもう古いという認識が広がっています。時代は、「理解しあえないことを理解しあう」ということが大事、という流れになってきています。感性のある人々は、不可解とか異常行動に見えることをどう理解可能なものに書き換えるかという問題設定から降りているのです。

 ただ問題は、障害者の性のことに関しても、セックスワーカーの問題にしても、議論や活動に関心を持つ人が少な過ぎることです。この記事を読んで少しでも関心を持ってくれたら、SNSなどでできれば感想を添えてシェアしてほしいと思います。そして、性と多様性をテーマに繋がっていけたらうれしいです。

 (※1)私はそのときの報告をFacebookに投稿し、コメント欄にもたくさんの反響があったのでご覧ください。

障害学会シンポジウム 1 テーマ「障害、介助、セックスワーク」のFBレポート

https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=10155663493584404&id=720854403

(※2)田畑雄吉「性のノーマライゼーションに向けて―言葉の定義を説明し、一般社会に理解してもらえるように」、玉垣努・熊篠慶彦編『身体障害者の性活動』(三輪書店、2012年、147頁)

(※3)・倉本智明編『セクシュアリティの障害学』(明石書店、2005年)

石川准倉本智明編著『障害学の主張』(明石書店、2002年)

・河原正実・谷口明広「『正常位』はだれが決めた?」、障害者の生と性の研究会『障害者が恋愛と性を語り始めた』(かもがわ出版、1994年、197頁)

安積遊歩著『癒しのセクシー・トリップ―わたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社、1993年)

・熊谷晋一郎・熊篠慶彦ほか出演「障害者と性 ~共生社会のタブー~」日本財団ソーシャルイノベーションフォーラム2017の分科会、2017年11月18日、東京国際フォーラム)

(※4)「国際生活機能分類-国際障害分類改訂版-」(2002年厚労省翻訳)

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0805-1.html

(※5)草山太郎「障害者への性的支援のあり方を考える 特定非営利活動法人ノアールの理念と活動を中心に」(2017年10月28日、障害学会シンポジウムで発表された草山氏の報告資料7頁)

http://maedat.com/jsds2017/program/symposium_1/

(※6)渡邉琢『介助者たちは、どう生きていくのか』(生活書院、2011年、206-207頁)

(※7)ノアールの性的自助具のプロトタイプ
http://www.npo-noir.com/?page_id=304

(※8)NEWSポストセブン「『性介護』NPO 女性向けサービスないのはニーズがないため」(2012年6月27日)

http://www.news-postseven.com/archives/20120627_119234.html(※9)ホワイトハンズ坂爪真吾blog「【2218日目】厚生労働省障害福祉課で、「障害者の性と生殖に関する権利の保障」に関する提言をしました」

http://blog.peachcare.jp/?day=20140415

(※10)「でも、ぼくたちはやりたい!―ソープランドに出かける障害者たち『2「メインストリーム」論争』」、障害者の生と性の研究会『障害者が恋愛と性を語り始めた』(かもがわ出版、1994年、143頁)によると、「討論会を企画したスタッフ側は、議論がソープ、あるいは売買春の是非に偏り、本来のねらいであった障害者の性はどうあるべきか、こんなふうに悩んでいるのにどうすればいいのか、というテーマから離れがちだった」という。

(※11)・台湾のセックスワーカー支援団体・日日春關懷互助協會(COSWAS)と障害者の連帯についてのレポート「セックスワーカーは場所を要求する! アジアセックスワーカーアクションワークショップ2015報告書」(SWASH発行、2016年)

http://swashweb.sakura.ne.jp/file/taipeiworkshop2015.pdf

・豪のセックスワーカー団体タッチング・ベースで、障害者にも健常者にも性的サービスを提供するセックスワーカーのドキュメンタリー映画「スカーレットロード」。自主上映会開催希望のお問い合わせはSWASHまで。公式パンフレットのダウンロード版も近日案内予定。

https://www.youtube.com/watch?v=meLvRr4fTBQ

(※12)要友紀子「『射精介助があるから解決』ではない!」(2017年10月28日、障害学会シンポジウムで発表した要の報告資料5頁)

http://maedat.com/jsds2017/wp-content/uploads/2017/09/171028symposium_1_要.pdf

(※13)「SEXWORK3.0」ホワイトハンズ発行、セックスワークサミット2012資料

(※15)「性風俗の世界を、司法と福祉の光で照らす『風テラス』」
https://inumimi.papy.co.jp/inmm/sc/kiji/1-1107739-84/

 その他参考にした書籍、団体、映画、講演、レポート、関係省庁の資料等

 ・草山太郎(2011)障害者の性的サービスについて考える:ホワイトハンズの理念とサービスの検討をとおして 追手門学院大学社会学部紀要 5巻 1-21

http://www.i-repository.net/il/meta_pub/G0000145OTEMON_402110303

結城康博米村美奈武子愛後藤宰人著『福祉は『性』とどう向き合うか 障害者・高齢者の恋愛・結婚』(ミネルヴァ書房、2018年)

・「熊篠慶彦さん(2)きれいごとでごまかさず、取り組む…NPO法人設立」(ヨミドクター、2015年8月10日)

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20150810-OYTEW55116/
・障害者の性に関するスペインのドキュメンタリー映画「Yes, We Fuck!」(2015 年。日本語字幕版貸出お問い合わせは関西クィア映画祭事務局まで)

http://kansai-qff.org/2017/works/yeswefuck.html・「松沢呉一のビバノンライフ 連載 – ホワイトハンズの何が問題か」の記事アーカイブ

https://www.targma.jp/vivanonlife/category/serialization/%e3%83%9b%e3%83%af%e3%82%a4%e3%83%88%e3%83%8f%e3%83%b3%e3%82%ba%e3%81%ae%e4%bd%95%e3%81%8c%e5%95%8f%e9%a1%8c%e3%81%8b/

・『身体障害者の性活動』(玉垣努・熊篠慶彦編、2012年、三輪書店)

・『知的(発達)障害のある人の自立生活・セクシュアリティ<EPOこころでわかる支援者エンパワメントセミナー>』(エンパワメント・プランニング協会発行、2013年)

http://epo.d.dooo.jp/

・えりか(元デリヘル嬢)著『障害者向けデリヘルで働くということ』(SWASH発行、2017年、ドキュメンタリー映画「スカーレットロード」日本版公式パンフレット所収、近日ダウンロード版発行予定)http://swashweb.sakura.ne.jp/node/166

・知的障害のある若者と性教育に関するシャーロッタ・ローフグレン・モーテンセンさん(マルメ大学)の講演「I want to do it right!(みんなと同じようにちゃんとやりたい!)」(2017年10月15日、日本性科学会第37 回学術集会)

・第22回関西性教育研修セミナー報告「スウェーデンとフィンランドに学ぶ、知的障害児者への性の教育と支援・専門家養成」(関西性教育研修セミナー実行委員会、現代性教育研究ジャーナル2018年1月15日発行)

http://www.jase.faje.or.jp/jigyo/journal/seikyoiku_journal_201801.pdf

・立命館大学生存学研究センター・立岩真也氏(製作責任者)作成ページ、「障害者と性・関連文献等」

http://www.arsvi.com/d/d00s.htm