「国立のぞみの園」前理事長 遠藤浩さんインタビュー
独立行政法人国立重度知的障害者総合施設のぞみの園(群馬県高崎市)のあり方をめぐり、厚生労働省の検討会が先月公表した報告書は「国として実施すべき事業に重点を絞って役割を担うべき」だとする一方、民営化も含めた検討も求めました。国立のぞみの園の前理事長で、検討会のオブザーバーを務めた遠藤浩さん(65)に聞きました(取材は理事長退任前の3月5日)。
――報告書をどのように受け止めていますか?
「国立施設としての事業の重点化と言いながら、民営化も含めた経営主体もあり得ることが併記され、方向性があいまいになっている印象があります。存続ありきではなく、知的障害のある人たちの生活や人生を支えるために国立施設が必要か、国の障害福祉施策の実施機関として国立施設の運営や調査研究を行う独立行政法人が必要か、議論を深めることが重要です。障害福祉への意欲と力量がある民間施設に任せることで足りる場合ももちろんありますが、こうした施設はまだ少数で、支援の質にばらつきがあります。障害福祉行政を進める上で、全国の施設のサービスの質の底上げが重要課題です。『のぞみの園』は知的障害のある人たちのニーズを的確に把握し、支援のノウハウの発信や人材養成を行うなど全国的に働きかける国の実戦部隊としての役割を担ってきました。今後もそうしたミッションを果たすため、公共的な事業を担う独立行政法人による運営が適切だと思います」
――事業収入は減る傾向で、収入の約4割を占める国からの運営費交付金も減り続ける見込みです。支出の約7割を人件費が占め、職員の平均給与が民間に比べ高水準との批判もあります。
「大規模施設は必要ありません。支援の質を上げるための調査研究や人材養成を事業の柱に、そのフィールドとして小規模な施設があれば十分。その一つが、著しい行動障害のある人や、矯正施設を退所した知的障害者といった支援が難しい人の入居支援です。2016年度までに2年ほどの有期で、著しい行動障害のある15人、矯正施設の退所者32人を受け入れましたが、待機者もいて受け皿は十分とはいえません。18年度から5年間でそれぞれ78人、35人に増やす計画で、有期の受け入れは事業の中心になり得ると思います。独立行政法人が担うのは、公共上の見地から実施が必要な事業です。採算がとれる事業は民間が実施するはずで、通常は採算がとれず収支で赤字になる部分を運営費交付金で賄う財政構造になっています。人件費削減も視野に入れた議論は必要ですが、採算上問題があるということで民営化という安易な議論ではなく、限られた財源で必要な事業をいかに実施するかが重要だと思います」
入居者への支援、最後まで
――03年の独立行政法人化に伴い、「施設から地域へ」と方針転換しましたが、今なお200人以上の人が暮らしています。入居者は今後、どうなるのでしょうか?
「かつて重い障害があり、社会に居場所を見いだせない人たちを『終(つい)のすみか』にもなり得るとして全国から受け入れた経緯を勘案すると、最後まで支援の責任を果たす必要があります。その果たし方の一つとして『本人も家族も喜べる地域移行』に取り組んできましたが、本人の状態や保護者らの意向などで引き続き施設生活をする人たちもいると思います。こうした人たちは、最後までのぞみの園による支援が望ましいと考えています。仮にのぞみの園以外の民間施設で、あるいは運営主体を別にするという選択肢を検討することになったとしても、今の生活の質を確保するために国は引き続き責任を持つというメッセージが明確に伝わることを前提にすべきです」
――診療所や研究部があることが強みですね。
「診療所は、施設入居者のホームドクターとしての役割を担っています。重い知的障害や行動障害のある入居者の入院を地域の医療機関が受け入れることは容易ではなく、保護者からは安心できると喜ばれています。地域の障害のある人たちにも医療サービスを提供しています。特に発達障害のある人たちの診断と専門的な治療については専門医とスタッフを配置し、群馬県とその近隣地域の拠点としての機能を担っています。調査研究のテーマは、高齢者支援など現場の質向上に活用できるものを心がけています。職員の養成研修にも力を入れています。例えば、矯正施設の退所者の専門的な支援の研修会の参加者は、これまでに延べ800人を超えました。高齢の知的障害者や大人の発達障害など新たな課題についてのセミナーの参加者は、この5年で延べ約3千人に上ります」
――施設を出て地域の暮らしへ移る人は、これまで計170人ほどになりました。でも最近は年間5人ほどと鈍化しています。
「高齢化や機能低下が進み、入居者約200人の半数が車いす利用者です。医療的ケアの必要な人も増え、入居者の出身地や家族の近隣に適切な移行先を見いだすのが難しくなっています。保護者も親から兄弟、いとこなどへと代替わりし、同意を得るのが難しい。でも、自分から望んで施設に来た人はいません。ハードルは年々高くなっていますが、保護者らにどのような受け皿があるのか具体的に提案するなど粘り強く取り組みます。地域へ移れる対象者はいますし、出身地に戻れない場合は、のぞみの園が運営する高崎市内のグループホームもあります」
日常的な結びつき、強めれば
――障害のある人とない人がともに暮らす社会は、どうすれば実現できるでしょうか?
「障害のある人と接すると、戸惑う人もいます。それでは地域に出ても心地良い環境とはいえません。のぞみの園では地域住民も利用できる『ふれあい香りガーデン』をつくり、だれもが参加できるフェスティバルを開いています。のぞみの園の入居者が地域の運動会や芸術祭に参加するなどして交流を深めています。2年前に相模原市で起きた障害者施設の刺殺事件は、障害者への理解が行きわたっていないことを痛感させられました。日常的に地域との結びつきを強めることで、障害のある人もない人も安心して暮らしていける。そう思える共生社会を実現するために施設もさまざまな貢献ができるのではないでしょうか。障害者が日常の風景のなかに溶け込んでいることが当たり前の街になってほしいと思います」
遠藤浩さん・国立のぞみの園前理事長
《略歴》1952年、東京生まれ。75年、厚生省(当時)に入省。障害保健福祉部の障害福祉課長や企画課長などを歴任し、障害者政策に深くかかわる。「国立コロニーのぞみの園」が独立行政法人に組織変更した03年10月、理事長に就任。「施設から地域へ」と国の方針転換を受け、地域移行を進める一方、高齢化が進む入居施設の支援の質の向上、全国の人材養成などに尽力。任期満了のため、今年3月31日退任。社会福祉法人全国重症心身障害児(者)を守る会理事などとして活動している。
「国立のぞみの園」の前理事長、遠藤浩さん。「今後も民間の障害福祉団体をフィールドに、障害のある人たちの福祉向上に貢献したい」と話す
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